【紫】罪と紅茶と眼球


薄暗い寝室に、ベルガモットの香りが満ちていく。サイドテーブルに置かれた品の良いティーポットから漂う香りだった。

「…また逃げ出そうとしたのか」

 ベッドに腰掛けたスマイルは深い溜息を吐いた。ネクタイをゆるゆると解きながら、まるで顕微鏡でも覗き見るかのような慎重さを持って寝台の惨状を観察する。
 今朝整えたばかりのシーツは既に不恰好な皺が染み付いており、身体の自由を奪う結束バンドから力尽くの脱出を図った零魔の手首と足首は、目も当てられない程ではないものの、それ相応の傷に飾られていた。足首から滲み出た鮮血は案の定シーツを汚し、彼女の性別が『彼女』であるために、月に一度の性の象徴を彷彿とさせる。また純潔の霧散も。

「まぁいい、丁度紅茶が入ったところだしな」

 零魔から一切の音を逃さないよう口元に貼られたガムテープを乱雑に引っ剥がしたスマイルは、代替品とでも言いたげに(しかし零魔には有無を言わさず)ネクタイを彼女の口に捩じ込んだ。行き場を求めて喉奥まで入り込むネクタイにえずく零魔に気を良くしたスマイルは、華奢な彼女の上に容赦無く馬乗りになる。肺から無理矢理空気を押し出されるような感覚に襲われ、足先から体温が抜け落ちた。

「っは、どうせ逃げられないんだから大人しくしてればこんな思いせずに済んだのに」

 おもむろにティーポットに手を伸ばしたスマイルは、零魔を魅せる様に、綺麗に、完璧に、一寸の狂いも無い微笑みを見せた。ゆったりとした動作で彼女の瞼を撫で、開瞼器のように彼女の瞼を指で固定する。薄く血管が透ける瞼に守られていた瞳が、寸刻の内に死を迎えるのだと自らの絶命を悟っていた。

「これに懲りたら、もう逃げようだなんて思わないことだな」

 澄ました顔をしたティーポットから、未だ蜃気楼の様な湯気が立つ紅茶が注がれる。








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