(160 / 293) ラビットガール (160)

その頃、メリー号にいるアスカは唖然と自分の手を見つめていた。
その手はペンキを取ろうとして強くこすり皮膚を破り怪我を負って包帯が巻かれていた手だった。
しかし今、その手は包帯を解かれていた。
それだけではなく、その指先は綺麗なアスカの褐色の肌が見えた。
本来なら皮膚が破れて見れる状態ではないのに、今、目の前にあるのは綺麗に塞がっているいつも見る手だった。


「なんで…傷が…」


その手を見てアスカは今度は腹を見た。
服を捲れば包帯があり、それを解けば傷痕がなくまるで怪我をしたのがまやかしではなかったかと思うほど綺麗だった。
手や腹の傷が消えているのを見てアスカはふと足を見た。
そこも包帯が巻かれており、試しに立ってみれば痛みがこない。
普通に立っていられた。


「…………」


アスカは傷が完全に塞がったのだ。
その原因は―――ミコト。
ミコト以外ありえないと思った。
ミコトに触れられた途端に暖かなものが体に流れ、その瞬間に体中の痛みや重みが消えたのだ。
あの時しかないとアスカは確信を持った。
アスカは言葉を失ってしまう。
姉…ミコトが、強いと、他の人とは違う能力を見せられてしまうと自分と姉が違うのだと強く実感させられてしまう。
以前ミコトが水を使って洗濯物や皿などを洗っているのを見た。
以前ミコトが風を使って洗濯物を乾かしていたのを見たことがある。
以前、ミコトが氷の刃を出して山賊を攻撃しようとしたのを…見たことがある。
ミコトは悪魔の能力者…――アスカはずっとそう思っていた。
いくら水を使い、風を使い、氷を使おうとミコトは能力者だと思おうとした。
そうしないとミコトと自分の距離が遠く感じてしまうから。
ミコトが遠い存在に感じてしまうから。
でも…今回ばかりは気づかないフリはできなかった。
一瞬にして自分を移動させた事も、傷を治したことも…全て悪魔の能力なのだろう。
でも悪魔の実は二つ以上食べると死ぬ…そういわれているはずだった。


(お姉さま…お姉さま、あなたは…)


傷痕一つ残っていない手をグッと握り、アスカは目を瞑った。
瞼の裏にはミコトが浮かんだ。


「…お湯、入れなきゃ…」


考えても仕方ない。―――アスカはそう結論付けた。
どんな能力を持とうが、姉が海軍の大将だったことを知ろうが、アスカにとって姉は姉だと結論付け、アスカは閉じていた瞼を開けある場所へ向かう。
そこはお風呂場だった。


『お風呂にあったかいお湯を張っておきなさい』


そうミコトに言われたのだ。
それが最初どういう意味か分からず、今も分からないが、ミコトが言うのなら間違いはないとアスカはお風呂場へ向かいお湯を溜める。
じっとお湯が少しずつ溜まっていくのを見て丁度溜まって蛇口をひねって止めた時、船の外からウソップとチョッパーの声が聞こえアスカは慌てて甲板に出た。


「ウソップ!チョッパー!それに…ッロビン!?」

「アスカ!?」

「アスカ…!…よかった…お風呂にお湯を溜めておいてくれっ!!!」

「もうやってある!!早くロビンを…!!」


みんなが帰ってきたと思ったアスカだったが、帰ってきたのはウソップとチョッパーだけでロビンは凍っていた。
それに目を丸くしているとチョッパーの言葉にハッとし、ようやくミコトの言葉の意味を理解する。
ミコトはロビンが凍り付くと知っていてアスカを先にこの船に帰しお湯を溜めさせたのだ。
それをしみじみ感じる暇はなく、全身を凍らされたロビンを連れてアスカは二人とともにお風呂場で必死にお湯をかける。


「息……!!なんてできねェよな!!」

「仮死状態にあると思うんだ!」

「急がねェと死ぬんじゃねぇか!!?」

「でも急にあっためたら割れちまうし…熱は体内から取り戻さないと…!!」


シャワーを頭から被るようにしながら、三人は慎重にシャワーが当たらない体にお湯をかけていく。


「いいのか!?これで本当に…」

「わからねぇ…でも…こうするしか…!!」

「わからねェで済むか!!ロビンの命が賭かってんだぞ!!!!」

「だけどおれ!!こんなに!!全身凍っちゃった人間見た事ねェもんっ!!青雉は…そりゃ…まだ生きてるって言ったけどおれにはそっちの方が不思議なくらいで…!!」

「泣きごと言うな!!お前にどうしようもなきゃもう誰にもロビンを救えやしねェんだぞ!!お前はこの船の船医なんだぞ!!」

「とにかく!お姉さまがお湯を張れって言ってたからこれで正解だと思う!!今はお湯をかけてロビンを助けるしか方法はないの!!2人は黙ってお湯をかけて!!」


ウソップもチョッパーも初めての経験だった。
それはアスカもだが、だからこそ二人は混乱状態となり思わず二人はお互いに怒鳴り散らす。
アスカの言葉に冷静になったらしい2人は黙り、その場はシャワーの音とお湯をかける音だけが響く。


「チョッパー!!!!」


お湯を掛け続けているとすこしずつ氷が解けていくのが分かった。
それにホッとしながらもまだ凍っている部分は多く気が抜けずにいた。
するとゾロとサンジの声がし、チョッパーが外に出ると2人の他にナミも戻ってきていた。


