(89 / 274) ラビットガール2 (89)

『どうぞ』、とミコトの目の前に美味しそうコーヒーが置かれた。
それをミコトは見ただけで手を伸ばさず無言でモネを見上げ、モネは何か言いたげのミコトに笑みを向けた。


「騙したのですね」

「あら、騙すって何を?『今は』、と言ったのは若よ?それに今って言ってもあの時は、っていう意味じゃない。若も騙した事にはならないはず。」


モネの言い分は正しい。
そして、モネを責めるのは間違っている。
それはミコト自身も分かっている。
分かっているが…責めずにはいられないのもまた仕方のないことだった。
『コーヒーいらないの?』と隣に座るモネの言葉に無言でコーヒーに手を伸ばし口を付ける。
自分の入れてくれたコーヒーを飲んでくれるミコトが嬉しいのかモネは膝に肘をつきフフ、と嬉しそうに笑い、ミコトがコーヒーを飲む姿を1人用のソファに腰を下ろしたヴェルゴがじっと凝視していた。
凝視してくるヴェルゴに気付いたミコトは気まずげにコップから口を離し、コトリと音を立て受け皿に戻した。
ふい、と顔を逸らすミコトにモネは溜息をつき呆れたようにヴェルゴに声を掛ける


「ヴェルゴ、見すぎよ」

「ああ、すまない…ついな」

「若に知られると殺されはしないけど折檻は免れないわよ」

「それは困るな…しかし黒蝶に触れてしまえば求めるしかないのが男じゃないか?モネ、お前も男だから分かるだろう?」

「私女よ」

「そうだ、お前は女だ。」

「まあ女の私も時々くらりとくるけどね」

「一緒か」

「一緒ね」

「……勝手に解決しないでいただけます?」


もうルフィ達は捕まり逃げられないのと自分を過信している安心感は多少あるのか、ヴェルゴ達は呑気に会話を広げていた。
呑気な会話を広げる二人にミコトは突っ込んだが、効いたかは不明である。
ミコトは呑気な2人に溜息を送る。


「わたくしはドフラミンゴの下にはいきませんと何度も言っているでしょう」

「大丈夫よ、誰だって結婚前夜は不安だもの」

「…………」


モネと話した時もドフラミンゴの下へ行くのをミコトは断った。
だからだろうか、今度は無理矢理ドフラミンゴの下へ連れていくことにしたらしい。
ミコトは海賊らしいやり方に眉を顰め、拒むのをマリッジブルー扱いするモネに溜め息を禁じ得ない。
わざと聞こえるように溜息をつくミコトにモネは目を細め笑みを深め、ミコトから離れ檻に歩み寄りスモーカーを見下ろした。


「あなたもこんな簡単に捕まる男なんかよりも…若と結婚しちゃえばいいのに…」

「あの方は『海賊』です」

「でも若ならあなたを全てから守ってくれるわ」


ドフラミンゴの手を取らず、簡単に捕まる男を選んだミコトにモネは呆れた口調で呟いた。
その言葉に、何度も言っている理由を述べるもモネは一向に受け取る気はないようだ。
『まァ、どうせすぐに若のモノになるのだけど』、とこちらを睨みつけるスモーカーをつまらなさそうに見つめた後、すぐにミコトの元へと戻ってくる。
執拗にドフラミンゴを勧めるモネにミコトはキャラではないが思わず舌打ちを打ちそうになる。


「モネ、あまり黒蝶を苛めてやるな…ドフィの妻になる女性だぞ」

「あら、そうね…中々諦めないからつい……若にバレたら怒られちゃうわね」


ドフラミンゴの妻になる気など一切ないと言っているというのに、彼らの中では既に決定事項になっているようでミコトは顔を片手で覆い呆れたように溜息をつく。
二人に呆れていると不意にアスカの姿が目に映った。
人一倍海や海楼石に弱いアスカはぐったりとしており先ほどから寝返りすらしない。
息をする度に胸が上下に動くため息はしているのは確認できるが、それ以外ではまるで死んだように見える。


「…アスカをどうするつもりです」


ミコトはずっとなぜアスカをソファに寝かせているのか気になった。
アスカがヴェルゴ達との繋がりがあるとは見えない。
流石にアスカだけを奴隷として売るということはしないだろうが、アスカだけが檻に入れられないのは不可思議だった。
ミコトの問いにヴェルゴは答える。


「リサも連れていく」

「?…なぜ?アスカとあなた方になんの繋がりが?そもそもあなた方はアスカをリサと呼んでいますが…なぜです」


ミコトの問いにヴェルゴは『そうだなァ』とどこから話そうかと考えながらソファから立ち上がり、アスカに近づき出ている手に毛布を被せ直す。
アスカの紫色の綺麗な髪を撫でるその仕草はとても愛おし気で、だからこそミコトは余計分からなくなる。
ローはヴェルゴをギッと睨み余計な事を言う前に口を挟もうと口を開きかける。
すると丁度シーザーが帰ってきてしまい、質問は中止となってしまった。


