【紫】魔法少女殺し
#『魔法少女殺し』の紫ver.
他より一段と目立って、優れていること。
彼は私に尋ねた。あまりにも有名過ぎて、陳腐なパラドックスだった。私は線路の切り替え装置のレバーを握っていて、ブレーキの効かなくなった列車の行先は私に委ねられている。片側の線路の先には予定通り作業を行なっている一人の作業員が、もう片側の線路には勝手にも予定外の作業を行なっている五人の作業員がいる。私はどちらかに列車を向かわせなければならない。どちらを殺し、どちらを救うか。人間の倫理を問う心理実験だった。
「お前は優秀だよ、そんな奴らと違って」
勿論返答をする余裕は持ち合わせていなかった。そんな私を、彼は『優秀』だと罵った。非日常、この状況下においてそれは褒め言葉の化けの皮を被った罵倒と皮肉に過ぎない。彼の言葉に楯突く様に小汚くひび割れたステッキを持ち直すと、ぱらりと宝石の破片が宙を舞った。
動ける魔法少女は、私だけだ。
「守りながら戦えんの?このままだと零魔諸共倒れるんじゃないの」
「何なんですかさっきから、大人しくやられてくれたりするんですか」
「はぁ?でも提案はしてやっただろ、悪い話じゃないと思うけど」
鮮血と土煙が舞う中で、汚濁とは一切無縁なスーツを翻し、ゆったりとこちらへ足を運んでくる。敵組織の幹部の中でも前線には滅多に姿を現すことのない、毒々しい紫色。『スマイル』とまるで魔法少女の様な名前を握る彼は、確実に此方との距離を詰めてくる。
「お仲間がそんな弱くて、お前も気の毒だな」
「…そんなことない、みんな大事な仲間だもん」
「そ?俺には全員お荷物にしか見えないけど」
彼は逢魔時の空が嵌め込まれた双眸で、自身の背後に隠した仲間を覗き見た。ぴんと立てた人差し指で、まるで家畜を数えるように仲間の数を勘定していく。態とらしい扇動にステッキを振りかざすも、捕らえたのは虚空だった。
とにかく、今は早く戦いを終わらせなければならない。失血死寸前の五人が気掛かりで仕方無い。仲間の、五人が。五人。
「五人って、真逆」
「零魔ならどうする?五人か、一人か」
「…私が犠牲になれば、五人を助けてくれるんですか」
彼が私の質問に反応することは無かった。つらつらと並べられる御託を回らない頭で必死に噛み砕く。霞む視界で捉えたステッキは武器としての限界を悠に超えていて、命綱の宝石が壊れるのも時間の問題だった。
「このパラドックスの論点の一つに、有能と無能の価値がある。予定通り作業する有能な作業員一人、それに対し予定外の作業を行う無能が五人。有象無象がどれだけ集まっても有能一人には勝てない。命の重さだとか尊さだとか、そんな見えない価値よりもずっと測り易い指標だろ」
彼の意図を、汲み取れてしまった。汲み取りたくは無かった。自身の深層心理を白日の元に引き摺り出された気分だった。
いつの間にか目の前に立っていた彼は、「お前は優秀だよ」と続けた。冷たく飄々とした表情の中に、熱を持った一抹の愉悦と昂りが垣間見える。ステッキを握る手に彼の手が這うも、振り払う事ができなかった。
「なぁ、正当な評価を受けたいなら俺らのところに来ればいい。零魔はもうこんなお荷物の相手をせずに済むし、お前の頑張りは俺が全部認めてやるよ」
「でも、」
「優秀って損だよな、何でもできて当たり前だもんな。できなければ失望の一途、優秀の二文字で片付けられる損な役回りから逃げたいとは思わないの?零魔にはその権利がある。頷きさえすれば俺が救ってやるよ」
「そいつらと引き換えにな」と、彼は囁き締め括った。
酷く息が上がっている事に気が付いたのはその後だった。憤りからでも呆れからでもない、自身が彼の甘言に歓喜しているのは明確だった。欲しかった言葉、理解、居場所、全て天から手中に降ってきてしまった。もう子守には飽き飽きだ。
「ようこそ零魔、此方側へ」