(157 / 274) ラビットガール2 (157)

ドフラミンゴはアスカと直葉を連れて王宮へ帰ってきた。


「ベビー5!!」


能力で空を飛び、ドフラミンゴは門を通らずそのまま王宮内へ入りベビー5を呼ぶ。
その声にベビー5が慌てた様子で駆け付けてきた。


「若様!?どう…―――リサ!?」

「今すぐ海楼石を取り怪我の手当てをしてやれ!」

「は、はいっ!!」


ベビー5はドフラミンゴの声に慌ててやってきたが、そのドフラミンゴの腕の中にいるアスカを見て目を丸くさせた。
よく見ればアスカは怪我を負っておりそれも含めベビー5はギョッとしてしまう。
ベビー5がドフラミンゴの指示に慌てた様子で姿を消すと、すれ違いにグラディウスが現れた。
グラディウスはアスカの姿を見てぎょっとさせ、ドフラミンゴに駆け寄る。


「若!」

「グラディウス…」

「リサを捕まえたと部下から聞いたんですが…一体何が…どうしてリサは怪我を?」

「おれもリサを捕まえたと聞き向かったんだが……下っ端のカス共がリサを殴ったらしい」

「!!―――あいつら…!!リサに傷一つつけるなとキツク言ってやったというのに…!!……すみません、若…おれのミスです…」

「いや、お前のせいじゃねェ…おれの言葉を理解をしようともしなかったカス共が悪い」

「ですが…あれらはおれの部下でもありました…下っ端の下っ端ですが…おれのせいです…おれがリサを傷つけたも当然です…」

「そう自分を追いつめるな…おれがいいと言っている」

「……はい…」


あの下っ端たちはグラディウスの…大まかに分けて言えばピーカ軍の配下だった。
だから指示を出した自分のせいでもあると食い下がるグラディウスにドフラミンゴは無理やり納得させる。
この男の生真面目さを分かっているからこそ、指示通りに動けやしない下っ端が起こしたミスで怒りたくはなかった。
グラディウスは…グラディウス達が良くやってくれているのは分かっているからこそ、許したのだ。
グラディウスもドフラミンゴにここまで言われてしまえば、これ以上何も言えず納得したように頷く。


「それと、こいつを部屋に閉じ込めておけ」

「こいつは…?」

「ぞんざいに扱うなよ、こいつは―――カイドウの娘だ」

「――!!」


拘束したまま直葉をグラディウスに渡す。
グラディウスは直葉を反射的に受け取ったが、ドフラミンゴの言葉に息を呑み直葉を見た。
直葉は顔をしかめドフラミンゴを睨む。
そんな直葉を無視し、ドフラミンゴはグラディウスに指示を出す。


「こいつは客人として扱うが、決して逃がすな…海楼石を使ってもいいが傷一つつけるなよ…見張りも立たせておけ」


グラディウスが驚いている間に、ドフラミンゴは指示を出すが、彼が返事をする前に姿を消す。
一秒でも早くアスカの傍にいたいのだ。
グラディウスもドフラミンゴと同じ気持ちではあるが、命じられては仕方ないと直葉を連れて部屋に向かった。

―――自室に向かえばベビー5が手配した医師が待っていた。
その医師達に診せるためアスカをベッドに寝かせる。


「お、王…!この女性は…」

「おれの妹だ」

「えっ!?」

「いいから早く手当てしろ……もし、リサに何かあればお前らの首が飛ぶと思え…いいな」

「ッ―――は、はい!!」


医師たちはドフラミンゴの妹と聞いてみんなざわつく。
ざわつくのは分からなくはない。
ずっとリサの存在は一部の幹部達だけしか知られていないのだから。
王宮の者たちが知る由もない。
医師たちはドフラミンゴの言葉に緊張を更に強める。
ドフラミンゴはそっとアスカをベッドに乗せ、近くにあった椅子に座る。
そのそばをグラディウスとベビー5の幹部達が立っており、医師たちは三人の監視ともいえる視線に緊張し震える手でアスカの怪我を治療していく。


