ホッと安堵の笑みを浮かべているドフラミンゴをなんとなく見上げていると、当然自分を見ているドフラミンゴと目と目があるのは当然で…アスカは気まずくなってそっと目を逸らす。
その仕草が拗ねている拗ねていると思っているらしく、困ったように苦笑いを浮かべた。
「リサ…まだ怒っているのか?」
「…………」
ドフラミンゴの問いにアスカは目を逸らしながら無言で返した。
ドフラミンゴとアスカのいる寝室にはグラディウスとピーカがいるが今の彼らは基本用がなければ話しかけてこない。
アスカはチラリと扉の左右に立つピーカとグラディウスを見た後そのままドフラミンゴへ目線を向ける。
見るからにしょんぼりはしていないが、悲し気な表情を浮かべるドフラミンゴに無言を貫くことはできなかった。
アスカはこのまま無言というのも無理があるという事で観念して部屋に置かれているテーブルに向かいに椅子に腰を下ろし…
「別に…もう、怒ってない…」
そうポツリと呟いた。
その呟きは小さいが静まり返っている寝室には普通の音量と変わらず聞こえる。
怒っていないという言葉にホッとさせ、それを見てアスカは今まで拗ねていた気持ちがフッと軽くなって消えた気がした。
『そうか』と言って安堵の笑みを浮かべ、自分もアスカの向かい側に座った。
「リサ、一つ聞いていいか?」
「ん?」
「確かに思い出したんだよな?」
「うん」
「なら、お前に妹なんていたか?」
何を問われるのだろうかと小首をかしげていたアスカだったが、ドフラミンゴの問いに怪訝そうに眉を顰めた。
とりあえず思い出したばかりの記憶を辿るが、兄と妹の二人で細々と暮らしている記憶しか思い出せないので首を振る。
首を振るアスカにドフラミンゴは安堵したように『そうか』とだけ答えた。
(これでカイドウまで出てきた日にゃ手に負えんからな…流石に今あのおっさんに敵対する時じゃねェ)
妹、とは直葉の事だ。
直葉が姉と言ったのをドフラミンゴは気に留めていた。
それを否定してくれたため、ドフラミンゴのモヤモヤは晴れた。
ありえないが、アスカがカイドウの娘だと仮定して、カイドウを相手にアスカを隠し通すのも奪い返すのも骨が折れそうで面倒である。
特に、今はまだカイドウと正面でやり合う時ではない。
(妹…あの子、大丈夫かな…)
アスカは妹と聞いて直葉を思い出す。
直葉がまさか一緒にこの王宮に捕らわれているとは知らないアスカは、この国のどこかで迷子になっているであろう直葉を心配した。
あの度胸の良さからして泣いてはいないだろうが、どこかでルフィ達と合流してほしいと願う。
アスカはドフラミンゴに捕まったため、直葉の心配をしても今すぐ探せるわけではない。
「ねえドフィ」
「ん?」
「コラさんに会いたい」
「!」
話しかけても答えてくれるアスカにドフラミンゴはご機嫌になる。
しかしアスカの言葉にドフラミンゴだけではなく、グラディウスやピーカまでもが固まった。
ドフラミンゴの顔が強張るのを見て、アスカは全てを察した。
だが信じたくないというのも本心で、固まるドフラミンゴをよそに扉に控えるグラディウスとピーカを見た。
「ねえ、ピーカ、グラディウス…コラさんいるんでしょ?」
『………』
「リサ…」
「コラさんに会わせて…どこにいるの?ヴェルゴと一緒で遠くで任務?それともルフィ達と戦ってる?」
「…………」
「ねえ、どっちなの、グラディウス、ピーカ………連れてきてよ、コラさんを…いるんだったら今すぐ連れてくることもできるでしょ?」
「リサ」
「…!」
グラディウスもピーカも、アスカの問いに困ってしまった。
答えていいものかどうか…2人はドフラミンゴの許可なく教えていいのか分からずチラリとドフラミンゴの背へと目線を送る。
そんな2人の目線にドフラミンゴはアスカの名前を呼んだ。
アスカはドフラミンゴに呼ばれ内心ビクリと肩を揺らして恐々とする。
2人へ向けていた目線をドフラミンゴに向ければ、ドフラミンゴは怒ってはいないが、良い感情を浮かべてはいなかった。
「2人を困らせてやるな」
「じゃあドフィがコラさん呼んできて」
少し困ったように呟くドフラミンゴにアスカは同じ言葉をかける。
コラソンを呼べという我が儘にドフラミンゴは溜息をつき…
「コラソンはもういない」
そう教えてくれた。
『もういない』、というのは任務で出ているというニュアンスではなかった。
もう、と言う事は…
「そう……殺したのね…兄さんと同じでコラさんも…」
分かっていたが、こうやって言葉にして、声にしてしまえば落胆してしまう。
コラソンの事を想うとどうしてもローの顔がチラついてしまう。
恐らく、アスカの読み通りローとコラソンは繋がっていた。
アスカとローがファミリーを抜けた時期はほぼ一緒らしいからその間に何かあったのだろうとアスカは意外にも冷静に分析する。
「ローが…コラさんの死への復讐しようとしてる…」
「ああ」
「……ローとコラさんなんて正直結びつかなかったけど……ローは本気みたい…本気でドフィを殺そうとしてる…」
「そうみたいだな」
「…………なんで…コラさんを殺したの」
「…………」
ドフラミンゴも冷静に相槌を打つ。
