(20 / 293) ラビットガール (20)

あれからアスカは部屋の隅で体操座りをして俯いたまま誰とも口を開くことなく毎日を過ごしていた。

重く冷たい首輪がアスカに己の過去を思い出させる。



――天竜人の奴隷。



その言葉がアスカに重く圧し掛かり思考の全てを停止させる。

あの頃、助けてと叫んでも誰も助けてくれる人はいない。
ただ死を待つか、再び奴隷として売られていくのを待つしか他にない世界。
アスカは運良くその売られて開放されたが、売られたからといって奴隷から解放されるわけではなかった。
奴隷達は所詮奴隷。
その後も貴族や海賊の奴隷へとなり、ただ主が天竜人から貴族や海賊に変わっただけである。
それに性奴隷として弄ばれ、アスカは日に日に弱まり逃げ出す気力もなくなっていた。
そんな中父親のシャンクスがアスカを助け、アスカはやっと暖かい世界を知る。
それなのに、だ。
それなのに…あの辛い日々を忘れていたのに…忘れようと必死になっていたのに…ポルシェーミのせいで思い出してしまったのだ…―――自分がどんなに自由を手に入れようと奴隷は奴隷なのだ、と。


「アスカー!」


父と出会いフーシャ村の人達に受け入れられ幸せだったアスカはポルシェーミの一件で何度も奴隷時代だった頃がフラッシュバックとして思い出してしまう。
その度に辛くて、消え失せたい気持ちで一杯になった。
そんなギュッと自分を守るように身体を抱きしめるアスカの元にルフィが駆け寄る。
今日もエース達と共に森を駆け回り、以前より逞しくなっていた。


「……………」


アスカはルフィの声に目だけをルフィに向けるが、すぐに俯いて全てを拒絶する。
それでもまだ見てくれるだけマシになった方で、当初は反応すらしてくれなかった。
ルフィはすぐに目を逸らし顔を腕に埋めて何もかも拒絶するアスカを気にも留めず今日の出来事をアスカに話し始める。


「今日な!ワニに食われたんだ!!だけどサボとエースが助けてくれてな!丸呑みじゃなかったら助からなかったところだ!!」

「……………」

「それにおれ、今サボとエースと勝負をしてんだ!!でもまた50敗ずつしちまって負けちまったんだ!!だけどおれは絶対サボとエースに勝ってみせる!!」

「……………」


ルフィは無視されていても一人で喋ってずっとアスカの傍に居た。
時々エースとサボも一緒になって喋ってくるが、アスカは俯いたまま顔を上げようとはしない。
それでもルフィはいつものアスカに戻ると信じて喋りかけ続けていた。







そんなルフィの声を聞きながら、エースとサボは夕食の獲物をさばいていた。


「ルフィのやつ、まだやってんのか…」

「まァそう言うなってエース。アスカはルフィにとって大事なんだよ、きっと。」

「…………」


ルフィを見ていればアスカを大切にしているのが分かった。
エースやサボから見ればルフィは弱いが、それでもルフィはアスカを守ろうという想いは強いのも毎日アスカに話しかけるルフィを見ていてすぐに察することが出来る。
エースはまだ照れくさいのか素っ気ない態度を取るが、エースはエースでアスカを気にして心配もしていた。
でなければエースの性格上ルフィ達と一緒にアスカに話しかけないし、獲物もアスカに与えないであろう。
エースはエースでアスカを認めてもいた。
そしてエースやサボ以上に、アスカと一緒に過ごしてきたルフィにとって、アスカはかけがえのない友達でもある。
そんなアスカが塞ぎこんでいるのに耐えられないのだろう。


「おれはまだ天竜人の元奴隷がどんだけすげェのかわからねェが…」

「?」

「そうとうな事されてたんじゃないのか?あのダダンが口篭るぐらいだしよ…」

「…………」


サボの言葉にエースは口を閉じ黙って火を見つめる。
自分だけが不幸だ、と思っていた時もあり、父親を恨んだ時だってある。
状況は違えど同じ辛さを体験しているアスカにエースは自分を重ねていた。







そんなある日…


「アスカが居なくなった!!?」


アスカはダダン達から姿を消した。
ルフィ達は唖然とダダン達を見上げる。


「まーまー海楼石の首輪もあるしあまり遠くには行っては居ないと思うが…」

「そんな…!だって昨日まで何も…」

「海楼石の首輪がなければそう心配しないが、今のアスカじゃァ森の野獣に食べられちまう!早く探せ!!!」

「「「へ、へい!」」」


海楼石の首輪がなければ心配はしない。
だが今のアスカは普通の人間以下の体力だ。
ダダンは慌てて部下に森の中を探すよう命じ、自分も森へと入りアスカを探そうとした。


「おれも!!!」

「「ルフィ!!」」

「お、おい!お前等はここにいろよ!!!おいー!!」


しかし探しに行く大人達にルフィも続き森へと入ってしまった。
子供は置いていくつもりだったダダンは横をすり抜けるルフィと、ルフィを追って森へと入ろうとするエースとサボを止めようとした。
だが、ここで止められ引き下がるようなら山賊のもとで暮らしてはいない。
三人は大人達の制止も聞かずあっという間に森へと入っていき、すぐ姿が見えなくなる三人にダダンは溜息をつく。







ざざぁ…、と波の音がアスカの耳に響く。
下を見るとそこには空よりも深い青い色をした海が見え、波が崖に辺り水しぶきを立てる。
アスカは、崖の上にいた。
早朝、みんなが起きていない頃にあの家を出てここまで来たのだ。


「……………」


アスカはじっと海を見つめ、そして…

―――海へと飛び込んだ。


「アスカ!!!」


泡の音に混じり、アスカの耳に誰かの声が届いた。

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