(130 / 274) ラビットガール2 (130)

「ま、でもその噂の信憑性も今となったらないよね…」


人の噂も七十五日という言葉があるが、ミコトの場合残った数少ない同期が頑張って次から次へと噂を流してくれたおかげで噂は絶えなかったが、それももうすぐ消える。
今こそ人の噂もなんたとやらになりそうなのだ。
それは2年前…戦争時、ミコトが白ひげと戦った事。
あの戦いは恐らくミコトを見下していた海兵達の考えを変えるきっかけになったとクザンは考える。
あのサカズキですら敵わなかった白ひげと対等とは言い難いが一対一で戦っただけでも違う。
『ざまァみろ』と散々ミコトを虐めながらも平然と海兵として生きているミコトの同期に向かってクザンはそう吐き捨てた。
もう大将ではないことによって出せる感情だった。
そしてクザンはスモーカーへと目線を戻す。


「これをお前に話したのはな、ミコトが虐められたから同情しろとかじゃないんだ…あの子は同情や憐れみを掛けられるのを一番嫌うタイプだからね……だけどさ、それを教えずにお前だけを責めるのもどうかと思ったんだよ…ミコトはもうお前の妻として生きる人生を受け入れている…しかしそれは恐らくお前だからじゃない……政府はお前とミコトの間に子が産まれなければ強制的に別れさせ別の男と結婚させるだろう…そしてミコトはそんな知りもしない世界政府の息のかかった男の妻して人生を生きる気でいるんだ」


どうしてスモーカーにミコトの過去を話したかをクザンは説明する。
同情を引いてミコトを受け入れてほしいと思われてほしくなかった。
同情なんかすればいずれ夫婦仲は冷え切るのは目に見えているし、それでもミコトは仮面を被るだろうとは予想できる。
それではミコトも、そしてスモーカーもあまりにも不憫に思えたのだ。


「あの子は誰が夫であれ受け入れるだろう…それが例え弟を政府に売った黒ひげだとしてもな……だから多分あの子はお前を選んだんだろうな…最後の足掻き、そして―――お前に惚れるかもしれないと賭けて」

「………は?」

「おれとしてはお前にゃ勿体ないと思ってんだけどねェ〜」

「…おい、ちょっと待て」

「でもあの子が望んだんだったら仕方ないっていうかさ〜……いっそのことサカズキでも…あ、駄目だ…あいつは駄目だ……じゃあ間を取ってボルサリーノでもよかったんだよね〜…あいつ何だかんだ言ってミコトと仲良かったみたいだし、意外と愛妻家になりそうだし」

「いや、だから待てって!!」

「ん?」

「今…!今…おまえ…なん…!?」

「ボルサリーノでもいい?」

「違う!その前!」

「サカズキでもいい?」

「違う!!おれに惚れるとか言ってなかったか!?お前…!」

「ああ、そっち?」


スモーカーはクザンの言葉に『ん?』と思った。
何か聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたのだ。
しかしそんなスモーカーをよそにクザンは続け、やっと止まったと思えばキョトンとした顔を見せる。
それに苛立ちながらスモーカーは混乱していた。


「どういう意味だ?あいつとおれは接点なんてあんたを通してでないと持ったことなかったし…そもそもおれはあいつに対して…」

「厳しく当たってた?」

「………」


スモーカーはどうしてそこで『スモーカーに惚れるかもしれない』という言葉が出てきているのかが分からなかった。
クザンの言葉に思い当たる節がなかった。
ミコトに惚れられる要素など一欠けらもないというのだけは自信もって言える。
だが、どう考えても惚れられる要素は全く見当たらないのだ。
その理由が、警戒していたから。
それを保護者の前だから遠慮して言わなかったのに、その保護者に言われてしまいスモーカーは口を噤んだ。
クザンはスモーカーの考えを読んだのではなく、傍から見て感じた事を言ったまでの事である。
ミコトは勘違いされやすい。
それはミコトが自らそうさせたためスモーカーや他の海兵達を責めるものではない。
クザンは胡坐をかいている足に肘を立て頬杖をつく。


「おれもさァ、そこが不思議だったんだよねェ…だってお前だよ?お前…おれ全然いいとこ見つけられないんだけど…EDだし」

「まだそのネタ引っ張るのか…おれだって誰が好き好んであんなやつ…」

「え、なにそれ…ツンデレ?

違う!!