「リサの怪我の具合はどうなの」


治療をしていく医師を見ながらドフラミンゴはベッドの脇に座る。
心配そうにアスカを見つめ、目を瞑り眠るアスカの頬に手を伸ばした。
手を伸ばした先には頬の治療が施され、痛くないように優しくその上を擦るように撫でる。
するとベビー5が医師の一人に声をかけ、丁度治療も終えた医師はベビー5へ顔を上げる。


「どれもかすり傷程度ですね…大したことはありませんでした…体に跡が残ることもないでしょう」


ベビー5の問いに答える医師に二人はホッとさせ、ドフラミンゴはアスカの体に傷痕が残らないと聞き心底安堵したような表情を浮かべる。
治療を終えた医師たちを下がらせドフラミンゴはずっとアスカの頭を撫でアスカが目を覚ますのを待っててやりたいが、そうはいかない。


「ベビー5、しばらくリサの傍にいてくれないか」

「ええ!勿論!」


やることが山積みなのだ。
ルフィとローの事もそうだが、また新しい問題が出来てしまった。
ベビー5にも仕事が山ほどあるのだが、アスカを一人にはしていられない。
ベビー5にアスカをしばらく任せ、ドフラミンゴは重い腰を上げ、部屋を出て行った。
アスカの傍にいたい気持ちが強くて部屋を出るにも後ろ髪を引かれる思いだ。
ドフラミンゴが向かった先、それは…


「急にすまなかったな、グラディウス」


グラディウスのいるであろう客室だった。
外では幹部以外の人間が見張りで立たせており、席を外してもらう。
客室として利用しているので、中は豪華な装飾品で飾られている。
その中にグラディウスと、直葉がいた。
直葉は豪華な椅子に座らされているが、その手首には海楼石の手錠が掛けられている。
イトイトの実でまだ拘束していたので、それを解除すると直葉はホッと息をつく。
ドフラミンゴの指示通り、グラディウスは客人として直葉を丁重に扱っていたようだ。
誰よりも忠実な彼を疑ってはいないが、下っ端がしでかしたアスカの怪我の事もあり、ドフラミンゴはピリピリしていた。
それはグラディウスにも伝わっているのか内心冷や汗を流している。
直葉も肌で感じているが、血筋由来の度胸か、向かい合わせに座った苛立ちを隠さないドフラミンゴを平然と見上げていた。


「姉上はご無事ですか」


どちらかが口を開かなければ沈黙だけが流れる部屋で、直葉が小さな口を開いた。
しかしその言葉にドフラミンゴの機嫌は更に下がることになる。
グラディウスが後ろに組んでいた手をそのピリついた気配に耐えるように握り締めるが、直葉はジッとドフラミンゴの返答を待つ。
ドフラミンゴはピクリと眉を上げ、ピリついた気配をそのままに無理矢理口角を上げる。


「…姉上というのはリサのことか?」

「はい…姉上は直葉とお姉さまの姉上です」

「…………」


言いたいことは沢山ある。
全てが直葉の言葉を否定するものだが、今の気分で目の前の子供と口論する気にはならない。


「先ほど、お前の父親に連絡を入れた」


一刻も早くアスカの傍に戻りたい。
そのために直葉の問いには答えず無視をした。
直葉も無視されたことに気づきはしたが、続いた言葉に顔をしかめてドフラミンゴを睨む。
嫌な気分にさせられたドフラミンゴは、直葉の嫌そうな顔に少しだけ機嫌を治した。


「フフ!なんだその嫌そうな顔は…カイドウはお前が生きていると知って泣いて喜んでいたぞ?」


その言葉で更に直葉の顔はしかめっ面になる。


「どうせ泣き上戸だったのでしょう?…お父さまがお酒を飲まない日はありません」


当たりである。
直葉の父、四皇の一人であるカイドウは大の酒好きだ。
常に酒を飲んでおり、その時によってカイドウの機嫌は異なる。
面倒な相手ではあるが、目を瞑るほどの実力を持っているのだ。
その男の娘が、今目の前にいる。


