(186 / 274) ラビットガール2 (186)

アスカを抱き上げ、エイルマーは旧王の大地に戻った。
ウサギの体故に両手が塞がっても飛べばあの程度の高さは簡単に飛び乗る事が出来る。
エイルマーが着地すれば全員がそちらに目をやる。
アスカが味方とは知らなかった国民たちはウソップ達から説明をされたのか、アスカを抱えて戻ってきても動揺は見られない。
少し戸惑っているのだろう。
エイルマーは周りを見渡し一人減って一人増えているのに気づく。


(あの海軍大将はどこかに行ったのか…)


アスカは海賊である。
だからエイルマーは今のところ敵ではないにしろ海軍が、それも大将がいなくなった事にホッとした。
そして増えた人物―――ゾロへ目をやった。
ゾロはエイルマーの事はウソップから聞いたり、上から見ていたのもあるのか、エイルマーの姿を見ても驚きはなかった。
ゾロを含め、ウソップや錦えもん達は腕の中にいるアスカの姿を見てぎょっとさせた。
正確に言えば、アスカとエイルマーの姿である。
エイルマーは首から血を流しているし、そのエイルマーに抱きつかれたアスカの体は血だらけで、噛んだせいで口の周りや首元や両手はべっとりエイルマーの血で染まっていた。
その姿を見てすぐにゾロが駆け寄る。
ウソップも駆け寄りたかったが動けないためその場で慌てるしかなかった。


「アスカ!」

「大丈夫だよ…全部ぼくの血だから…アスカは怪我一つ負ってないよ」


エイルマーの腕の中でぐったりとさせる血だらけの仲間を見てゾロの表情が険しくなった。
それを見てエイルマーは外傷はないと伝える。
一応ここに戻る前にアスカの体を確認したが、戦っている時についたかすり傷や小さな傷以外は目立った外傷はなかった。
続けて『記憶も多分戻ったはず』と言えばゾロは『そうか』と淡々と呟きながらもどこかほっとしたような表情を浮かべ、チラリとウソップを見ればゾロとは対照的に心配して安堵したという感情が顔に全部出ていた。
それを見てエイルマーは『いい仲間にめぐり会えたんだね』と思い兄として安堵とさせる。
だが、まだ伝えていない事もあった。


「でも…悪魔の実で無理矢理消した記憶を強制的に思い出させたからもしかしたら後遺症みたいなのが出てしまうかもしれない…相手は悪魔の実の能力者みたいだからね…普通の記憶喪失とは勝手が違うからこそは目覚めて一度診てみないとどうにも分からない…」

「…それでも…アスカは記憶が戻ったんだな?」

「気を失う前にぼくのことを『お兄ちゃん』って言ってくれたから…多分…」


ゾロの言葉にはエイルマーもはっきりとは言えなかった。
全てはアスカが目を覚まさなければ何もわからない状態で、エイルマーは答えられない悔しさもあった。
それにアスカがやっと『兄』と言ってくれた嬉しさも…
エイルマーは涙ぐみそうになるのをグッと堪え誤魔化すように目を細めゾロとウソップに笑みを向ける。


「アスカを横にさせたいんだけど…いいかな?」


別に承諾を得なくても勝手にすればいいとは思うが、今のアスカはエイルマーの妹…ではなく麦わらの海賊団の一味である。
それも副船長ならばその体は大切にしなければならない。
ただ、それは妹だからという贔屓目もあるが…
エイルマーの言葉に今まで傍観者だったヴィオラが掛けてあったマントをシーツ代わりに貸してくれた。


「これを使って」

「…でも、それは貴女のじゃ…」

「いいの…こういう状況だもの…助け合わなきゃ…そうでしょ?」


エイルマーもドフラミンゴが作ったあの賞金の映像は見ていたからヴィオラが王女だということを知っていた。
だからその王女のマントを使うのは正直ためらいがあったが、笑みを浮かべたヴィオラの言葉にそのためらいは失礼なだけだと思いヴィオラに甘えて使わせてもらう事にした。
ヴィオラがマントを畳んで地面に寝かせても痛くないよう敷いてくれた。
そのマントの上にアスカをそっと優しく寝かせてやれば、我慢できなくなった直葉が駆けつけた。


「姉上っ!」


エイルマーは直葉の言葉に目を丸くし、直葉を見る。
姉、とは言葉通りの意味だろうか。
しかし、エイルマーとアスカの両親はアスカが幼い頃に亡くなった。


「えっと…君は…」

「直葉は姉上の妹です」

「えっ…いや、でも…えっと……え???」


そりゃ混乱するわな…ウソップはそう思う。
エイルマーの年齢は分からないが、アスカの妹にしては年が離れすぎている。
どちらかと言えば姪と言われた方がしっくりくるだろう。
エイルマーは自分が一時的に生き返った経験をしているからか、『え…もしかして両親も生き返った??』と思うが流石にそれはないだろう。


