(118 / 293) ラビットガール (118)

ミコトを乗せた船は本部についた。
この日は本部で待機だったので、任務でもなく船を出したミコトはセンゴクと再会し『どこに行っておったんだお前は…』という一声を貰ったがコロコロと笑ってみせた。
大将となると曲者ぞろいのため、それに関してはすでに慣れたセンゴクはミコトを可愛がっているというのもあり私情を挟むべきではないと分かりつつもついいつも注意だけで終ってしまう。


「クロコダイルの部下を一人、船に招いたらしいな」


待機しなかったことに関してはセンゴクは責めはしなかった。
待機だって立派な仕事ではあるが、ミコトに甘いセンゴクはよほどのことがなければ叱らないし、ミコトだって身のほどをわきまえている。
ただ、捨て置けない情報がセンゴクの耳に届いていた。
それが転生したと言っていたあの男の事だ。
センゴクは苦虫を噛み潰したような顔を見せるが、対してミコトはキョトンとした表情を作る。
それが計算された表情だというのはセンゴクも知ってはいるが、孫娘可愛さの前では無力だ。


「あれはこの後の任務ついでにインペルダウンに収容しますわ」

「そうか、ならいい」


センゴクの反応でミコトは『あ、バレてる』と思い、流石センゴクだとも思う。
センゴクは本当にミコトの事を理解してくれている。
ミコトが本気で海賊をインペルダウンに収容するのなら、わざわざ船に乗せて収容しない。
相手がクロコダイルならいざ知らず、その部下なら別の部隊…その場にいたスモーカーに預けてインペルダウンに収容すれば事が済む話だ。
クロコダイルの部下のためにわざわざ大将が動くことでもない。
センゴクはこれ以上突っ込むつもりはないのか、男の件に興味を失ったように別の話題に移る。
それ応えるようにミコトもあえて触れなかった。





ミコトはセンゴクの部屋を出て、会議まで本部にある黒蝶の部屋に戻っていた。
その頭にあるのは、会議の内容ではなく、同じ転生したと言っていた男のことだ。
彼は今、牢屋ではなく船の客室にいる。
投獄するのをやめたのだ。
クロコダイルの部下で人も殺してはいるが、やはり同じ転生した人間としての情けもあった。
ミコトも彼もお互い頭が冷えたのか、冷静に話す事が出来た。
ミコトは彼に選択を迫った。
――投獄か、それとも解放か。
彼はその選択に解放を選んだ。
ルフィがインペルダウンに来るとはいえ、流石にインペルダウンには行きたくないらしい。
誰だって投獄は嫌だろう。
結局彼は殺人鬼を装っていても人だったのだ。
だからミコトは同郷のよしみで一度だけ見逃すことにした。
ただ、今の自分を辞めることを解放の条件にした。
スモーカー達に彼をインペルダウンに収容すると言った手前、彼が彼として生きているのに不都合があったからだ。
影武者は簡単に用意できるが、インペルダウンにいるはずの彼が外にいるのをスモーカーに目撃されるのは困る。
いや、別にバレても構わないが色々と面倒くさいのだ。
だからミコトの能力で彼は彼でなくなり、新しい人間に生まれ変わるのだ。
彼がこれからどんな人生を歩むのかはミコトには分からない。
一般人として生きるのか、それとも人殺しや強奪が忘れられなくて海賊に戻るのか。
それは彼の人生だからミコトがとやかく言う資格はないが、ミコトは生まれが不幸だった分、幸せになればいいと思う。
自分との相性はすこぶる悪かった彼ではあったが、彼の幸せを願うくらいの情はあった。
ミコトは会議の後、別の任務があるのでそのついでに彼を尊重し彼が望んだ新世界以外の島で降ろすことにした。


(彼にも安易な行動は控えるよう言って聞かせなければ…五老星の耳に届けば何をされるか分からない)


