(11 / 274) ラビットガール2 (11)


アスカがふと目を開けるとそこは暗闇だった。
何もない、真っ暗な世界。


「ルフィ…?ナミ?…みんな…?」


暗闇の中ではどっちが前で横で後ろか分からず方向感覚も狂う。
アスカは怖くて1歩も動けずただ周りを見渡してルフィ達の名前を口にすることしか出来なかった。


「ひ、とり……」


ぽつりと小さな呟きはいやにアスカの耳に大きく届いていた。


「エー、ス…サボ……ルフィ…っ!!どこなの!!エース!!サボ!!ルフィ!!!」


1人を嫌がるアスカは呼んでも誰も返事がこない事に恐怖する。
足が震え、体も震え、寒いわけでもないのに1人という恐怖に自分の体を抱きしめる。


「ロー……たすけて…―――ッロー…!」


次第に寂しさに耐え切れずアスカはその場に座り込み愛する男の名を呼び助けを求める。
しかしローの声はせず、ぽつり、と涙がアスカの膝の上に落ちた。


「アスカ」

「…ッ!!」


誰も自分の側にいてくれない寂しさと恐怖…心細さに耐え切れなくなりそうだったその時、優しい女性の声がアスカの耳に届きアスカはハッと弾かれたように顔を上げた。


「お姉様…!」


顔を上げればそこにはルフィの姉であるミコトがいた。
目の前のミコトの髪は長く、スリットの深いスーツを着ていた。
ミコトは自分を見て嬉しそうに破顔させるアスカに笑みを深め髪を耳に掛け、そしてそっと手を差し出す。


「さあ、アスカ…あなたのお父様とルー君が待っていますわ」

「パパ…?」

「ええ、お父様達が…あなたを心配しています…わたくしと共に参りましょう…」


お父様、と言われアスカはシャンクスを思い描く。
父が待っていると聞きアスカは伸ばされているミコトの手を戸惑いもなく取って立ち上がり、ミコトと手を繋いだまま進む。
『あちらに…』とミコトが指差す方へ目を向けると暗闇ばかりで何もなかった空間に1つの光りが現れた。
真っ暗闇のこの空間に灯った光にアスカは安堵の息をつきミコトに手を引かれながらその光りへ向かって歩き出す。


「お姉様…」

「なぁに?」

「…お姉様が…ケムリンと結婚したって…いうのは……嘘、ですよね…」


光りまでそんなに距離がなく、しかし短くもない。
アスカは気になっていた事をミコトに聞く。
もごもごと口篭りながらの言葉だったが音と言う音がないこの場にはどんなに小さな音でも響いて聞こえていた。
ミコトはアスカの言葉にきょとん、と目を見張ってアスカを見つめていたが、次第に愉快そうに笑い始める。
愉快そうに笑っていてもミコトの笑い方は品があり、下品とは程遠かった。
アスカは突然愉快そうにコロコロと笑うミコトに呆気に取られミコトを口をあけて見上げていた。


「まあ…アスカったら……何を言い出すかと思えば…ふふ、そんなことですの?」

「そ…そうですよね!!そんな…パパ以外の人とお姉様が添い遂げるなんて…」


笑い出したミコトにアスカは『やっぱり噂だったんだ!!嘘だったんだ!!あとでブルック殺す!!』と心の中で呟き、喜ぶ。
姉>>越えられない壁>>仲間を地でいくアスカに手加減はない。
違うと知ったアスカは喜びホッと胸を撫で下ろしていたのだが…


「わたくしの夫はスモーカー以外ありえませんわ…ねぇ?あなた?」

「ああ、そうだな…」


姉と自分しかいないはずのこの場に男の低い声がアスカの耳に届いた。
アスカは胸を撫で下ろしたままで硬直し、その声を必死で頭で認識する。
そして恐る恐る顔をあげるとそこには――…


