(117 / 293) ラビットガール (117)

アラバスタから自分の船にミコトはふわりと甲板に降り立つ。
ミコトはどちらかと言えば同僚の青雉と同じく、いつもふらりと一人でどこかに行く上官であり、これまた同僚の青雉と同じく部下もそれに慣れていた。
ミコトの能力も知っているため突然音もなく現れた上官に多少の驚きはあるもみんなすぐに返ってきた上官に敬礼をする。
それをいつも通りに軽く返礼し返していると後ろから声をかけられミコトは振り返った。


「ミコト様…!」

「お留守番、ご苦労様でしたアルダ」


そこには部下の一人であるアルダがおり、電伝虫の相手でもある。
アルダはミコトの無事を見えホッと安堵の息をつきながら、その視線をミコトの後ろへと向ける。
ミコトの後ろには、一人の男が立っていた。
姿から見て海兵ではなく、その気配から一般人でもないだろう。
ならば、相手は海賊だとしか考えられない。
ミコトが海賊を逃した事がある噂をミコトの部下であるアルダ達にも届いており、それが真実ではないのも知っている。
しかし、真実ばかりではないのもアルダ達は知っている。
ミコトは力のないルーキーなどの海賊に興味がない。
だから見かけても遠目だったり喧嘩を売られたり命令が出ていない限りはある程度見て見ぬふりをする。
それが海賊を見逃していると言われる所以だろう。
だが、この男のように海賊を船に乗せたことは一度もなかった。
だから興味を持ったのだろう。
誰なのか、と視線で問う部下にミコトは答える。


「これは気にしないでください…すぐに帰しますから」


帰す、がどこを指しているのかはアルダは知らないしどうでもいい。
ただ、ミコトの部下として心配だった。
そのアルダの気持ちはミコトに通じてはいるが、ミコトはそれに応える気はなく自室に向かう。
その後を男とアルダも続いた。
――自室に戻るとミコトは自分のために購入した椅子に腰を下ろす。
シンプルでありながらも凝った装飾が気に入り即時購入したものだ。
高いものではない割には座り心地も悪くはない。
客人用として置いていた椅子に男を座らせるて備え付けている小さなキッチンでお茶を入れてくれるアルダを待つ。
男も第三者がいる間は話す気はないのか口を堅く閉ざすばかりだ。
ミコトも必要以上に男との会話をする気がないのか、黙ったまま。
二人は向かい合って座っているというのに、会話もなく部屋には食器やコンロの音だけが響く。
その間もミコトは男を見つめ、男もミコトを見つめている。


(転生…この男は確かに転生したと言っていた……転生したのはわたくしだけではなかったのね…)


アルダが奏でる音を耳で聞きながら、ポツリと心の中でつぶやく。
―――ミコトは、転生した人間だった。
日本という国に生まれ、両親の愛情を貰いながらすくすくと育ったミコトは18歳の時に死んだ。
事故だった。
飛行機旅行をしていた時、飛行機が墜落し全員が亡くなった不幸な事故。
ミコトが最後に感じたのは恐怖だった。
しかし、痛みを感じる暇もなく死んだミコトが目を開ければこちらの母がいた。
母の腕に抱かれていたミコトは赤子に生まれ変わったのだ。
しかも、モンキー・D・ルフィの姉として。
この世界がワンピースだと気づいたのは、父親と祖父だった。
あれほどあの世界で重要人物なのだから気づかない方がおかしい。
こうしてミコトはこの世界に転生したのだ。
だから、男が言う転生という言葉に引っかかってしまった。
本来なら相手にしないのが普通なのに。
脳裏に五人の老人が浮かび、内心舌打ちを打つ。


「お待たせしました」


しばらくして戻ってきたアルダがミコトと男の前にそれぞれ紅茶を置き、その間にお茶菓子を入れた器も置いた。


「ありがとう、アルダ…申し訳ないのだけれどこの方と二人でお話がしたいの…許可があるまで入室とわたくしの自室に近づかないようみんなにも言っておいてくれないかしら」


お盆を置く時間も惜しいのか、アルダはお盆を手に取りながらミコトの後ろに控えようとする。
そんなアルダにミコトは部屋を退室するよう命じ、他の部下達にも許可なく部屋に近づかないよう指示をする。
当然アルダからは抗議の声が上がった。


