(187 / 274) ラビットガール2 (187)

「ぅ…」


アスカはズキリとした頭の痛みに呻き声を小さく零しながら瞑っていた目を開ける。
ズキズキと軽い痛みが頭に響き手をこめかみに伸ばしていると懐かしい声が降ってきた。


「アスカ…!目が覚めたんだね…!」


その声は本来聞けるはずの声だった。
アスカは動きを止めゆっくりとその声の方へと目をやる。
アスカの金色の目がその声の主を捕らえるとアスカは目を見張る。


「お、にい…ちゃ、ん…?」


アスカの目の前にいるのは死んだはずの実兄だった。
実兄であるエイルマーは幼い頃死んだ。
海兵に感づかれて逃げる途中、ディアマンテに殺された兄が目の前にいた。
見た目は全然違うがアスカにはすぐに分かった。
アスカの口から『兄』という言葉が出てエイルマーは目を見張った後ウルウルと涙を溜める。


「アスカ…っ!ぼくが…ぼくが分かるんだね…!?」


声を震わせる兄の言葉にアスカは小さく頷いて見せた。
アスカが目を覚ますまではエイルマーもアスカの記憶が戻っているかなんて自信がなかった。
だけど…また憎まれ今度こそ殺されようとも妹の傍にいたいと思った。
アスカはやっと目も覚め体を起こそうとした。
しかしズキリとした痛みが頭に走りアスカは息を呑む。


「…ッ」

「ああっ!駄目だよ!まだ動いちゃ…!アスカは記憶を弄られて強引に思い出させたからまだ頭の痛さは残ってるはずだ…しばらくは安静にしないと…」


兄の言葉にアスカは何となくだが覚えているのか大人しくする。
ふと兄の体が血だけになっているのに気づきアスカは兄へ顔を上げた。
ウサギの顔だが、どこか兄の優しい面影があった。
それが懐かしくて胸一杯になる。
アスカは血で汚れた兄の胸元に顔を埋め、そんな妹にエイルマーはそっと背中に手をやり痛くないように優しく抱いてやる。


「アスカ?」

「どうして兄さんがいるのか…わからないけど……でも……っ」


兄の毛はすっかり血で固まって柔らかくもないし獣臭さが鉄の臭さに変わっていたが、それでもアスカは兄の温もりを感じていた。
死んだ兄がなぜここにいるかは分からない。
だけどアスカはもしも目の前にいる兄が偽物でも幻でも兄と再会ができた事に喜びを感じていた。
言いたい事が沢山ありすぎて言葉を詰まらせ泣きだす妹にエイルマーは目を細め頭を撫でてあげる。
その仕草もまた懐かしかった。


「にい、さん…」

「ん?なんだい、アスカ」

「どうして私を置いて逝ってしまったの…」

「………」

「どうして…傍にいてくれなかったの……あの頃…私はドフィに懐いてはいたけど…でも…それでも…兄さんがいなくなるくらいなら…一緒に死んだってよかったんだよ…一人残されるのは嫌だったんだよ…なのに…どうして…」


アスカの言葉は嘘偽りのない本音。
と、いうよりかは過去の本音だった。
今はルフィや仲間達がいるから死にたいとは思わない。
でもあの頃のアスカにはドフラミンゴとエイルマーの世界しかなかった。
アスカの世界は兄二人の世界で作られていた。
だから兄が死んだと聞かされショックだったのだ。
一人にされるくらいなら道連れでも心中でもいいから一緒に死ぬ選択を選んだだろう。
ローは兄を殺したのは『ドフラミンゴ』だと言った。
そしてドフラミンゴもそれは否定しなかった。
だけど記憶を思い出したから分かる事だが…エイルマーを殺したのはディアマンテだ。
あの時…ディアマンテは『救えなかった』と兄を救えなかった事をドフラミンゴの腕の中にいた幼かったアスカに謝った。
それを思い出せば兄を殺したのはディアマンテだと予想される。
だけどもういいのだ。
もう兄を殺したのが誰かなんてどうでもいい。
どっちにしろドフラミンゴが勝つかルフィが勝つかなんかアスカにはもうどうでもよかった。
エイルマーは妹の言葉に悲し気に眉をさげ、抱きしめる力を少し強める。


「ごめんね、アスカ…一人にしてしまって…あの時ぼくは君を迎えにいく途中だったんだ…きっと焦っていたんだろうね…ドフラミンゴから逃げ出せる最後のチャンスだったから…」


『まあ、でも全部お見通しだったみたいだけど』と嘲笑を浮かべるエイルマーの言葉にアスカはぎゅっと兄の赤色に染まっている毛を握る。
もう離れたくはないと思ったのだ。
兄の優しい声も、暖かかい温もりも、愛おし気に触れてくれるその手も…人間じゃなくてウサギになっても変わらないその兄と別れたくはなかった。
けどアスカには分かっていた。
兄は蘇ったのではないのだと。
死んだ人間を本当の意味で蘇らせる事なんて到底無理な話だ。
きっと悪魔の実の中には存在するのだろうけど、そんな都合のいい実を持った人物と都合よく知り合うなんて無理だ。
だから兄は消えてしまう事を察していた。
それは当たっていたのか、エイルマーの体が光り出した。
その光にアスカはハッとさせ胸元から離れると優しく笑みを浮かべた兄と目と目が合う。


「アスカ、また一人にさせてしまうけど…ごめんね」

「兄さん…やだ…いかないで…」


エイルマーは満足したのだ。
愛しい妹と再会できて、妹を支えてくれる仲間とも会えて…そして何より妹を愛してくれる人達とも会えた。
エイルマーが満足したからエイルマーの体は消滅し始めていた。
非現実的ではあるが、きっとそうなのだろうとエイルマーは思う。
兄の消滅が受け入れられないアスカは縋る様に我が儘を言うが、それでも兄は首を振るだけだった。


「ぼくは消えるけど…でも…ぼくは満足だよ、アスカ…君とまた出会えたし…何より君はもう一人じゃないって分かったからね」

「そんなの…兄さんの自己満足よ…だって、私…まだ兄さんに色々話したい事とか…あった…のに…っ」


アスカは鼻がツンと痛く感じた。
ポロポロと涙が勝手に出て拭っても拭っても止まらなかった。
震える妹の声にエイルマーも我慢していた涙がぽろっと零れる。
ウサギの手で妹の両頬を覆って額をくっつける。
妹の金色の目が自分を映し、兄の濃い金色の目が自分を映す。


「笑って、アスカ…僕は笑った君の顔が好きなんだ…最期なんだから笑って見送っておくれ」

「………」

「分かっているんだろ?ぼくが生者じゃないって…本当はこうして会うことだって奇跡なんだ…だから笑って見送ってくれないかな…」

「…っ」


エイルマーの言葉にアスカは目をぎゅっとつぶる。
それは拒絶だった。
兄がいなくなるという拒絶。
また、大切な人がいなくなるという恐怖がアスカの体を震わせていた。
だけど兄とはもう会えないというのはアスカも分かっていた。
だから続けられた言葉にアスカは観念したのかぎゅっと瞑っていた目をゆっくりと開け、兄を見る。
笑ってほしい、という兄のリクエスト通り笑顔を見せるとエイルマーも嬉しそうに笑った。
心からの笑みではないのは分かっているが、エイルマーは可愛い妹の笑った顔を見て逝ける事がとても幸せだと思えた。


―――ぼくの可愛いアスカ…悲しまなくていいんだよ…君にはローやルフィ君がいるから…


そして、エイルマーはそう言い残しアスカの前から姿を消した。
残されたのは涙をこぼすアスカただ一人であった。

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