ミコトは一度、五老星に呼び出された事がある。
そして、問われた。

―――お前は転生者か、転移者か。

その問いにミコトは嫌な予感がした。
本能が答えるなと言っていた。
だから意味が分からないと装い、無事、彼らは騙されてくれた。
いや…騙されたというより今は泳がされているだけだろう。
彼らは常にミコトを観察し疑っている。
その関係で天竜人にも忠告が回っているらしく、彼らは絶世の美女であり自分たちには決して逆らえない立場である海軍大将のミコトを欲することはない。
ミコトに手を出せば五老星の怒りに触れると分かっているのだ。
五老星に目を付けられているのは厳しいが、それを利用する手はない。


(五老星がなぜ転生した人間を知っているのか、転生した人間を探し出して何をしたいのか…分からないけれど…いい事ではないでしょうね)


転移者、というのは俗にいう異世界トリップの事だろう。
ミコトもあまり詳しくはないが、そういう小説を好んで読んでいた友人から少し聞いたことがあった。
五老星から聞かれるまで忘れていたが、彼らが単純に保護のために転生した人間や転移してきた人間を探すわけがない。
人間を見下していない彼らだが、根は天竜人だ。
男にも解放する前に釘を刺さなければならないだろう。


(アスカには…言わない方がいいかしら…あの子は記憶喪失だから転生したのか転移したのかなんて聞かれてもどちらにしても答えられないだろうし…そもそも証拠もなし…様子見にしましょう)


男の言う通り、麦わらの一味にアスカというキャラクターはいなかった。
それが単に原作には描かれていなかったが実は村にいたモブが何らかの理由でネームドキャラになり原作と関わりを持ってしまったのならまだいいが、五老星が探している転生者か転移者かのどちらかなら最悪だ。
モブにせよ転移者や転生者にせよ、ミコトにとってアスカはもう家族なのだ。
五老星が転生や転移者を探して何をしたいのか明確にされていない以上、下手に動いて気づかれるのは避けたい。
それに五老星が純粋に迷い込んだミコト達を保護したいだけなら、ミコト達には余計なお世話になる。
アスカはルフィの仲間、ミコトは海軍大将、男は新たな人生をスタートし、三人は自立できている。
今更転移者だから転生者だからと手助けは必要ないだろう。


(また呼び出されなければいいのですが…)


とはいえ、男との会話を海兵達に聞かれてしまっている。
スモーカーとヒナだけならいざ知らず、大勢のいる前で問われたのはまずかったのかもしれない。
人の口に戸は立てられないともいうし、下手をすれば五老星の耳に入るだろう。
誤魔化された五老星から他言無用とまで釘を刺されているのだから、転移者や転生者はごくわずかの人間しか知らないはず。
呼び出されても誤魔化せる自信はあるが、面倒ではある。
『五老星の耳に届きませんように!』と信じていない神に祈りながらミコトは身支度を整えた後会議に向かった。
すると騒々しい声で出迎えられる。


「おい!!やめろ!!」


丁度扉を開けたとき、会議に参加している一人の将校クラスの海兵が隣に座っていた同僚の首を素手で絞める場面に遭遇してしまいミコトは足を止めた。


「な、なにをする!!」

「違うんだ…!!手が…勝手に…!!」

「バカ言え!!ふざけてる場合か!!」

「そうだよふざけてる時ではない!イタズラはおよし!」


首を絞めている方が何故か必死になって手を放そうとしているようにみえるが、どう見たって相手を絞め殺そうとしているようにしか見えない。
周りが止めても手の力が弱まることはなく、閉められている男の顔が真っ赤になっていく。
そんな二人を叱る人物がいた。
ミコトはその人物へ目をやれば、高齢の女海兵…海軍本部の中将、おつるだった。
おつるは揉み合う男たちを通り越し、ある"男"を見ていた。


「ドフラミンゴ…お前の仕業だね?いい子だからおやめ。」


おつるが見ていた男、とは桃色のコートを着た大型の男…王下七武海であるドフラミンゴ・ドンキホーテだった。
ミコトも男たちの揉みあいをドフラミンゴの仕業だと読んでいたためおつるの言葉は驚きはない。
だが、ドフラミンゴがいることに内心驚いていた。
ドフラミンゴはおつるの宥めるような言葉に『フッフッフ!』と彼独特な笑い声を零す。