弟を殺したというのにドフラミンゴは悲しみすら見せなかった。
それは隠しているかもしれないし、もう10年も前だから吹っ切れたのかもしれない。
だけどアスカはなぜ弟であるロシナンテを殺したのかが知りたかった。
妹と仕立てようとしたアスカと共に実弟のロシナンテに対し血の掟によって傷一つつけることを禁じられていた。
血の掟を破った者にはドフラミンゴ直々に死を与えられることになる。
そんな掟を作りロシナンテも入れるくらい溺愛していたのに…ドフラミンゴは弟を殺した。
もしアスカもこのままドフラミンゴの傍で育っていれば、きっとロシナンテの死も当たり前に受け入れて、ローと対立していたかもしれないが…今のアスカはルフィと共に育ってきた別の人生を歩んできた。
ドフラミンゴはアスカの問いに言うべきか迷った結果、重い口を開く。
「コラソンの死は仕方ない事だ」
「……どうして」
「あいつはおれたちファミリーをずっと裏切っていやがった…あいつは"海兵"だったんだ」
「え…」
「あいつはずっとおれ達の情報を海軍に漏らしていたスパイだった…だからあいつを殺したんだ……いや…殺さざるを得なかった…」
「…………」
その言葉に…ロシナンテが海兵だったという言葉がアスカには信じられなかった。
ロシナンテに騙されたという部分よりも、ロシナンテがスパイだったという事にショックを受けたのだ。
「いくらおれでも愛する弟を手に掛けたくはなかった…だが、あいつはおれ達を裏切りファミリーを…家族を海軍に売った…!……分かるだろ、リサ…海賊に裏切りは許されない…それが例え船長の弟であっても、だ…」
「………」
記憶を取り戻した今…兄とドフラミンゴだけではなくファミリーとロシナンテの記憶も取り戻すことが出来た。
しかし残っている古びた記憶の中でもロシナンテがスパイだったという様子はなかった。
アスカから見たロシナンテ…コラソンは、子供嫌いだが自分には優しく兄とも仲の良かったドフラミンゴの弟…もう一人のお兄さん的存在だった。
海賊に裏切りは珍しくはない。
ドンキホーテファミリーのように大きな組織なら同業者・海軍・世界政府からのスパイも珍しくはないだろう。
それでもアスカはショックだった。
しかしそれ以上にアスカの中でロシナンテの死がすんなりと受け入れられてしまった。
ドフラミンゴの言葉にアスカは『そう…』とだけ返し、沈んでいた目線をドフラミンゴに再び向ける。
「…じゃあ…兄さんはなんで殺したの」
ロシナンテの事も聞きたかったが、同時に兄の事も聞きたかった。
ドフラミンゴは弟の死を聞かされたとき、エイルマーのことも聞かされると察していたからか動揺はなく淡々と告げる。
「あのヤブ医者はお前を連れファミリーを抜けようとした…だから殺した」
「たったそれだけで…兄さんを殺したの…?」
「それだけ…?リサ、いいか…海賊というやつはそう簡単なもんじゃねェ…裏切り同様船長の許可なく抜ける事は許されないものだ…ファミリーを抜けるというのなら、それは…死を覚悟しなきゃならねェ……覚悟もねェくせに抜けるあのヤブ医者を殺して何が悪い?」
「……兄さんはファミリーに入っていたわけじゃなかった」
「それでもおれのファミリーの幹部だったことには変わりはない」
アスカの言い分と、ドフラミンゴの言い分は異なっていた。
エイルマーはアスカを守るために自分もファミリーとなった。
それは連れて行かれそうになったアスカを守ろうとした兄を一度は殺そうとしたドフラミンゴにアスカが兄が一緒じゃなきゃイヤだという我が儘を言ったからだ。
兄が殺されると思ったアスカが咄嗟についた言葉でもある。
だがあの時もっと機転の利いた言葉を言っていれば、兄はもしかしたら殺されずにまだ故郷にある北の海で生きていれたのかもしれない…そう思うとアスカは兄に対して罪悪感が強くなる。
人の傷を癒す事を生業とし生きがいにもしていた優しかった兄には海賊という"奪う側"、そして"傷つける側"にいた事はさぞ心苦しい事だったのだろう…
だけど、アスカにはドフラミンゴの言葉は本当だとは思えなかった。
「ドフィ、嘘ついてるでしょ」
「嘘?何を嘘をつくっていうんだ?おれは昔からリサには嘘をついた事なんて一度もない」
「…本当は、兄さんを幹部なんて思ってないくせに…仲間とも思っていなかったくせに…」
「……」
「ねえ、本当の事を言って……なんで、兄さんを、殺したの」
ドフラミンゴは兄を幹部と言った。
ファミリーの一員、という考えは合っているのかもしれないが、ドフラミンゴはエイルマーを幹部と思ってはいない事はアスカにはお見通しだった。
ドフラミンゴは心の狭い男ではないから、兄でも役に立てば幹部だと思うかもしれないが…2人の間にはアスカがいた。
お互いからアスカを守るべきだと思う存在が間にいたのだ…本来ならアスカは二人の仲を取り持つクッションになるはずなのに、そのクッションの存在が二人の間に亀裂を走らせていた。
成長した今、それを理解しているからドフラミンゴの言葉は嘘だと思った。
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