(3 / 293) ラビットガール (03)

鞭の音によって女の子の目が開く。
寝ぼけているのか、パチパチと瞬きを繰り返していると男の怒号が聞こえた。
身じろぎし、うつ伏せのままの体を起こせばカーテンの隙間か日の光で照らされる部屋が視界に映る。


(……一人…)


眠っていたため眠気眼のまま隣を見れば誰もおらず、部屋を見渡しても誰もいない。
その事に女の子はホッと安堵しながらぽすんとベッドにまた戻った。


(ああ…また、地獄の一日が始まった…)


目を覚まさなければよかったのに、と女の子は毎日思う。
――あれから女の子は売られた。
いわば人身売買だ。
あっという間に売却された女の子の最初の主人は宇宙服のようなものを着ている"人間"――天竜人だった。
女の子は主人の家に着いてすぐにその小さな背中に焼印を入れられてしまう。
激痛と言っても足りないほどの痛みが幼い子供の体に走り、女の子は断末魔のような悲鳴を上げ、その痛みは息が止まるほどだった。
焼印を入れられた後も痛みが続いたものの、女の子を買ったらしい男性は関係なく女の子を休ませることもなく構ってくる。
拒絶すればその度に拷問のような仕打ちを受け、女の子は次第に恐怖と疲労で抵抗する気力さえなくなり従順となっていった。
男は女の子のような人間を大勢所有していた。
老若男女問わず、そして人種も種族も問わず男は多くの人間達を飼っていた。
女の子達は世間でいえば『奴隷』という身分。
それも『天竜人』と頭につく奴隷たちだった。
天竜人が世界ではどのような存在なのかも知らないまま、女の子は世界の残酷な光景を目の当たりにしてしまう。
ある奴隷は犬に追われて力尽いて生きたまま食われ、ある奴隷はピラニアの水槽に入れられ食われ、ある奴隷は処刑ゴッコの餌食となり首を刎ねられ死んだ。
他にも沢山の残酷な光景を見てきた。
記憶を失い、初めて見る地獄に女の子は恐怖に心を支配されてしまう。
しかしそれは天竜人である男達からしたらただの『遊び』である。
女の子は天竜人に戯れで悪魔の実を食べさせられ、ウサギ人間となってしまった。
女の子が悪魔の実の能力者となったため、逃亡を防ぐために首輪は海楼石付きの爆弾首輪と変わった。
しかし女の子は海楼石との相性が良すぎたのか、海楼石は立つのがやっとなほどの効果を女の子に見せた。
しかし立てないわけではないので、ぐったりとしている女の子など気にも留めず天竜人は海楼石の首輪をつけ続けた。
勿論、倒れたり歩みが遅くなれば体罰は当然あった。
不思議と人間は心が折れると逃げる気など起きず、恐怖に支配され続けると自殺するという結論にさえたどり着けない。
ただただ、飼い主の機嫌を損ねないようにすればどうすればいいのか考えるばかりだった。
女の子は次々に死んでいく者達と、そしてその穴を埋めるために次々に来る新たな奴隷達をずっと男の隣で見てきた。
ずっと奴隷達が、同じ人間達が死んでいくのを見てきた。
ずっと…ずっと、同じ奴隷だというのに立場が異なる女の子を憎しみを籠った目でこちらを見てくる瞳を見てきた。
女の子はもう、麻痺をしているのか人の死をなんとも思わなくなってきた。

だが、状況は一転し、女の子は再び売られていく。


女の子は『飽きた』という理由で男から解放された。
多くの奴隷達は死んでいくが、時折、下々たちに提供するように天竜人達は自分達の奴隷を売る事がある。
天竜人の元奴隷はどれだけボロボロで衰弱し死にそうでも、天竜人だというだけで高く売れるらしく、女の子も天竜人に飼われていたと売り文句に高値で売れた。

天竜人の次は貴族の男だった。
しかし、その男は人でありながらも心が醜い鬼だった。
まだ幼女ともいえる女の子を性の対象に見たのだ。
奴隷が主人に逆らえるわけがなく、更には、天竜人の奴隷だった時に心をポキリと折られた女の子の純情はあっけなく人の皮を被った鬼に散らされた。
まだ成長も未熟な女の子にその行為は大人よりも負担がかかりすぎてしまうのに、貴族は構わず女の子を女にしていく。
何度も、何度も。
幼すぎた身体と心には快楽は苦痛にしかならなかった。
だが罪は必ず裁かれる。
貴族は海賊に殺された。
女の子は今度は自分が殺されると…殺してくれると…救われると思った。
しかし、世界は女の子に対して決して優しくはなかった。
飼い主が貴族から海賊になっただけであった。
それも、海賊も女の子を女として扱い、結局女の子は貴族が海賊になっただけでいつもと変わりない生活を余儀なくされていた。
また、地獄に日々が始まった。

