(185 / 274) ラビットガール2 (185)

旧王の大地から放り投げたエイルマーを追いかけ、普通の人間ならば重傷を負う高さだがアスカは能力者故に軽々と着地する。
着地すれば先に落とされたエイルマーが待っていた。
アスカがエイルマーを落としたのは周りが邪魔だったからだ。
目の前には死んだはずの裏切り者の兄がいる…それも自分を捨てた兄が。
それだけでもアスカの標的はウソップから兄へと変わり、まずは兄を殺さなければと思った。
そうしなければいつまでも兄への恨みが晴れないと思ったのだ。
エイルマーを見るだけでも頭にズキっとした痛みが走り、アスカは眉を顰める。


「お前が何しにここに来たかは知らないけど…!これ以上ドフィの邪魔はさせない…!!」

「アスカ…!違う…!違うよ!アスカ!!」

「ッ、何が、だ!!」


エイルマーの声にもまた頭が痛くなり思わずこめかみに手をやりかけたが思いとどまる。
敵に弱いところを見せたくはなかったのだ。
何かを否定するエイルマーをアスカはギロリと睨みつける。
その睨みは鋭く、アスカの記憶を取り戻そうと無我夢中でなければ兄であるエイルマーでも恐れるほどだろう。
だが、エイルマーの頭にはアスカをドフラミンゴから助ける事で埋め尽くされており睨まれても引く気はなかった。


「思い出すんだ!ドフラミンゴがどんな男だったのか!!」

「ドフィは海賊だけど!だけどお前みたいに私を捨てずに助けてくれた!!家族だって言ってくれた!!裏切ったくせにドフィの事を悪く言うな!」

「アスカ!!目を覚ますんだ!!ドフラミンゴはアスカを連れて逃げようとしたぼくを殺した男なんだぞ!?」

「嘘を言うな!!お前が死んだのは自業自得だった!私を捨てて自分だけ助かりたくて逃げてドフィ達に気付かれて死んだくせしてそれを歪めて正当化しないでッ!!」


ズキン、とまた強い痛みが頭に走る。
その痛みに溜まらずこめかみに手を当てながら、アスカの叫びに反応したように下僕ウサギが数羽出現れエイルマーの体にくっつき、それにアスカがパチンと指を鳴らした。
『ラビット爆弾』を食らったエイルマーは体から煙を上げる。
真っ白な毛並みが爆弾によって汚れ、エイルマーは強い衝撃に膝をついた。
膝をつくエイルマーを見ながらアスカは肩で息をする。
その間もズキズキと頭痛が続いており、こめかみを抑える手は放さないままアスカは地面を足で叩くように踏む。
その瞬間地面に背びれが現れ、アスカは止めに『ラビットシャーク』を発動させた。
ラビットシャークはまっすぐエイルマーへ向かって地面を泳ぎ、ラビット爆弾でダメージが大きいエイルマーは避ける事が出来ずラビットシャークの攻撃も食らってしまい倒れてしまう。
アスカはうつ伏せに倒れるエイルマーを見下ろし、起き上がらないのを確認しようとした。
だが…


「だ、め、だ…アスカ」

「―――ッ」


エイルマーの意識はまだ保たれていた。
それはエイルマーの体がウサギだからだろう。
正確に言えば、ウサウサの実のウサギの体、である。
エイルマーはドンキホーテファミリーに席を置き地位はあった。
だが、それはアスカのオマケとしてドンキホーテファミリーにいるだけである。
ドフラミンゴは最初から妹と瓜二つのアスカだけを連れ出そうとした。
そしてアスカを連れ出そうとするのを邪魔をするアスカの兄であるエイルマーを殺すつもりだった。
だがアスカがエイルマーと一緒じゃないと嫌だ、と言ったからエイルマーは殺されるまで"生かされていた"。
エイルマーは戦闘員や特殊な力を持った人間ではない、ただの一般人にすぎず強くはない。
途中で悪魔の実を食べ、ギリギリ下っ端よりも強くはなったが、それでもドフラミンゴや幹部はもとよりルフィ達には勝てない。
エイルマーは死んで人間の殻からウサギの殻へと魂が入り、アスカの攻撃を食らっても立っていられる程度の頑丈さだけは手に入れた。
だがそれだけだ。
それは恐らくウサウサの実の影響だろうが、今のウサウサの実の所有者はアスカでありエイルマーではない。
立ってはいられたが先ほどのダメージが回復したわけではない。
痛みで声を震わせるエイルマーにアスカはカッとなりエイルマーとの間合いを詰めそのまま回し蹴りを食らわした。
ダメージを負ったとはいえ、まだエイルマーは抵抗出来る力は多少ある。
妹を傷つけることはできないためやり返すことはできないが防御は出来る。
アスカの蹴りを腕でガードしながらもその威力から吹き飛ばされた。
しかしその時、エイルマーは違和感を感じた。


(…威力が…弱まってる…?)


