(140 / 293) ラビットガール (140)

夢を、見た。

幸せな夢。
あの以前熱に侵された時見たことのある、二人のうちの一人…派手な男の人があのうそつきノーランドの絵本を読んでくれる夢。
また幼い少女に成り代わった夢。
あの人は見飽きてるし読み飽きてるのに、夢の中のアスカが望めばその人は何度も何度も読んでくれた。
アスカはその人が大好きだった。
甘やかせてくれるし、望むもの全てをくれる。
だけどそれ抜きでもその人の事が大好きだった。


「ねえ、『――』…おーごん、ってなに?」


今日もその日はその人とノーランドの絵本を読んでいた。
大きなベッドの上で二人してうつ伏せで並んで横になって、絵本を見ていると、まだ幼い夢の中のアスカは『黄金』という意味が分からなかった。
まだ幼いアスカの質問にその人は『分かってなくて信じてたのか?』と小さく吹き出した。
笑われたアスカはむっとさせその人をポカポカと小さな手で殴る。
大人のその人にとって子供のアスカでは痛くもなく、その人にとってはそれさえも可愛いと思ってしまう。
ポカポカと殴るアスカにその人は笑いながら謝りアスカを腕の中に閉じ込めた。
腕に閉じ込められたアスカは最初こそじたばたと抵抗したが、いつもその抵抗は無駄に終わり、結局またいつものようにその人の腕に収まってしまった。
その人はまだ頬を膨らませ謝りながら黄金の事を教える。


「ふーん…おーごんって宝石より価値あるんだね」

「あー…まあ…大体そんなもんだな……欲しいか?」

「なにが?」

「黄金。」


黄金の価値を教えても所詮はまだ子供…価値はあるとは理解したが、すべてではなかった。
それでも勉強にはなり、嬉しそうに笑うアスカをその人は愛おしそうに目を細めた。
その人の言葉にアスカはキョトンとなりその人を見上げると、その愛おしそうな目と目が合う。
その人は目と目が合い腕の中にいるアスカの頬に手を触れる。
その人がよく触れる大人の女性とはまた違ってまだ幼いアスカの頬は柔らかくて、いつまでも触れていたいくらいであった。
そんな柔らかいアスカの頬をその人は親指の腹で擦るように撫で、首をかしげるアスカに答えた。
『黄金が欲しいか』という問いにアスカはキョトンとなるが、意味を理解したアスカは『ん〜』と考えるそぶりを見せ、そして…


「んーん、"――"、おーごんいらなーい」


黄金はいらないと答えたアスカにその人は意外だったのか目を丸くした。


「なんでいらないんだ?」

「んーとね、おーごんに興味ないから?"――"の宝物はこれだもん!」


これ、と言って見せた宝物は、さきほどまで彼に読んでもらっていた絵本だった。
出身の海では誰でも知っている絵本。
アスカにとって、この絵本は黄金にも匹敵する宝物である。
子供らしい可愛い宝物にその人は目じりを下げ優しく微笑んだ。


「そうか…それが"――"の宝物か」

「うん!これね、"――"、大好きなの!」


小さい頃から傍にあったこの絵本がアスカにとって宝物だった。
といっても夢の中での話ではあるが、アスカは得意げに開けっ放しの絵本をポンポンと叩く。
にぱっと笑って自慢げに話すアスカにその人はつられたように笑みを深める。


「ね、『――』の宝物ってなに?」


自分の宝物を教えたアスカは、不意にその人の宝物が気になった。
コテンと首をかしげて見上げてくる子供に、その人はそういう質問を聞かれると思っていなかったせいもあってか少しキョトンとした表情を見せた後、いつもの表情を見せアスカを抱きしめる力を強める。


「そうだなァ…おれの宝物は―――お前だよ、"――"」


幼い夢の中のアスカはその人の宝物を想像した。
さっき教えてくれた"おーごん"なのだろうか、それとも宝石なのだろうか…
そう想像して楽しんでいたのだが…その人からの回答に今度はアスカがキョトンとなってしまう。
その顔にその人は目を細め笑いアスカの頭を撫でる。


「『――』の宝物は"――"なの?」

「ああ、そうさ…もう少し"――"が大きくなって、もし黄金に興味を持って欲しいというなら、いくらでも用意してやる…島が欲しいと言えばいくらでも買ってやる…"――"が全てが欲しいと言うなら、おれは全てを与えてやる…それぐらいおれは"――"を愛しているんだ」


まだ夢の中のアスカは幼いからその人の言っている意味が分からなかった。
けど愛されているという事は理解した。
生返事を返しながらアスカは『あ!』と何か思い出したように声を零し、上半身を起こしてまだ横になっていたその人の顔を覗き込む。


「人が宝物になれるならさ、"――"の宝物、『――』達だよ!!」


アスカは宝物は物しか当てはまらないと思っていた。
しかし彼の宝物を聞いて、人も宝物に当てはめていいのならと彼らを宝物に当てはめた。
その人は一瞬呆けたが、あれほど好きだった絵本よりも自分たちを選んでくれたことが嬉しくて笑みを浮かべ、再びアスカを抱きしめた。


「そうかそうか!"――"の宝物はおれたちか!」

「うん!」


その人が嬉しそうにしてくれたから、アスカも更に嬉しくなって自分からその人に抱き着く。
抱き着く小さな体にその人はアスカの頭を撫でた。
アスカは…夢の中の少女は、心からその人からの愛情を感じていた。







