(103 / 293) ラビットガール (103)

「スモーカー大佐!!本部より通信です!!」


戦争を終えた次の日。
たしぎを横目で見送ったスモーカーは部下の言葉に船から降り、電伝虫を部下から受け取る。


≪こちら海軍本部スモーカー大佐でありますか?≫



本部の通信と言っても多種多様である。
本部の上からかかってくることもあれば、今のような通信部の方からかかってくることもある。
どちらかと言えば通信部の方が多いだろうか。
義務なため問う海兵にスモーカーはそれに答える。


「おれだが…」

≪今回のクロコダイル討伐に関しまして、あなたとたしぎ曹長に政府上層部より"勲章"が贈与される事にさりました≫


内容はなんともスモーカーにとって胸糞悪いものだった。
スモーカーの報告ではクロコダイルを倒したのは自分達ではなく海賊麦わらの一味だと報告したはずなのだ。
それなのに海兵の口からは麦わらの一味ではなく自分達がクロコダイルを討伐したという口ぶりで、スモーカーは思わずカッとなる。


「討伐?…オイ、ちょっと待て…クロコダイルをぶっ倒したのはおれ達じゃねェ!ちゃんと報告を聞いてたのか!?」

≪さらにお二人とも一階級ずつの昇格がけっていしましたのでつきましては…≫

「…おい、いいか。クロコダイルの率いたB・W社と今まですっと戦い続けてきたのは"麦わらの一味"!!海賊だ!!!」


受話器の向こう側にいる海兵はスモーカーの言葉を無視した。
それがまたスモーカーの苛立ちを強くさせ、報告で書いた内容を復唱するように叫ぶ。
だが…


「無駄です、スモーカー大佐」

「「!」」


苛立ちを露わにし海兵にぶつけるスモーカーにヒナは流石に見ていられず止めに入る。
ヒナも麦わらの一味がクロコダイルを倒したのを知っているし、それを素直に報告したスモーカーの性格も知っている。
だが、ヒナも海軍の一人として、本部がなぜクロコダイルを捕まえたのを海賊ではなくスモーカーにしたのか理解していた。
だが、スモーカーは事実を捻じ曲げる事が気に入らずヒナの止めの言葉など聞く耳も持っていない。
そんな中、愛らしく美しい声が場違いなこの場所に零れ落ち、スモーカーもヒナもその声に息を呑んだ。
スモーカーもヒナもその声の主へと振り返る。
そこにはスモーカーとヒナの部下に敬礼されているミコトの姿があり、ミコトは相変わらず美しい笑みを浮かべながらスモーカーとヒナのもとへと歩み寄っていた。
ヒナはミコトからであろう甘い匂いに我に返り部下と同じように敬礼するがミコトに止められ、スモーカーに至っては敬礼どころか嫌そうな顔すら浮かべていた。
スモーカーはこの目の前の上官が昔から気に入らなかった。
気に入らない、というよりは苦手な類に入るだろう。
昔から馴れ馴れしく接してくるし、まだ実力を見たことのないスモーカーからしたらミコトがどこか胡散臭く見えるのだ。
敬礼もなく怪訝とした不躾な目線などもろともせず、ミコトは電伝虫の受話器を奪う。


「政府は今回の事実をもみ消すつもりなのです…政府側の誰しもが出し抜かれていたアラバスタの崩壊の危機を"海賊"に救われたなんて世間に言えるかしら?……あなたもご苦労様ね、あとはわたくしが伝えるのでもう切ってよろしくてよ」

≪こ、黒蝶殿!?…は、はい…では失礼します…!!≫


突然スモーカーから愛らしくも美しい声の女性へと変わり海兵は最初こそ呆気にとられていた。
しかし上官…それも海軍本部最高戦力の一人に海兵は我に返り慌てて返事を返し、電伝虫を切る。
ぶつり、という音が電伝虫の口から零れるのを聞きながらミコトは受話器を背中に返し、こちらを睨むスモーカーを見下ろす。


「てめェ…黒蝶…なんでここにいやがる…ここは東の海だぞ」

「ちょっとスモーカー君!上官にその言いぐさは…」

「ヒナ大佐、別に構いませんわ…立場は上でもわたくしはあなた方よりも年下ですし…それに、何よりスモーカー大佐は"サー・クロコダイルを倒された方"……クロコダイルは決して弱くはない…そんなクロコダイルを倒された方が一々上官に媚び諂うよりも…血の気が多い方が面白いではございませんか」


