(161 / 263) ラビットガール2 (161)

夢を見た。
そう、夢。
あの少女に憑依していた夢。
二年前まではたまに見ていた夢だが、今ではあまり見ない夢。

でも、今回は違った。


―――アスカ


名前が聞こえるようになったのだ。
そして、


『お兄ちゃん?』


彼の……兄、エイルマーの顔も、声も…聞こえるようになった。
名を呼ばれたため振り返り兄を見上げれば、兄は嬉しそうに微笑んだ。


――今日も大人しくしていたね…アスカはいい子だね


仕事も終わり一緒に帰宅する。
兄と歩いている道はどこか村のような道。
レンガや整備された道ではなく、田舎町によくあるちょっとでこぼこしている土の道。
左右にはレンガ造りの家が並んでおり、ちらほらと畑が見え、場所によっては牧場みたいな場所もあった。
それはアスカの生まれ育った村の道だった。
兄と手と手を繋いでアスカはその道を歩く。
顔を上げてみれば今まで陰で見えなかった彼の顔がはっきりと分かった。
兄、エイルマーは美男子でも不細工な男でもないが、とても優しそうな容姿を持っておりアスカと同じ紫色の髪に少し茶色に近い金色の瞳を持っていた。
眼鏡をかけておりアスカと繋いでいない手には黒いカバンを持っていた。
そのカバンの中には医療関係の器具がある。
兄、エイルマーは医者である。
両親がいないためまだ幼いアスカを一人にさせるのも可哀想だとエイルマーはいつもアスカを連れて診療していた。
まだ幼いアスカだが、兄の仕事の大変さは十分理解しており待っている間大人しくしている。
それを褒められアスカは嬉しそうに笑う。

懐かしい…

夢を見ているアスカはそう思った。
どこか他人事のように見えるその夢をアスカは心から懐かしいと思った。
この平和がずっと続いて、兄エイルマーの跡を継ぐのだと幼いながらに思っていた。
エイルマーもアスカの成長を見守り、好きな男性と結婚し子を産み育て…幸せな人生を送っているのを見ながら人生を全うできるのだと…そう思っていた。

だが、人生とは上手くいくものではない…

アスカの人生、そしてエイルマーの人生もある一人の男によって狂わされてしまった。

その男とは――――…


ドンキホーテ・ドフラミンゴ。


彼と出会ったがために二人は別つことになる。




◇◇◇◇◇◇◇



「――――」


ふと、アスカは目を覚ます。
夢を見ていたことは覚えている。
まるで水の中から上がるかのように目を覚ましたアスカは瞼を一つした。


(ここ、どこ…)


寝起きでぼうっとしていたアスカの視界に見たことのない天上が見えた。
船の中ではなく、外でもない…豪華だと一目で分かる風景。


「リサ…!目を覚ましたのか…!」


ここはどこだろう、と寝ぼけながらそう思っていると横から声がし、アスカは顔をその声のする方へと向ける。
その声のする方へと顔を向けると、そこには…


「どふぃ…」


ドフラミンゴがいた。
先ほどまでグラディウスとベビー5もいたがやる事もあるため退室していた。
アスカはぽつりと呟けばドフラミンゴはサングラスの奥で目を丸くしアスカを見つめていた。


「…リサ……お前…おれが、…分かるのか…?」


ドフラミンゴはアスカの口から懐かしい名前で呼ばれ、驚いた。
記憶を失っているというのをローから聞き、半信半疑だったが、再会した時の様子から信じざるを得ないだろうと思っていた。
だが、目を覚ましたアスカの口からは、昔よく呼んでくれていた名前が出てきた。
それは記憶を失っている状態ではありえない事である。
と、なると…
アスカはドフラミンゴの問いに頷く。


「…思い、出した…ぜんぶ…」

「っ、そう、か…!そうか!!…よかった…リサ…っ」


アスカの頷きに、言葉に、ドフラミンゴは心底安堵したように声を震わせ、そっとアスカの頬へ両手を伸ばしアスカの両頬を包み込むように添えた。
勿論怪我をしている方の頬には痛くないように触れ、アスカの顔を覗き込み、額と額をくっつけ、しばらくすると少し顔を離しアスカを見つめる。


「リサ…すまなかった……お前を見つける事が出来ず…ずっと辛い思いをさせてしまった…」


ドフラミンゴはずっと探していた。
ずっと、リサを14年間探し求めた。
結果は見て分かるように惨敗。
リサの名前すらたどり着くことはできなかった。
だからこそ、ドフラミンゴは自分を見つめる金色の瞳が懐かしいと思った。
この金色の瞳に写りたいとずっと思っていた。
だがどれだけ想い、どれだけ夢を見ようとも現実に戻ればリサはいない。
それがどれだけドフラミンゴを落胆させたか…
アスカは自分の頬に触れているドフラミンゴの手と、声が震えているのを感じ取り、そっと自分も同じようにドフラミンゴの頬に手を当てた。


「リサ…」


自分の頬に触れるその手にドフラミンゴは目を見張る。
驚く表情を浮かべるドフラミンゴにアスカはすっと指の腹で頬を擦るように撫でる。


「ドフィが謝る事じゃない…」

「だが…」

「…なんでドフィと離れたかまでは覚えてないけど…ドフィが悲しむことじゃないから…だから、泣かないで…」

「リサ…っ!」


ドフラミンゴは泣いてはいない。
だがアスカには泣いているようにも見えた。
ドフラミンゴの頬から手を放し、アスカはドフラミンゴの首に腕を回して抱き着いた。
ドフラミンゴも抱き着いてきたアスカに抱き返し、成長してもドフラミンゴの腕の中では余るほどの体格差があるアスカはドフラミンゴの腕の中にすっぽりと入る。
それが懐かしくてお互い抱きしめ合っていた。


「ドフィ、私、眠たい…」

「っ、…そうか…ならここでゆっくり眠っているといい…おれ達はやる事があるから傍にいてやれないが…起きるころには傍にいてやれるだろう…それまで眠っているといい…目を覚ましたら沢山我が儘聞いてやるからな…」

「ん」


アスカは少し抱きしめる力を抜きトロリと眠たそうな目でドフラミンゴを見る。
その目にドフラミンゴは笑みを浮かべアスカをベッドに戻し掛け布団までかけてくれた。
ドフラミンゴの手が優しく頭を撫で、その手に委ねながらアスカは頷いた後ゆっくりと夢の中へと誘われていく。
アスカが完全に眠ったのを確認したドフラミンゴは静かにアスカを起こさず退室していく。

ドフラミンゴの足音が聞こえなくなったその時…―――

閉じられていたアスカの瞳が開けられた。

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