「フッフッフ!いい子だからか…フフ!!敵わねェなァ、あんたにゃ!おつるさん!!」


おつるにはバレバレで叱られたドフラミンゴだったが…その手は止まらなかった。


「―――だったらよ…さっさと話すこと話して…終わらせちまおうぜ!こんな集会!!」


長い付き合いであるミコトだけが聞き分けができる彼の不機嫌そうな声に合わすように、ドフラミンゴに操られ首を絞めていた男が手を放した。
しかしおつるに叱られ言うことを素直に聞いたかと思った男たちだったが、操られていた男はそのまま手を腰に指していた得物へ伸ばし剣を抜く。
それを見た首を絞められていた男は自分も得物を抜き、襲い掛かろうとする同僚に備えた。
将校ともあろう男たちが一人の海賊にもてあそばれているのを見てミコトはため息をつき、そして―――パン、と手を叩く。
するとその音と共に操られていた男の体がふと軽くなった気がし、己の手を見ようとした。
本来ならば操られているのだから手を見たくても見れない。
しかし…男の視界には己の手が移り、手を握るとその通りに手が動く。
男はようやく解放された。


「全く…遊ぶために来たのですの?」

「!―――ミコト!」


手を叩いた後、ミコトは部屋に入り呆れたような声をドフラミンゴに向ける。
その声に周りはミコトの存在に初めて気づき、ドフラミンゴは嬉しそうに声を弾ませミコトのもとへ向かう。
身長が3mを超える彼と平均より少し高めの身長しかないミコトの身長差は大きく、ミコトは歩み寄ってくるドフラミンゴを見上げる。
ドフラミンゴも愛おしい女性との再会に嬉しそうにニヤついており、ミコトの長く美しい髪を一房掬い上げ唇を寄せる。
まるでお姫様のような対応にミコトはまんざらではないように目を細め微笑む。


「あなたがいるなんて…明日は雨でも降るのかしら?」

「フフ!そりゃ酷い言いぐさだな!まあ言い返せはしないがな…なァ、ミコト…この後暇か?」


ドフラミンゴはミコトの言葉に笑みを深めた。
ドフラミンゴは、ミコトを愛している。
それも一人の女性として。
周りは女遊びが激しいドフラミンゴのお遊びだと思っているようだが、彼のファミリーやミコトはそうではないと知っている。
ミコト自身最初こそ女遊びを平気でし、女を口説くのも見たことがあるから遊びだと思っていて、その辺の女に飽きて自分がターゲットになったと思っていた。
しかし、そうではないらしく、ドフラミンゴは本気でミコトを愛している。
こうして会っては口説き、そして振られる。
最初は苛立ったりもし落ち込んだりもしたドフラミンゴだったが、慣れとは恐ろしいもので…このやり取りすら彼にとったら楽しいミコトとのコミュニケーションに変わっていた。
諦めない彼には感服するが、ミコトは遊びでも本気でもドフラミンゴは相手にしないつもりなので彼女もまたつまらない日常の中の楽しい会話だとしか思っていなかった。
上機嫌なドフラミンゴにミコトは首を振って『任務がありますの』と言っていつものお断りの言葉を音にした。
やはり今日も振られたが、それはいつもの事なので気にも留めていないドフラミンゴは大将の席に着いたミコトの隣に何故か座りあれこれ会話を咲かせていた。


(まったく…ミコトの前じゃ猫を被ってるようにおとなしくなるねェ…)


おつるは友人の孫であり、もう一人の友人の愛し子であるミコトに寄り添うように座り気を引こうとする彼と、ミコトが来る前の彼を思い出しそう思い重いため息をつく。
ドフラミンゴがルーキーの頃から知っているが、こんな嬉しそうに笑う彼を見たこともない。
しかし、今やトップの友人と同じく、おつるもミコトも新兵の頃から知っているためそれなりに可愛い孫のように思っている。
そんな子を海賊にやりたくないという気持ちも勿論ある。
しかし同じ女としてミコトがそんな気がないことも重々承知ではある。
だがやはり心配は心配だった。
『流されないといいけどね』と思っていると1人の男が入ってきた。