海軍本部の最強戦力である黒蝶を名乗るミコトがこの海にいることは珍しい。
大抵の大将の仕事は執務もあるが、何より大将直々に任務に当たる事件はそれなりに大きなものが多い。
最高戦力を"たかが内戦"で派遣させることは海軍本部はしないだろうし、あったとしてもヒナやスモーカーに本部からアラバスタに大将を派遣したとも大将が滞在中だという知らせも報告もないことはおかしい。
だからミコトがいる事に皆、驚いているのだ。
スモーカーは鼻を鳴らし『とっとと帰りやがれ』と言ってやりたがったが、ミコトの言葉に顎をしゃくりかけたのを止める。
ミコトはその口で言ったのだ…『サー・クロコダイルを倒された方』と。
それはミコトもクロコダイルを倒したのはルフィではなく、スモーカーだと言いたいのだという証拠。
それが溜まらず腹立たしく思う。
黒蝶と名乗るようになるまで、ミコトだって苦労があっただろう。
いくら最高戦力とはいえ最初から最高戦力の地位にいるわけではない。
スモーカーはミコトと初対面ではなく、顔見知り程度だが過去にまだ地位の低い海兵でしかなかった頃からミコトを知ってはいる。
異例の速さで昇格したと誰もが一目置く存在なのだが、スモーカーはミコト自体気に入らなかった。
それは嫉妬とかではなく、気が合わないからだろう。
しかしだからと言って彼女を認めていないわけではない。
最高戦力など金で買える地位ではないため、今その地位にいるミコトのは確実に自分の実力なのだということは認めている。
だがこれとそれは違い、一本道な性格のスモーカーからしたら本音も見えないミコトかの口から出るその褒め言葉は逆に馬鹿にされているようにしか聞こえなかった。
部下を、自分を、侮辱しているようにしか聞こえなかったのだ。
ミコトはスモーカーの強く鋭い睨みにどんな感情があるのか読み取りながらいつもの笑顔を張り付け、深めながら続ける。


「今回、クロコダイルを倒したのは麦わらのルフィなのはわたくしも本部も重々承知しております…ですが『七武海がたかが3千万の賞金首の海賊にやられました』と公にできまして?」

「できるかできないかじゃねェだろ…それが真実なんだからな」

「そう…ルーキーに七武海を倒されたのは真実ですわ……でも、それを公にしてしまえばマズイのよ……ねェ…スモーカー大佐…あなたも海軍大佐の地位にいるのだから理解、していただけますわよね?」


コテン、と小首をかしげるミコトが何が言いたいのか…確かにスモーカーは理解している。
スモーカーだけではなく、ヒナやこの場にいる全員がそれを理解しているだろう。
ミコトははっきりと隠ぺいをすると言い切った。
多分他の海兵では含んだ言い方しかできないそれを、ミコトははっきりと言った。
正義の頂点ともいえる海兵たちの憧れの的でもある…海軍大将本人の口から隠ぺいという言葉が出てスモーカーとヒナ以外驚きが隠せずどよめきたつ。
そのどよめきを耳に入れながらミコトは『何を驚いているのでしょうか』と疑問に思った。


(海軍は正義…そうですわね…海軍は正義の名のもとに行われる組織…でも、その正義ってどちら側から見た正義なのでしょうか?…正義は見る側が違えば悪となるというのに…)


周りはまだ大佐にもなっていない海兵たち。
いわば正義を信じている海兵たちである。
ミコトはそんな彼らを冷笑した。
元々ミコトの中に正義はない。
ミコトが正義を背負う覚悟をしたのは海賊が許せないからではない。
ミコトが海兵となったのはすべて家族のため。
息子が革命軍のトップとなり、孫や孫同然に可愛がっていた子供たちも海賊となり道を踏み外した祖父が一人ぼっちにならないため。
父や弟達のためにもしもの時に動けるため。
―――命を散らすであろう"あの子"のため。
ミコトの背には皆が背負っているような美しく一途な正義などありはしなかった。
だから薄汚れた正義でも目を逸らすことなく見据えることができた。
同僚のように行き過ぎた正義でも受け止めることができた。
だが、周りの海兵たち、そして目の前の男はそれがまだできていない。
ミコトは少し彼らに同情したのだ。
隠ぺいをしろと告げる自分に機嫌を悪くさせるスモーカーをミコトはただ笑顔を張り付けてた。


