(22 / 293) ラビットガール (22)

「―――ッぅ゙!…けほッ!けほ…!」


真っ暗だった意識が突然浮上し、アスカは目を覚ます。
口から海水らしきものが吐き出され、アスカは自然と息をしようと空気を吸う。
しかし突然息を吸ったため咳き込んでしまった。
そんなアスカにずっとアスカに声をかけていたルフィは目を丸くさせウルウルと涙を溜める。


「アスカーーーーーーッ!!!」

「少しは黙れルフィ!!!」

「あで!」


アスカは海水を飲んだせいなのか、喉が痛くて、口の中は塩を食べたように辛かった。
耳元で叫ばれ、アスカは声の方へ見ると自分に縋り付くように抱き付いていたルフィ、そしてその後ろにはずぶ濡れのエースとサボがいた。
どうやらアスカを救い出したのはエースとサらしい。
ルフィは海中から救い出されてから息すらしていなかったアスカが息を吹き返した事に感激したのか大きな声で泣き声を上げ、その煩さからエースに頭を殴られてしまう。
感激しているその中に、別の意味でも涙を流していた。


「お、気付いたか?」

「……………」

「アスカー!!よ゙がっだー!!」

「だから叫ぶな泣くな喚くな!!アスカに響くだろ!!」


目を開けてルフィを見ているアスカに気づき、サボはルフィの隣にしゃがみアスカの顔を覗き込む。
サボの言葉によってアスカが目を覚ましたことを知ったルフィは先ほど殴られたのにかかわらずまた大きな声を出してしまい、再びエースに殴られ、たんこぶを二つ作る。


「大丈夫か?どこか痛いところはないか?」

「……………」

「もう海に飛び込むのは止めろよ?おれ達が偶然見つけたから良かったものの…おれ達が間に合わなかったらどうすんだ」

「……んで…」

「「「?」」」

「なんで…助けたの」

「「「…!」」」


アスカを見つけたのルフィだった。
アスカが居なくなり誰よりも必死になって探したのも、ルフィである。
野生の勘なのか…ルフィは考えるよりも早く森へ入りアスカの元へと走っていた。
2人は半信半疑だったが、アスカを見つけたのは、アスカが崖から落ちるところで、ルフィが飛び込もうとしたが、ルフィも能力者のためそれを止め、二人が一斉に海に飛び込みアスカを助け出したというわけである。
何故海に身を投げ出したのかはサボには分からない。
しかしもしもの事を考えてしまうとぞっとしてしまう。
故意であれ事故であれ、アスカに死んではほしくはなかった。
そう伝えればアスカの言葉にサボは硬直する。
否、サボだけではなく、喧嘩していたルフィとエースもアスカの言葉に動きを止め、アスカを見た。
そんな三人を余所にアスカは静かに涙を流す。


「もう…生きていたくないのに…生きたって仕方ないのに…なんで助けたの…」

「お前…」

「…生きてたって……ただ…辛い、だけなのに…」


何故助けたのか、と何度も呟くアスカにサボもルフィもかける言葉がなかった。
特にルフィはそんな言葉をアスカから聞いてショックなのか、涙も止まっていた。
しかし、エースはアスカに歩み寄り腕を上げ、そして…


−ゴンッ!−


エースの拳がアスカの頭に直撃する。
アスカはそのあまりの痛さに頭を抱えてしまい、痛がるアスカを見てショックが隠せなかったルフィも思わず自分の頭を庇った。


「お、おい!エース!?何すんだよお前!!」

「甘ったれたこと言うな!!」

「…!!」


エースが突然アスカの頭を殴り、唖然としていたが痛がるアスカを見て慌ててエースからアスカを庇う。
それでもエースはサボに背で庇われ痛がって涙を溜めるアスカをサボ越しに睨み声を上げた。
痛がって唸っていたアスカはエースのその言葉に目を見張り、寝かされているままエースを見上げる。
こちらを見上げるアスカにエースは更に続けた。