「……何をしている、ドフラミンゴ」


その男は帽子の上にカモメを乗せており、そばには可愛い山羊がいた。
男はミコトとミコトの隣に座り喜々として会話を弾ませているドフラミンゴを見て眼鏡の奥の瞳を鋭くしドフラミンゴを睨みながら声を低くする。
まさに不機嫌ですと言わんばかりの彼の正体は―――海軍トップ、センゴク元帥である。
センゴクは可愛がっている友人の孫にくっつくピンク色の毛玉に眉間をこれでもかと寄せていた。
しかし睨まれている本人であるドフラミンゴは『フッフッフッフ』と笑うだけでその椅子から退くこともなかった。


「その椅子はクザンの席だ…お前はそこに座る資格はない…一刻も早く退かんか。」

「フッフッフッフ!その青雉の姿はないようだが?空いている席に誰が座ろうが一緒だろう?」

「クズのお前とクザンを一緒くたにするな!いいからさっさと退かんか!」


会議室の机は円状を描く机であり、ミコトの席は大将ということもあり元帥に近い。
そのかわり七武海の席は元帥の向かい側であるためミコトとは遠い。
ミコトを見つめられるから嫌いではないが、やはり男として好きな女に触れていたいと思うのだ。
大将出席の会議には色々あり、四大将全員が出席しなくてはならない会議と、任意に出席する会議と、一人だけ出席しなければならない会議がある。
今日は後者であり、一人だけ出席しなければならない場合でも大将の席は空けることになっている。
ドフラミンゴが座っているのはミコトの隣の席である青雉の席。
それを指摘してもドフラミンゴは平然と返し、その態度にセンゴクの苛立ちは高まる一方だった。
仏のセンゴクとも言われている相手が怒鳴ろうとも海賊であるドフラミンゴは我が道を行き笑うだけ。
それを見兼ねたミコトがため息をつきドフラミンゴを上目遣いで見上げる。


「もう会議が始まりますわ…あなたの席があるのですからちゃんと席についてくださいな」

「……ミコトに言われちゃァ、しゃあねえなァ」


惚れた女に弱いのは海賊だろうと同じなのか…頭をかき、ドフラミンゴは席を立って己の席へと向かう。
自分の時と態度が違うことにやはり腹立たしさを感じるもいつもの事だと思うことにし、同じく七武海であり我関せずに本を読んでいたバーソロミュー・くまも座る。
センゴクも自分の席につき七武海が二人を見ながら話を進めようとする。