しかし、その海賊も死んだ。


「おい!大丈夫か!?」


飼い主が戻ってきたらまた苦痛(快感)で眠ることさえも許されない。
叩き起こされるのも覚悟に、女の子はせめて戻ってくるまで睡眠を取ろうとした。
睡眠不足だからか、外からの音は女の子の耳には届いておらず女の子はうつらうつらしていた。
しばらくすると、女の子の耳に聞き慣れない男の声が聞こえた。
声がする方へ女の子は目を向けると、そこには女の子を飼っていてた海賊よりも若い男がいた。
女の子は『ああ、またか』と思う。
また、奴隷として生きるのか…それか死ぬか…女の子の頭にはこの二つしか選択肢がなかった。
生きていれば希望があると人は言うが、今の女の子にはそんな言葉なんて霞んで見えるくらいには全てに絶望していた。
女の子にとったら死んだ方がマシなのだから。


「……ころして…」


だからだろう。
女の子は無意識にそう小さく呟いた。
もう抗う体力も、生きていこうという体力も、己の不幸を嘆く体力も、自ら命を絶つ気力も、なかった。
腕を上げたくても力が出ず、体を起こしたくても体がすごく重く感じてしまう。
だから女の子は懇願するしかなかった。
その小さな呟きは男に届き、男は目を丸くする。


「…大丈夫だ…君を傷つける奴はもういない…だからそんな事言うな…生きてくれ…」


男は驚いた表情を浮かべた後、死にたがる幼い子供に悲しげに眉をさげ、そっと女の子の頭を撫でる。
満足にお風呂を入れてもらえていない女の子の髪の触り心地は決して良くはなかったが、男はそれに不快感を感じるでもなく、優しい言葉を女の子にかける。
女の子は弱まる中でも温かい言葉をかける男に、驚いたように微かに目を丸くした。
そんな微かな反応を見せてくれた女の子に男は安心させるようにニカッと明るく安心させるような笑みを浮かべた後、比較的綺麗なシーツで体を拭ってやるとマントで女の子の体を隠すように包んで抱き上げて外へと出る。
その間女の子は男の行動を不思議に思っているのか、抵抗する気力もないためか怪訝そうな目で男をただ見上げるだけだった。
男は目と目が合えばその度に女の子に笑顔を見せ、女の子はその笑みが温かい太陽のようだと思った。
何となく、女の子には貴族や男に殺された海賊とは違うと感じ取ったのか女の子は男の腕の中でうとうととし始め重い瞼が落ちていく。
男は腕の中の重みが増したのを感じて女の子を見下ろすと、女の子は目を瞑って眠っていた。
自分の腕の中でスヤスヤと寝息を立てて眠る女の子に男は目を細めて微笑む。
そんな男に1人の男が声をかけた。


「頭」

「ああ、ベンか…」

「ある程度の物は船に運び終えたが…――その子供はなんだ?」


年相応の寝顔を見せる女の子に男は微笑ましく見つめていると、副船長であるベンが声をかけた。
女の子を飼っていた海賊は、この男に殺されたが、襲われたのではなかった。
海賊は男が率いる船を襲ったのだ。
だが運の悪いことにその男もまた海賊であり、名のある者だったため、返り討ちにあった。
ベンは頭と呼んだ男の腕の中にいる子供を見て怪訝そうにした。
それはそうだろう。
ベンと頭の船は基本市民の船を襲う事はせず、略奪も海賊か海軍からしか行わない。
海賊という生き物は家族を陸に置いていく者が多い。
そのため男の腕にいる子供を怪訝として見るのは決して不思議ではなかった。
素直な反応をするベンに男は苦笑いを浮かべた後、ベンに事情を話す。
事情を聞いたベンは怪訝とした視線を同情へと変えた。


「どの世も変態はいるんだな…」

「そうだな…こんな小さい子に…理解できんな…」


男は船長室に入った途端見た光景を思い出し、嫌悪を露わにした表情を浮かべる。
床には船長らしい男が着ていた服が散らばっており、ベッドには小さな少女が1人。
船長の肉親かと思い殺してしまった事に罪悪感が生まれた。
それは決して殺してしまった海賊たちへではなく、例え海賊で先に喧嘩を吹っ掛けたとはいえ親を亡くしてしまった女の子への感情だった。
だが、放っておくこともできず憎まれるのを覚悟に近づいてみれば、男は絶句する。
女の子は服一枚、下着一枚も身に着けていないあられもない姿だった。
シーツには情事の跡があちこちにあり、女の子の体にも男の欲情が張り付き、女の子がこの海賊船でどんな役割をしていたかがすぐに理解した。
男はこんな幼い子供に欲情を向けていた船長の男をもっと残酷に殺してやればよかったと怒りを覚える。
――男には、意中の女性がいる。
その女性はこの腕の中にいる女の子よりは大きいが、まだ大人に成りきれていない少女だ。
所謂ロリコンという部類に入れられるが、それでも男は海賊の趣向が理解できなかった。
確かに年甲斐もなく子供に惚れた自分だって、その少女に欲情はする。
本気で惚れているのだから当たり前だが、その少女は大人っぽいが体はまだ子供だ。
ロリコンだなんだと言われても、男は決して少女には手を出そうと思わない。
少女に惚れてはいるが、だからと言って女の子に乱暴をしたこの船の男のように子供に欲情など出来るはずもなかった。
少女に本気で惚れこんでいるからこその感情だから、男は特殊であろう船長の男の性癖に嫌悪した。


「…ベン、撤退だ」


男の言葉にベンは子供の事はあえてなにも触れず頷き、男と共に自分達の船へと戻った。

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