「直葉は、姉上の、妹です」

「アッハイ」


戸惑うエイルマーに、直葉は強行突破した。
ジッと見つめ、ゆっくりとはっきりとアスカの妹だと断言する。
あまりの眼力と圧力に、アスカの実の兄であるエイルマーはつい頷いてしまった。
幼女の圧に負けたエイルマーにウソップとゾロが『オイ』と突っ込んだのはご愛敬である。
エイルマーは直葉はとりあえず置いておくとして、アスカへと視線を戻す。
血まみれで眠る妹の姿に、エイルマーは兄として医師として心を痛めた。


「………」


ヴィオラはそんなエイルマーの姿を一人の男と重ねていた。
その男こそ、義兄であるキュロスである。
エイルマーはアスカの兄ではあるが、アスカを助けたい一心のその姿が娘のレベッカを助けたい一心の義兄と重なって見えた。
だから放って置くことが出来なかった。
ヴィオラはエイルマーからアスカへ目線を滑らせる。
エイルマーは外傷はないと言っていたが、体中血で真っ赤に染まっているその姿はどこか痛々しかった。
だからヴィオラはスカートの部分を破り、アスカの血を拭ってやる。
その姿にエイルマーや国王、ウソップ達は目を見張り、国民達はどよめいだ。


「ヴィ、ヴィオラ様っ!何をして…!?」

「血だらけなのを放って置くことはできないでしょ?海賊だけどこの子も女の子ですもの」

「ですが…っ」


困惑する周りをよそにヴィオラは血を拭ってやる。
水がないのが残念だが、それでもまだ乾ききっていないので大抵の血は拭ってやれるだろう。
直葉はその姿を見て、ヴィオラの真似をして着物の袖口で姉の顔や首など血がひどくついている場所をヴィオラと一緒に拭う。
自分の真似をする直葉に、ヴィオラは微笑ましそうに目を細めた。
ずっと長い間ドフラミンゴを見てきたが、記憶を弄ってでも傍に置いておきたいと思うその少女をヴィオラは不思議でならなかった。
確かに可愛い顔つきで、どちらかと言えば顔が整っている方とはいえる。
でも彼の女帝ハンコックや海軍大将紅一点である黒蝶のように絶世とは言えない。
話によればアスカはドフラミンゴの実妹と瓜二つだからという理由で狙われていたようだが、妹はいなくても姉を持つヴィオラにはドフラミンゴの執着が理解できなかった。
ヴィオラも姉が大好きで死んだことには悲しいとは思うが、だからと言って目の前に姉と瓜二つの人間が現れてもドフラミンゴのようにはならない。


「今はどういう状況か聞いてもいいかな?」


ヴィオラと直葉がアスカの体を拭いてくれているのを見守りながらエイルマーはゾロへ目をやる。
ゾロはエイルマーの問いに目線を上へと上げ鳥カゴを見上げる。
それに釣られてエイルマーも鳥カゴを見上げた。


「俺が岩野郎を倒した…多分三段目で戦ってた奴も…残ったのはドフラミンゴ達だが、そこの女から言わせれば残ってるのは二人らしい」

「…それがドフラミンゴとトレーボル…ってことか…」

「知ってんのか?」

「これでもぼくも死ぬ前はドンキホーテファミリーにいたからね…昔の幹部の名前と顔くらいは覚えているさ」


鳥カゴがまだ消えていないという事はドフラミンゴが倒されていないという事である。
それは鳥カゴを見て分かってはいたが、エイルマーは手強い相手に苦い顔しかできない。
ゾロの言葉に苦笑いを浮かべ、ゾロは敵ではないのを知っているので『そうか』とだけ返した。



◇◇◇◇◇◇◇



ふ、とアスカは目を覚ます。
眠っていたはずなのに今は立っており、周りは白一色の景色だった。
周りを見渡した後不意に前に誰かがいるのに気づく。


― やっと気が付いた? ―


目の前にいたのは子供の姿の自分がいた。
その子供の姿は見覚えがあった。
記憶を取り戻したから過去の姿…というわけではなく、夢で見た女の子だった。
あの夢はアスカが女の子に憑依したものか妄想かと思ったが、記憶が取り戻した今なら分かる…目の前の女の子とあの夢は幼い頃のアスカの姿だと。
そして派手な男はドフラミンゴで、もう一人の男は兄のエイルマーなのだと。
女の子はやっと気づいた事にそう零しクスクスと笑う。
楽しそうに笑う女の子を見てアスカは昔の自分は今よりも感情が豊かだったんだなァと思う。
今じゃ能面ではないが表情は薄いとアスカも自覚していた。


― お兄ちゃんとドフィに会えてよかったね ―


笑うのに飽きたのか、そう零す幼い自分にアスカは首を傾げる。
そんなアスカに幼い自分もキョトンとさせ首を傾げた。


― どうしたの? ―


そう問われアスカは首を振った。
分からないのだ。
2人に会えて良かったのか、悪かったのか。
答えない…否、答えられないアスカに幼い自分は肩をすくめる。


― ね、大きい私はどっちが勝つと思う? ―


答えに期待していない幼い自分は次の問いを呟いた。
その呟きにアスカはすぐに『ルフィ』の顔が浮かぶ。
どうやらここでは脳内も覗かれているのか、何も言っていないのに幼い自分は『えー?』と驚いた顔を見せた。