「大して生きてもいないくせにこの世の全ての辛さを背負っているようなこと言うな!!!」


そのエースの言葉に今度はアスカがカッとなる番だった。
エースの言葉が頭にきたアスカは寝ていた体を起こしサボを押しのけエースの胸倉をつかんでそのまま地面に倒す。


「――ッあんたには分かんない!!!奴隷達がどんな事されてどんな仕打ちをされたかなんて!!!奴隷がどれほど辛いかなんて!!」

「ああ!わかんねェよ!!おれは奴隷じゃないんだからな!!だがな!おれもお前みたいに辛い思いしてんだよ!!!お前だけが不幸って思うなんてお門違いだっ!!!」

「お、おいおい!二人ともやめろって!!!」


胸倉をつかみながら言い合いになっていたが、ついには手足まで出始めサボとルフィには止めれなくなってしまった。
エースも女の子だからと手加減をせず蹴るわ殴るわ髪の毛引っ張るわでもう子供の喧嘩になっている。
アスカも殴られ蹴られたせいで鼻血を出したり口端が切れてしまったが、それを気にすることなくエースに負けじと殴られたら殴り返し、蹴られれば蹴り返していた。
すでに2人は血や砂で体や服が汚れており、アスカに至っては海楼石の事などすっかり忘れて今度はエースの腕を噛んだ。


「あーもー!お前等やめろよな!!!」

「アスカすげェー!エースと互角だァ!!」

「お前もとめろ!」

「ふぎゃッ!」


取っ組み合いの喧嘩を観戦し止めもせずアスカを褒めるルフィをサボは叩き、頭を抱えるルフィを放ってサボは必死に二人を止めようとする。
だが止めるために手を出そうにも2人の喧嘩は激しく、手を出せば巻き込まれ逆にこちらがコテンパンにされるのが目に見えていた。
どう止めに入ろうかと悩んでいると、エースが再び声を荒げた。



「―――ッ死にてェなら!!お前が死んで悲しむ奴がいなくなってから死ね!!!」

「…ッ!!」



馬乗りにされていたアスカは今度は自分がエースの上に乗り、エースの髪を引っ張っていたのだが、エースの言葉にピタリと動きを止める。
エースの言葉に止めに入ろうとしていたサボも、痛みに頭を抱えていたルフィも呆気に取られエースを見る。
エースは目を丸くしてこちらを見下ろすアスカを睨むように見つめ返す。


「お前が居なくなって探してる奴だっているんだぞ!!!死んで悲しむ奴が居ることを忘れんじゃねェよ!!」

「!!―――……だ…だって…だって…仕方ないじゃない…!!どんなに忘れようとしても"あいつ"が…天竜人や私を奴隷にした奴らが出てくるんだもん!!忘れたくても忘れられないの!!前を向きたくても…前に、進めないの…ッ!!あいつらがいる限り私は……私は!!ずっと一人なの!!!」

「!」


アスカも、本当なら死にたくはない。
奴隷時代だったら死は喜びだっただろう。
しかしこうして父に出会い、ミコトやルフィに出会い、フーシャ村の人達とも出会い、普通の幸せというものを知ってしまった今…奴隷という記憶は地獄そのものだった。
父達に出会った時、アスカは前を向くことを学んだ。
過去を過去として認識できるようになった。
それは父、シャンクスの愛情があったからである。
だが、どんなに父からの愛情を受けても、どんなにみんなに受け入れられても…やはり『奴隷』という過去はアスカには重すぎた。
どんなに忘れようとしてもいつも天竜人や貴族や海賊が邪魔をする。
どんなに前を向こうとしても、いつもあいつらが邪魔をする。
それほどアスカの心の傷は深かった。
エースは初めてのアスカの叫びに目を丸くし、『ひとり』、という言葉にエースは反応し自分に馬乗りになっているアスカを見つめる。
アスカはポタポタと涙を流し、エースの服を濡らしていく。
アスカの涙にサボは息を呑み、ルフィも唖然としていた。


