(178 / 293) ラビットガール (178)

≪主!!主!!!お起き下されっ!主!!!≫

「………、…」


アスカはいつの間にか眠ってしまったらしく、懐かしい声に深い眠りから目を覚ます。
そこには見覚えのある蛇が目を覚ましたアスカを見てホッとしていた。


「シュラ、ハテン…?」

≪あぁ…主!良かった…ご無事……ではないようですね…≫


シュラハテンはアスカの体を見つめ眉をひそめる。
アスカの腕には手錠がかけられ性行為した匂いと、男の白いモノが体に張り付いていたりと無事とは言いようがない姿の主を見てシュラハテンは表情を曇らせる。
それよりもアスカはシュラハテンが目の前にいるのが信じられなかった。
重い体をゆっくりと起こしながらアスカはシュラハテンを目を丸くして見つめた。


「なんで、シュラハテンが……死んだんじゃ…」

≪わらわは死にはしません…わらわは傷や病では死なないのです≫


シュラハテンの種族は、首を折られたり、傷を負わされたり、千切られたりとされても死ぬことはないという。
唯一シュラハテン達の命を奪えるとするならば、己で命を消すか、寿命か…そのどちらかである。
それを聞きアスカはぼんやりとした頭で、とりあえずは死なないことを理解した。


「でもなぜここに…」

≪ブレスレットに戻ったわらわですが、脱出する船医のツノに急いで乗りそれからあの者達について行きここまで来たのです…主の匂いを嗅ぎつけ見つけたのですが…申し訳ありません…あなたをこんな目に合わせた者はすでにおりませんでした…≫


シュラハテンはブレスレットに戻り、ルフィの手首収まりつつ自ら修復し、回復した後はルフィと別行動でここまでたどり着いた。
その時はすでにルッチの姿はなく、ベッドの上で気絶するように深い眠りについていたアスカだけが残されていたという。
ルッチがいないという言葉に安心しながらアスカはシュラハテンに海楼石のカギを探しに行ってもらう。


「……だるい…」


アスカの傍を離れるのを少し躊躇していたシュラハテンだが、アスカもずっと海楼石を付けたままというのもこの状況下のなか難しいと思い渋々探しに行った。
そうなればこの部屋には一人しかいないことになり、シュラハテンが消えれば必然的に静まり返る。
ただ、ルフィ達が来たのか外が騒がしいが。
アスカは身動きするたびにジャラジャラと手錠の音を聞きながら、ベッドから降りる。
体は久々の性行為と海楼石を付けられているということもあって重かった。


――背中を、見られた。


今、アスカはどうしようもない脱力感を感じていた。
背中を見られたためだろう。
背中を見られたら死ぬと言うほど背中の烙印だけは見られたくなかったのに…敵であり無理矢理アスカを犯した男に見られるという二重の屈辱を受け、アスカはもう戦う気力すらない。


「…………」


ベッドから降りたアスカは下半身に違和感を覚える。
太ももに"白いモノ"が垂れ流れてきたが、それをちらっと見ただけでアスカは気にもせずアスカは水差しの傍に置いてあるコップを割る。
床に向かって投げ捨てれば、ガラスでできているコップは簡単に割れ、そのガラスの破片を拾う。
破片を持っていない手を見下ろし、アスカは少し手錠をずらし手首を晒す。
その晒された手首に拾ったガラスを当て…―――引いた。
ツ、と真っすぐ線を描くように切れた切口からは赤い血がプツプツと出てくる。
浅くはなく、深くもないその傷は少しずつ出てくる血の量が増えていくが、死に至るほどの出血にはならない。
足りないと思ったアスカはなぞるようにまたガラスを傷口に当てたその瞬間―――…


― 死にてェなら!!お前が死んで悲しむ奴がいなくなってから死ね!!! ―


小さい頃のエースの声が頭に響いた。
アスカはその声にピクリとさせ手を止める。
その瞬間、アスカの脳裏にルフィの姿が浮かんだ。
ルフィだけではなく、エースやミコト、サボ、父であるシャンクスやそのクルー達、祖父やフーシャ村の人達にダダン達山賊…奴隷としてではなく人間として生きるようになってから一緒に過ごしてきた人たちの顔が浮かんだ。
その人たちの姿にアスカは当てたまま手を止めた。


「………」


傷を見下ろしていたアスカの視界がぐにゃりと揺らぐ。
アスカの金色の目には涙が溜まり、瞬きをしていないのにあふれ出た涙がポツポツと零れていき、アスカは涙を止めることなく手をダラリと降ろし持っていたガラスの破片を落とす。
カランと音が聞こえるはずなのに、アスカの耳には届いておらず、外から聞こえる騒がし爆発音や海兵やルフィ達の雄たけびのような声すら聞こえなかった。
アスカはそのままおぼつかない足で数歩後ろに下がりペタリと座り込む。
絨毯が敷かれていないその床はひんやりとしており、その感覚すら今のアスカは感じなかった。
なんとなく、アスカは天井を見た。
見上げればなんの変哲もない天上が見えた。
瞬きをすれば涙がまた頬を伝って零れ、アスカはなんだか可笑しくなってクツクツと喉を鳴らして笑う。


「……ああ…馬鹿馬鹿しい…本当………なに、してんだろ…」


目を瞑ればまた涙がこぼれた。
その瞼の裏には今まで笑いあって暮らしてきた人たちの顔が次々に浮かび、その瞬間…アスカはそれまで感じていた虚無感がいっきに消えた気がした。
冷たく深くぽっかりと空いた心があっという間に塞がり温かくなった気がした。
アスカは瞼を開け、天井を見つめた後手元を見た。
その手首には赤い線が走っており、浅くないその傷から落ちた血によって床が所々赤い点が生まれていた。
アスカはそれを見ながら『ああ、自分は臆病者だ』と思う。
言葉では『死ぬ』と言っておきながら、実際見られれば『死ぬ』勇気すらない。
本当に『死ぬ』気ならばこんなところで手首を切るだけではなく水の中に手を突っ込めばいずれ血が失われ死んでいくはず。
確実に死にたいのならば手首ではなく喉を貫けばいい。
切っても深い傷すら作れない。
そんな意気地なしの自分がとても愚かに見えた。
口だけの自分が嫌になった。
何もかも馬鹿馬鹿しく感じた。
そして……こんな事している場合なのか、と思う。
アスカはルフィ達に救ってもらったのだ。
あの時…ルフィ達の事を思い出さなければアスカは力を入れて更に手首の傷を深くしただろう。
それでもまだ生きていたらもっと深く切り、それでもまだ生きていたら首さえ切りつけていたかもしれない。
ルフィ達はアスカがどれほど愚かで、どれほど馬鹿な真似をしたのか教えてくれた。
そして、自分のやることを思い出させてくれた。
嗚呼…、とアスカは先ほどの感情とは反対の…安堵の涙をこぼす。


≪主様、カギを……主様?≫


やっとカギを見つけたらしいシュラハテンは戻ってくればベッドではなく、ベッドから少し離れた場所に座り込んでいるアスカを見て首を傾げた。
近づくとコップが割られているのが見え、その割られているコップからアスカに目線を移せば、丁度アスカもシュラハテンに気付き振り返っていた。


「シュラハテン…帰ろう…ルフィの……みんなのところに…」


振り返ったアスカの頬には涙の痕が残っていた。
しかし…その瞳には強いまなざしを宿って見えた。

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