(12 / 293) ラビットガール (12)

ルフィを助けたその夜、シャンクスは痛みと熱に苦しんでいた。


「……ッ」


素早い応急手当のおかげで大事にはならなかったが、娘とルフィが泣きじゃくってシャンクスから離れなかった。
終いには『(シャンクス)(パパ)が死んじゃう〜〜!!』と腕一本無くした傷を負ったとしてもまだピンピンしているのに叫んで大変な思いをした。
それでも心配してくれるルフィと娘を思い出したシャンクスは彼らの可愛い姿に少しだけ痛みが遠のいた気もした。
2人はシャンクスとずっといると言っていたが、タフなシャンクスだが、腕一本失った痛みをずっと我慢し心配させないように平然と装うのは骨が折れ、何とか説得して2人には離れてもらった。
その時の悲しそうな2人の表情を思い出し、胸が締め付けられるように痛くなったが、これ以上2人を悲しませたくはなかったため仕方ないと言えば仕方ない事である。
明日になれば痛みに慣れるだろうとから明日は一日中二人を構い倒してやるか、と思っていると誰かがシャンクスがいる船長室の扉を叩き、シャンクスはすでに失った腕の痛みを和らげるように擦っていた手を止め、扉へと顔を上げる。


「ッ、誰だ?」

「…わたくしです」

「!――、入っていいぞ」


シャンクスの元に訪ねて来た人物…それは意外な人物だった。
シャンクスの許可を得て入ってきたのは、ルフィの姉であるミコトだった。
入ってきたミコトの表情は少し頬に悩ましい影が差しており、いつもより元気がないように見える。
それに不思議に思いつつも入ってきたミコトにシャンクスは痛みを耐え笑顔を浮かべた。
そのシャンクスの笑顔が余計に無理をしているように見えてミコトは無意識に眉間にしわを寄せる。


「珍しいな、ミコトがおれを訪ねてくるなんて…おれの船に来たのも初めてなんじゃないか?」

「…………」


ジクジクと鋭く刺すような痛みに耐えながらシャンクスはミコトに心配を掛けさせまいといつも通りに装いおちゃらける。
ここでいつも通りならばミコトはおちゃらけるシャンクスを呆れた目で見つめ辛辣な言葉で返すのだが、今日は呆れた目線どころか言葉すらなく、何も言わず扉の傍で立ち尽くすミコトにシャンクスは怪訝とさせる。
訝しながらミコトの名を呼べば、ミコトは無言を貫いたままゆっくりシャンクスがいるベッドへ歩み寄り、ベッドの脇に座り恐る恐るシャンクスの腕へと手を伸ばす。


「ミコト?」

「……………」


ミコトが伸ばしたその腕はすでに失っており、まだ傷口が新しいため包帯が巻かれていた。
シャンクスが痛まないように優しくミコトの小さな手が撫で、何も言わず失った腕を撫でるミコトにシャンクスは何がしたいのかが全く見当がつかず戸惑った表情を浮かべる。
またミコトの名を呼んだその時―――シャンクスの傷の痛みが消えた。
まるで解けるかのように消えていく痛みにシャンクスは目を丸くさせた。


「痛みが…消えた…」

「……………」


気のせいか、完全に痛みが治まり出血も完全に止まったシャンクスの顔色は幾分かいいように見える。
それを確認するようにミコトは腕に伸ばしていた手をシャンクスの頬へ伸ばし、シャンクスを表情なく見つめる。
自分を見上げるミコトの瞳は不安げに揺れており、美しいその瞳からポロリと雫が落ち、シャンクスはぎょっとさせ慌てる。


