(192 / 263) ラビットガール2 (192)

あとはドフラミンゴが倒されるだけとなり、お互い口を閉じ静けさが戻ったと思ったその時…―――


≪さァ皆さん!!もう少しの辛抱だ!!≫

「…!」


ギャッツの声がドレスローザ全てに響いた。
ギャッツはルフィをアスカとローに任せた後、町全体を見渡せるところまで登り、そして時を見て実況を始めた。


≪スターは蘇るっ!!みな!お忘れか!!―――いや、忘れるわけがない!!本日コリーダコロシアムの闘技会に!!キラ星のごとく現れた愉快で…!!大胆不敵なあの『スター』を!!私は忘れない!!≫


ギャッツがいきなり何を始めたかは分からないが、ギャッツが言っている人物はすぐに分かった。
アスカはギャッツがいるであろう方へ顔を上げて見るが、ウサギの能力は大半鳥カゴに向け、その残りはルフィを治すことに使っている。
だからウサギを放り出してその目で探すなんて出来ないし、ウサギの視界は360度ではあるが遠くのどこかにいるギャッツをここから見つけることはできない。
あちこちからブーイングが上がってもギャッツは続ける。


≪誰もが恐れる…殺人牛を手懐け!雲をつくような巨人をなぎ倒し!!生ける伝説、首領・チンジャオを打ち砕き!コロシアムを…!!いや、このドレスローザを沸かせた小さな剣闘士!!―――私はいまだかつてかくも自由でかくも痛快な試合をする男を見たことがない!!そのなも"ルーシー"!!≫


ブーイングが次第にざわめきに代わる。
コロシアムの事はアスカは知らないし『ルーシー』誰かは分からない。
でもギャッツが言う言葉に全て当てはまる男は知っている。
ギャッツは息を吸い、続けた。


≪そう!!『ルーシー』また名を!!"麦わらのルフィ"!!!≫


そう、アスカの予想通り『ルーシー』はルフィだった。
自分が妖精を追いかけ、ドフラミンゴに記憶を弄られている間どうしてそうなった、という出来事を起こすのが、我らが船長ルフィである。
アスカは苦笑いが零れた。


≪海賊にダマされ支配され続けた我々が!!海賊を信じることは困難かもしれない!!―――だが!10年前の夜!英雄の仮面を被って現れたドンキホーテファミリーとは違う!!"真の王"!リク王様をもって"希望"と言わしめた男!!彼は今戦いに傷つき倒れてしまったが…!!嬉しさに震えろ!ドレスローザ!!ルーシーはこれを約束してくれたんだ!!―――ドフラミンゴの一・発・K。O。宣言!!≫


その瞬間、周りからは歓声が上がった。
裂けんばかりの歓声にアスカは目を瞑る。
ルフィが勝つと思っているが、それでもドフラミンゴを恨めないアスカにとってどちらにつくこともできない。
ただただ時が過ぎるのを待つしかできなかった。


≪聞こえているか!ドフラミンゴ!!王を操り世界を欺き!!このドレスローザに居座った偽りの王!!―――ここが貴様の…処刑場だァ〜〜〜!!!≫


キャッシュの狙いは士気の上昇ではない。
彼の狙いはドフラミンゴに操られ殺し合いをされているヴィオラとレベッカから気を逸らすため。
その為ならば死んでも悔いはなかった。


「………」


そして、アスカもキャッシュと同じく、覚悟はできていた。
ルフィに勝ってほしいが、ドフラミンゴは強い。
もしもドフラミンゴが勝てば、恐らくアスカは本当に一生鳥カゴの中で死ぬまで外には出れない人生を送るだろう。
そしてドフラミンゴの愛だけで生きていくのだ。
ドフラミンゴは生き残りなど許さない人だから、ローも死に、ゾロ達も殺される。
愛する人や大切な人を殺され、アスカは生きていく覚悟はない。
ただあるのは―――死ぬ覚悟のみ。
ドフラミンゴが勝ち彼の手に捕まる前にアスカは舌でも何でもいい…ロー達の後を追う覚悟は出来ていた。


≪コロシアムの生んだスター!!ルーシーは蘇る!!その瞬間まで―――あと"10秒"!!≫


ギャッツに合わせ、国民たちも秒読みが始まった。
9、8、7…と続く秒読みに合わせルフィにも変化が訪れる。
膝に掛かっていたルフィの重さがふと軽くなったのだ。
その変化にアスカはルフィを見るとルフィの意識が戻っているに気づいた。
そしてアスカの膝から頭を上げ、ルフィが起き上がろうとし腹に乗っていた『ラビットセラピー』の下僕ウサギがピョンと飛び降りて消える。
もう役目を果たしたのだという証拠だった。
震える腕で立ち上がるルフィを見上げて彼の姿を見て雲がかかったような己の心にもアスカは決着をつけた。