「しかし…あなたもよく私が父の娘だと気づきましたね」


関心したような直葉に、むしろドフラミンゴの方が関心してしまう。
よくもまあ、泣く子も黙る殺意を放つ男を前に平然としていられるものだ。
その良すぎる度胸にドフラミンゴは『やはり血筋か』と直葉の父を思い浮かべながら肩をすくめた。
それと、環境だろう。
幼い頃から父や大看板達に囲まれて育っていれば、七武海のドフラミンゴの前でも恐怖を感じる感情はないのだろう。


「カイドウから娘の特徴を何度も伝えられていたからな…その度に見つけたら引き渡すよう言われていた…怪我をさせるなともな……年は5歳ほど、黒髪に青と緑のグラデーション、白い丸みのある角に…青みかかった白い瞳……これで分からなかったらお前の父親と商売はできねえよ」


なるほど、と直葉は思う。
それと同時にやはり関心してしまう。
髪と角を隠していたのによく自分がカイドウの娘だと分かったものだ。
しかし、それにも理由があった。
『それに』とドフラミンゴは手に持っていたソレを直葉に見せる。
すると先ほどまで大人しく座っていた直葉がガタリと立ち上がりドフラミンゴの手にあるソレを奪おうと子供特有の短い腕を伸ばす。
だが、それをドフラミンゴはひょいッと簡単に避け、上に持ち上げた。


「返してください!それは直葉のです!!」

「フッフッフ…慌ててどうした?なんの変哲もないショールだろ?」


ドフラミンゴが手に持っていたのは、直葉が頭巾の布の代わりにしていたショールだった。
このショールのおかげで直葉に気づけたのだ。
カイドウは妻が最後にかけていたショールを憶えていた。
そのショールがなくなっていたので、直葉にかけたのだろうとそのショールの特徴も伝えていたのだ。
慌てて取り返そうとする直葉に、ドフラミンゴはアスカを姉と言った事への腹いせに意地悪をする。
このショールは確かに高価な物ではあるが、特別な品というわけではない。
よくある高級ブランドで使われる素材と柄の何の変哲もないショール。
濃い紺色をベースに黒の花柄のレースをあしらったごく普通の商品だ。
だが、直葉にとったら大量生産の商品でも唯一の宝物だ。


「それはお母さまのショールです!!返してくださいっ!」


ドフラミンゴの手にあるショールは、直葉の母が使用していたショールだ。
このショールが唯一母を感じられるものなのだ。
だからずっと頭巾として肌身離さずつけていたのに、ドフラミンゴに剥がされたまま取られていた。


「…………」


ドフラミンゴは先ほどまで意地悪だったのが一転し、素直にショールを直葉に渡した。
直葉は差し出されたショールを奪うように受け取り、もう二度とドフラミンゴに奪われないようぎゅっと幼い腕で抱きしめ守る。
それを見て『もう取りゃしねえよ』と返しながら、ドフラミンゴはこちらを睨む直葉の前に一匹の電伝虫を取り出した。


「…なんですか」

「カイドウがお前と話がしたいんだとよ」


電伝虫の殻から受話器を取り出し相手を呼び出す。
直葉はショールをひざ掛けにしながら誰かにかけるドフラミンゴに首をかしげた。
しかし、ドフラミンゴの言葉に眉を顰めそっぽを向く。


「直葉は話したくありません」


拗ねたような直葉の言葉に、ドフラミンゴはクツクツと笑う。
そんな大人の余裕が腹立たしいが、海楼石を付けられている以上睨むしか抵抗する方法がない。
そもそも海楼石がなくても、直葉の実力ではドフラミンゴには勝てないだろう。
別に誰よりも強くありたいと思った事はないが、こういう時に無力な自分に腹立たしく感じる。