「ミコト!?ど、どうした!?どこか怪我でもしたのか!?せ、船医!待ってろ!今船医を…!!」


ずっと口を閉じシャンクスを見つめていたと思えばミコトは突然涙を零し、シャンクスは予想外の展開に慌てふためく。
あわあわとさせるシャンクスが立ち上がろうとした時、ミコトがシャンクスの服を掴んだ。
シャンクスはミコトの手を振り払う事も出来ず座りなおし、そんなシャンクスにミコトは流れる涙を止めずじっと真っ直ぐにシャンクスを見つめ、頑なに閉じていた口をゆっくりと開く。


「心配しました…すごく、すごく…」

「あ、あぁ…すまん、ルフィに怖い思いをさせてしまって…」

「ッ――違います!」


ミコトの口から出た言葉にシャンクスはミコトが溺愛している弟を心配しての言葉だと思い、謝る。
だが、ミコトは謝るシャンクスに首を振り、シャンクスはそんなミコトに目を丸くさせ驚いた。
ミコトは涙も止めず頬を雫で濡らしながら苦しそうに顔を歪め俯き、発せられるミコトの声は震えていた。


「……違うんです…心配したのはあなたの方です…」

「おれ…?」


ミコトが心配した、という人物はなんと自分だった。
シャンクスは思わずミコトの言葉にシャンクスは聞き返し、ミコトは俯いたまま頷き、頷いた拍子に涙が零れ落ちる。


「ルフィも勿論心配しましたわ…でも、あなたの腕がなくなっているのを見て頭が真っ白になって…どうしたらいいか分からなくて…」

「ミコト…」

「あなたがあんなモノに負けるとは思っていませんでしたけど…ですけど…あなたの腕からあんなに血が出ているのを見て…わたくしは…ッ」

「ミコト…泣くな…」

「誰が泣かしてると思っているんですかっ!」

「おれ、だな…ごめんな?」


ミコトの言葉にシャンクスはミコトが心配し悲しんで涙を流しているというのに顔がニヤついてしまう。
あれほどツンケンし素っ気なかったミコトがこんなに言葉にしてルフィやアスカではなく天敵と断言している自分を心配してくれるのがとても嬉しかった。
正直脈なしだと思っていたシャンクスは、好いた女が泣いているというのに心は一気に晴れていく。
泣かしているのは慰めている本人だというのに呑気な言葉にミコトはシャンクスをキッと睨む。
俯いていた顔を上げて睨めば、心配していたシャンクスの顔はニヤニヤとニヤついており、ミコトはその顔を見た瞬間ムカッとし、思わずペチリとシャンクスのだらしなく緩んでいる両頬を手で軽く叩き、そのままむぎゅっと抓って伸ばす。


「ばかッ!なんでそんなに嬉しそうなのです!」

「ごめんごめん!だって嬉しくてさ…嫌われてると思ってたミコトに心配されて、しかも泣いてもらってさ…おれ、今すごく幸せだなァって思って…」

「……ばか…」


当然だがゴム人間のルフィより伸びないその頬を抓られながらもシャンクスの顔は緩みっぱなしだった。
ミコトはシャンクスの言葉に一瞬戸惑った表情を浮かべたが、ニコニコと本当に嬉しそうにしているシャンクスに落ち着いたのか抓っていた手を放し、フイッと顔を背けた。


「……別に…あなたの事は、嫌いではありませんわ」

「…へ?」


そっぽを向いたミコトの言葉にシャンクスはキョトンとなり、ミコトは気まずいのかそっぽを向いたまま続ける。


「確かに…最初は死ぬほど嫌いでした…だってルー君が海賊に憧れたのはあなたのせいだもの…でも…あなた方と話しているうちに嫌いだなんて思う事もなくなりました…だから…きっと、あなたが腕を失った事がショックなのでしょうね…心ではあなた方を…あなたを認めていたから…」

