(44 / 274) ラビットガール2 (44)

「ああ、そうじゃ…」


肩を落とせば自然と眠るアスカが目に入り、ジンベエはふともう1つ話そうとしていた事を思い出す。


「もう1つ、お前達に知らせておくべき話があったんじゃ…」


そう言って膝の上で眠るアスカを起こさないようジンベエは懐から1枚の紙を取り出した。
自分の前に置くその紙をナミ達は覗き込むように見下ろす。


「これ…」


ジンベエが置いた紙…それを見てナミ達は目を丸くする。


「アスカの手配書?」


その紙とはアスカの手配書だった。
2年経ち、再結成した今自分達の手配書は新しくなり金額も上がっている。
アスカも例外ではないだろう。
それになんら疑問もないし、男共は金額が上がって喜んでいた。
しかしナミ達はその手配書に書かれている金額の部分に目をやり更に驚きを見せる。


「"ONLY ALIVE"って……生け捕り!?」

「ええ!?なんで!?どうしてアスカだけが生け捕り…!?」


そう、ナミ達の目に映っている文字は『ONLY ALIVE』…生け捕りだった。
今まで金額の上に生死を問わないという意味の『DEAD OR ALIVE』が書かれていた場所に生け捕りを意味する『ONLY ALIVE』という文字が書かれており、生け捕り自体珍しいがそれ以上に驚くことがあった。
それは―――


「『ASKING PRICE』!?」


値段の場所には『言い値』という意味の文字が書かれていた。
それはすなわち、生け捕りにすればいくらでも払う…という意味だ。
ナミ達は『生け捕り』どころか『言い値』という文字を見て思わずアスカの手配書を見た後ジンベエを見る。
それを二三度繰り返し、やっと落ち着いたのかジンベエへ視線を固定させた。
驚いているナミ達を見渡したジンベエは難しい表情を浮かべ、ナミ達と同じくアスカの手配書へ目線を落とす。


「やはり知らんかったか…」

「どうして!?なんでアスカが生け捕りなの!?」

「2年前まではおれ達と同じで生死を問わずだったし…金額だって決まっていたのに…」


生け捕りとし言い値での支払いの理由…ナミ達は考えたが考えられるのは2年前の海軍との戦いだ。
確かに、アスカは2年前の海軍との戦いで目立っていたが、それを言えばルフィの方が目立っていた。
これが原因でアスカの懸賞金が変更されたのなら、アスカ以上に危険視されているルフィも『生け捕り』で『言い値』でなければおかしいではないか。
しかし、思わずジンベエに問うも、当然ジンベエも分からない。
ジンベエは首を傾げ、ナミ達からアスカの手配書へ目線を戻す。


「それはわしにも分からん…だが2年経ち新たな手配書の中にこの手配書が入っていたのは確かじゃ…どういう思惑で政府が生け捕りとさせ、そして言い値にしたかは知らんがいくらなんでもこれだけは知っておいた方がいいと思ってな…」


海賊に情けは無用なため、普通なら生死を問わないと書かれるはずだ。
その証拠に、アスカが手配された当初から今まで手配書には『生死を問わない』と書かれておりその下には金額が書かれていた。
ナミ達が最後に見た金額は『1億5000万ベリー』という大金だった。
それがなぜ『言い値』に変わったのか分からない。


「…そもそも…『言い値』なんて本当にあるの?」


信じられないためか、ふとこの手配書は本物なのかという疑問がナミの頭によぎった。
ナミは生きる術として数えきれないほどの手配書を見てきたが、一度として『生け捕り』という文字と『言い値』という文字を見たことがない。
政府にとっての重要度によっては生け捕りはあり得るが、『言い値』なんてありえない。
四皇だってちゃんと生死を問わず金額だって決められているのだ。
ナミの言葉に『そういえばそうだ』とウソップ達も違和感に気づき、全員が手配書を持ってきたジンベエを見た。


「わしはアスカ君と同じ手配書を見たことがある」


ジンベエの言葉にナミ達は目を丸くする。
『生け捕り』はともかく、懸賞金が決まっておらず『言い値』の手配書なんてナミ達は一度も目にしたことがない。
だが、ジンベエが見たことがあるというのなら、嘘ではないのだろう。


「手配書は政府が決めて刷った後それぞれの新聞屋に送っている…ただ、政府のミスもあり得ない話ではない…ミスだと願うしかなかろう」


黙り込むナミ達に、ジンベエは申し訳ないと思う。
知らせた方がいいと思ってアスカの手配書を持ってきたが、余計な混乱を招くだけになったと罪悪感を感じてしまう。
ただ、巨大な組織とはいえ、人間が手を加えているのだからミスだってある。
間違いだったと刷り直す展開を期待するしかない。