「そう言ってやるな…お前の父親も配下の連中も心配していたぞ?」

「違いますね…心配しているのはお母さまです…あの父が娘なんかを気にかけるはずがない…あの人が気に掛けるのはお母さまただ一人です」


直葉はお転婆な姉と違い、母の傍を離れなかった。
だから父がどれだけ母を愛しているのか幼いながらに気づいていた。
大看板を筆頭に、父のクルー達は直葉を心配してくれているのは嘘ではないのだろう。
ただ、父は心から娘を気にかけたことは一度もない。
愛情は感じる。
でなければとっくに姉も直葉もこの世にはいないし、わざわざ取引先のドフラミンゴに引き渡すよう伝えないだろう。
だけど父が唯一気に掛ける相手は母だけなのだ。
齢5歳の言葉ではない直葉の反応に、ドフラミンゴは『報われねえな、あのおっさんも』と思いながらも家族の問題に巻き込まれるものほど面倒なことはないので何も答えなかった。
すると電伝虫が大きな声で笑い出した。


≪ひでえなぁ直葉!それが20年ぶりの親に向ける言葉かァ?≫

「…今は笑い上戸ですかお父さま……20年もよくもまあ飲んでいられますね…いい加減にお酒を断ったらいかがです?」


その声は離れていても忘れることが出来ない懐かし…くもなんともない父の声だった。
どうやら本当にこの電伝虫は父と繋がっているらしく、ご機嫌の様子からして今は笑い上戸の時間らしい。
泣き上戸や怒り上戸でなかっただけよかったが、酔っ払い自体面倒なので何一つ良くもない。
娘の言葉に父、カイドウはゲラゲラと笑う。


≪死んでもやめねェよ≫

「お酒を辞めたらちょっとはお母さまもお父さまを見てくださるのではないですか?」

≪…………≫


無言が返ってくるところを見るに、酒を飲み始めた頃だろうか。
まあ酒に溺れていても母の名を出せば酔いも覚める男だ。
四皇である父親を恐れる者は多いが、この男は案外扱いやすい男であるのを直葉は知っている。(尚、家族限定なのには気づいていない)


「お母さまが仰られていましたよ…あの人はいつもお酒臭いわって」

≪嘘だろそれ≫

「ほんとーです」

≪いや、嘘だ…あいつがそんなこと言うわけがねェ≫

「ああ…なんて可哀想なお父さま…お母さまがどれだけお酒臭い殿方を嫌っているのかも分からないだなんて…妻の気持ちも理解できない夫なんて必要ありません、とっとと離婚してください」

≪ぜっっっっったい別れねェ…死んでも離すものか…あれはおれのモンだ≫

「感情が激重すぎて胸焼けしました…責任とって離婚してください」

≪いやだからそれさっき断ったよな????≫


母は家族を繋ぐ唯一の糸だ。
母がいるから自分たち一家は家族でいられる。
自由奔放な姉でさえ母を気遣い母の言う事なら聞くくらい、母の存在は自分たちの中では大きい。
父との会話が途切れた直葉は、『あ、お酒飲んでるなこれ』と受話器の奥の光景が目に見えるように分かる。
それは正解だったらしく、受話器から『ぷはぁ』という声が漏れた。


≪20年も経ったっていうのに変わんねえなァ…ちっとはそのお転婆も治ってると思ったんだがな…ヤマトといいお前といい…おれァ、どこで育て方を間違えたんだろうなぁ…≫

「お父さまからしたら20年でも直葉からしたら数日程度ですよ…体だって成長していませんし…そんなに早く大人になりません」


直葉からしたらあの出来事は昨日のようだ。
だが、実際は20年も経っている。
直葉は望んで錦えもん達と時空を飛んだわけではないが、母が望んだことだとして今は納得している。
カイドウは直葉の言葉に今度は泣き出した。


