(142 / 293) ラビットガール (142)

わいわいと騒ぎ踊るみんなを見つめながらアスカは手へと目を落とす。
その手はチョッパーが処置してくれたおかげで血だらけではなく白い包帯が巻かれており、それを見てアスカはやっと痛みを感じられるようになった。


「どうした?」


じっと手を見つめていたからか、そんなアスカに気付いたルフィがアスカの手を下から重ねる。
その手にアスカは自分の手からルフィへと顔を上げた。


「なんでもないよ」

「………本当にか?」

「…………」


ルフィは鈍い。
特に恋愛に関しては。
しかしさきほども言った通りルフィは人の感情や想いには鋭い。
先ほどはアスカを想って気づかないフリをしてくれたが、今回は気づかないフリはしてくれないようで、じっとルフィはアスカを見つめた。
ルフィの黒く澄んだ瞳に真っすぐに見つめられるのに弱いアスカは目を逸らして口を閉ざす。


「…………」


何もいわず目を逸らすアスカにルフィもあえて問うことはなく、手をそのままにアスカの肩に顎を乗せ炎や踊る人たちを観察していた。
アスカは耳元で楽しそうなルフィの声を聴きながらチラリと手を見た。
今度は重なっているルフィの手も目に移り、アスカは少しだけ包帯を巻いている手の力を入れた。
それでも傷が出来たばかりだからか包帯で擦れチクリとした痛みが走る。


「……夢を、見たの」


ルフィはアスカが言いたくないことは聞かない事にしている。
それがどんなことだろうがしつこく聞かないことにはしている。
それは自分が課せたルールでもなければ約束でもないため、いつかアスカを責めるように聞き出そうとすることもあるとは思っているが、それでもルフィはアスカの嫌なことはできるだけしないように心掛けた。
でないとアスカが自分の傍から離れる気がしたのだ。
本当はそんな事ないのに…ルフィはアスカが自分のそばを離れる想像が全くできないほど、アスカが隣にいて、そしてルフィが隣にいて当たり前の関係になっていた。
それは周りが『彼らは恋人同士』と見るような下世話ではなく、もっと純粋であり深くもあり絡みついているものだった。
アスカがポツリと呟き、騒がしいなかでもルフィの耳にはちゃんとアスカの言葉が届いていた。
アスカへ目をやれば、アスカは手元を見つめており、それにつられてルフィもアスカの手を見下ろし、『どんな夢だ?』と問いかけた。


「小さい女の子の夢…その夢では私はその小さい女の子になってて、二人の男の人と色々話したり遊んだり絵本を読んでもらっていたりしてた」

「……それって…アスカの小さい頃の夢か?」


アスカが記憶がない事はルフィだけが知っている。
隠しているわけではなく、単に聞かれなかったからである。
別段記憶がないとみんなに言いふらすような深刻さが二人にはないからかもしれないが、これからも聞かれなければ言わないし言わないといけないのなら言う程度の認識しかなかった。
しかし、ルフィはアスカに幼い頃の記憶がない事に少し引っかかっていた。
フーシャ村で診てもらった医者は『いずれ記憶が戻るだろう』と言っていたのをルフィはまだ覚えている。
ルフィにとってアスカは『空気』のような存在。
空気は生きるためになくてはならない存在で、まさにルフィにとってアスカはそれである。
だからもし昔の事を思い出してしまったら…という恐怖があった。
もし、思い出して海賊をやめて自分の傍から離れるのではないか…と。
もし、自分よりも大切な人がいることを思い出して離れてしまうのではないか…と、ルフィは恐怖していた。
今は平然と装っていられるが、もしこの先恐れていたことが本当となったら…どういう行動をするのか、ルフィ本人も分からない。
声を震わせないように気を付けながらルフィは自分の考えを否定しながら恐る恐る問いかける

そんなルフィの心などつゆ知らず…アスカは首を傾げた。


「わからない…売られる以前の記憶がないから断言はできないけど……私は違うと思う…夢って見る人の望んだものを見せるっていうし…きっとあの夢は私が望んだ夢なんだと思う…幼い頃の記憶がないのはもう別に気にもしてないけど…もしかしたら心の中では生んでくれたママやパパの事を思い出したいって思ってて願望が夢に出てたのか、も―――ッる、ルフィ…痛いっ!」