「お待ちくださいミコト様!知りもしない男と二人きりになるのは危険です!せめて部屋の外で待機させてください!」

「これは命令です」

「…っ」


海軍は縦社会だ。
実力があろうと上司がNOと言えば、それは許されない。
ミコトの頑固さも理解しているアルダはミコトの命令という言葉に言い返すこともできなかった。
『了解しました』と言い、敬礼をした後、男を睨みながら上官の自室を出て行った。


「さて…これでわたくし達の会話を聞く者はいません」


アルダの気配が完全に遠のいたのを何度も確認してミコトはナギナギの実の能力で完全に部屋と外の音を切り離す。
これでこの部屋から音は漏れなくなり、部屋に近づかせず入れないようにする能力も同時に発動させれば、ここほど密会に適した場所はないだろう。


「あなた、先ほど転生者とおっしゃっていましたよね…何を知っているのです」


男を連れてきたのは、聞きたいことがあったからだ。
そうでなければ知り合いでもない海賊など興味も持たない。
男は言った―――転生したのだと。
転生。
その意味は様々だが、ミコトが言う転生は生まれ変わりを意味する。
ミコトと同じならば、男の言う転生も同じ意味を持つだろう。
しかし、どういう意味で転生と言ったか分からない以上、警戒は必要だ。
伺うように問えば、男はミコトに迫る勢いでテーブルに乗り出した。
ミコトはそれでも動じない。


「そう!おれは転生したんだ!おれもあんたと一緒でこの世界に生まれ変わったんだ!!あんたもだろう!?でなければおれを連れ出す必要ないからな!!!」


興奮したような男の言葉に、ミコトは内心眉を顰める。
男はミコトの問いに答えた。
しかし、ミコトが望む答えではなかった。
男は捲し立てる。
それは全て男の独り善がりな会話でしかなかった。
いや、会話として成立することすらできなかった。
『落ち着いてください』と咎め宥められるよう言われ、男は落ち着けという言葉はギリギリ届いているのか乗り出していた体を椅子に座り直す。
更に落ち着かせるよう紅茶を飲むよう言われた男は一口喉を潤す。
喋りすぎたのか、一口飲めば、もっと体が欲しくないゴクゴクと紅茶を飲み干した。
それを見てミコト手づからポットにある紅茶を淹れてやる。


「なあ、あんたもそうなんだろ?あんた、この世界が漫画の世界だって知ってるんだろ?」

「………」


どうしてミコトが喋っていないのに、同じ転生した人間だと思うのか。
いや、転生だと考えるのはいい。
ただ、どうしてミコトもこの世界が漫画の世界だと知っている前提なのか。
ミコトは一言として自分が転生した人間でこの世界が漫画の世界だと知っていると言ったことはない。
しかし、否定するにも男の言葉はミコトの興味をそそる。
とりあえず一口部下が淹れてくれた紅茶を飲んでミコトも気持ちを落ち着かせる。


「そうですね…わたくしは生まれながらに意識を持っていましたし、この世界とある漫画が似ていることにも気づいています…ですが―――」

「だろう!!そうだろ!やっぱりあんたも転生したんだよな!!!」


言いかけた言葉を男は興奮した様子で遮る。
話を遮られる不快感にミコトは内心眉を顰めるが、同じ境遇の人間を前にすれば嬉しくなって興奮するのは無理もないかもしれない。
ただ、アスカとの戦闘で見ていた男とのギャップにミコトは戸惑う。


「あんた、どこから来たんだ?」

「どことは?」

「おれは日本で生まれたんだ…あんたはどこの国から生まれ変わったんだ?」


どこ、とは生まれ変わる前にいた国の事を指すらしい。
正直、ミコトはこの問いに『同じ世界線前提なのですね』と思う。
ファンタジーではあるが(漫画の世界に転生した以上のファンタジーはないが)、こうして漫画の世界に生まれ変わったのだから必ずしも相手も自分と同じ世界線の出身とは限らないだろうに。