クザンも考えたのだ。
なんでスモーカーなのだろうか、と。
スモーカーは嫌な奴ではなくいい奴なのはクザンも知っているし、冗談ではああ言ったが夫として認めている。
だが、別にスモーカーじゃなくてもいいのではないかとクザンは思ってもいた。
例えばサカズキ。
あいつを夫にした方がまだ権力としては使えるし、監視役を無理矢理知らない奴に決めるよりは元同僚として受け入れやすいだろう。
そして同じく同僚のボルサリーノ。
あいつもサカズキと同じ理由で、更に言えばサカズキよりも絆される確率は高い。
あいつはミコトを警戒はしていても年の離れた同僚をあいつなりに可愛がっているためサカズキよりも丸め込め易いのは確かだ。
そして、モモンガや他の中将。
あの辺は噂に惑わされない者たちも多くいるため穏便に済ませれるはずなのだ。
なのに、だ。
なのに…野犬とも呼ばれる問題児をなぜ夫にしたのか…それは流石のクザンも読めなかった。
だが考えても仕方なく、『そろそろ行くか』と呟きクザンは重い腰を上げ、遠くにいる海兵に振り返る。


「ミコトちゃーーん!おれもう帰るわ〜〜!!風邪ひかないように気を付けるんだよ〜〜!」

「はーい!クザンさんもお気をつけてー!またお会いしたらお茶でもご一緒しましょう〜〜!」


遠いからここからだと腹から声を出さなければならいのだが、愛しのミコトならばとクザンは手を振ってミコトにお別れを言う。
ミコト宛てなため、海兵達も退いてくれた。
クザンの別れの言葉にミコトも声を大にして唯一動かせる腕で手を振って返し、ミコトの呑気な声にスモーカーは『おいおい…呑気なもんだな』と思ったとか。
『勿論〜!』とミコトに返した後、海兵達にも向けて声をかける。


「おい!お前らァ!!おれに会ったことは……………えーっと…アレだ……………………………なんだ、忘れた…もういいや」

「「「アンタに会ったのは内緒にするよ!!」」」


海兵達には何かを言いかけたのだが……ド忘れしたらしく、海兵達がツッコミをいれた。
そのツッコミを受けながら荷物を手に持ち、クザンは少し歩いた後、スモーカーに背を向けたまま声をかけた。


「スモーカー、頼みがある」


クザンは背を向けたままの姿で、スモーカーに頼みごとをした。
スモーカーはその頼みごとに首を傾げ、クザンを背を見る。
その目線を感じながら、クザンは…


「どうかミコトを貰ってやってほしい」


そうスモーカーに頼んだ。
ポツリと呟かれたその声はスモーカーしか聞こえておらず、その言葉にスモーカーは目を丸くする。
驚く気配を感じながらクザンは背をむけたまま続けた。


「お前の気持ちも十分に分かる…突然好きでもない女を無理矢理娶らされたお前の気持ちはな…それは分かってるつもりだ…特にお前はあの子を苦手としていた部分もあるしな……だけど…おれは…おれの我が儘で申し訳ないんだが…おれは…ミコトに幸せになってほしいんだ…あの子もお前と一緒で本当は好いてもいない人との結婚なんて嫌なはずなんだよ…だけどそれは政府が許さないんだ……だから…頼む……少しだけでいいんだ…ほんのちょっとでもいい……あの子と…ミコトと少しは向き合ってはくれないだろうか…」


本当は頭を下げて頼むことだとクザンも分かっていた。
だが、それはずるいとも分かっていた。
クザンは元とはいえ海軍大将だった男だ。
そんな男が頼みごとをするというだけでもズルイのに、更に頭を下げてしまうとスモーカーは断り切れなくなってしまう。
ミコトもスモーカーも、本当は被害者なのだ。
スモーカーは巻き込まれた一番の被害者だが、ミコトもその一人でもある。
覚悟していたとはいえ、ミコトは好いてもいない人間と結婚しろと言われ子をも産めと命じられている。
人として生を受けたからにはミコトにだって好きな人と結ばれる権利くらいあってもいいのに、だ。
だけど実際ミコトは好きな人とは別れる選択をした。
それではあまりにもミコトが不憫と思ったのだ。
スモーカーに無理を言っているのは分かっている。
人として駄目だとも理解はしている。
今頷いてくれたって仮面夫婦なんていずれほころびが出来て最悪な結果になる可能性だってある。
逆にこれがミコトを苦しめる事になるかもしれない。
だけど、クザンはスモーカーに賭けたのだ。
ミコトと同じく…スモーカーとミコトが夫婦となるのを。
スモーカーは一瞬、偶然クザンと話しているミコトの姿を脳裏に浮かんだ。
その時のミコトを思い出し、そして今のミコトを思い出し…重ねたスモーカーは…


「―――――」


スモーカーの頷きに、クザンは目を瞑った。

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