「はじめようか…これ以上待ってももう誰も来まい…6人中2人も来てくれるとは私の予想以上だ」

「だろうな…おれも来る気はなかった。島の興業が今あまりにもうまくいき過ぎて退屈なんで来たんだ」

「なるほど…それは迷惑な話だ…海賊の興業がうまくいく事程我々にとって不景気な話はない」

「フフフ!!随分な言い方じゃねェか!"仏"の名が泣くぜ?なァ?ミコト?」

「あら、おじさまの機嫌が悪いのは十中八九あなたのせいではなくって?」

「フフ!そうかァ?―――ああ、いや…そりゃそうか!"贔屓"してるミコトに海賊なんかにちょっかい出されてりゃそりゃ機嫌が悪くなるってもんだなァ!」

「…貴様は戦争しに来たのか!?それとも称号剥奪されに来たのか!?」


機嫌が悪いセンゴクにドフラミンゴは売り言葉に買い言葉とセンゴクに乗る。
センゴクの機嫌の悪さをいたぶるように楽しむドフラミンゴにミコトは内心頭を抱えてしまう。


「ドフラミンゴ…いい加減に……」


ミコトは別にドフラミンゴが自分を罵ろうとも貶そうとも平然としていられる。
海軍の中にもセンゴクからのまさに"贔屓"に陰口をたたく者もいるのも知っているし、言っている場面に出くわすこともあるため、それほど気にはしていない。
それに"贔屓"なんて可愛いもので、センゴクは男で老齢で権力者、ミコトは女で若く絶世の美女…と、いうのもあり下世話な憶測をする輩だっているくらいである。
それはクザンも例外ではなかった。
ミコトは気にもしていないが…センゴクは、そしてガープやクザンは可愛がっているというのもあってミコトよりも気にしていた。
贔屓にしているのは…まあ、事実だから言い返せないし、正直三人ともそれで悩むのは当の昔にやめており今では開き直っている。
それに関してミコトも気にしていないのも知っているが、やはりミコトの実力を疑われているのは"贔屓"している側としたら面白くないし腹立つものがあった。
周りがなんと言っているか知らないが、ミコトが大将となっているのはまさに実力なのだ。
大将にミコトを決めたセンゴクがそれを一番理解している。
他の三大将と共にミコトもまた海軍の、世界政府の要でもあった。
ドフラミンゴはミコトの実力を知っているし買っているため彼の揶揄に対し怒りを覚えることはないが、挑発につい乗ってしまうのだ。
これもまた"贔屓"と言われると分かってはいるが、孫娘のように可愛がっているミコトにつく悪い虫だと思うとどうも我慢が効かなかった。
おつるはミコトと同じようにセンゴクの孫馬鹿さ加減に頭を抱えながらも『ここにガープとクザンがいなくてよかったよ』と心から思った。
あの二人もそろっていれば今頃この会議は血の会議と言われるだろう。
ミコトもいい加減とめに入ろうとしたその時―――


「つまらぬ言い合いが聞こえるな…おれは来る場所を間違えたかな?」


ミコトが止める前に意外な人物が会議室に入り一瞬だけ静まり返る。
ミコトも聞き慣れた声に止めに入ろうとしたのも忘れ珍しく微かだが目を丸くしていた。
その意外な人物とは…


「"鷹の目"!?」


ドフラミンゴとくまと同じ七武海の一角である…鷹の目ミホークだった。
唖然とする中、鷹の目は堂々と部屋に入っていく。


「"海軍本部"に"七武海"…対峙する勢力同士ではその"円卓"もあまり意味を成さんようだな」

「…まさか…お前が…!!」

「これはこれは最も意外な男が来なすった!」

「…フン……何、おれはただの傍観希望者だ…今回の議題に関わる海賊達に少々興味があってな…それだけだ」


鷹の目の登場に争う寸前までいっていた二人は言い争いをやめる。
それにおつるをはじめとする海兵たちはホッとしながらもやはり彼らもまさかの人物に驚きが隠せなかった。
ミコトは鷹の目の"議題に関わる海賊達"と聞き、弟を思い浮かべながら上げかけていた腰を下ろし直し誰よりも冷静さを取り戻す。
珍しい者が来た…そう思ったその時、また新たな登場人物がやってきた。


「ならば私も傍観希望ということでよろしいか?」

「…!!」


その新たな登場人物とはミコトの見覚えのない顔をしていた。
…だが、見覚えのある顔でもあった。
その人物は細身の体をしており、窓に腰かけていた。
しかしここは海軍本部であり、最上階に近い会議室…本来ならネズミ一匹侵入できないはずの場所だった。
ミコトはその細身の男を見つめる。
その瞳は険しく鋭かった。


「貴様!!何者だ!!一体どこから入ってきた…!!」


センゴクも突然現れたような男に声を荒げる。
姿がどう見ても海兵ではないのだ。
男はセンゴクの言葉など返さずにこりと笑いながら窓際から降りる。


「傍観というのも少々違いますか…しかし流石にそうそうたる顔ぶれですな……あわよくばぜひ、この集会参加させていただきたく参上いたしました…この度クロコダイル氏の称号剥奪に受けて後継者を探しておいでではないかと…」