「わたくしも日本で生まれました」

「へえ!なあ、あんたどうやってここに来たんだ?おれは…気づいたら赤ん坊になってたんだ…親父がさクソでさ…母親はおれを生んだ後すぐに死んだらしいんだけどそれをおれのせいにしてずっと暴力を受けてたんだ…」


男は聞いてもいないのに自分語りを始める。
男曰く、自分は不幸だったらしい。
母親は男を生んだ後、すぐに亡くなった。
元の世界とは違って医療が発達していないこの世界での出産が原因で死ぬ女性は多い。
元の世界だって出産は死と隣り合わせだ。
妻が死んだ事実を父親は認めたくなくて息子に責任の全てを押し付け恨み続けた。
毎日暴力の日々だったという。
だから父親を捨てて海賊となった。
海賊を選んだのはルフィ達の冒険に憧れていたからだ。


(冒険、ねぇ…)


ミコトは男の身の上話を聞きながら溜息をつきながら内心そう零す。
冒険をしたいのなら、何も海賊にならなくてもいいのでは?
夢も男心も分からないミコトは冷めたことを思う。
それに対して男の目は輝いていた。
まるで少年が夢を語るようだ。
夢など見たことがないミコトとしては男の語りなど興味の一欠けらもない。
だから退屈だった。
だけど同郷と会って興奮している男は自分の全てを語り続ける。


「この世界に生まれ変わるまで運動神経が良いわけじゃなかったんだけどさ…転生したオプションってやつなのかな…剣の才能があったんだ…おれ独学でここまで上り詰めたんだぜ!あのクロコダイルもおれに00のコードネームを与えて特別扱いしていたくらいだ!」


そうですか、としか返せないミコトは空気を読んで何も言わなかった。
ただ、笑顔を張り付け紅茶を飲む素振りで誤魔化す。
男の話を聞けば聞くほど聞きたいことが遠のいでいく。
だが、話を遮るのもできなかった。
ミコトだって同じ転生した人間に会うのは初めてで、自分語りしかしない男を鬱陶しいと思いはするが嬉しくないわけではない。
そのため、嬉しそうに話す彼を無下にはできなかった。


「クロコダイルの部下になったのはどうしてです?ルフィに憧れていたのならルフィを探して仲間にしてもらえばよろしかったではありませんか」


ルフィに憧れて海に出たなら、ルフィを探して仲間にしてくれと頼めばよかっただろうに。
ルフィがこの男を仲間にするかは彼の運次第だが、運が良ければ顔見知りくらいにはなれただろう。
どこまで原作を知っているかによるが、『あのクロコダイルが』と言っているところを見るにクロコダイルの事は知っているとみていいだろう。
だったら、ルフィに憧れているというのなら、なおの事クロコダイルの勧誘を断るべきではないのか。
クロコダイルが特別扱いしており、彼の様子からして、彼は脅されているわけではなさそうだ。
ミコトの至って普通の問いに、男は首を振って答えた。


「おれが仲間に入るのは解釈違いなんだよなぁ…おれさ、原作通りの海賊団じゃねえと嫌なんだよ」

「解釈違い…ですか…」

「そう…ルフィ、ゾロ、ナミ、ウソップ、ブルック、ロビン、フランキー、チョッパー、サンジ、ジンベエの10人だけが麦わら海賊団じゃないと嫌だ…それ以降に仲間が入る前にこっちに来ちまったんだけど…そいつら以外が仲間になるのが癪に障る」


ミコトは男から出た『ジンベエ』という名にピクリと指が跳ねる。
ジンベエはミコトも良く知っている。
タイヨウの海賊団の二代目船長を務めており、七武海として海軍に飼われている海賊。
面識もある。
彼は海賊にしては根が真面目で海軍としても一人の人間としてもミコトは彼を好意的に感じている。


(ものすごい…ネタバレを食らいましたわ…)


