(103 / 274) ラビットガール2 (103)

「大佐ちゃん!大丈夫か!?立てるか!?」

「え、ええ……―――ミコトさん…あの…」


海兵達の誰もがミコトが能力を出し一気にヴェルゴを倒さない事に疑問を持つ者はいない。
それほど海兵達は逃げるのに必死だった。
それぞれ無事なものは負傷者に肩を貸してやり走っていき、倒れているたしぎにも海兵達は駆け寄ってくれた。
朦朧としていた意識もハッキリし始めたたしぎは駆けつけてくれた海兵の言葉に頷きながら戸惑いを隠さない声で自分達に背を向けるミコトを名を呟く。
そんなたしぎにミコトは振り返り笑みを浮かべる。


「たしぎ、走れますか?」

「は、はい…でも…ミコトさん…」

「ならG−5達を連れて脱出しなさい。それがあなたの役目です……『あの人』も…そう仰ったのでしょう?」

「!……はい!」


たしぎはミコトの姿に違和感を感じていた。
それもそのはずである。
いつも身にまとっている桃色の羽衣"傾世元禳"がなかったからであろう。
それは即ち、能力はまだ使えないと言う事である。
それを心配していたたしぎだったが、ミコトの言葉にハッと我に返る。
そしてスモーカーの言葉を思い出したのだ。
ミコトの言う『あの人』とは『スモーカー』であり、たしぎはミコトの言葉に自分の役割を思い出す。
今は海賊や海兵ではなく、とにかく部下と共に子供達を連れて逃げ出す事が先決である。
それを思い出したたしぎは表情を引き締め強く頷く。
それを見たミコトは満足気に笑ったが、背後からの殺気に無意識に手を伸ばした。


「邪魔をするな、黒蝶…お前は戻ってドフィに引き渡されるまで大人しくしていろ。」


背後からの殺気が誰かなど見るまでもなく分かりきっていた。
この場で唯一の敵対関係にあるヴェルゴである。
ヴェルゴはミコトに『指銃』を向けたが、咄嗟にミコトが避けヴェルゴの黒い鋼鉄のような腕を掴んで止めさせた。
ミコトはヴェルゴの言葉ににこりと笑みを浮かべ『お断りいたします』と答えた後、片足をヴェルゴと同じく武装色の覇気を纏わせ顔目掛けて素早く振り上げる。
いくつもの戦場を切り抜けてきたヴェルゴは難なく顔少し後ろへ体を傾ける事でミコトの足を避ける事に成功したが、軸足を捻らせミコトはそのまま回し蹴りをヴェルゴに放った。
腕を掴まれていたため避けるに避けれなかったヴェルゴはそのまま壁に吹き飛ばされてしまう。


「たしぎ、はやく脱―――、ッ!!」


まだ脱出していない海兵達は大勢いた。
ミコトは出来るだけその間時間を稼がなければならない。
と、言っても能力に頼り切っている自分などがヴェルゴに敵うなどとは思っていない。
ミコトは最悪死ぬ覚悟でここに来ていた。
しかしタダで死ぬつもりもなく、何かが風を切る音がミコトの耳に届いたと思った瞬間、激痛がわき腹を襲う。
ヴェルゴはミコトの蹴りから素早く立ち上がり竹竿をミコトのわき腹に叩きつけた。


「ミコトさん!!」

「来てはなりません!!」

「――ッ!!」


部下たちを避難させていたたしぎは目の前で倒れるミコトに慌てて駆け寄ろうとした。
しかしそれをヴェルゴではなく、海兵ではなく、ミコト本人に止められてしまい、立ち止まるしかなかった。
ミコトはわき腹を抑えながら起き上がろうと脇腹を抑えつつ片肘を立てるも傾世元禳がなく生身の人間である今の体ではヴェルゴの『鬼・竹』を思いっきり受けてしまっては起き上がるのも困難だった。
傾世元禳で常に守られていたミコトは痛みに弱い。
自分の弱い部分を嫌でも体験し痛感したミコトは、痛みから少し開けられている口から吐かれ地面にぽつぽつと作られる小さな血溜まりを見つめながら顔を微かに上げ、立ち止まったたしぎを見つめた。


「今…っ、あなたは…、わたく、しを救う、よりも…!大事な事が、あるのでしょう!!?今、は、…ッわ、たくし、を見ず前、だけを…み、ていなさい!!!―――たしぎ大佐!!情けを捨てなさい!!敗者を振り返るな!!!」


ミコトから出される声はいつもの愛らしく美しい声ではなく痛みから少し擦れた声だった。
それでもミコトはたしぎを叱咤するように声を上げる。
膝を立ててゆっくりと立ち上がるミコトの叫びは辺りに響く。
たしぎはミコトの『敗者』という言葉に目を見張った。