「シュロロロ…待たせたな、ヴェルゴ」

「問題ない。コーヒーとクッキーをいただいていた……変だな…クッキーがないぞ」

「クッキーは出してないわよ」

「そうだ、クッキーは頂いてなかった。―――で、実験はいつ始まるんだ?シーザー。」


シーザーはモネの隣で大人しく座って寛いでいる不機嫌顔を崩さないミコトの姿に何も言わないが目を細め小さく笑った。
それが堪らず腹が立ったミコトは今の状況で反抗するのはいい策ではないと思ったのかフイ、と顔を逸らすだけの小さな反抗を見せる。
それでもそんなミコトにシーザーは笑みを深めるだけだった。
ヴェルゴの言葉にシーザーは『直だ』と呟きミコトの隣で座っていたモネに映像を出せと続け、モネはシーザーの指示に早速取り掛かった。


「しかしてめェんとこの部下くらいしっかり止めといて欲しいもんだ、ヴェルゴ…スモーカーがここへ来たときゃ冷や汗をかいた!」

「ああ…"野犬"なんだ…手に負えない」


ミコトが席を外したモネを見送っているとシーザーはヴェルゴに文句を1つ零しながらスモーカーのいる檻へと向かう。
その檻の中にはローもおり、シーザーは捕まったローを見てご機嫌よく笑った。


「お前もいいザマだ、ロー!」

「…………」

「シュロロ!ヴェルゴには"手も足も"出なかったんじゃねェか!?お前との"契約"が役に立った様だ!」


ローとシーザーの『契約』。
それはお互いの心臓を交換する、という事であった。
正し、お互いと言ってもシーザー側はモネの心臓を、であるが。
シーザーの提案をローはなんなく受け入れ、ローとモネの心臓は今、くり抜かれている状態である。


「やはり人は信用するものじゃない…自業自得というやつだ…身をもってわかったハズだが…お前の心臓はヴェルゴが持っている。」

「―――、ッ!!」


シーザーの言葉に、ヴェルゴは席を立ちシーザーの傍に歩み寄りローの心臓らしいものを取り出す。
少し力を強めて握ればローが突然苦しみだし隣にいたルフィは目を丸くさせる。


「さすがのお前でも気付き様がなかったろうが…モネが気を利かして"姿を変えて"お前を尾行していた!話は筒抜けだ!!おれは残念だぞ、ロー…せっかくいい友人になれたと思っていたのに!!」

「…っ、優秀な秘書に救われたな……もっとモネを警戒しておくべきだった……"M"があんまりマヌケなんでナメきってたよ!」

「〜〜〜ッ口を慎め!小僧が!!!」


ローは心臓を握りつぶされそうに苦しみ、息を荒くした。
しかしそれでも憎まれ口を叩く余裕はあるのか、冷や汗をかきながらも薄く笑う。
そんなローにシーザーは頭に血が上ったのか傍に立つヴェルゴに向かって拳を向けた。
ヴェルゴはシーザーが何をしようとしているのか理解しているのか、手に持っていたローの心臓をシーザーが向ける拳が当たるように上げ、拳で心臓を殴られた痛みがローの体に走る。
苦しげな声を零すローをシーザーは鼻で笑った。


「お前すげェな!!心臓取られて生きてんのか!?」

「てめェの能力を利用されてちゃ世話ねェな…――じゃあ『おれの』はどこにある…」


心臓を殴られローの口からは血が垂れてしまう。
愛する人の苦しい声、そして騒ぎに気付かないほどアスカは気を失っていた。
自分の能力を利用され自業自得とも言えるローにスモーカーが冷たく棘のある言葉をかけた後、ローが奪ったはずの自分の心臓の居場所が気になった。
そんなスモーカーにシーザーは『こ〜こ〜だ〜よォ〜〜』とスモーカーの心臓を取り出す。
名前を嫌味ったらしく言おうとしたその時、シーザーのセリフを準備をしていたモネが遮ってしまった。
悪気がないモネと、時間もないということでシーザーは何も言わず大きな電伝虫の傍に歩み寄る。
シーザーの指示で出された映像には、巨大な飴玉が映し出され、ミコト達は何が起こるのかと見守る。


「ここは氷の土地、中央部だ…!」


シーザーはモネからマイクを受け取り誰に言うでもなく喋る。
ミコトは憶測だがこの実験は誰かに見られていると思ったが、その相手までは分からず、チラリとヴェルゴを盗み見ても隙がないため諦めてモニターを見上げた。
シーザーはミコトが視線をモニターに移した後、ヴェルゴも監視するように横目でミコトを見ているのをよそに氷の土地の各所に配置してある映像をモニターに映す。


「現在炎の土地より散り散りに飛んで来た『スマイリー』の分身…『スマイリーズ』が土地の中央に向けて集結しつつある!――やがて彼らがこの氷の土地で合体し、再び『スマイリー』となった時!実験は始まる!」


どうやらミコト達の前に現れたスライム状の生き物はシーザーのペットだったらしく、『スマイリー』と名付けられたそのスライムは各地に散らばっていたが少しずつ集まりはじめ、既に本体に近い大きさにまでなっていた。


「『スマイリー』は4年前にこの島を殺してみせた!毒ガス爆弾の"H2Sガス"そのものだ!!前回の問題点は『毒をくらった者達が弱りながらも安全な場所へ避難できた』という点だ――そこで4年前の兵器『スマイリー』に巨大な『エサ』を与える事でその毒ガスにある効力を追加し、完璧な『殺戮兵器』を完成させる!!今日誕生する新しい兵器――その名も…『シノクニ』!!!」


その兵器の名はその場に大きく響いた。

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