≪駄目だ駄目だ!直葉!!まだ大人になるんじゃねェ!!!ヤマトもお前も嫁にはいかせねえからな!!!どこの馬の骨とも知らねェ男なんかに俺の娘達はやれねェ!!!≫

「愛した殿方と夫婦(めおと)になることもできないなんて…傷つきました、母と離婚してください」

≪だからしねェって言ってんだろクソガキ!!!≫


泣き上戸に怒り上戸。
実の父ながらにやってられない。
扱いも面倒臭くなって適当になっていた。


≪まあ、いい…その話は追々するとするが…直葉、おめェがいるってこたァ侍たちも生きてんだな≫

「はい、ピンピンしておられます」

≪そうか…――いいか、直葉…迎えの船を出した…部下が迎えに行くまで大人しくしておけよ≫

「嫌です」

≪結局侍達の目的はここなんだろう?なら早いにこしたこたァねェだろうが…侍なんざと一緒にいれば危険な目に合う…おれの船の方が安全に帰国できるだろうが≫

「直葉はワノ国に帰ってくるのではありません…お母さまを連れてワノ国から出るのが目的なのです」


四皇と恐れられるカイドウも、家族にかかればだたの父親だ。
娘からしたら飲んだくれの父親でしかないから、カイドウに強く出れるのだろう。
父が本気を出したら拳どころか指一本で子供の自分たちなんか即死させられる。
だが、それは母が関わっていないからだ。
直葉の言葉にそれまで父としてのカイドウの雰囲気が一気に張りつめた。
『あ゙?』という声ですら弱い人間なら気絶するほどカイドウの機嫌は損ねてしまったらしい。


≪…おい、おれァもう60に近いからなァ…どうやら耳が相当遠くなっちまったみてェだ…おい、直葉…今なんつった≫

「直葉はお母さまを連れてワノ国を出ます…お父さまからお母さまを救うために帰るのです」


苛ついていると直葉だけではなく傍観していたドフラミンゴとグラディウスでさえも分かるほど、カイドウの声色が苛立ちに染められている。
ドフラミンゴは平気だが、後ろに控えているグラディウスは息苦しそうである。
殺気を向けられている当の本人である直葉は慣れたように焦りもなく平然としている。


≪直葉…てめェ、自分が何を言っているのか理解してんだろうなァ?≫

「はい」

≪アレはおれの妻だ…アレの所有権はおれにある……巣立つお前らにはねェんだよクソガキ≫

「母の全てを奪って攫って無理矢理孕ませて…それでよく妻だ娘だと言えますね」

≪覚えておけ、直葉…海賊は奪う生きもんだ≫


直葉はまるで目の前の電伝虫が父親だと言わんばかりに睨みつける。
電伝虫を介したカイドウも娘の言葉に更に威圧感を増した。
これはそうとう機嫌を損ねたな、とドフラミンゴは思うが興味はない。
早くこのくだらない親子喧嘩が終わり部下達に直葉を押し付けて一刻も早くアスカの傍にいたいと思った。
その願いはどうやら届いたらしい。


「お母さまに伝言を頼みます…『あなたは絶対にお父さまから解放される』…と」

≪馬鹿か…んなもん伝えるわけねェだろうが―――ドフラミンゴ、こいつを縛り付けてでもいい…傷の一つや二つ見逃してやる…絶対に逃がすなよ≫


そう言ってカイドウは話すことはないと言わんばかりに通話を切った。
残ったのは、ブツッと切れて眠りにつく電伝虫の寝息だけ。
直葉はテーブルに置かれている電伝虫の受話器を殻の上に戻してやりながら、深い溜息をつく。


「ご迷惑をおかけしました」

「そうだな…親子喧嘩はよそでやってほしいもんだ」


ドフラミンゴの言葉は正しい。
だから直葉は肩をすくめるだけにとどめた。


「おれ達はこれから忙しくなる…あまり面倒はかけないでくれ…間違って殺しちゃカイドウの怒りに触れるからな」

「分かりました」


席を立ちながらドフラミンゴは直葉に忠告する。
カイドウにあれだけ大きな態度をしていられるのだから、ちょっとした脅しをしても平気だろう。
案の定、暗に逃げ出したら殺すという脅しに気づきながらも直葉は素直に頷いた。
その素直さが逆に怪しいが、忙しいのは本当なのでグラディウスを連れて部屋を出ていった。
一人になった直葉は彼らを見送った後、自分の手首に繋がれている手錠を見下ろした。


「…………」


両手を左右に広げれば、鎖が邪魔して途中で止まる。
ガキンと嫌な音を立てながら鎖が真っ直ぐ伸ばされるのを見下ろしながら直葉は溜息をつく。
こんな鎖なんて簡単に壊せるが、生憎と手首にあるのは海楼石だ。
流石に硬い海楼石は直葉でも壊せない。
直葉は海楼石のせいで能力が使えないが、他の能力者と違い体に力が入らないわけではない。
能力を封じられたため普通の人間に戻った程度しか海楼石が作用しないくらい、直葉は海楼石と相性が悪いらしい。
それはきっと母のおかげだろう。