ミコトは男から視線を明後日の方へと向ける。
ミコトの原作知識は頂上戦争の途中で途切れている。
途切れているというよりは、頂上戦争の途中でこの世界に飛ばされたのだ。
だから、ジンベエが仲間になるなど知らなかった。
共にエースを救うため戦った戦友として仲が良くなったのは知っているが、それ以降はミコトの知らない世界だ。
男は自分の事しか語らずミコトには一度も問うことはなかったためミコトがどこまで原作を知っているのか知らない。
いや、興味はないのだろう。
自分の事にしか興味がないのだ、この男は。
そのため、ミコトは男からネタバレを食らった形となる。


(今度ジンベエにお会いしたら菓子折りを渡しましょう…)


仲間になるにしても、ジンベエはすでに別の船で船長をしている身。
どういう経緯でタイヨウの船長がルフィの仲間になるのかは分からないが、ルフィの姉としてこれから苦労させてしまうであろう彼に菓子折りを贈るため魚人に喜ばれる店はあるだろうかと考える。


「だからさ、あいつもおれ達と同じだと思ったんだよなぁ」


遠い目をしていたミコトだったが、男の言葉に意識を取り戻す。
視線を男へと向けると、自分しか興味がない男はミコトが話を聞いていなかったなど気づかず続ける。


「ほら、あいつ…あんたが妹だって言った女だよ」

「それは…アスカですか?」

「いや、名前は知らないけど…多分、そいつ」


『おれ弱い奴興味ねえから』と続ける彼にミコトはムッとさせる。
ミコトはアスカを本当の妹のように可愛がっている。
強さだって確かに強い方ではないだろうが、彼女は決して弱くはない。
アスカを含む今のルフィ達だって、今は成長途中なのだ。
ミコトが機嫌を損ねたことなど気づかず男は続ける。


「あんたも気づいているだろ?麦わら海賊団にあんな女は存在しない…原作にはいないんだよ、あいつは」


男の言葉にミコトは確かにと、無言を肯定として返した。
ミコトは原作を知っていると言ってもマニアほど詳しいわけでも覚えがいいわけでもない。
だが、主人公側のメンバーを忘れるわけがない。
幼い頃からアスカの事は知っているが、海に出た知らせを受けるまで原作では描写されなかった程度の村娘の一人だとばかり思っていた。
その彼女がシャンクスの娘でルフィの幼馴染となりルフィの船に乗ったのは、異端者として自分がこの世界にいるからだと思っていた。
男が現れるまでミコトは転生した人間は自分しかいないと思っていた。
原作にはルフィに姉はいなかったし、大将だって3人だった。
自分はこの世界では異端の存在だとばかり思っていた。
だから、イレギュラーである自分がいるせいで原作にも出ないようなモブだったアスカの設定が変化し原作にはいないキャラの一人にカウントされるようになってしまったと思っていたのだ。
だが、男はそうではないと考えているらしい。


「あいつ転生なんて知らない様子だった…あいつはきっとこの世界の癌だ…あいつを消さなきゃ麦わら海賊団はいつか崩壊する!」


何を言っているのかこの男は―――ミコトは素で思う。
本当に何を言っているのだろうか。
アスカがこの世界の癌?
原作にいなかったのが理由で?
ミコトは可愛い妹を癌だと言われ腹が立った。
ミコトは苛立ちを抑えるように残った紅茶を飲み干した。
ポットから新しい紅茶を淹れ直せば少しだけ気持ちも落ち着いた。


「なら、わたくしもあなたもこの世界の癌なのでしょうね」


苛立ちは抑える事ができたが、だからと言って腹立たしさは消えない。
相容れないと思ったミコトは、男の自覚のない言葉の暴力に嫌味で返す。
氷漬けにし粉々にして海にばら撒かなかっただけ感謝してほしい。
しかし、男はミコトの嫌味に『はあ?』と怪訝そうな表情で返した。


「なんでおれらが癌なんだよ」

「あらそうではなくって?わたくしは海軍大将、あなたはバロックワークスのエージェント…わたくし達だって原作から見れば癌ですわ」


淹れたばかりの紅茶を一口飲みながら答える。
紅茶は部下が淹れたものが一番美味しい、と思う。
もう男の相手には飽きたのだろう。
それに黙って聞いてやれば自分の都合ばかり言う男に腹も立っていた。
同じ転生した人間が存在していたと知ることが出来たのは良かったが、話が通じない相手だったことは予想していなかった。
男が口を開いて初めての沈黙が落ちる。
男の返事がなくなったことにミコトは男を見る。
男は目を丸くしてミコトを唖然とした表情で凝視していた。


