(125 / 293) ラビットガール (125)

結局空の騎士からは有力な情報を得ることは出来ず、振り出しに戻ってしまった。
どうやって上へ向かうのかわからないまま、ルフィがそれを聞こうと笛を吹こうとしナミとウソップが阻止しアスカが笛を没収ている中、チョッパーが何かに気付いた。


「なァ、あそこ見てくれ!」

「何かしら…滝の様にも見えるけど」

「変な雲だろ?」


船長のルフィがナミとウソップに顔を容赦なく引っ張られコ、コ、としか喋れない中、ゾロは仕方なくアスカの方へ振り返る。


「で、どうすんだ」

「は?なんで私に聞くの」

「お前副船長だろ」

「はあ!?ちょ、なにそれ…初耳なんだけど!!」


ナミとウソップに容赦なく頬を引っ張られている幼馴染を見ていたアスカは突然ゾロに進路を聞かれ怪訝とゾロを見た。
更に続けられたゾロの言葉にアスカは驚愕の声を零す。
心の底からの『初耳』にゾロは片眉を上げた。


「聞いてないのか?俺らの中で副船長は誰だって話題になってお前になったんだよ」

「いや聞いてない!聞いてないよ、それ!!いつ!?いつ話題になったの!?」

「あー…ありゃ確か……アスカが見張りの時の話だったっけ?そりゃゾロお前…アスカは知らねえわな」


ゾロ的には既に決定事項であり、アスカに知られていると思っていたらしい。
しかもウソップの話によればそれはゾロだけではなくルフィやナミ、ロビンですら知っており承諾し納得している事項で、この場でこの船の中で唯一知らされていなかったのが、アスカだけだったらしい。


「ちょっと待ってよ!なんで私のいない時にそんな重要な事話し合うわけ!?っていうかそこに重要な人いないよね!?私抜きだったよね!?っていうかそれ普通みんな揃ってるときに話し合うはずの議題だよね!?」

「だってお前あの時見張り台にいただろ?」

「そりゃいるよ!!当番だったもん!!でもそういうのって全員の意見を聞いて決めるべきでしょ!?なんで私が副船長!?」

「そりゃぁ…なあ?」

「ええ…だって、アスカ以外に誰がルフィの暴走を止めれるの?誰がルフィについていけるの?」

「そ、そこ!?理由それ!?誰がって…あのさ…ぶっちゃけてさ…思い出してみてよ!誰がルフィの暴走を止めるって…私も止めれませんですけど!?ここ来る時だって私の言葉聞く耳なかったじゃん!こいつ!!」

「いいからいいから…ほら、あんたとルフィ、幼馴染だし…ね?」

「幼馴染は関係ないでしょーーが!!」

「おい!アスカ!!お前なんなんだよ!副船長嫌なのか!?副船長だぞ!!お前ベンにめっちゃ懐いてたじゃねーか!!」

「それとこれとは違くない!?確かに私ベンにも懐いてたけど!!だからってなんで副船長につながるの!?あと嫌に決まってるじゃん!絶対あんたの尻拭いさせられそうな役目っ!!」

「なんだよ!お前!!そんなにおれが嫌いなのか!?」

「そんなわけないじゃん!!大好きだよ!!」

「そうか!ならいい!」


アスカは珍しくも声を上げて抗議した。
が、すでに彼らの中では決定事項だったからか誰もが抗議するアスカを不思議そうに見ていた。
サンジですら『お、落ち着いて!アスカちゃん!!』と宥めるだけでアスカの味方ではなかった。
時期的にどうやらアラバスタから離れてしばらくたった頃らしく、ゾロがクロコダイルと対峙したルフィの時を思い出し、副船長を決めた方がいいと言いだしたかららしい。
その時からゾロはアスカを副船長にと考えていたためアスカを呼ぶこともなく、みんな話し合った結果……その場にいないアスカが副船長となったらしい。
副船長を毛嫌いしているアスカにルフィはそんなに自分が嫌いなのかと柄にもなく傷ついていたのだが、即答の大好きを貰い機嫌を直す。
喧嘩がまた始まるのかとハラハラしていたウソップ、ナミ、チョッパーだったが、アスカの大告白にずるりとコケるコントを見せた。
アスカはこれまでに出したことないほどに腹に力を入れて『はい!!!』と声を出し、ピシッと綺麗に天まで届くような挙手をした。
そんなアスカにウソップが『はい、アスカ君』とアスカを指さす。
アスカは発言権を貰い背中を伸ばして意見を述べる。


「私は副船長はゾロ君がいいと思います!!」


アスカは副船長が自分でなければ誰でもいいと思い、自分を抜きに勝手に副船長に仕立てた一人であるゾロを指名した。
指名されたゾロは『はあ!?』と声を零しアスカに食って掛かる。