「おれも、お前以外の妻など考えられん。」


さっきまで自分と手を繋いでいたはずのミコトの肩を優しく抱くスモーカーがアスカの目の前に立っていた。


「い…っいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッッ!!!!!」


アスカはこれまでに出したことない音量で叫ぶ。






「――――――ッッ!!!」


ガバッとアスカは起き上がる。


「ゆ…ゆめ…っ?」


はあ、はあ、と息も荒く肩で息をするアスカは自分が夢から目を覚ましたことに気付く。


「い、嫌な夢見た…っ」


思い出すだけで身の毛がよだちそうで、アスカは必死に夢を追い出そうと頭を振る。
しかしあの悪夢は中々追い出せずアスカは思い出したように涙を溜めていく。
目をギュッと力強く瞑り必死に涙を流すのを我慢するアスカは掛けてあった掛け布を力の限り握り顔を埋める。
力を入れた事で健康的な小麦色の肌が白くなっていく。


「なんでよりによって…あのケムリンをパパって呼ばないといけないわけ?」


夢とはいえシャンクス以外を父親呼びしそうになった事にアスカは背筋を凍らせる。
ミコトはシャンクスと結ばれると絶対に思っていたから夢の中のミコトはスモーカーを父と呼んでいたのは少し冷静になりつつある頭で考え付いた。
しかしたかが夢とはいえミコトがシャンクス以外と結婚どころか恋するとは思えられず、アスカは姉が遠くなった気がしてじわりと涙が溜まっていくのを感じる。
溜まらなくなりアスカは膝を立て顔を埋める。


「起きましたか」

「…!!」


鼻を鳴らしながら悲しみと寂しさで押しつぶされそうだったアスカだったが、扉が開いた音と聞いた事のない男性の声にハッと顔を上げる。
それには人間ではなく人魚の男がアスカに歩み寄っていた。
その男は青い髪を持ち、体格も逞しくフカザメの尾を持っていた。


「随分と衰弱していたので心配していたんですよ…しかし、目を覚まされて安心しました…」

「…………」


アスカは男を見て改めて周りへ気を向ける。
気を失う前は確かにサニー号に乗っていた。
しかし姉の結婚とその結婚相手に衝撃を受けて気を失ってしまってからの記憶が一切なかった。
周りを見渡せばここはサニー号の女部屋でもなければ男部屋でもなくチョッパーの医療室でもない。
アスカは大きいベッドに寝かされており、ふかふかで安眠できそうなほどいいベッドだと頭の端でそう思う。


「……ぅ…っ」

「!?」


アスカは部屋を見渡した後男へ目線を戻したかと思ったその瞬間、溜まっていた涙が溢れ出てきてしまった。
男は突然泣き出したアスカに慌てふためきアスカの側へと駆け寄る。


「ごめ、んなさい…思い出して…っ」

「…ご安心を……ここには天竜人は来ません……もう、誰もあなたを奴隷として扱う者はおりません…」

「ぇ…」

「どうか、涙をお止め下さい…」


この場合、思い出したというのは姉と慕うミコトと敵のスモーカーとの結婚話である。
周りへ気を向ける余裕が出たアスカだったが姉の結婚話を思い出してしまい涙が止まらなかった。
アスカはもう一度『ごめんなさい…』と呟き男を見上げた。
自分を見上げるアスカの濡れた目で見つめられ男は一瞬息を呑んだが男はなんとか我に返りアスカの側に歩み寄り優しげに声をかける。
しかしあれほど止めれなかった涙が男の言葉でピタリと止まり、アスカは顔を青々とさせ男を見上げる。
男は自分を見上げるアスカの顔色が青いのを気付きながらも優しげな瞳を向け、アスカの肩へ手を置く。


「なん…で……」

「…申し訳ありません……不躾ながらあなたの身体を見てしまったのです…この場には女性もおりませんでしたから…しかし早く着替えなければ風邪を引かれると思い勝手ながら着替えさせていただきました…」

「………」


男の言葉はアスカの耳にちゃんと届いていた。
だから、その言葉がちゃんとアスカに届いていたからアスカは怯える表情を男に向ける。
身体も微かに震えだしているアスカに気付いた男は同情したような目で見つめ、グッと肩に置いている手に力を入れる。


