(168 / 274) ラビットガール2 (168)

作業は静かなものだった。
アスカの額に手を当てるだけの作業。
それでもドフラミンゴはルイーズが『終わりました』と言うまでじっとアスカを見つめ見守っていた。


「ご苦労だったな、ルイーズ…もうお前の役目は終わった…ウチのもんに娘のところへ送らせよう」

「!―――で、でも…こんな大変な時に…」

「心配するな…それくらいでやられるタマでもねェ…それにお前は今までファミリーに貢献してくれた…これくらい当然だろう?」

「ッ若様…!ありがとうございます!!」


アスカから離れるルイーズにドフラミンゴは労いの言葉をかける。
既にアスカの記憶を改ざんしたため言い方は悪いがルイーズはもう用無しとなった。
ルイーズは人質になった娘と共に自由になれると喜んでいた。
頭を下げそそくさに荷造りをしに自室へと走って向かう。
その喜びようにこれからされるであろう事へのギャップを思うと笑いが止まらなくなる。
ルイーズを見送った目線をそのままグラディウスへと向ける。


「グラディウス…あの女を娘のところへと送ってやれ…丁重にな」

「分かりました」


グラディウスはドフラミンゴの言葉を理解しニヤリと笑うドフラミンゴに釣られたように笑いながら頷き、部屋を出てルイーズを追う。
ルイーズはこれから恐怖を味わうだろう。
何せルイーズはこれから死ぬのだから。
ドフラミンゴは別段、嘘は言っていない。
娘のところへと送ってやるのも嘘ではない。
それはすなわち…娘はもうすでにこの世にはいないという事だった。
殺した、というのは少し違う。
自害したというのが正しいだろう。
母の足枷になるくらいなら、と当時幼かったルイーズの娘は自ら命を絶った。
ただそれをルイーズに教える事をしなかっただけで、ちゃんと約束通りドフラミンゴはルイーズを"娘のところへ送ってやる"つもりだった。
ルイーズの死こそがドフラミンゴの願いである。
それはルイーズの能力によって失われた記憶や戻った記憶、改ざんされた記憶は彼女の死によって永遠となるのだ。
悪魔の実というものは能力者が死ねば発動されていた能力が失われることも多いが、その逆…能力者が死んでこそ、完成される悪魔の実もある。
オペオペの実もまた、そうだ。
そしてルイーズの能力もまた、同じく能力者が死ぬことによって改ざんされたアスカの記憶は根付きローとルフィを永遠に忘れる。
しかし、まだ殺しはしない。
アスカの記憶が本当に改ざんされているのかを確認してから、ルイーズを殺す手筈となっている。
ドフラミンゴはルイーズを利用していただけで、一度も信用したことはなかった。
早く目を覚ませ…そう想いながらドフラミンゴがアスカの頬を優しく撫でてやっていると、アスカの瞑っていたまつ毛が震え、ゆっくりと金色の瞳をドフラミンゴに見せる。
それを見てドフラミンゴはアスカの顔を覗き込んだ。


「…どふぃ?」

「リサ…おれが分かるか?」

「ドフィでしょ?」


ルイーズに能力をかけられた対象は眠りの状態となる。
その時間は修行を重ねれば重ねるほど目覚める時間は短くなり、このためだけにルイーズを鍛えてきたドフラミンゴは起きる時間の短縮さに満足げだった。
アスカは眠りから覚めた状態だからか、口調がどこか幼げだった。
それさえも可愛く見え、ドフラミンゴは顔がにやけそうになるのをグッとこらえる。
小首を傾げるアスカに次の質問を問いかける。


「あいつの名前、分かるか?」

「ピーカでしょ?」


そう言ってドフラミンゴは心配してベッドに歩み寄っていたピーカを指さす。
ドフラミンゴの指に釣られて顔をピーカへ向けたアスカの口からはちゃんとピーカの名前が出される。


「リサ、いくつか質問するから答えるんだ…できるな?」


ピーカ達の記憶はちゃんとあると確認した後、改ざんされた部分がどこからどこまでなのか大雑把に聞いてみる事にする。
アスカは首を傾げ不思議そうにしていたが、ドフラミンゴの言葉は従うのか頷いて見せる。
頷いたのを見て、ドフラミンゴはまずは簡単な質問から出す。


「名前を答えてくれ」

「アスカ」


簡単な質問とは名前のこと。
まずは名前を聞こうとした。
するとアスカが答えた名前は『リサ』ではなく『アスカ』だった。
そこにドフラミンゴは訝しんだが、表には出さずとりあえず分かる範囲を聞こうとする。