アスカの蹴りが弱くなった気がした。
とはいえ強い事は強いが、それでも旧王の大地で見せた威力とは思えないほど弱弱しかった。
そしてエイルマーは気づいた。
アスカが頻りに頭を気にしているのに気づき、そして顔を辛そうに歪めているのも気づいた。
そうなれば医師として、そして兄として、放って置けなかった。


「アスカ?頭が痛いのかい?」

「!――来るな!」

「そうはいかないよ!アスカが敵として認識してようがぼくは君の兄で医者だ!医師としても兄としても君を放って置けない!」

「ッ―――いつまでも兄だ兄だと…!!鬱陶しい!!」


痛みは減るどころか増すばかりで近づくエイルマーにアスカはもう一度『ラビット爆弾を』放った。
避ける暇なく一瞬の間に下僕ウサギが体に張り付き爆発を起こす。
自分とウサギの使い方が違うが、アスカはアスカでウサウサの実の能力を自分のモノにしていた。
アスカには手を出せないエイルマーは二度目の爆発に正直体が限界となっていた。
所詮は霊体なのだ…頑丈なウサギの体を手に入れたからと言って体力は無限ではない。
かは、と声を零すエイルマーは倒れるとアスカは思った。
暫くは起き上がれないほどの威力を向けたつもりだったから後は止めを刺すだけだとズキズキと未だに酷く痛む頭を押さえながらそう思った。
だが…


「お、も、い、だす、ん…だ……アスカ…」

「―――ッ!」


エイルマーは倒れなかった。
倒れる前に足を踏ん張り立っていた。
意識も朦朧とは言わないが何とか保っており、目を丸くさせるアスカを見つめ、にこりと優しく微笑む。
その笑みに、そして倒れる気配もないエイルマーのしぶとさにアスカはビクリと肩を揺らす。


「思い、出すんだ…アスカ……君、は…ドフラミンゴと一緒にいたんじゃない…君と一緒にいてくれた人達の、事を…ちゃんと…思い出すんだ…」


頭痛がするのは、恐らく…エイルマーは医師としてもしかしたら記憶が取り戻しかけているからだと思った。
医療を齧っているエイルマーだが、医師として人を診ていると医療じゃ説明が出来ない方法で病気が治ったり、死の淵を彷徨いながらも戻ってきたりと人と人との関わりは医療や化学をも超えることもある。
だからきっとアスカも声を掛け続ければ思い出すと思ったのだ。
医師として、兄として、アスカを傷つけるようなことはしたくはないが、それでもこのままでいていいはずがないのも分かっていた。
このままではアスカはドフラミンゴの腕の中に閉じ込められてしまう。
一生ルフィ達の事など思い出すこともなく、エイルマーとローを裏切り者だと恨みながら生きていくことになる。
それはエイルマーが一番恐れていた事だった。
だからこそエイルマーは逃げることを決意した。
結果、死んでしまったがめぐってきたチャンスを無駄にはしたくはなかった。
アスカは何度も何度もラビット爆弾を当てているのに立ち上がるエイルマーが怖くなった。
そして、早く殺さなければと思った。
恐怖から逃げる為にアスカは兄を殺そうとした。
拳をぐっと握りしめ頭の痛さを我慢しアスカは一瞬にして間合いを詰めてエイルマーの顔を殴り飛ばす。
吹き飛んだエイルマーを追いかけるようにまた間合いを詰め、今度は腹部を殴った。
その瞬間エイルマーの口から血や胃の中身が吐き出され、嗚咽がアスカの耳に届く。


「アスカ…おも、い…ださなきゃ、いけない…んだ…っ…きみ、が…きみ自身が…おもい、だそうとしなきゃ…いみがない、んだ…ッ」

「―――ッまた訳が分からないことを…!!」


胃の中身をぶちまけ気持ち悪さと痛さに耐えながら腹部を抑えながらもエイルマーはアスカに声をかける。
ズキズキと我慢した頭の痛みがまた強くなり四つ這いになっているエイルマーの腹部を強く蹴り上げまた吹き飛ばす。
ゴロゴロと転がるエイルマーにアスカはゆっくりと歩み寄り仰向けになって倒れるボロボロのエイルマーの上を跨ぐとグッと拳を強く握りエイルマーの顔へ向けて叩きつけた。
それは一度だけでは終わらず、何度も何度もアスカはエイルマーの…兄の顔を殴る。
エイルマーは妹を傷つけたくない…という想いでやり返せないが、それがなくても彼と彼女の実力の差は大きかった。


「何度も何度も何度も何度も!!何度も私を仲間だ仲間だと…!!思い出せと…!!敵じゃないと…!!そんなこと抜かそうが事実は変わらない!!!私はドンキホーテファミリーの一員で!!ドフィの家族だ!!お前が兄だっていうのは認める!!だけど!私を捨てた兄なんていらない!!私を愛してくれない兄なんていらないッ!!!」