「ご安心を…もし主人が参られても決してあなたを渡しはしません。」


この島に天竜人が来たという報告は聞いていない。
もし報告が来る前に天竜人が来たとしても騒ぎで必ず気付くはずである。
アスカの背中の焼印は天竜人の紋章だと男も知っていた。
もしアスカが天竜人の奴隷なら天竜人もいるはず。
しかし天竜人を乗せた船が来る途中に何か事故があったという報告もなければその天竜人がこの島に到着したという連絡もない。
男はきっと天竜人に飽きたからという理由で売られ、新たな主人となる人間に買われた奴隷と思ったのか、怯えを見せるアスカに力強い瞳と言葉を向けた。
その男の言葉と瞳にアスカは微かに目を見張る。
怯える表情を少し和らぐアスカを見て男はホッと安堵の表情を浮かべ、アスカの身体をゆっくり優しくベッドへ戻し寝かせる。
自分を寝かせ掛け布を被せる男にアスカは不思議そうに小首を傾げながら見上げ、男は不思議そうに見つめるアスカに目を細め微笑んだ。


「今はゆっくりとお休みください」

「あの…でも……」

「後の事は我々が責任を持ってあなたを地上へと戻します…ですから今は何も考えず体を休ませることだけを考えてください…」


起き上がろうとするアスカに男は再びベッドへ戻す。
アスカは抵抗する気力もなく男のされるままにベッドへ横になってしまい、戸惑いが隠せないような表情を浮かべる。
男は戸惑いが隠せないアスカをよそに肩まで掛け布を被せてやり『ではおやすみください』とアスカに声をかけた後背を向け扉へと戻ろうとした。


「あ。あの…!」

「はい…?」

「あの……助けて、くれて…ありがとう…」

「…!」


自分を奴隷と勘違いしているという事は自分がこの男に保護された時にルフィ達の姿はなかったということである。
即ち、なんらかの事故があり気を失っていた自分とルフィ達はバラバラになったということだろう。
相手が奴隷と勘違いしているとは言え助けてもらったようなのでアスカはとりあえずお礼を言っておいた方が自然だと短い間で計算し、怖ず怖ずと呟きながらお礼を告げた。
お礼というお礼をあまり言い慣れていないアスカは恥ずかしさもプラスされ男から目を逸らし頬をほんのりと染める。
それを見た男は目を丸くさせその場で固まる。


「…あの……?」

「――!、あ、いや……お、お礼を言われる事はしていません…こちらこそ女性であるあなたの身体を勝手に見てしまい申し訳ありませんでした…」

「それは…」

「で、では!!失礼します!!」


『あ、それ全然気にしてないから。』と言おうとしたアスカに男は慌ててアスカに背を向け部屋から出て行った。
バタン、と慌てて閉めた扉の音が部屋に響き、アスカは唖然と男を見送る。



◇◇◇◇◇◇◇



「兄上!」


部屋から出てきた男に2人の新たな人魚の男が駆け寄る。


「フカボシ兄上!無事でなによりラシド!」

「兄上!あの人間、やっぱり麦わらの一味だった?」


扉の前で立ち尽くす男…フカボシに弟であるリュウボシとマンボシがそれぞれ声をかける。


「…………」


しかし2人に声を掛けられてもフカボシは何も答えず、ただ一点を集中し見つめていた。
心なしか頬が染まって見えるのは気のせいだろうか…2人はお互い顔を見合わせ同時に首をかしげる。


「兄上…?」

「可憐だ…」

「……は?カレー?」

「あのような可憐な方が海賊なわけがない…」

「あ…兄上?兄上ー?」


リュウボシが再度声をかけるも、返ってきたのは無言ではなかった。
――が、予想した言葉でもなかった。
ポツリと呟くフカボシの言葉にあの人間がよく好んで食べるカレーという食べ物なのかと更に怪訝そうにフカボシを見つめるがフカボシは目の前の弟達など目に映っていないように更に呟く。
ぽーっとどこかを見つめる兄の顔の前でマンボシが手を振ってもやはり反応しない。


「…だめだこりゃ……」


何の反応もなくいつもの兄とは違う様子に弟のどちらかがぽつりと呟き、その呟きはやはり兄に届くことはなかった。

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