「……こればかりはおれ達も考えても分からねェし…とりあえずこの手配書の件は置いておこう」


特別な理由がない限り、生死問わず以外の表記はされない。
それも、金額が曖昧な言い値だ。
捕まえた人間によっては億を超える金額になるかもしれないし、お金は要らないという人間も出るかもしれない。
海軍側にメリットが見られない選択だ。
サンジの言葉に誰もが頷いたその時――『あ…もしかして…』とナミの声が全員の耳に届く。
誰もがナミを見ていた。


「もしかして……でも…まさか…」

「ナミさん?何か気付いたのか?」

「どうした…一体何を気付いたんじゃ…」

「ううん…気付いたっていうか……もしかしてって思っただけだけど…」


ナミはアスカの手配書からジンベエの腕の中で眠るアスカへと目を移す。
酒の力もあり、すやすや眠るアスカのあどけない寝顔にナミはふと表情が緩むのを感じる。
しかし自分が思っているモノが何度も頭に過ぎり曇った表情へと戻ってしまう。
そんなナミにサンジとウソップ、チョッパーはお互い顔を見合い首をかしげ、ジンベエは怪訝そうにナミを見つめた。


「ナミさん?」

「うん……ふと頭に過ぎっただけで確証はないんだけど…」

「それでもいい…もしそれが確かなら対処法もある…気をつけるべき相手も分かる…」

「…………」


今までルフィ達と同じく生死を問わないと金額が書かれていたのに突然生け捕りとなり言い値になったのには何か理由があるのかもしれないとジンベエは思う。
もしかしたらただルフィの姉であるミコトが弟と同じく溺愛しているアスカを思い生け捕りに変えたのかとも思った。
しかしその考えはすぐに消えた。
いくら海軍の最高戦力と言えど、大将にそこまでの権限は持っていない。
それに、それが許されたとして…今の元帥はミコトに甘いセンゴクではなく――赤犬だ。
七武海を離れた今、赤犬が元帥となりミコトへの待遇がどうなっているかは分からない。
外見にモンキー家の血を感じさせなくてもちゃんと中身がモンキー家であるミコトと、真面目な赤犬が反りが合わないのは誰だって分かる。
普段のやり取りも赤犬とミコトはお互いの名を呼ぶ事は無い。
ミコトはクザン以外の大将の名前を呼ばないし、赤犬だってミコトの名を呼ばずただの『女』である。
しかしこれ以上考えてもアスカが生け捕りと言い値に変った理由は見当たらなかった。
ナミが自分と同じ事を思っているという考えもある。
しかしナミは自分よりも長い間アスカと行動を共にした仲間なのだ。
自分が知らない事情も知っているのかもしれない…ジンベエはそう思いナミの考えを聞き出そうとしていた。
しかしナミはチラリとジンベエの方を見て何か言い難そうに眉間にシワを寄せアスカへと視線を戻す。
そんなナミにジンベエは更に怪訝そうに首をかしげた。


「何じゃ…一体……早う言わんか。」


普段のジンベエなら無理に聞き出そうとは思わない。
しかし今問題に上げられているのはアスカだった。
他の人物なら言い辛いのなら無理に聞き出す事も無いだろうと他の話題へと移したのだが…アスカは別だ。
アスカはエースの妹なのだ。
ルフィとアスカをエースに頼まれている以上、ジンベエはエースとの約束を守る気でいた。
何よりジンベエにとってもアスカは娘のように可愛いのだ。
じっと先を急かすように見つめるジンベエに、ナミは重いその口を開く。


「――天竜人…」

「…!」

「……が…関係しているんじゃ…」


しかし、ジンベエの耳に思ってもみない言葉が届く。
天竜人という名前を知らない者はそういないだろう。
以前なら誰もいないと言い切るところだが…例外が今、ジンベエの目の前でご飯を頬張っている為言い切ることはできない。
天竜人の厄介さを知るジンベエはなぜアスカの生け捕りと天竜人が繋がるのか、と疑問を思う。
しかし天竜人という名前を口にしたその瞬間、自分の前にいるサンジ、ウソップ、チョッパー達は表情を強張らせ、今まで食べ物を永遠と口に含んでいたルフィの動きも止まり、ゾロもイビキを止めゆっくりと目を開ける。
その異様な雰囲気をかもし出すルフィ達に事情を知らないジンベエは怪訝そうに首を傾げる。