「何で!?お前達っ!!?3人か!?」

「話は後だ!!すぐにおれ達は引き返す!!この凍った手足をどうにかしてくれ!!!」

「ああっよし!!えーとっ……すぐその固まった所を水で溶かさなきゃ…!でも今シャワー室にはロビンが……」


言い切る前にゾロとサンジが海に入り氷を溶かす。


「ぷは…!!これでいいのか!!!」

「ちゃんと低温で溶かしてたら…患部を摩擦しながら船に上がってきて!!ナミは二人にタオルを…!!」

「ロビンの方は!?」

「ロビンにはウソップとアスカが着いているから大丈夫だ!!」

「アスカが!?アスカがいるの!?」


ナミはアスカに会いに風呂場へ駆け込む。
緊急事態ゆえにすぐゾロとサンジにタオルを渡し、ロビンの方を手伝い行った。


「アスカ!!」


お風呂にはウソップとアスカがおり、二人ともロビンの体にお湯をかけていた。
ナミはロビンの体が少し氷から解けているのを見てホッとし、アスカが本当に消えたわけじゃないのを確認し気を抜いたのかその場に座り込む。


「お、おい!全員いるのか!?大将はどうした!?」


ナミの姿、サンジとゾロの声にウソップは自分たちが去ったあとの事をナミに聞く。
ナミは壁に手をやり抜けきっている体を支えながら立ち上がりウソップの問いに答えた。
それを聞いてウソップの表情は怒りの表情へ変わりナミに桶を渡してお風呂場を去っていく。
その勢いとその表情にナミは困惑気味だった。


「ウ、ウソップ!?」

「ナミ、ロビン任せていい?」

「え…い、いいけど…アスカは?」

「ちょっとバカ達の頭、冷やしてくる」


桶を押し付けられたナミはウソップを呼び止めようとするも、すでにウソップの姿はなかった。
更に次はアスカまでかお風呂場から去ろうとしており、アスカは何故か桶に水を入れナミにロビンを任せる。
ロビンを一人にできないと頷いてみたが、アスカまでもがお風呂場から出ていくのを見送る。
ナミは色々起こりすぎて混乱し不安が積もる中泣きそうになりながらもロビンにお湯をかけるしかできなかった。


「お前らルフィ一人置いてきたのか!!」


お風呂から出て濡れた足のまま歩いていると外に繋がる扉からでもウソップの声が聞こえた。
ナミから青雉と一騎打ちがしたいからと置いてきたと聞いてウソップは見るからに頭に血を上らせていた。
アスカも当然不安もあるし、ルフィに対し怒りもある。
だが先にウソップがそれを爆発してしまって、アスカは不発となったのだ。
ウソップ起こそうとする行動は"="アスカの行動なため、どうしてお風呂場から出て行ったのか理解できている。
だからこそアスカは桶に水を入れたのだ。
案の定サンジとウソップは口論を始める。


「…船長命令だ」

「いくら船長命令でも…!!そりゃねェだろ!!お前らは薄情すぎやしねェか!?」

「黙れ!!"一騎打ち"だぞ!!分からねェのか!!お前には!!」


サンジも、何も言わないゾロも、多分ウソップと同じ気持ちなのだ。
だけどルフィの意思を汲んでしまったために引き返せない。
アスカはどちらの気持ちもわかる。
だけど口論ばかりでは始まらないと扉を開けてサンジと、サンジに胸倉を捕まれ壁に押し付けられているウソップに向かって水をかける。
突然水をかけられた二人は口論も止まり、目を丸くして固まる。


「何してるの、こんな時に」

「アスカ…!」

「アスカちゃん…」

「やめて」


ポタポタと水を垂らしながらサンジとウソップはアスカを見た。
アスカは相変わらず何考えているか分からない表情を浮かべているが、その瞳は二人を非難しているようにも見える。
その目にサンジは気まずげに目を逸らし、ウソップはまだ怒りが消えない瞳でアスカを見返していた。
そんな静まり返ったその場にゾロが重い口を開く。


「今…一味の瀬戸際だ…この決断があいつの気紛れだろうと何だろうと……もしもの時はそれに答えれるだけの腹ァくくっとけ!!」


ゾロの言葉はその場にいる全員に覚悟を決めさせる言葉だった。
ウソップはゴクリと喉を鳴らしたが、ゾロの言葉に観念したのか険しかった表情も怒りで鋭かった目も引っ込めいつもの雰囲気に戻る。
三人に『ごめん…』とも謝り、ナミが一人ロビンを救おうとお湯をかけているであろう風呂場へと戻っていった。
それをサンジは心配そうに見送り、アスカも横目で見送った後、ゾロとサンジを見た。


「多分、ルフィは凍りつけにされてると思う」

「……ああ…おれもそう思う。」

「…相手は大将だからな…そう簡単に勝てはしねェだろうな…」

「だから二人はチョッパーの指示通りに摩擦で温めてから迎えに行ってやって」


アスカも、サンジも、ゾロも、ウソップも…そしてナミもチョッパーも…ルフィが勝てるとは考えていない。
勿論、『今は』ではあるが…今、大将とやりあうには早いと分かっている。
いくら数多くの強敵を倒したルフィだからと言って今回ばかりは無事でいるとは思っていない。
凍りつけならばいい方だと思いながらその奇跡を信じてアスカはゾロとサンジにルフィの迎えを頼んだ。
アスカは今の精神状況から到底迎えに行って正気を保てるか…分からなかった。

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