「ミコト…」

「まぁ、あなたの過激なスキンシップは鬱陶しいですが…」


シャンクスは本当にミコトに嫌われていると思っていた。
初めて会ったミコトのあの冷たい瞳をシャンクスは今でも忘れない。
ミコトは本当にあの時はシャンクス達を嫌っていたのだ。
喋りかけても無視し、決して視界に入れず、入れても睨むか無視かのどちらかで出来る限りシャンクス達がいるときは酒場にはいかなかったし、家に閉じこもっていた。
こうして話すようになったのも最近である。
憎まれ口を叩くようになるほどミコトはシャンクスを認め、シャンクスはだからこそ素っ気ない態度を取ろうともそれがミコトが照れているための行動だと知っていた。
だからシャンクスは嬉しくて笑顔を浮かべてしまう。
嬉しそうな笑みを横目で見ながらミコトはまたそっとシャンクスから目を逸らし、目を伏せた。


「あなたはこれから北へ行くのでしたね」

「あー…まあ、な…」

「…アスカはどうなさるおつもりです?あの子はあなたの娘でしょう?」

「………」


ミコトはシャンクスから次の出航を最後にもうこの村には戻ってこないと聞いていた。
この村を拠点としていたシャンクス達だが、ずっとこの村に立ち寄ることなど出来るはずもない。
シャンクス達は海賊であり、無法者である。
捕まって当然の存在で、それが例え罪のない人を傷つけない"いい海賊"であっても、海賊と名乗った時から彼らは危険な存在となる。
だからずっとその村に居座ることはあまりしない。
ミコトは村に戻ってこない事は別に反対はしない。
ただ寂しいとは思うが、その感情を今更彼らに言うなど恥ずかしくて言えなかった。
まあ、言わなくても彼らなら気づいてはいるだろう。
ミコトはシャンクス達に懐いていたルフィが寂しがるだろうと思いながらも、やはり気になるのはシャンクスの娘になったアスカ。
それをシャンクスに言えば、シャンクスは黙ってしまう。
黙りこくるシャンクスをミコトはそっぽ向いていた顔をシャンクスへ向け、真っ直ぐシャンクスの目を見上げる。


「わたくしもあなたを追うように村を出て海軍に入ります…」

「ああ」

「わたくしは休暇でこの村に戻れますが…あなたは違う…あなたはもうこの村には戻らないのでしょう?」

「ああ」

「…あの子を置いていくのですか?あの子はあなたの娘なのに?」

「………」


まっすぐ自分を見るミコトの瞳はいつもの力強い意志が籠った瞳をしていた。
前を向き未来へ歩もうとするミコトの言葉にシャンクスは思わず口を閉じてしまう。
シャンクスもアスカの事は気がかりだった。
何も知らない人はシャンクスが何の考えなしに同情してアスカを娘にしたと思われがちだが、シャンクスは責任のない行動はしない。
それは幹部達やこの村の住人達は重々知っており、だから誰もシャンクスがアスカを養子にしたことを責めはしないし、あれをしろこれをしろと強制はしない。
だが、シャンクスは海賊である。
娘がいるからと特定の海ばかり泳いではいられない。
それを指摘され痛いところを突かれたシャンクスは困ったように片方しかない手で頭をポリポリとかいた。


「…おれ達は明後日、この村を出る。」

「ええ」

「その前にアスカにそれを伝え許しを請うつもりだ……『お前を置いていくことを許してほしい』と…」

「……やはり…連れて行かないのですね…」

「当たり前だ…あの子は海賊の娘だが、あの子自身海賊じゃないんだ…それにまだ子供だ…連れていけるはずがない…」

「……」


ミコトはシャンクス達からもうこの村に戻らないと聞いたときからなんとなく予想はしていた。
でも父という存在を手にしてすぐに父が離れるというのはあまりにもアスカが可哀想だと思った。
やっと人を愛し、愛されるという事を知ったというのに。
だが、連れていけとはミコトは言えなかった。
シャンクスの気持ちも分かるし、ミコト自身もルフィにもアスカにも危険な事はしてほしくなかったから。
だからシャンクスの言葉に何も言えなかった。

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