「大将?…あんたが?」

「ええ…知りませんでした?わたくしは黒蝶の名を頂き四大将の役職をお預かりしておりますの」

「………」

「ちなみにわたくしの今の名前はモンキー・D・ミコト…あなたが憧れているルフィの姉をさせていただいております」


男は口をあんぐり開け呆けていた。
その意味をミコトは知っている。
だから、にっこりと誰もが見惚れるような笑みを浮かべ聞き逃さないようはっきりと答えてやった。
そして呆れる。
クロコダイルの部下でありながら、海軍大将の事も知らなかったのかと。
いや、それは仕方ないかと自問自答し自己解決する。
海軍大将が三大将ではなく四大将であることを男が知らないわけがない。
だが、目の前の女がその四人目の大将だとは考えもしなかっただろう。
だから笑顔を贈ってやった。
だから嘲笑を贈ってやった。
男はやっと理解したのか、口を開けて唖然としていた表情が次第に怒りの表情を浮かべ真っ赤に顔を染め上げた。


「嘘だ!!!嘘をつくんじゃねえ!!!」


バン、とテーブルを力に任せて叩いて立ち上がる。
その拍子にアルダが用意してくれたお菓子が二つコロンと落ちた。
それをミコトは眉をピクリと上げて見送る。
『せっかくアルダが用意してくれたお菓子を』と男がすること全てにミコトは苛立ちを憶えてしまう。


「嘘を言うメリットがありませんわ」

「あ!?あるだろうが!!!大将だと言えば大抵の奴は怯える!!お前も戦わなくて済む!!お前みたいな大して強そうでもない女が大将だと!?それも原作にいるはずのないルフィの姉だぁ!?」


男の反応からして、ルフィのファンだというのは本当らしい。
それも、痛い、がつく過激派だった。
いや、これまでの言動でミコトもただのファンにしては違和感を感じてはいた。
怒鳴り散らし唾さえも飛ばして睨みつける男に、ミコトは前の世界なら怯えていただろう。
だが、今は海軍に入り肉体的にも精神的にも鍛えられたミコトから見れば男の凄みなど怖さなど感じない。


「おれは…!!おれはずっと不幸だった!!おれを生んですぐお袋は死んでそのせいで親父から暴力を受けて!!村のやつらだってそうだ!!おれを変人扱いして!冷遇しやがった!!!海に出てからも仲間だと思っていたやつに気持ち悪がれて裏切られた!!!なのにお前はルフィの姉で海軍大将!?あの女だってそうだ!なんであいつがルフィの仲間なんだ!なんでおれじゃない!?なあ!なんでだよ!!」


男の叫びにミコトは『なるほど』と納得する。
男は自分が主人公でありたいのだ。
この世界を知っている自分は特別で、ルフィと敵対しこうして海軍に捕まっても自分だけは特別だから大丈夫なのだと思っている。
クロコダイルの部下になったのだって、ロビンのように敵になってもいずれルフィの仲間になれるのだと信じている。
だから、なんの苦労もなくルフィの…主人公の姉として転生し大将まで上り詰めたミコトに嫉妬している。
だから、自分がなりたかったルフィの仲間に入っているアスカに嫉妬している。
羨み妬み嫉妬する男の叫びにミコトは涼しい顔で言った。


「そんなこと知りませんわ」


男を切り捨てるような言葉に、男の熱は一気に凍りついたように冷え切っていく。
言葉通り、そんなことミコトの知ったことではない。
ミコトがルフィの姉として生まれ変わったのも、アスカがルフィの幼馴染兼クルーになったのも、ミコトとアスカが望んだものではない。
なんせこちらは死んだと思ったら神の声を聴く暇もなく赤ん坊になっていたのだ。
それに姉だと言ってもルフィと仲のいい家族になるとは限らないし、アスカだってルフィの幼馴染になるとも限らない。
ミコトとルフィの縁が薄まって赤の他人同然の姉弟になっていたかもしれないし、アスカがフーシャ村のモブ村娘になる可能性だってあった。
この男だってそうだ。
ルフィの仲間になりたいと思うのなら、クロコダイルの部下になどならなければいい。
ロビンが敵からルフィの仲間になったのだってそれなりの理由があり、それを経て彼らとの絆を深めていった結果だ。
ルフィが彼を仲間にするかは分からないが、彼が仲間になる可能性だって決してゼロではなかったはずだ。
男はミコトの捨てるような言葉に熱は冷めたが怒りが収まらず顔は真っ赤のままだ。