「どんなにパパやルフィ達が居たって…結局は一人…パパ達と私は違うから…私は奴隷、だから…私は…他の人たちと同じ道を歩けない…私は奴隷でしかないから……焼印がある限り私は人間以下だから…」

「馬鹿言え!!お前は人間だろ!!奴隷でもモノじゃねェ!それぐらい分かれよ!お前はもう奴隷じゃねェ!!」

「私は奴隷だ!!まだ…私は奴隷なんだよ!!この…背中に…あるッ!焼印がある限り…!!私にはまだ見えない鎖が首についてるの!!だから…私…ッ!死のうと思ったのに!!ルフィ達と同じ道が歩けないなら生きたって仕方ないのに!!どうせ生きてたって私はずっと一人で怯えて生きていかなきゃいのに!!なんで邪魔するんだよ!!!」

「〜〜ッだからァ!!!お前は一人じゃねェって言ってんだろ!!おれもルフィもサボもダダンもじじいもいるじゃねェーか!!天竜人や人買いがやって来てもおれ達が守ってやる!!!―――だから一人って言うな!!!」

「……!」


父であるシャンクスや、ルフィの姉であるミコトや、村人たちはアスカの事をもう奴隷ではないと言った。
解放されて自由だとも言った。
だから好きな事をしてもいいのだ…あれが好きだと、あれが嫌いだと、あれがやりたい、これがやりたい、あれが欲しい、これがほしい、と言ってもいいと言った。
アスカにはその権利があるんだから、と。
それをアスカはただ受け止めただけだった。
『うん、分かった』と言っただけで、アスカはまだ本心を言うのを怖がっていた。
ルフィといるのは楽しいし、ルフィの傍は居心地がいい。
きっとルフィといるとあの奴隷だった頃の辛い記憶もいつかは楽しい記憶に上書きが出来るのだろうと思うほど、ルフィといるのが楽しくて仕方なかった。
だけど、アスカが奴隷だったという事実は案外根が深く、ルフィと楽しく過ごしていけばいくほどアスカは奴隷だった記憶が辛くなり重くのしかかる。
そして、考えるのだ。
"ルフィ達と、自分が対等であるはずがない"、と。
いずれルフィは海に出るが、自分はきっと置いて行かれ、いつか一人寂しく死ぬのだと。
勿論、ルフィがそんな事するはずがないと思ってはいる。
しかしそんな事を考えてしまうともう取り消せなかった。
アスカはエースとの喧嘩で本心を初めて曝け出した。
エースは勢いよく声を上げたため息を荒くしてアスカを睨み、アスカは言葉を失くしエースを見つめる。
驚いたように呆気に取られているアスカの目をエースは強い眼差しで真っ直ぐに見つめる。


「おれ達がお前を守ってやる!だから死ぬなんていうなよ…寂しいなら寂しいって言えよ…怖いなら怖いって言えよ…」

「……、…ッ」


エースの言葉がアスカの中にストンと入った。
その言葉にアスカの目に涙が溢れる。
アスカはぎゅっとエースの服を握り締め、目を瞑って涙を止めようとしてもどんどん溢れ出てエースの服を濡らしてしまう。


「…わい……こわいよ…すごくこわいっ!」

「アスカ…」

「一人はいやァ…!もう一人はいやだよーー!!!」


エースの言葉を聞いて、アスカは素直な言葉を出すことが出来た。
恐怖から声が震え、泣き声を上げてエースの胸にすがり付いて泣くアスカに、エースは黙ってアスカを抱きしめてやる。
見守っていたサボもアスカに歩み寄り背中を擦ってやり、ルフィもサボとエースと同じように泣き叫ぶアスカの傍につく。

その後、アスカは泣きつかれたのかエースの背中で眠りながらダダンの家に戻ってきた。

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