「お母さま…きっと怒ってるんだろなぁ…」


母の顔が脳裏に浮かび、直葉は気持ちが落ち込む。
直葉は母を裏切っているのだ。
きっと父から直葉が戻ってくると聞かされるだろう。
そして、母はそんな直葉に怒るだろう。
でも、それでも…直葉は母を救いたかった。
ただその一心で敵対関係にあった錦えもん達と同行しているのだ。



◇◇◇◇◇◇◇



ドフラミンゴは直葉のいる部屋から出て真っ直ぐ自室へと足を向ける。
捕虜ではあるが、カイドウの娘という扱い難い相手にドフラミンゴは内心溜息をつく。


「それで若…リサの容態はどうですか」


アスカの元へ向かい早く癒されたかったドフラミンゴの歩みは自然と早くなる。
その後ろをグラディウスがついてきながら、アスカの様子を問う。
グラディウスもアスカを幼い頃から可愛がっていた分、心配なのだろう。
なのに直葉の相手を任せてしまった罪悪感から、ドフラミンゴは歩みをグラディウスに合わせながら答えた。


「まだ目を覚まさないが傷は治療をしたから大丈夫だろう…」

「そうですか…良かった…」


安堵するグラディウスに多少気分も和らぎ、ドフラミンゴは自室に戻ってきた。
寝室の扉を開けるとアスカの傍についてくれていたベビー5がドフラミンゴの姿を見て立ち上がり、彼に席を譲る。
ベッドを覗き込めば、まだアスカの目は覚めていなかった。
アスカの怪我をしていない方の頬を撫でてやると、それまでカイドウとその娘のくだらない親子喧嘩で積もっていた苛立ちがあっという間に拡散していくのを感じる。
それほどドフラミンゴはアスカを心から愛していた。


「若…リサはずっと麦わらのところに?」


グラディウスもアスカが痛がらず穏やかな表情で眠っているのを見て安堵する。
そして、アスカという名前でドフラミンゴではなく麦わらのルフィの船に乗っていた情報が正しいのかドフラミンゴに問う。
ドフラミンゴはその問いに素直に頷いた。


「ああ…ローは記憶を失っていると抜かしてやがった…」

「それは…本当に記憶喪失なのですか?ローがおれ達からリサを遠ざけるための口実なのでは…」


ベビー5もグラディウスも記憶喪失の事はあのローとの連絡の後に聞いた。
ベビー5とバッファローはパンクハザードでローとアスカと再会していており、記憶喪失だと聞かされたときドフラミンゴはベビー5とバッファローにその時のアスカの様子を聞いた。
しかし返ってきた答えは『分からない』だった。
どうやらローがアスカの壁となりベビー5やバッファローとの間に入り接触させなかったようで、アスカとの会話がなかったためアスカが記憶喪失だというのも気づかなかった。
ドフラミンゴはローのやり取りでアスカと自分を関わらせないようにしているのを思い出して笑った。
ローの選択は正しい。
記憶を取り戻したアスカはドフラミンゴの元から去るだろう。
あの際幼かったとはいえ、兄の死に直接関わっていなくても裏にドフラミンゴがいるのはアスカも分かったはず。
仲の良かった兄妹だったから、決してアスカはドフラミンゴを許さないだろう。
だが、今、アスカはここにいる。
勝負はドフラミンゴが勝ったも同然であった。
グラディウスの問いにドフラミンゴは『恐らく記憶喪失なのは本当だろう』と答える。