男はトン、と降りてステッキを回しステップを踏む。
まさに怪しい男に将校たちも、そしてドフラミンゴやくまも警戒を高めているように見えた。
どうやら男は後継者候補を伝えに来たようで、ミコトはそんな男を横目で睨むように見つめる。


「余計なお世話だわ、消されたくなければ即刻この場から去りなさい―――鬼保安官ラフィット」


ミコトはこの男を知らないが、知っている。
漫画で見たことがあるのだ。
それもそのはず…この男…ラフィットは愛する弟の一人…エースを危機に晒す発端になる海賊団の1人なのだから。
それに噂程度に聞いたことがあったのもあった。
ミコトの言葉にセンゴク達も驚きが隠せない表情を浮かべ、ミコトを見つめていた。
ラフィット本人もまさか海軍大将の一人に自分の名を覚えてもらっていたとは思ってもみなかったのかセンゴク達ほどではないが少しだけ驚いたように目を見張った。


「おや…おやおや、海軍大将である黒蝶殿に知っていただけていたとは…これは恐縮千万」


海軍大将の一人であるミコトはラフィットも知っている。
顔も整っているため新聞でもよく取り上げられているから知っていた。
そんな大将の一人に名前を知ってもらっていたとなると、やはりどんな悪徳な人間でも嬉しいのだろう。
クルクルとステッキを回すラフィットを尻目にセンゴクは隣にいるミコトに問う。


「知っているのか、ミコト…」

「噂程度ですが一応…"西の海"で広く通っていた保安官だとか…情報も度の超えた暴力で国を追われた男としか…」


ミコトを見ればいつもの微笑みが消えており終始ラフィットを睨みつけていた。
それを見てセンゴクは内心驚き、そして突然の乱入者への警戒を改めて強くする。
あのミコトが笑みを消して睨みつけているということは…実力はどうであれ警戒すべき人間だということである。
ミコトとセンゴクの会話にラフィットはくすりと笑い『昔の話です…今は私の事などどうでもよろしい』と切って捨て続ける。


「私は"ある男"を"七武海"に推薦したくここへ来たのです―――その名もマーシャル・D・ティーチ。」

「ティーチ…!?」

「そう!それが我が海賊団の船長の名前…」


どうしても推薦したいという男…それはティーチという無名の船長の名だった。
その名にミコトは拳を握り、怒りを抑えるように奥歯を噛む。
そんなミコトに気付かないままセンゴクは聞いたこともない海賊の名に鼻で笑う。


「知らんな…どこの馬の骨とも分からん奴ではほかの海賊共への威嚇にならん」

「ええ!承知しております…その辺りもぬかりなき計画を立てておりますので少々時間を頂きたい」

「名前も聞いた事のない海賊の戯れに構っていられるほどわたくし達海軍は暇ではなくってよ…恥をかく前に今すぐ撤回し、ここから出ていきなさい…今なら追わないであげるわ」

「おや…戯れなんて心外ですねェ…我々はいたって大真面目ですよ?」

「真面目には聞こえないのよ…名も知られていない海賊が"少々時間"をかけてドフラミンゴ達と同格でいられるほどこの席は甘くはないわ……そのティーチという方がどのようなお方は存じてはいないけれど……海軍を舐めていると痛い目見るわよ」


その一瞬、会議室の空気が凍り付いた。
ミコトは基本、傍観していることが多い。
そのミコトがラフィットに食って掛かるのを見て驚きが隠せなかった。
一同ミコトを見つめ、ラフィットも綺麗な顔で辛辣なミコトに怯えるわけでもなく『怖い怖い』と楽し気に笑い、『そう噛みつかれなくても悪いようにはしませんよ』と言って帽子のツバに手を伸ばす。


「我らが一味の名は―――"黒ひげ海賊団"…ご記憶くださいますように…」


そういってラフィットは帽子を上げて別れのあいさつをし…その場から去っていった。
ミコトはラフィットの去っていった方向を睨みつけながら見送るしかできなかった。

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