兄がドフラミンゴに殺された…そう聞いてアスカは…
「…そう」
とだけしか返さなかった。
兄が殺されたと聞いてアスカの頭は一気に冷めていく。
傍から聞けば素っ気なく感じるだろう。
しかしアスカはエースの時もそうだったのだ。
人の死に慣れ過ぎて…アスカは人よりも人の死を受け入れやすくなっていた。
俯くアスカにローはグッと組んでいた手の力を強め、アスカに声をかけた。
「アスカ…これだけは覚えておいてほしい……ドフラミンゴはおれやアスカの大切な人を殺したんだという事を」
「………」
「あいつは今も執拗にアスカを求めている…だからきっとアスカを腕に閉じ込めることができるのならなんだってするだろう…だからあいつの言葉を全て信じるな…あいつの差し出された手は絶対に取るな…あいつを絶対に受け入れるな」
ローは出来れば何も話したくはなかった。
このまま記憶を失ったまま過ごしてくれればどれだけいいか…
しかし明日はついにドフラミンゴと対峙する時。
あの時、パンクハザードでルフィと出会わなければ、と何度も思ったが、『利用できる者はしてやる』という気持ちもなくはなかった。
勿論その利用できるものの中にはアスカは入っていなかったが、結果的に入ってしまった。
それに罪悪感がないとは言い難いが、正直、念願がかなう興奮と緊張の方が高い。
アスカは兄だという男の死に冷めた頭で、ふと疑問に思った。
「私はなぜドフラミンゴに狙われているの?」
ずっと疑問だった。
どうしてリサと呼ぶのか、どうしてリサを求めるのか…
リサと呼ぶ理由は分かった。
しかしなぜそこまで求めるのかが分からなかった。
どんな理由かは分からないが、いわばアスカとローはもうドンキホーテファミリーから抜けた存在。
海賊団を抜けるという事がどれほどの重大さを持っているかはウォーターセブンでアスカは知った。
ファミリーと言えど彼らも同じく海賊…もしかしたら自分の兄だというエイルマーが逃げ出すようにファミリーを抜けたとなれば、兄がドフラミンゴに殺された理由も、そして自分が狙われている理由は分からなくはない。
ただ…当時のアスカは少なくとも5歳前だったはずで、そんな子供をファミリーから逃げたからという理由で今も執拗に狙うだろうかという疑問はある。
それにその予想が正しければアスカはドフラミンゴに殺されるだろう。
しかしドフラミンゴは二年前も、そして朝の時もアスカを『妹』と呼んでいたのだ。
それに二年前なんて一緒に連れて帰ろうとしていたし、何より1人にさせたことを謝っていたし、『ずっと一緒にいてやる』とも言ったのだ。
そこが不可解だった。
「それに妹っていうのも分からない…朝の時、ドフラミンゴはリサを"妹"と呼んでたけど…でもリサは私で、私はドフラミンゴとの血縁はないんだよね…私にはドフラミンゴじゃなくて、エイルマーっていう血の繋がった兄がいた…どういうことなの?」
兄に対してまだアスカは死へのショックが軽い。
死に慣れていると言ってもエースの時も結構ショックが大きかったが、正直兄と言われてもアスカの記憶には全く存在しない人物でしかなかった。
兄がいたことは嬉しいが…ただそれだけしか受け入れていない存在だった。
人より地獄を経験したアスカにとって、それは仕方ない事だった。
ローはアスカの問いに『ああ…アスカの兄はエイルマーただ一人だ』と返しながら疑問に答えてやる。
「ドフラミンゴには兄弟がいたんだ」
「きょうだい?」
「ああ…ちゃんと血の繋がった兄弟が二人な…一人は弟…その人はファミリーの最高幹部の一人だった名を継いだ人で…おれの、命の恩人だった…」
「………」
「そして、もう一人…その人はドフラミンゴとその人の"妹"だ」
「妹?」
「ああ…名前は"アレシア"―――アスカと瓜二つの容姿を持っていたらしい」