「二年前、戦争の時におれはリサと会ったと言ったな?…あの時のリサの様子…少し可笑しかった」

「可笑しい、とは?」

「おれを赤の他人を見るような目で見つめていた…恐らくおれの記憶がないから分からなかったんだろう…」


グラディウスの問いに、そしてベビー5の怪訝とした目に二年前を思い出す。
二年前、ドフラミンゴはアスカと…リサと再会を果たしていた。
リサの事は手配書で知り、驚きはなかったが…戦場で再会したことだけは驚いた。
ドフラミンゴはすぐさまリサを捕まえ船に連れ帰ろうとしたが……失敗した。
あの時のリサの様子…今思えば可笑しかった。
だが、それよりもドフラミンゴが許せないことがあった。


「記憶なんて失っていようがどうでもいい…この手でまたリサを触れる事さえできればそれでいい…リサが離れなければそれでな……だが…それ以上に不愉快なのが…―――あの天竜人どもだ…!!あいつらはおれのリサを…!!おれの妹を奴隷にして飼ってやがった!!リサの背中には消えない烙印が押されている!!」

「…っ!!」

「天竜人の…奴隷…!?リサがッ!?」


記憶の有無など今はどうでもよかった。
確かに記憶がないのは悲しい。
自分を覚えていないという事は少なからず初対面であろう自分をリサが警戒するという事。
リサを溺愛しているドフラミンゴが耐えうるものではなかった。
だが、それ以上に許せないこと…それがリサを奴隷として扱っていた者がいたということ。
このことはまだヴェルゴ、ピーカ、ディアマンテ、トレーボルにしか話していない。
ベビー5達に話さなかったのは信用がないというわけではなく、話すタイミングがなかったから。
でなければここで話はしない。
ベビー5もグラディウスもドフラミンゴの言葉に言葉を失い、唖然とするグラディウスの言葉にドフラミンゴは落ち着かそうと息を深く吐きながら頷く。
その頷きにベビー5は言葉を失い、グラディウスは怒りに拳を握る手が震えていた。


「リサを…若の妹を奴隷などと…ッ!!若!そいつらを殺しましょう!!リサを奴隷にするとは…!何度殺しても殺し足りない…!!」

「一体どこの誰がリサを奴隷に!?若様!命令して!そうしたら私そいつらを殺しに行くわ!!」

「まあ、まて…落ち着け………そいつらを殺す前にまずはローと麦わらを始末するのが先だ」

「だが…!」

「天竜人は逃げはしねェ…あいつらは自分に危害を加えようとする奴はいねェと思っていやがる…だからそいつらは後回しだ…今はローと麦わら達を片付ける事に専念しろ…あいつらはおれに喧嘩を吹っ掛けてきやがったんだ…その喧嘩を買ってやるのが大人ってもんだろ?」


グラディウスもベビー5も、アスカが幼い頃から知っていて、二人ともドフラミンゴの溺愛ぶりを見てきた。
自分たちもアスカをドフラミンゴの妹として接してきて愛してきたというのもあって二人の怒りは頂点にも達していた。
しかしボスであるドフラミンゴの言葉にそれは鎮火していく。
アスカを奴隷扱いされ一番腸が煮えくり返る思いをしているのは誰でもない、ドフラミンゴなのだ。
そのドフラミンゴが怒りを抑えているというのに自分たちが喚いていられるわけもなかった。
ドフラミンゴ同様グラディウスもベビー5も内心リサを奴隷と扱っていた天竜人への怒りを沸々とさせながら目の前の敵を倒すことに専念する。
ドフラミンゴは頷いた部下を見た後、穏やかな表情で眠りにつく"妹"を優しい瞳で見つめていた。
しかしいつまでもいられないのが現状である。


「グラディウス、ベビー5」

「はい」

「おれは引き渡し場所に行くが…その間リサを頼むぞ」


ドフラミンゴは喧嘩を売られた。
いつもなら子供が吹っ掛けてきた喧嘩など買う価値もないと放っておくが、この売られた喧嘩はいつも吹っ掛けてくる三下のくだらない喧嘩とは違う。
これは世界が揺るがす喧嘩でもあるのだ。
アスカを手に入れた今ローや麦わらなどどうでもいい存在ではあるが、そうともいかないのだ。
時間も押し迫っており仕方なくドフラミンゴはアスカから離れることにした。
頼りになる部下を置き、ドフラミンゴはローが指定したグリーンピットへ共を連れず向かった。

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