嗚呼、と夢の中の少女を見ていると無性に父を思い出す。
短い間しか一緒にいられなかった父だが、それに負けないくらいの愛情をくれた。
だからアスカも父を愛した。
父を思い出し懐かしんでいると突然風景が変わった。
それもチャンネルを変えるようにぶつりと。
さきほどまでベッドの上にいたのに、今の夢の中の少女は可愛い服を来てあの絵本を手に一人でいた。
周りはクッションやら人形やらとまるでお人形ハウスのように可愛く夢の中の少女が喜びそうなものばかりで埋もれていた。
そこにはおもちゃもありあの絵本以外にも沢山の絵本があるから恐らく少女の遊び部屋なのだろう。
勿論、ここは夢の中。
その夢の中の少女の視点はアスカの視点でもあった。
夢の中のアスカは絵本に夢中で周りが見えていなかった。
その絵本も最後の文字を見終えるとその集中していた意識も自然と切れる。
周りを見渡せば誰もいなかった。
アスカは首を傾げながら立ち上がって扉へと向かう。


「わっ!」


扉を開けると、向こう側にいたらしい人も丁度扉を開けるところだったのか、その力でアスカは前に倒れてしまい、誰かにぶつかってしまった。


「わ、わ〜!!"――"様!?大丈夫ですか!?」


どうやらこの夢を見て初めての登場人物のようで、顔は相変わらず見えないが声が聞いたことがない声だった。
大人にぶつかっては子供の体は跳ね返されてしまい、アスカは尻もちをついてしまう。
大人は慌ててアスカに駆け寄り起こそうと手を差し出した―――が、その動きがピタリと止まる。


「…?」


自分に差し出した手をそのままにピタリと動きを止めた大人をアスカは不思議に思い見上げた。
その瞬間、大人の体が倒れ…―――死んだ。
アスカは人の死体を見ても何も思わなかった。
ただ死体を見ていると見慣れた靴があったから目線を再び上に向けた。
そこにはあの人がいた。


「てめェ…おれの"――"になにしやがった」


風景が変わる前のあの人だと思えないほど、今のあの人はすごい剣幕だった。
恐らく他人が見れば恐れるほどの。
でもアスカは不思議とその人が怖いと思わなかった。
アスカが何か言う前にまた誰かが来た。
今度はあの人の後ろからだった。


「すまんすまん!ちょっとトイレに…」


どうやらアスカは一人でいたわけではなく、この死体となった人とあとから来た人と一緒にいたらしい。
しかし悠長にもトイレにいっていたらしい大人は死体を見て悲鳴を上げた。
その瞬間、その人はその大人の人も傷つけた。
殺していないのか悲鳴を上げてのたうち回る大人をアスカはやはり感情もなく見つめる。
感情があるとすれば『うるさいな』程度だろう。
そこに夢を見ながらもアスカは違和感を感じた。
夢は所詮夢…アスカの思い通りには動かせない。


「『――』」


アスカは背を向けのたうち回る大人を冷たく見下ろしているその人に声をかけた。
その人はアスカの声に反応し振り替える。
アスカは夢の中の少女が何を言うのかと思った。
恐怖を感じていないようだが、それは夢の中だからだとか憑依しているからとか思っていたのだが…


「血」


少女は…アスカはただ一言だけそう言った。
尻もちをついている夢の中の自分の足元を見れば…死体となった大人の体から血溜まりがこちらに流れているのが見えた。
それを見てアスカは


――服が汚れる…


そう思った。

そこで夢は覚める。




「―――ッ!!」


アスカは飛び跳ねるように起き上がる。
目覚めの悪い夢にアスカは息を荒くした。
腹からズキリとした痛みが走ったが、それに気づかないほど今のアスカは余裕がなかった。
呼吸を繰り返していれば何とか息を整えることができ、少しずつ荒れた呼吸が収まっていくのをなんとなく感じながらそっと手を見た。
手を見下ろせば目覚めの悪い夢だからかシーツを握っていた。
手の甲から手の平が見えるように裏返した。
そこには真っ赤なペンキがついており、今まで懐かしく見えたその赤が…夢の影響か人の血に見えて仕方なかった。


「…っ」


アスカはシーツに指を擦りつけるが、当然ペンキなためつくこともないし消えない。
今度はペンキがついていない片方の手でアスカは指についているペンキを擦って消そうとした。
当たり前だがそれでもペンキは取れなかった。
あの夢を見る前は血のようだと思っていてもここまで嫌悪はしなかったのに…アスカはこの真っ赤なペンキが嫌で嫌で仕方なくて痛みを感じてるのに擦り続けた。


「……………」


擦るのをやめた時には既に手は血で真っ赤に染まっており、シーツも赤く染まっていた。
手のひらを見れば指先は擦りすぎて皮膚が破れてしまい血が擦るのをやめてもあふれ出てきてポタポタと垂れ落ちている。
不意に顔を上げて周りを見渡すとそこにはスカイピアの住人だけではなく、シャンディアの戦士も雲のベッドで手当てをされていた。
特にシャンディアの戦士達は重傷を負っているため治療ができる人は慌ただしく動いていた。
それらを見て闘いが終結したのと、終わってそれほど経っていないのが分かった。
改めて周りを見渡すと、その数の多さに思わず『いっぱいいる…』と呟いてしまう。


「…ルフィ?」


落ち着きを取り戻し悪夢から目を覚ませば幼馴染がいない事に気付く。
怪我人の様子から戦いが終わって間もないようで、重傷者から治療をしている人たちや怪我人たちを見渡しながらアスカは雲のベッドから降りる。
その片足には当然ながらヒビが入っており未だ包帯が取れていないし、エネルから受けた脇腹の傷も塞がっていない。
勿論立ち上がれば痛みはある。
しかし今のアスカは幼馴染であるルフィの姿を探すのに頭が一杯で痛みが感じていなかった。
今アスカの頭はルフィに会いたいという想いで一杯で、手当てもしていないその傷からはポタポタと血が垂れているのにも気づいていなかった。

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