「おいおい!!ちょっと待てよ!!もうコレは決定したことだろ!?副船長はお前だろ!!アスカ!!」

「それはおかしいと思います!!全員一致でないのなら決定ではないと思うんです!!なので私はやり直しを申し立てます!!」


副船長=ルフィのお守り役はアスカで決定したのだが、そのアスカ本人が異議申し立てをし、更にはゾロを推薦する。
『実力からしたらあんたかサンジでしょうが!!諦めなよ!!』という副音声も聞こえ、ゾロも『諦めきれるかああ!!おれは自由に暴れたいんだよ!!』と声を荒げアスカにつられたのか挙手をする。


「異議あり!!これはすでに決定している事だ!その異議申し立ては受け入れない!!!」

「なんでよ!!」

「多数決でお前で決まったからだ!!」

「じゃあもう一回多数決で決めようよ!!私がいないのに多数決で決定とか絶対ありえないから!!裁判にもならないから!!」


そう言ってアスカはゾロ達の意見など聞きもせず『ゾロが副船長がいい人ーーっ!!』と問う。
しかし…手を挙げたのはアスカだけだった。
点、点、点、と点が続き静まり返る。
アスカはその空気に負けそうになりながらもサンジ、ナミ、ウソップ…と仲間の名前を一人残らず上げた。
しかし手を挙げたのはアスカだけだった。
アスカは半分泣きながら怒鳴り声を上げる。


「………おかしいでしょ!?なんでみんな手挙げないの!?」

「挙げてるだろ」

「挙げてないよ!!誰一人挙げてないよ!!」

「挙げてるって…―――副船長はアスカがいい人〜」

「「「はーい!」」」

「なんでよおお!!」


アスカの半狂乱な言葉にゾロが首をかしげる。
が、アスカ以外手を挙げている人なんていなかった。
それが、アスカが副船長がいいかとウソップが代表で問えば全員が手を挙げた。
ロビンすら手を挙げる始末で、アスカは頭を抱えその場にかがんでしまう。
普段の落ち着きとは真逆のアスカの荒れように流石に同情したのか、ナミがアスカの頭を撫でる。


「ま、まあまあ、そう落ち込まないでよアスカ」

「そうだぜ!おれは副船長がアスカちゃんで正解だと思うよ?」

「…正解なんてありはしないよ…だって世の中は理不尽なことで一杯なんだから…」


ナミの反対にサンジが歩み寄り、同じく慰めるように丸まった背中を撫でる。
過保護組が味方でないなら今のアスカに味方はおらず、拗ねてしまったアスカにナミもサンジも困ったように笑った。
そんなサンジとナミを恨めしそうにアスカは見る。


「大体さぁ…実質、この船の実権握ってんのナミじゃん?じゃあナミでいいじゃん?」

「いや、でも…私航海士だし…ね?」

「航海士兼副船長でいいじゃん」

「やぁよ!私がルフィの奇天烈な行動についていけると思ってるわけ?」

「ナミ、それ私のセリフ…じゃあサンジは?サンジ強いし…」

「ありがとう、アスカちゃん…でもおれはアスカちゃんも強い子だって知ってよ!」

「ごめん…会話になってない…」


ゾロが駄目なら誰でもいいから誰かに副船長になってもらおうとしていた。
しかし自分に甘いナミとサンジですら名乗り出ることもなければ自分が代わりになってやとうとも言わない状態でアスカは段々抗う気力すらなくなっていく。
重すぎる顔をゆっくりと上げながらアスカはルフィ達を見渡す。


「私…弱いよ?」

「んなもんおれらより強ェくせに何言ってんだ!」

「そうよ!それにキャプテンに強いも弱いもないでしょ?」

「……ルフィの手綱、握り切れてないけど」

「そんなのおれ達だってそうさ、アスカちゃん…こいつの手綱握れる奴いたら会ってみたいもんだ」

「……ルフィと行動すること多いよ」

「いいっていいって!どうせ副船長だろうが何だろうがこいつは人のいう事聞かないしな!」

「じゃあ副船長決める意味なくない!?」

「なに悩んでんだよ〜!アスカ!何が不安なんだ?大丈夫だって!アスカは副船長が似合うって!な!」

「…………」


『あの中じゃベンに一番懐いてたしな!!』と二カッと笑う幼馴染にアスカはむすっとし黙り込んだまま太陽のような笑顔を浮かべるルフィの頬をこれでもかと引っ張る。
『いひゃいいひゃい』と痛くはないが、昔の癖が抜けきれないルフィは言葉になってすらいない言葉をつぶやく。


「まあまあ、落ち着けって!でもまあ…多数決で決まった事だし!アスカが副船長で決まりな!」

「違うじゃん!!さっきの全然公平じゃなかったじゃん!!!」

「でも決まりは決まりだし!」

「そんなんみんながやりたくないから押し付けてるだけでしょ!?」

「ふぉふぉふぃふふぁ!」

「よろしくな!じゃなああい!!」


アスカ以外がアスカを副船長として推しているため、7対1ではアスカの分が悪かった。
アスカの叫び声は虚しいかな…青々とした空に消えてしまう。

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