「海賊が七武海を倒した、と広めるよりも…海兵が七武海を倒した、と広めた方が人々の心に波風を立てることはないんです…七武海が海軍の味方?七武海は海軍の狗?そんなわけありませんよね?だってあの者たちは所詮は海のならず者ですもの…あなた方は学んだ歴史がすべて真実だと思っておいでで?時に人は偽りを真としてきた……それに誰だって海賊に希望を見たくはないでしょう?―――なのでスモーカー大佐、たしぎ曹長…この二人に勲章の授与式に出向かっていただきます」


ミコトの言葉は納得できるところはある。
だが、まだ青い彼らにとって、ミコトの言葉は戸惑いしか生まない。
ミコトにっとての海軍はただの場所。
しかし海兵たちにとっての海軍は憧れ自分の居場所となる場所。
ミコトの淡々な言葉に誰もが困惑し、その場の雰囲気が沈んでいく。
その重くなりつつある空気を一掃するようにスモーカーはドン、と机に拳をたたき込む。
そのおかげでうつむき加減だった海兵たちの顔がハッとなり我に返って顔を上げる。
誰もがスモーカーへと目をやれば、スモーカーは今にも暴れだしそうなほどの怒りをミコトにだけ向けていた。
しかしそれでもミコトは怖がることなく平然とスモーカーを見つめ返していた。


「フザけるな!!!おれ達がクロコダイルを仕留めた!?それができなくてウチの部下は泣いてんだぜ!?てめェはそれでもおれの部下に勲章を受け取れっていうのか!!」

「……………」

「ス、スモーカー君!!受け取りなさい!海賊の手柄をもらうあけでいいのよ!!?上層部に逆らうとあなたどうなるか………!!!」

「そんなもん知った事じゃねェ!!―――おい、黒蝶…!政府上層部のジジイ共に伝えとけ!」

「!―――スモーカー君っ!!!」

「なんて?」


ミコトはスモーカーがこれから言うであろう言葉が分かっていながらもあえて問う。
スモーカーはヒナが止めるのも聞かず、ミコトへの目線を鋭くさせ、そして―――


「クソ食らえってな!!」


その言葉を聞きミコトは愉快そうに目を細め、スモーカーを見る。
その場にいる誰もがスモーカーの言葉に息をのんだ。
それは上層部に逆らうことへの恐れがあり、そしてそれを分かっていながら自分の信念を貫こうとするスモーカーへの敬意…様々だった。
ヒナは頑固なスモーカーに頭を抱えながらチラリとミコトを見る。
自分たち大佐よりもはるかに高い地位にいるミコトがどう反応するかでスモーカーとその部下たちの運命は変わる。
海軍本部の元帥であるセンゴクはミコトをどの海兵よりも信頼している。
ミコトがそんな卑怯で心が狭い人間だとは思ってはいないが、下手にミコトの機嫌を損ねればきっとスモーカーは大佐の地位が危ぶまれることもあるのだ。
ヒナは同じ釜の飯を食べてきた仲だからこそスモーカーを心配していた。
しかし、チラリと見たミコトの反応はヒナが思っていた反応とは違い、ヒナは微かに目を丸くする。
ミコトは…スモーカーの言葉を聞き、愉快そうに笑っていたのだ。


「ふふ…やはりあなたは面白い方ですのね……上官のわたくしにそこまで言い切る方もまた珍しいですわ…いいでしょう、この件に関してはこちらが何とかします。」


ヒナは機嫌を損ねていないことにホッとし、そしてミコトの言葉に安堵した。
ミコトは上官である自分にそこまで啖呵を切るスモーカーの度胸に免じてこの件に関しては自分が引き受けることにした。
そう述べるミコトにスモーカーは片眉をあげ怪訝とさせる。
ミコトの言葉が信用できないようであるが、ミコトは性格は違えど頑固なところが赤犬と似ているように見えたのだ。
ミコトからしたら面白いおもちゃをもう一つ見つけた、という感覚だった。
スモーカーはげ怪訝さをそのままにミコトにどういう真意か聞こうと思ったその時―――


「た、大変です…!!スモーカー大佐!!男が…Mr.00が逃亡を…ッ―――!!」


スモーカーの部下が慌てた様子でこちらに駆けつけてきた。

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