(129 / 274) ラビットガール2 (129)

クザンは二人に呆れていた。


「お前いくつよ」

「…36だが」

「お前さァ…36のオッサンが年下の幼な妻を貰えたってだけでも幸運なのにそれが更にオプションが美女で大将クラスでおまけに文句なしの血筋とか幸運どころか人生全ての運を使い果たしたっつーのに……勿体ねェ…めっちゃ勿体ねェ…」

「…だからなんだって聞いてんだが」

「そりゃ確かに?ミコトちゃんは誤解されやすいし、どちらかと言えば不器用さんだから本音なんて言わないしだからお前も勘違いしてるっていうのも分かるよ?ミコトちゃんってば人見知りなところあるからさ、気を許した…まァ、言っちゃえばおれみたいな親しい人じゃないとそうそう本音をポロリと出さないところもあるからそこはお前だけを責められねえよ?でもなァ…30にもなってお前…20の娘の本音も分からないたァ………お前やっぱEDだろ」

「だから違うって言ってんだろ!!さっきからEDEDと…!!だから何なんだ!!」

「―――あれはミコトの本心じゃねェのよ」

「…!」


ブツブツ説教を垂れたかと思えば、最終的にEDに逆戻りとなり、いくら元上司とは言え、いい加減堪忍袋の緒が切れかけたスモーカーだったが、クザンの言葉に出しかけた声を止めた。
クザンを見上げれば冗談を言っているような表情ではなく、真剣な表情でスモーカーを見下ろしていた。
その表情にスモーカーも口を閉じ怪訝とさせる。


「詳しく知りたかったらミコトに教えてもらいな………お前が本気でミコトを受け入れるというのなら、な」

「…………」

「ミコトを妻として受け入れるつもりがないのなら、聞かない方がいい…お互いのためにな……そのままミコトに触れずにいればいずれ離婚もできるだろうよ」

「…次の相手をあてがうために、か?」

「ああ」

「………」


クザンはあえて何も言わなかった。
言ったところで恐らくはスモーカーはミコトを受け入れない。
無言を貫くスモーカーにクザは続ける。


「政府はなんでもいいんだよ…ミコトが海軍の席にいれば…ミコトが裏切らなければそれでいい…ミコトの相手がどれだけミコトを愛そうと、傷つけようとミコトの力が最高戦力であり続けるならなんでも。」

「……それじゃぁ…まるで…―――」

「……そうだ。まるで…いや……世界政府にとって、ミコトという海兵は人間じゃねェ……―――飼い犬だ。」

「…………」


クザンの続けられた言葉にスモーカーは一瞬ある言葉を思い浮かべる。
だが、それはあまりにも酷い言葉だったから言えなかった。
だがそれをクザンがあえて声にして出した。
スモーカーは口を開きかけたが閉じ、クザンは目を瞑ってミコトの運命を嘆いた。


「ほんと…運命って奴はどこまでミコトを傷つけるつもりなのかねェ…」

「?」


溜息をつくクザンにスモーカーは怪訝とした目で見上げた。
その目線に気付いたクザンは、スモーカーを見て思う。
先ほど自分は『ミコトの夫となるのを受け入れるのならミコトの本心を聞け』と言ったが、それではあまりにもスモーカーが可哀想かと思った。
何も知らないであろうスモーカーが、ミコトの暗く重いその想いを知るのは少し意地悪すぎかとも考え、クザンはチラリと海兵達に囲まれているミコトを見た後スモーカーにある事を教えた。


「本当はこういう事あまりミコトの許可なく話すのは駄目なんだろうけど…ちょっとお前が可哀想だから心の準備をさせてやろうか」

「心の準備?」

「そう…ミコトの過去の事。」

「…!」

「と言ってもそんな構えるほどの壮大なもんじゃないけどな…でも、多分これを聞けばお前のミコトの見方も多少なりとも変わるとは思う……それを聞いてお前がミコトを…ミコトの全てを受け入れることができるなら……あの子の本心を聞いてやりな」

「………」


クザンは頭をかき、スモーカーを見下ろした。
サングラスの奥にあるその目は真剣そのもので、スモーカーもミコトの過去と言われ無意識に聞く耳を立てる。
少し傍には海兵達のミコトを囲って楽し気な声が聞こえているはずなのに、今の二人の耳には雪が降る音にかき消されたように自分たちの声しか聞こえなかった。


「……あの子はな……少し前まで、虐められていたんだ」

「…!」


クザンが少し間を置き、戸惑うように口を開く。
その言葉にスモーカーは目を丸くした。
正直スモーカーの中のミコトは虐めとは無関係な人間だと思っていた。
スモーカーの中のミコトは、内面が弱いのを気づきながらも完璧人間だと思っていたのだ。
人をおちょくる事を楽しみ、人を見下す天才…その存在感から決して人に虐遇されるようなことはない生ぬるい道を進んだ人間…―――そう思っていた。
しかしそれは違ったらしい。
スモーカーの表情から彼が何を考えていたのか察したクザンは苦笑いを浮かべた。