「…!」
ローの言葉にアスカは目を見張った。
世界には自分のそっくりさんが3人はいると言われているから驚きはないだろうが、瓜二つ、と言われるほどそのドフラミンゴの妹と自分は似ているらしい。
ローはその恩人…コラソンの事を話してもいいとは思ったが、記憶喪失は現代でも何が失った記憶を取り戻すのかが分からない障害である。
兄の事を言っても記憶が戻らなかったためコラソンの名を聞いて記憶を取り戻す証拠はないが、下手をして記憶を取り戻しドフラミンゴとの記憶も思い出すよりは警戒した方がまだいいだろうと判断し名は言わなかった。
「その人は幼い頃に亡くなっているらしく、ドフラミンゴは妹であるアレシアを溺愛していたらしい…だからアレシアに似ているアスカをドフラミンゴは妹として見ているんだ」
「じゃあ…私を妹と言っていたのは」
「まあ、ありがち間違いではないだろうな…あいつにとってアスカはもう自分の血の繋がった妹みたいなものだから」
これはナミ達には教えていない情報だった。
だが、サンジ達に『妹のように可愛がっている』と言ったのは別段嘘ではない。
文字通りアスカはドフラミンゴに蝶よ花よと大切にされていた、"妹"なのだ。
ドフラミンゴの実弟のロシナンテですら時折『アレシア』と『アスカ』が重なって見える時があるというくらいアスカはドフラミンゴとロシナンテの妹に似ていた。
アスカはどう受け止めていいのか正直分からなかった。
正直軽い気持ちで失った間の記憶を教えてほしいと言ったのだ。
兄がいたことは予想外で嬉しくて聞いてしまったが、まさか自分があの七武海であるドフラミンゴの寵愛を受けていたとは思ってもみなかった。
そんなアスカの手をローがそっと伸ばし握りしめ、アスカはローへと顔を向ける。
ローを見れば、ローもアスカへと顔をあげていた。
「…これはおれの我が儘だ…だから、アスカが気に病むことはないし仕方ないと思う……だから聞いてくれるだけでいい」
手を握られアスカは怪訝とした表情を浮かべたが、ローの言葉にコクリと頷く。
頷いたアスカを見てローはホッとしながらも真剣な表情を見せ、真っすぐな目でアスカを見る。
そして―――
「記憶を取り戻さないでくれ」
そのローの我が儘だという言葉にアスカは目を丸くした。
エースやサボも、シャンクスもミコトもガープも…無理に思い出さなくてもいいとは言ってくれた。
いつか思い出せたらいいね、とも言ってくれた。
だけどローのように思い出さないでいてほしいと言われたことはなかった。
ルフィはローと同じような事を思っていると感づいてはいたが。
「今更何を言うんだって思うかもしれないが……あの頃を思い出すくらいなら……ドフラミンゴを思い出すくらいなら…何も思い出さなくていい…エイルマーのことも、コラさんの事も……おれの事も…何もかも忘れていてほしい」
「ロー…」
「アスカが無事でいてくれただけでおれはそれでいいんだ…だから記憶なんて思い出そうとしないでくれ………あいつのことなんか思い出さないでくれ…」
ローが握る手の力が強くなった。
アスカはローの言葉の意味はまだ分からないし、どうしてそこまでドフラミンゴを嫌うのかも分からない。
ローはアスカの兄であるエイルマーを慕っていたようにも見えたからそのせいかもしれないと思たが…何かそれも違う気もした。
否、違う、というよりは、何かが足りない気がしたのだ。
何か…大切な事が抜けているような…
考えても分からなかった。
ただ、そう願うのは朝、喧嘩した時『ドフラミンゴに聞く』と言った自分のせいでもあるのだな、と思った。
アスカはローの手をただ握り返すしかできなかった。
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