「なぜ天竜人が…?アスカ君とどう関係があるんじゃ…」

「それは…」


ジンベエの問いは当然だ。
この場で事情を知らないのはジンベエだけで、自分の以外が納得し口を閉ざしているとどうしても気になってしまうのは仕方ない。
特に、ジンベエは麦わら海賊団のクルーになる覚悟を決めている。
仲間でないのなら話す必要はないが、クルーになる"予定"とは言え天竜人関係で聞かない理由はない。
ただ、言わないのはジンベエを信用していないわけではない。
二年前に船長であるルフィに手を貸してくれて、今回も共に戦った。
そんな男を信用しないわけがない。
だが、本人の許可なしに簡単に伝えていい話でもないのも確かだ。
誰もが口を閉ざしていると――


「アスカは天竜人の奴隷だったんだ」


ルフィが口を開いた。
誰もが弾かれたようにルフィを振り返る。


「ルフィ!!」


ジンベエはルフィの言葉に目を丸くさせ驚愕した表情を見せ、サンジ達は何の戸惑いもなくアスカの許可なしにアスカの過去を暴くルフィに非難するように声を上げた。
ただゾロは起き上がらず寝転がったままルフィに目線だけを向けた。
その視線は非難などなくただ見つめているに近い。
ナミ達の非難の目線など気にもせずルフィは食べ物を持っていた手を下げる。


「天竜人の…奴隷…だと…?アスカ君が…か…?」

「ああ」

「ルフィ!!」

「お前…!アスカちゃんのその過去は簡単に言っていいもんじゃねェぞ!!」

「分かってる……けどジンベエならいい」

「お前なァ〜…それを決めるのはアスカだ!お前じゃねェって!」


チャルロスという天竜人に背中を暴かれて叫んだアスカの悲痛の声がサンジとナミの耳から離れない。
いつも淡々としているアスカの叫び声なんて聞いた事がなかったのだ。
悲鳴を上げるくらい自分達には見られたくないものを、幼馴染で船長というアスカを守らなければならない立場であるはずのルフィが簡単にジンベエに伝えた。
アスカを妹のように可愛がっているナミとサンジは立ち上がり他の3人よりも強く非難をルフィに向けた。
確かにアスカとルフィはお互いに依存しあった関係であるの見ても明らかだが、流石に本人の傷を抉るような過去を勝手に話すルフィには呆れ返ってしまう。
ウソップの呆れた言葉にもルフィは全く謝ることなくもそもそと食事を再開した。


「本当に…本当にアスカ君は天竜人の…」


何度も確認するようにジンベエは呟く。
ルフィの言葉はジンベエの頭の中で何度も繰り返し再生され、信じられない言葉にジンベエは唖然とする。
魚人という種族は一番天竜人の奴隷に近い存在だとジンベエは思っていた。
人間もいるとは知っているが天竜人は魚人と人魚と巨人を好む傾向がある。
力があり、美しく、そして何より人間より面白い。
ジンベエが所属していたタイヨウの海賊団にも大勢の天竜人の奴隷もおり、自分の前のタイヨウの海賊団の船長も天竜人の奴隷だった。
彼は最後まで人間を憎み、死んでいった。
エースからルフィ達の話をよく聞いていたから、その可愛がっている妹の過去に奴隷落ちにされていたと知り驚いた。
唖然とするジンベエはルフィから自分の腕の中で眠るアスカへと視線を落とす。


「…………」

「!――アスカ君…」


ジンベエが目線を落とせばそこには薄っすらと瞳を開けているアスカが映る。
ジンベエがアスカへと目線を移したことで釣られてナミ達もアスカへと目線を移し、ジンベエと同じくアスカが起きていた事に目を丸くさせていた。


「アスカ…聞いていたの…?」

「うん…」


ナミの恐る恐るな問いにアスカは小さく頷いた。
まだ酔いが残っているのか仕草も声色もどこか幼げで、呂律があまり回っていない。
それでもジンベエの胸元に頭を預けるアスカにナミ達は冷や汗が浮かび慌ててしまう。
アスカが傷ついてしまうと思ったのだ。


「アスカ…あのね…」

「…いいよ」

「え…?」

「べつに、いい…ジンベエなら、きかれても…いい……」

「アスカ君…」


どう伝えたらいいか分からないナミの戸惑いの声を遮りアスカはポツリと呟いた。
全てを預けると言わんばかりにアスカはジンベエに体を預けポツポツと呟いた後重たい目蓋を閉じ、深い眠りについた。
アスカの言葉にナミ達はお互いに顔を見合わせ…そして…


「実は…」


ジンベエに全てを話す。

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