「いや、です……嫌です!!私はミコトさんを見捨てるなんて出来ません!!」

「たしぎ!!」

「――海兵失格なのはわかっています!!でも私はあなたを見捨てることなんて出来ない!!!もう"仲間"を失うのは嫌なんです!!!」

「……!」


目を見張ったたしぎはゆっくりと首を振った。
首を振って自分の命令に背くたしぎにミコトは咎めるように叫んだ。
しかしミコトの声を遮るようにたしぎは声をあげ、ミコトはたしぎの言葉に目を丸くさせる。
『仲間』、という言葉にミコトは口を閉ざした。
たしぎはA棟で自分だけ助かって味方に助けられた。
それはG−5達がたしぎを大切に思ってくれていたからだが、それでももうたしぎは目の前で仲間を犠牲にして逃げるなど嫌だった。
もう、目の前で部下や仲間が消えていくのを見ていたくなかった。
それは誰だって思う感情で、本来なら感激するはずである。
だがミコトはそれを許さなかった。
ミコトは表情を険しくさせたしぎの傍に居たG−5達に視線を送る。


「……たしぎを連れて逃げなさい…今すぐに。」

「りょ、了解…!」

「ミコトさん…っ!!」


ミコトはたしぎの『仲間』という言葉がとても嬉しいと素直に思う。
海軍大将であるミコトは『部下』に恵まれ、『同僚』に恵まれ、『上司』にも恵まれた。
しかし…『仲間』には恵まれていなかった。
というよりも『仲間』と言える人物や『友人』と言える人物が誰一人いなかった。
親しかったクザンは『仲間』ではなく『兄』のような存在であるため『仲間』には括られない。
ボルサリーノとサカズキも『同僚』であるが、『仲間』と言える親しい間柄ではない。
だからミコトはたしぎの言葉がとても嬉しかった。
だが、ミコトは心を鬼にしてG−5達に腕を引かれながらも抵抗するたしぎから背を向けヴェルゴを見据える。
そして何事も無かったかのようにいつもの微笑を浮べた。


「驚きましたわ…まさかわたくしをドフラミンゴに渡すと言っていたあなたがわたくしを攻撃すると思ってもみませんでしたもの」

「お前が逆らわなかったら攻撃などしないんだがな…だがジョーカーからは『殺さなければどんな事をしても構わない』と命令されている………殺しはしない…"お前"はな。」


ミコトの言葉は本当にそう思っていたのもあった。
完全に攻撃しないと思ってはいないが、小さな怪我程度で留めさせると思っていた。
だからわき腹の攻撃は予想外と言ってもいいだろう。
だが、予想外だとしてもそれでも構わなかった。
どう足掻いても今の自分ではヴェルゴですら敵わないのは目に見えているのだから。
しかしただやられるだけではつまらないのにただ捕まるだけでは無駄にプライドが高いミコトにとって癪に障る。
ヴェルゴの言葉でまだアスカが脱出しているのに気づいていない事を再確認しながら、ミコトは痛む脇腹を無視し深呼吸し落ち着かせ、そして…


「―――!」


飛刀を握った。
どこからもなく現れた飛刀にヴェルゴは目を丸くする。


「驚いた…あの薬の効果はまだ続くはずなのだが…」

「勿論続いておりますよ?わたくし、こう見えて効きにくい体質みたいですの」


ミコトに飲ましたあの海楼石と同等の力を持つ液体が効いていないのにヴェルゴは目を丸くする。
あの液体は実験もしたため効果があるかなどはすでに確かめ済みである。
それがミコトには効いていない様子に驚いていたのだろう。
ミコトは海楼石そのものが効きにくい体質である。
しかしアスカのように弱い者も珍しくはあるが、海楼石に弱い者は確かに何人かはいる。
だがミコトのような体質の者はいない。
これはセンゴクにもガープにも誰にも言っていないミコトの秘密である。
その理由は『転生者』だから…という結論にミコトが至ったためだ。
人とは別の能力や体質を持っていると実験対象になるのをミコトは知っていた。
しかし、だからと言って全く効いていないというわけではない。
ミコトの能力は半分どころかその半分も出せない状態なのだ。
『お、おいおいミコト…お前どうしたんだよ…なんかいつもより弱くなってねェか?』と飛刀から心配されるほど今のミコトはほぼ非能力者の人間である。


「それは由々しき問題だな…ドフィにはできるだけ無傷で届けるつもりだったのだが…」

「あら、それはご安心ください…わたくしはドフラミンゴの元へと行く気はございませんので」


ヴェルゴの鬼・竹がまたミコトに振りかざされる。
それをミコトは飛刀で受け止め、ギリギリと体重をかけるヴェルゴを抑える。
ミコトは元からヴェルゴに勝つ気はない。
ただ夫の部下たちが無事逃げ出せればそれでいい。
アスカも気づかれずルフィの元へと逃がすことが出来たのだから後はヴェルゴに捕まろうが白く固まろうがなんでもよかった。
海楼石と同等の液体を飲まされたミコトは多少能力が使えるとはいえ体力腕力はほの一般人。
ヴェルゴの力には勝てず、ミコトは逆らうよりもヴェルゴの力を流すようにし、回避する。
ミコトが避け、ヴェルゴの鬼・竹が地面に刺さり、コンクリートが抉れる。
そのままミコトは飛刀を消し地面に手をつき凍らせ、ヴェルゴの足を凍らせ、更に力を振り絞り体全身を凍らせた。

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