夢には色々所説がある。
願望が夢に出るというのも言われている所説の一つである。
そういう哲学的なものはアスカには分からないしロマンチストじゃないからそうだっていうのも断言できない。
断言できないが…そうであったらいいな、とは思っている。
アスカ自身記憶がないことに苦はない。
苦なのはあの奴隷時代の記憶なのだから、それ以上の苦はきっとないだろう。
だから夢の中の話なんて気にも留めていない…つもりではあった。
しかしシャンクスという父が出来て、フーシャ村という出身が出来て、ルフィやミコト、エースやサボなどの幼馴染や姉兄が出来ても…もしかしたら心の底では本当の父や母、家族を求めていたのかもしれないとアスカは思った。
本当に奴隷時代以外の過去なんて考えてもいなかったアスカは他人事のように思った。
だから素直に答えれば、少しずつルフィが重ねている手の力を入れ始め、最初こそ好きにさせていたが流石に傷に響くほど強く握られ、アスカはルフィの手を振り払う。
だが、その振り払った手をまた取られてしまう。
今度は手首を掴まれたので傷に痛みはないが、手首を握るその手は予想より強いためグッと握りしめたルフィの腕力にアスカは眉を顰める。


「ちょっとルフィ…」

「――な…」

「え?」


ルフィに文句を言おうとキッと横目で睨むアスカだったが、ルフィの小さな呟きに首をかしげる。


「どこにも、いくな…」


首をかしげるアスカの耳に、今度はちゃんとルフィの声が届き、アスカはルフィの言葉に息を呑んだ。
ルフィの小さくも不安そうに震える声は久々だった。
海に出てからずっとナミやゾロ、ウソップ、サンジ、ビビ、ロビン…彼らがいたからルフィは笑っていられた。
楽しく過ごせた。
だから不安がることは何もなかった。
守るべきものがあるルフィの強さは底知れないのだ。
アスカは久々の弱っているルフィに抵抗をやめて小さな声で『手、放して』とルフィに呟く。
その呟きにルフィは逆に力を入れたが、アスカから『ルフィの顔が見たい』と続けられ、ルフィは力を緩めた。


「ルフィ」

「………」


向かい合ったルフィは気まずさからか俯いていた。
アスカはそんなルフィに目を細め俯くルフィの頬に手を当て上を向けさせる。
顔を上げるルフィはアスカから目を逸らしていたが、アスカが名前を呼べば少し目線を泳がせた後目を合わせてくれる。
目と目を合わせてくれるルフィにアスカは笑みを浮かべた。


「ルフィ、目の前にいるのは誰?」

「?、アスカだ」

「うん、そうだよ?ルフィの、幼馴染の、アスカ…パパの娘で、エースとサボとお姉さまの妹…出身は東の海にある小さな村のフーシャ村…パパが家を持たない海賊だからずっとルフィとお姉さまと一緒に暮らしてた女の子……それが私…そうでしょう?」

「…!」


突然目の前にいるのは誰だという質問をされ、ルフィは怪訝とさせた。
怪訝とさせながらも答えるルフィにアスカは頷きながら続ける。
そんなアスカの言葉にルフィは理解したのか伏せがちだった目をまん丸に丸くしてアスカを見上げ、そっと両手に充てられているアスカの小さな手の上に自分の手を重ねた。
アスカは自分が話したとはいえ、ルフィに不安がらせたことに罪悪感があった。
だからアスカという女の子はルフィという男の子とずっとずっと一緒で、共に育ったことを伝えたかった。
だから不安がることはないのだと、伝えたかった。
その想いは通じ、ルフィの不安がっていた表情からいつもの明るい表情へと戻った。
アスカはそれが嬉しくて笑みを深め、ルフィはいつものにししと歯を見せた満面の笑みを浮かべアスカの腰に腕を回しぎゅっとアスカに抱き着きすり寄った
甘えるルフィにアスカはくすくすと擽ったそうな声を零す。







二人の世界へと入っているアスカとルフィは知らないだろう。


「おい、あいつら何とかしろ…砂を吐きそうだ」

「んなもん無理だ。エネルに単身で挑めってくらい無理だ。」


そう仲間たちが会話をしていた事も…
そして周り(特に女性)が盛り上がっていた事も。

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