「ねェ、ルフィ…ドフィを倒してくれる?」


アスカはドフラミンゴと完全に決別する事にした。
過去に捕らわれるのをやめようと思ったのだ。
過去、ドフラミンゴに妹のように可愛がってもらってはいたが、今はアスカという名前で生きて、そんな自分はルフィを幼馴染に持ち、ルフィと共に海賊団を結成しゾロやナミ達と出会い出来た人物なのだ。
もうアスカはリサという名前の少女ではない。
ルフィは浅い息の中アスカの呟きにアスカへ目をやり、


「―――ああ!」


そう約束した。
その強い頷きにアスカは目を細め『そう』と返す。
それと同時にカウントダウンは『0』を切りローが能力でルフィをドフラミンゴの元へと運んだ。
ルフィが消えたのと同時にヴィオラがルフィがいた場所に現れた。

その瞬間―――歓声が大きく上がった。

それはルフィが復活し、ドフラミンゴの前に立ちはだかったという何よりの証拠でもあった。
その後すぐにその辺の瓦礫とレベッカが交換され、4人は事の成り行きを見守るしかできなかった。


(きっと、ドフィは負ける…)


あのルフィの表情を見て、アスカはこの戦いに誰が勝つかを分かっていた。
ドフラミンゴは強い。
ルフィも彼と対等に戦えるほど強い。
だが、信念はルフィの方が強かった。
幼いころからドフラミンゴの強い恨みを感じながら生きてきた。
だが、幼馴染としてずっとルフィも見てきた。
あの表情を見てルフィが負けるなどと考えるほど短い付き合いはしていないつもりである。



そして…多少苦戦はしていたが、結果――――ルフィの勝利となった。
ドフラミンゴはこれまでの戦いの傷や疲労もあり、強化された『ゴムゴムの大猿王銃』に吹き飛ばされ倒された。
同時にルフィも気を失い、地面に叩きつけられる前にローが能力で瓦礫と交換させ助けられた。
ピクリとも動かないドフラミンゴに一瞬静まり返ったが、ドフラミンゴが倒されたと知るや否や…次の瞬間歓声が上がった。
ギャッツの実況によってその歓声は遠く離れた人達からも上がり、周りは人々の歓声が大きく響いていた。



◇◇◇◇◇◇◇



アスカはその歓声を聞いてもやっぱり喜べなかった。
ルフィに近づきルフィが生きていることに対しての喜びはあったが、ドフラミンゴに勝てた事への喜びは…―――皆無だった。
ルフィが悪いわけではない。
これは全てドフラミンゴが自ら招いた結果である。
それは分かってはいるが…喜べないのだ。
レベッカとヴィオラが駆け寄るのを見てアスカは少しずつ後ろに下がり、力尽きたようにローの隣に戻りゆっくりと座る。
本当はルフィに一番に駆け寄ってレベッカがしているように膝を貸してあげたいのだが、今はそんな気分にはなれなかった。
この戦いで一番疲労が強いのはルフィだというのに。
一番辛かったのはルフィだというのに。
幼馴染として、恋人として支えてあげなければならないのに…今はそれが出来そうになかった。
ドフラミンゴと決別することを決めたとしても、今だけは許してほしかった。


「……、」


アスカはレベッカの涙で濡れるルフィを見つめていると視界がぐにゃりと歪んで見えた。
それは涙が溜まっていたからだった。
しかしこの涙はドフラミンゴとの決別の涙…
そんな涙を今ここで流すなどできず、唇を噛んでアスカは我慢する。
それに気づいたローが被っていた帽子をアスカに被せ、アスカは目を丸くする。


「我慢するな」


顔を上げてローを見ようとした時、ローがポツリと小さく呟く。
その呟きは歓声にかき消せてしまうほどだったが、アスカには届いていた。
アスカはローの言葉に我慢していたものが一気に溢れるように涙がポロポロと溢れ出ていく。
男の帽子はアスカには大きすぎたようで帽子が視界を遮ってくれた。
アスカは膝を立てて顔を埋め、歓声で聞こえないというのに声を殺して泣く。
そんな泣き声を殺し涙を流すアスカの震えるその体に腕を回し、ローは引き寄せた。
アスカの心情を思えば素直には喜べないが、勝利に浸った。

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