「あの子はさ、勘違いされがちなんだよね…」

「勘違い?」

「そ…なんでもできる完璧人間…祖父がガープなのは入隊当時から苗字と推薦で知られてるからほとんどの人間が甘やかされた七光りって思ってるみたいなんだよな…そういうお前もそうだろ?」

「………」

「ああ、いや、責めてるわけじゃねェんだ…そう思うのは仕方ないことなんだよ…なんせあの子が全てそうさせてるんだからな…そう見えるように演技しているんだ…」

「演技?あれがか?なんのために演技なんか…」

「…身を守るため……あ、いや…違うな、これは……恐らく、心を守ろうとしてるんだろう…」

「心を守るため…」

「そう…なんせあの子は本音や弱音を吐くことが怖いんだ……あの子の内面は何よりも壊れやすくできている」


クザンに痛いところを突かれたスモーカーはグッと言葉を呑み込む。
目を伏せるスモーカーにクザンはフォローをした。
スモーカーみたいな輩は多い。
というよりはクザンやガープ、センゴク、おつるなどのようにミコトを理解してやれる輩が少ないのだ。
しかし…恐らくだが…クザンはサカズキもミコトの内面の弱さを知っていると思っている。
あいつは知っていても触れはしないのだろうと思った。
それはミコトがどうでもいいとかではなく、彼なりの気遣いなのだろう。
それと、二人の仲の悪さもあったりもするが。
だがクザンはあれが二人のコミュニケーションだと言い張ってみる。
恐らくボルサリーノも同じ意見だろう。
お互いはただ素直になれないだけで気は一番合っているのだろう。
『だからこそ、自己暗示みたいなもんが強くなってしまうんだろうな…』、とクザンはそう自分を責めながら続けた。


「あの子を虐めてたのは、全て同期だった」

「!、同期が?」


スモーカーはまた驚く。
ミコトの同期、というのは正直顔が思い浮かばない。
それほどミコトの同期は昇進していないし、そもそも海兵を辞めた者の方が多い。
スモーカーが聞いた話によれば、ほとんどミコトが潰したようなものだという噂も流れていた。
ミコトが直接何かをしたという噂もあれば、ミコトの才能の高さに周りがついていく気も海兵になる気力も失われ辞めたという噂もあった。
スモーカーはその噂を聞いたとき、真っ先に後者だろうなと思った。
スモーカーもミコトは気に入らないし苦手だ。
だがどうしてもミコトが人を無暗に傷つけるような輩には見えなかったのだ。
そのひ弱な同期にミコトは虐められていたという。
虐めはどこにでもあるものではあるが…あのミコトが、だ。
そう思ったスモーカーだったが、ハッとなり内心首を振る。
先ほど『ミコトは勘違いされやすい』と言われたばかりだからだ。


「正直同期の奴らの気持ちも分からんでもないんだよね……考えてみろよ…同期にミコトだぜ?顔もスタイルも性格(クザン視点)も完璧なんだぞ?それに加えて実力も折り紙付きどころか最初から将校クラス、更に祖父はあの伝説の海兵と来たもんだ…しかも祖父は勿論の事当時元帥だったセンゴクさんと大将だったおれにえらい目をかけられてるんだぞ?そりゃ嫉妬の対象になるわな」

「それで虐め、と?…くだらねェ」


スモーカーはクザンの言葉を聞き吐き捨てた。
スモーカーもクザンと同じく妬みくらいはする。
最初から将校クラスの強さが同じ新人なのだ…入隊がミコトと重なった事への同情だってある。
だが、それをミコトに責任を押し付けるのは流石にやりすぎだと思った。
ミコトが上位にいるのはミコトの実力なのだ。
能力も悪魔の実ならばズルいのはまあ分かる。
食べたくても食べれない者もいるし、悪魔の実は博打と同じである。
食べないと分からないため、ハズレを食べればそのまま死ぬまでハズレの能力を持ったまま生きなければならないため、正直ミコトの能力はズルいと同じ能力者でも思った。
だが、聞けば筆記の点も上位トップだったというではないか。
人のテストを盗み見る能力があれば別だが、ミコトのそれは恐らくは実力だろう。
ミコトが勉強して勉強して、得た点数…得たランクである。
それさえも七光りだとか抜かす奴はそれまでの事なのだ。