エイルマーが聞いていようが聞いてなかろうがどうでもよかった。
ルフィ達から始まった意味の分からない言いがかりからの鬱憤を晴らせればそれで。
最低だというのはアスカも分かっているが、アスカの記憶にはドフラミンゴだけが理解者だという記憶しかなく、それは埋め込まれたもの。
兄を恨むよう命じられているからアスカは兄を恨んでいた。
だけど、記憶を改ざんさせられ恨みたくなくても兄を恨み続けた人生を送った事にされても…―――アスカの目からは涙が溢れた。


「私は…!私は愛してたのに…!!兄さんだけだったのに…!!兄さんだけが…!!私の家族だったのに…!!どうして…ッ!!なんで…ッ!!ねェ兄さん…!!なんで私を捨てたの…!!!そんなに私の事が嫌いだったの!!見捨てて逃げるくらい…!私の事が…憎かったの…ッ!?」


エイルマーは殴られ続け意識も遠のいていた。
だけどアスカの声は、叫びは届いていた。
薄れていく意識がアスカの涙ではっきりとさせ、アスカが泣いているのを見て切なく思う。


(ああ…っアスカ…ごめんよ…ごめん…ぼくが不甲斐無かったばっかりにこんなに苦しんで…)


もうアスカからの拳は止まっておりアスカは赤く染まった手など気にもせず、手で顔を覆った。
アスカは兄を心から恨んでいたが、でも、どこかで心から兄を愛していた。
それは悪魔の実では覆せない想いが残した記憶なのだろう。
アスカは頭も、そして心も痛かった。
ずっと兄を恨んで生きてきたと思わされそれに苦しむ妹にエイルマーは痛みも忘れ上半身を起こし跨るアスカの体を抱きしめてやる。
エイルマーに抱きしめられアスカは一瞬息を呑んだ後、頭や心の痛みに耐えながら抱きしめてくるエイルマーを引き離そうと力いっぱい押しのけようとした。


「ッ、は、な…せっ!!」

「いやだ!絶対放さない!また…!またアスカを放してなるもんか!!」


二年の修行を経てアスカはウサギの手足にならなくても素手でも二年前以上の力が出るようになった。
だから余計にアスカの力は傍から見ればわかりにくい。
今、エイルマーを押しのけようとしたり叩いたりするその手の力は人以上の力が籠っていた。
それでもエイルマーはアスカを抱きしめる力を弱めるどころか強くさせる。
腰や背に腕を回されぎゅっと強くなるそのエイルマーの腕にアスカは余計に頭痛が酷くなる。
それから逃れようとアスカはなりふり構ってられず、ついにはエイルマーの首筋に噛みついた。
噛みつくアスカの歯は鋭くなりエイルマーの首筋に食い込む。
グググと力を入れて牙を入り込ませれば口一杯に鉄の味が広がり、口に収まり切れなかった量の血が口の空いた隙間から零れる。
下僕ウサギ以上の痛みにエイルマーは声を上げ一瞬意識が遠のきかけた。
しかしそれでもアスカの抱きしめる力を弱めず、痛みに震えるその手を背からアスカの頭へと伸ばし優しく撫でた。
その手にアスカはピクリと肩を揺らし牙を食い込ませるのを止めた。


「ッ、アスカ…ごめん…ごめんね……痛いよね…苦しいよね……アスカが苦しんでるのに抱きしめることしかできないお兄ちゃんでごめんね……アスカを最後まで守れない駄目なお兄ちゃんで本当にごめんね…でも…大丈夫…大丈夫だよ…君にはローがいる…ルフィくんもいる…仲間達がいる…だから思い出すんだ…本当の君を…」

「―――、ッ」


フー、フー、と息を荒くし噛みつく妹の髪を優しく撫でてやる。
昔、赤ん坊の頃…こうして撫でてやるとぐずっていた妹は落ち着いた。
今は19歳だが、それでも親として兄として愛してきたエイルマーにとって、いくつになってもアスカは可愛い妹であり娘である。
アスカの苦しみを少しでもいいから拭ってやりたかった。
これが正しいやり方なんて分からない。
だけど今のエイルマーにはこれしか出来ることがなかった。
だが…


「ぁ…っ、―――お、にい、ちゃ…」


アスカの呟きにエイルマーは撫でる手を止めた。
その声は、その呟きは、知っていた。
兄と慕ってくれる妹の優しい甘い声…そして兄と慕ってくれるその言葉。
それは憎んでいるでもなく、悲しんでもいなかった。


「アスカ…!?」


エイルマーはその声に弾かれたようにアスカの顔を見た。
しかしアスカの意識はプツリと切れ、目を瞑り気を失っていた。
血だらけの口の周りに手をやり呼吸を確かめれば微かに呼吸をしており、エイルマーはホッと安堵の息をつく。


「…お帰り……アスカ…」


10年も離れて触れる妹の体は…とても暖かく感じた。

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