― あのお兄ちゃんがドフィに勝つって思ってるの?なんで?だってドフィは強いよ?大きい私もそれは分かってるでしょ? ―


幼い自分にアスカは頷く。
ドフラミンゴは強い。
それは記憶を失っているとか思い出したとか関係なく、七武海でもあるドフラミンゴという男は強いと認識できる。
だけどルフィも十分強いのをアスカは知っている。
それは幼馴染の贔屓目ではあるが実際ルフィは強い。
海軍大将には一度として勝ったことはないが、七武海だったクロコダイルやモリヤには勝ってるし、何よりハンコックやジンベエはそのルフィの人柄に惹かれて味方になってくれている。
ルフィは無自覚だろうけどそれはルフィの力でもあった。
あんなにも一生懸命修行した、ルフィの努力だった。
だからきっとドフラミンゴにも勝つだろうとアスカは思った。
そんなアスカに幼い自分は面白くなさそうに唇を尖らせ『ふーん』と返す。
それを見てアスカは『そういえばこの頃の自分はドフィに懐いてたなァ』と思い出し、その心の呟きを聞いたのか幼い自分は『そーだよ』と返した。


― 小さい私はね、ドフィに懐いてたんだよ!でもね、それはドフィのいる世界しか知らなかったからなんだ…だから私はねそのお兄ちゃんの力は知らないの…だからドフィが勝つって思うの…だって私の知ってるドフィはとても強くてとてもかっこいいんだもの! ―


わっ、と小さく短い手を広げて高げる幼い自分にアスカは『そう』と頷いただけの反応を見せる。
その反応に幼い自分は『大きい私ノリわるーいっ!』と不満を言われた。
ぷくっと頬を膨らませる自分を見てアスカは『幼い頃の自分って本当に子供だったんだなァ』と思った。
いや、当たり前だろ、という長い鼻の突っ込みが聞こえそうな事を思うアスカに幼い自分は膨らんだ頬を萎ませトンと地面を軽く蹴る。
すると重力を感じさせずふわりと宙に浮いた幼い自分はそのままアスカの肩に手を置きアスカの目を見つめる。


― でも可哀想ね、大きい私…私はドフィしか知らないからドフィが負けたら悲しいけど、あのお兄ちゃんが負けても何も思わないわ……でもあなたはドフィの優しさもあのお兄ちゃんの優しさも知ってしまったもの…どっちが勝ってもあなたはきっと悲しむのね ―


幼い自分の言葉にアスカは息を呑んだ。
幼い自分の言う通り、アスカは記憶を取り戻した。
そしてどちらも大好きな人に変わりはなかった。
だから幼い自分の言葉になにも返す事もできず黙り込む。
それでも幼い自分はぎゅっと抱き着く。


― やっと記憶を取り戻してくれた大きい私…あなたは今どっちなのかしら?…記憶を取り戻したくはなかった?それとも思い出したかった? ―


幼い自分の問いに戸惑いが生まれる。
正直まだアスカも分からないのだ。
記憶を取り戻したいと心から願ったことがないからどちらかと言えば前者の方だとは思う。
でも心から思い出したくはなかったかと問われればそうでもない。
ローがいなければきっと思い出さなくても別に気にもしなかっただろう。
だが自分の知らない空白をちらつかせられては気になるのが人の性というものである。
もう記憶を取り戻してしまったからどうにもできないが、それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。
ただ…一つだけ言える――――記憶を取り戻したことへの後悔は全くなかった。
幼い自分はアスカの想いに『そう』と少し寂しそうに零した後、アスカと顔を見合わせにこっと笑って見せた。


― 本当はねドフィの傍にいてほしかったの…私の世界はドフィだけだから……だけどね、大きい私が後悔していないっていうなら、いいよ…帰ろう…みんなが待ってる世界に… ―


そう言って浮いていた体を下ろし、幼い自分はアスカの手を繋いで歩き出した。
どこに向かおうとしているかは分からないけどアスカはついて行かなければいけないのだと思い黙ってついていく。
すると前方から光りが零れ、その光を幼い自分は指さす。


― あそこを通ると大きい私は目を覚ますよ…ばいばい、大きい私…もう夢で会う事もないけど…ローとお兄ちゃんと幸せにね ―


手を放されたアスカは自然と足が光りへと向かって歩き出す。
チラリと幼い自分を見れば、幼い自分は寂しそうに笑いながら手を振っていた。
それに手を振り返そうと思ったが、どうしても手が上がらなかった。
アスカは諦めて前を見据え目を覚ますために光に向かって歩き出す。


― ごめんね、ドフィ… ―


光りの中に入る直前、悲しそうな幼い声が聞こえた。

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