「まあまあそう怒りなさんなって…おれだってお前と同じこと思ったよ…そりゃさ、おれもミコトが同期だったら多少の妬みくらいするさ…おれだって一人の人間だし、強さを求め憧れを求めて海兵になったんだしね…―――だけどミコトが入った時期の奴は結構陰険な奴が多かったんだよ…最初は無視が始まったらしい…上官がいる時は…いや…上官も人によって黙認していた奴もいたらしいんだ……人目がある時にはちゃんと返ってくるらしいんだが、それ以外だと何を言っても無視なんだと……あとはまあよく聞く集団生活の虐めと同じだわ…物が盗まれた、物を壊された、本を破られ、机をぐちゃぐちゃにされて、衣服が切り裂かれてたとか、上から物が落ちてきたとか、ありきたりだがまさに虐めをされていたらしい」

「それは誰も気づかなかったのか?」

「情けないけどな…ミコトはさ、うまいんだよね…隠すのが…だから言ってくれるまで気づかなかった…恐らく、ガープさんたちは今も知らないと思う…」


クザンもミコトが告白しなければ今も知ることのない秘密だった。
クザンがそれを知ったのは、情けない事にミコトが大将となってしばらくたったころだった。
あの時は二人の休暇が重なり久々に一緒に買い物に出かけていたときの事だった。
ストレス発散という名の買い物を終え、二人は夕食を共にすることにした。
まだ早い時間だったから待たずに済んだが、あっという間にその店の席は埋まったのだ。
あの時はタイミングが良かったなとミコトと笑いあったのが印象的だった。
そして、その店員の一人が先輩に怒られている場面に出くわした。
その店員が何かミスをしたのだろう…先輩にこれでもかとこってりと怒られ半べそをかいていた。
それを多分常連のお客なのだろう…先輩の名前を呼びながら宥める。
その場はそれで収まり怒られた店員は先輩を宥めた常連に頭を下げお礼を言って終わったのだ。
裏でやればいいものを、先輩はよっぽど頭に来たのか客の前で怒り、店は微妙な空気が流れていた。
怒られていた店員を見ながらクザンが『大変だよね、店員さんも』と空気を変えようと笑い話にしたのだ。
だが、ミコトが珍しくぼうっと去っていく店員を見つめていたのだ。
珍しく呆けていたミコトにクザンが声をかければ…ミコトから虐めの告白を受けた。
それは恐らくあの店員と自分を重ねてしまったがための無意識の弱音だったのだろう。
それに驚き唖然としているとミコトは自分が何を言ったのか気づき我に返ったようにハッとさせ慌てて話を逸らしてしまった。
しかしクザンは聞いてしまったのだ。
例えお酒が入っているとはいえ聞き逃すことのできない言葉を、クザンは聞いた。
だからクザンは問い沙汰し、そして全て聞いたのだ。
無視、器物破損…まるで子供のような嫌がらせにクザンはまず謝った。
気づかなかった謝罪…そして、海軍大将としての謝罪…
あの誰にも弱音を吐かなかった強い子が、偶然叱られている店員を見たとしてもポツリ呟くほど…同期からの虐めはミコトの心を傷つけたということだろう。
そして、ミコトから聞いていたのは無視や器物破損などの子供の嫌がらせだけではなかった。
クザンはそれを思い出しているのか、顔をクシャリとさせまるで目の前にそいつらがいると言わんばかりに空を睨みつける。


「流石に実力があるから暴行はなかったらしいから殴られた跡があったとかはなかったんだが……何度かは…されかけたらしい…―――性的暴力をな」

「…!」


『ま、やっぱり返り討ちにしたらしいけど』、と続けるクザンにスモーカーも流石に顔をしかめる。
ミコトは男性恐怖症にはなっていないが、自分の隊に男を乗せないのもそれが尾を引いているからだろうとクザンは推測している。
だからこそミコトは恋愛に、特に性に関して潔癖だった。


「あの子がトントン拍子に昇進していくたびにさ、噂が流れるんだよ……その噂、お前も聞いたことくらいあるだろ」

「まあ…一度や二度は…だがあれは…」

「そう…全くのでまかせだよ…あの子がコネや金を使うなんてガープさんやセンゴクさんの顔に泥を塗るような真似するわけがない…ましてあの子は性に対して潔癖なんだ……体を売るなんて絶対しない…もしするしかない状況ならあの時のミコトなら舌を噛んで死を選ぶだろうね」


ミコトの噂。
それは『センゴクの情婦』、『金や祖父のコネで手に入れた地位』、『枕営業』、『裏口』などと様々な噂があちこちで広まっていた。
その噂が出始めたのはミコトが将校へと上がった時からだった。
それは、その噂の出どころは、ほとんど同期らしい。
それを聞きスモーカーはミコトの同期達の愚かさに頭痛がし始めた気がした。
いくらなんでも幼稚すぎるのだ。

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