「異名はあるか?」

「ないよ…ドフィがずっと私を部屋に置いていたから一度も外には出てない」

「じゃあ…リサ…お前は今、どこの海賊団に所属している?」

「ドンキホーテファミリー」

「アスカとリサ、どちらが本名だ?」

「アスカ」

「なぜリサと呼ばれている?」

「兄さんが本名を隠せと言ったから」

「それは何故だ?」

「天竜人から私を守るために」

「なぜ天竜人から身を護る必要がある?」

「…小さい頃私は天竜人の奴隷で、兄さんがドフィに助けを求めて、ドフィが助けてくれたから」

「なぜその隠している名前をおれが知ってる?」

「私が教えたから」

「(なるほど…あの女…名前の事は"おれから守る"のではなく"天竜人から守る"ためとすり替えたのか…)……お前の兄の名は?」

「エイルマー」

「そのエイルマーは今どうしている?」

「……………」

「リサ?」

「…ファミリーを抜けようとして……私を…捨てた……でも…結局見つかってドフィに殺された…」


名前の事は上手くすり替えれたらしく、自分の名前はアスカだという認識はあるものの『リサ』と呼ばれる事に違和感を感じていないようだった。
そこは一先ずホッとする。
記憶の内容も誘拐紛いではなく助けたからとなっていた。
しかし兄、エイルマーの死亡の原因まではすり替えることはできなかったらしい。
というよりも以前聞いたことがあったが、記憶を弄っても記憶喪失同様ふとしたことで取り戻すことがあるらしい。
ルイーズの能力は本物で、彼女はレベル1〜5と記憶を変えた深さを表していた。
レベル1は約束していた事を忘れたり、次にどう行動しようとしていたのかを忘れたり、親しくないが顔見知り程度の人間の名前を忘れたりと、普段誰にでもあるいわゆるド忘れ程度。
レベル2は顔見知り程度の人間の記憶そのものを消したりとレベル1よりも深く記憶を消す程度。
レベル3は他人の今までしていた行動や過去、記憶を狭い範囲で消す程度。
レベル4はレベル3の広範囲の記憶を消すことができる程度…3と4でルイーズは海賊やゴロツキ達から逃げ延びていた。
レベル5は消すことは勿論記憶を書き加えたりすり替えたりできる。
アスカはレベル5を使われ、19年の記憶を全てすり替えられたのだ。
ルイーズの記憶は能力者の死によって絶対となると言ったが、それに補足すれば軽度が軽いと絶対となり、何をしようが思い出すことはない。
だが、もっと深い場所にある記憶…例えば『人を殺した記憶』や『誰かを本当に愛した記憶』や『その物に強い執着』があった場合は除かれる。
簡単に言えば根元…トラウマや忘れがたい物を消してもいずれ何かの拍子で記憶を取り戻す可能性が確率は低いがゼロではないということである。
能力が凄かろうが悪魔の実がすごかろうが、人体の不思議にはまだまだ敵わないという事なのだろう。
だからルイーズは事前にそれを伝えた後、アスカにおける情報を教えてもらっていたのだ。
深く根付いている部分の記憶は変に大きく書き加えると逆に記憶を取り戻す原因にもなると聞いていたためだ。
それを聞いてドフラミンゴは気にもしていなかった。
ドフラミンゴは気にする必要もないのだ。
ただ今一番の問題があった。
それは…


「……おれが憎いか」


ドフラミンゴはアスカが自分に対し憎悪があるかが気になった。
思わずこぼれたその問いにアスカはまっすぐドフラミンゴを見つめ、首を振る。


「憎くない…だって兄さんはドフィに黙ってファミリーを抜け出そうとしてたから…だから…殺されても当然だった…だからドフィは悪くない…悪いのは私を捨ててファミリーを抜け出そうとした兄さんだよ…」


アスカは兄を憎んでいた。
エイルマーが兄という記憶はどうしてもかき消すことも上書きも出来なかったが、それでもエイルマーがアスカを捨てたと思わせる事には成功した。
ドフラミンゴはその答えに口角を微かに上げる。
そして、一番重要な部分へと触れる。


「トラファルガー・ロー、モンキー・D・ルフィ、そして麦わらの一味の事は知っているか?」


それは今ドレスローザで大暴れしているルーキーたちの事だった。
一番重要であり、一番厄介な部分。
アスカの記憶が一番根付いている部分。
ピーカも固唾をのみながら二人のやり取りを見つめていた。
そして、アスカの答えは…


「ローは知ってる…幼い頃ファミリーだった人でコラさんと一緒で"裏切り者"……でもモンキー……えっと…そのモンキー何とかっていう人達は知らない」


――ドフラミンゴが満足いく答えだった。
それを聞いてドフラミンゴはクツクツと笑い『そうか』と零しアスカの頭を撫でる。
頭を撫でられるアスカは大人しく撫でられており気持ちよさげに目を細めていた。
警戒せず自分に身を任せるアスカを見てドフラミンゴの笑みは深まる。
しかし呑気にアスカと戯れている場合ではないのも確かである。
ドフラミンゴはアスカをゆっくりと起こす。


「リサ、今この国に起きている事は知っているか」

「うん…ローがそのモンキーっていう人と手を組んでドフィを貶めようとしているんでしょ?だからドフィは危険だからって私をここに避難させてた……でも私もちゃんと戦えるよ?兄さんから継いだこの力でドフィを守れるよ?」


ルイーズはうまくやってくれたらしい。
ドフラミンゴは満足げな笑みを浮かべながらピーカをチラリと見た。
その目線に気付いたピーカは頷き一度部屋を出て電伝虫でグラディウスにルイーズを殺すよう伝えた。
そしてその命令に従い、グラディウスはルイーズに死を与えるだろう。
戻ってきたピーカを視界に収めながら今、起こっている事態の確認をすれば、ちゃんと改ざんされていた。
ローは勿論の事、絆が深いであろルフィの事も忘れているその様子にドフラミンゴの機嫌は更に上がる。


「フフフ!そうか…じゃあ……おれのために戦ってくれるか?」


そう問うドフラミンゴにアスカは笑みを浮かべて頷いた。

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