「貴様ぁ!!」


男は激情にまかせミコトに向かって襲い掛かった。
テーブルに乗り込みミコトに襲い掛かり手を伸ばす男をミコトは焦ることなくジッと見つめた。
そして―――男はミコトに触れることもできず眠らされた。


「時間の無駄でしたね」


殴りかかろうとした男は突然意識を失ったようにその場に倒れ込み、テーブルもろとも床に倒れてしまう。
アルダが淹れてくれた紅茶が男の体を濡らしても彼は起きる気配はない。
強い催眠を掛けたのだ。
いびきすらかけないほど深く眠らされている男をミコトは立ち上がりながら見下ろし、そうポツリと呟く。
その言葉は本心だった。
見下ろすその瞳も冷たく、彼への興味すら見えない。
ミコトはナギナギの実を解除し、命令通り部屋に近づけない部下の下へと向かう。


「ッ、ミコト様!!お怪我は…!」


ミコトを出迎えてくれたのはアルダとヘレンだった。
部下の中で一二を争うであろう忠実な部下にミコトの機嫌はみるみる上昇していく。
可愛い部下の顔を見ただけで機嫌が直る自分に内心苦笑いを浮かべながら『怪我はないわ』と答え、その答えに二人の部下や周囲にいた部下達の顔に安堵の色が浮かぶ。


「わたくしの部屋にあの男が眠っています」


捕まえろと言わなくても理解している部下達はすぐさま男を拘束し牢屋に入れるためにミコトの部屋に向かう。


「ごめんなさいね、アルダ…あなたがせっかく淹れてくれた紅茶なのだけれど…全て零してしまったの…また紅茶を淹れてくれないかしら」


可愛い部下で機嫌が良くなっても、男に対しての苛立ちは収まらない。
部下とのお茶会をして癒されたいのだが、海軍大将としてこれからもしなくてはならない仕事もある。
長い時間は取れないが、時間が来るまではいつもの自分を装えるくらいまでには機嫌も戻るだろう。


「海軍本部に戻ります」


仕事とは、会議の事だ。
海軍大将の仕事は何も海賊を狩ることだけではない。
書類仕事もあるし、会議に出なければならない事だって多い。
更にミコトは五老星のせいで天竜人に手を出されないことから癇癪を起した天竜人の相手もしなければならない。
大将だからと言って部下ばかりに仕事を任せているわけではない。
ミコトの指示を伝えるためヘレンが席を外す。


「…白ひげはよろしいのですか?」


本部に戻る指示を出したミコトに、アルダがおずおずと声をかけてきた。
ミコトは歩きながらアルダの問いに答える。


「白ひげは逃げませんからね…会議と言ってもいつものようにグダグダで終わると思いますし…急いでどうにかなることでもないでしょう」


アルダが連絡した際『見つけた』と言ったのは、白ひげの場所だった。
ミコトはエースの事で白ひげに会わなければならず、その為に極秘に四皇である白ひげの居場所を掴まなければならなかった。
しかし、会議があるしその後に任務まである。
センゴクはミコトに甘いが、身内故に頼みやすいのもありミコトは案外忙しい。
後回しにはしたくはないが、任務だってそう難しい物でもないのだ。
会議の後に白ひげの下に向かってもいいだろうとミコトは判断した。


「白ひげの場所は絶えず確認するように」


そう指示を忘れず、ミコトは部屋に戻っていった。
指示を出した後は本部に戻るまで仕事はない。
途中恐れなしの海賊から奇襲がなければミコトは自由行動時間である。
ミコトは部下達とのお茶会が航海で一番の楽しみだった。

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