(193 / 274) ラビットガール2 (193)

海の音がアスカの耳に届き、目の前は広々と広がる海だった。
アスカは今、海岸にある岩に座ってぼうっと海を眺めていた。
何を考えているとかではなく、ただ無心になって海を見ていたいと思っただけだった。
ウソップやゾロ達にはすでに再会し謝った。
ゾロ達は文句ひとつ零さず許してくれたことは素直に嬉しいと思えるが心からそう思えない。
彼等と決別を決めまだ一日も立っていないのだから無理もなかった。
ただ…少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。
アスカは海軍が停泊しているらしい港の方向へと目線を送る。


(ドフィもディアマンテもトレーボルも…みんな捕まっちゃった…)


ドフラミンゴが倒され、海軍はドフラミンゴとその幹部達を捕まえ、伸びている下っ端達も一網打尽にした。
今、ドフラミンゴ達幹部は大将の軍艦の檻にいる。
傷ついた体では檻から出れても大将と戦う気力すらないだろう。
かつて家族と慕い愛した人達が捕まっていくのをアスカはただ見ているだけだった。
この戦いではアスカはあっちこっちへ気持ちが揺れていただけの人間で、役には立っていなかった。
決別しても彼等との楽しかった記憶は消えず、アスカは目を瞑らず現実を受け入れるように彼等が…ドフラミンゴが海兵達に連れていかれるのを見送った。


「…バイバイ、ドフィ…」


最後の別れは言えなかったが、この声が、この言葉が、この気持ちが、風に乗って彼に伝わればいいと思いながらアスカはそう呟き、そろそろロー達が心配するからと引き返そうと振り返った。
しかしアスカは少し離れた前方に人が立っているのが見えて、その人物に目を見張り息を詰まらせた。


「……サボ…」


その人物とは、死んだと思っていた兄の一人であるサボだった。
サボの姿に思わず彼の名を零せばサボは嬉しそうにはにかみ手を軽く上げる。
姿や容姿など変わっているのに、その仕草は変わらず、そこがまた死に別れたはずの兄だとアスカに教えてくれる。
サボの姿を見るとジワリと涙が溢れてくる。
それを拭いアスカはもう一度サボと向かい合う。
アスカがサボを避けたような態度を取ったから、お互い気まずい空気が流れてしまう。


「アスカ…あの、な…」

「サボ!」

「…!」


どれくらいの時間が立ったかは分からない。
何時間ではなくとも何分か、何十分かは経っているだろう。
まず口を開いたのは、サボだった。
アスカが避けた理由は分からないが、今まで連絡をしなかった事に対しての言い訳の一つでもしたかった。
だがそんなサボの言葉をアスカが遮った。


「…サボ……は…本当に、サボ、なん、だよね…?」


アスカは本当に目の前のサボが生きているのかを確認した。
それは兄であるエイルマーの事があっての事だった。
エイルマーは奇跡だとしても霊体になってまで妹である自分を想い心配して守ってくれた。
サボも生きていたという保証はない。
…否、本当は分かっていたのだ。
サボがエイルマーとは違って生きているという事を。
何となく…妹の勘のようなものなのだろう。
そこはアスカも説明がつかなかった。
だけどサボから聞きたかった。
もしかしたらエイルマーが消えた寂しさから見せたアスカの望んだ妄想や幻覚かもしれないと心に保険もかけていた。
だが、アスカの問いにサボは強く頷き、その保険も無意味なものと変わる。
その瞬間我慢していた涙がブワッと溢れ出した。


「アスカ!?」

「〜〜ッ」


アスカの金色の大きな目に涙が溜まり溢れ出て頬を濡らすのを見てサボはギョッとさせる。
確実に泣かしたのは自分だからだ。
それはルフィのように感動した涙かもしれないが、可愛い妹や弟の涙には流石に鍛えているサボでも弱かった。
顔を手で覆いしゃがみ込み体を震わせて静かに泣くアスカにサボは駆け寄ろうとした。
けれど…


「来ないで!!」

「…っ!」


アスカから拒絶され、サボは立ち止まる。
アスカからの拒絶の言葉にザボの胸元がズキリと痛み、その痛みの部分に手をやる。
サボは相変わらず不器用に泣くアスカを見下ろしながら何となく予想がついていた事への絶望感に苛まれていた。
アスカのあの時の態度から、自分が生きていた事に対しての戸惑いや拒絶があることには気づいていた。
だけどあの時は戦っていたし、気づいたらバージェス相手にも負けそうなほど弱くなりそうだったから考えないようにしていた。
だけど実際アスカからの拒絶の言葉を貰うと、想像していたよりもサボの心は傷つく。
けれどそれは違っていたのだ。


「…まだ、私…謝って、ないから…まだ…私に優しくしないで…」

「謝ってない…?アスカがおれに謝る事なんて…」

「あるよ…っ!!」


しゃがみ込み俯きながら声を震わせるアスカの言葉にサボは怪訝とさせた。
自分に対してアスカが謝る事は一切ないとサボは本当に思っていたのだ。
だがアスカはそうではないようで、涙が止まらず目元を擦りながらアスカはサボに謝る。


「あの時…サボを無視してごめんなさい…っ!!言い訳にしかならないけど…あの時の私は一杯一杯で…っ、サボに甘えたら全部が崩れそうだった…!ドフィの敵になって、兄さんと別れて…私…全然余裕がなかった…っ!だから…あの時、サボとの再会でサボに甘えたら…駄目だって、思ったの……、…サボ…ごめん…ごめんなさい…でも私サボの事嫌いじゃないから…大好きだから……だから…嫌いにならないで…っ!」

「…ッ」


あの時…とはサボと再会した時だった。
言い訳だって言われるが、あの時のアスカは何もかもが手一杯だった。
記憶を戻ったと思えばドフラミンゴに記憶を改ざんさせられ仲間の敵となって、エイルマーが記憶を取り戻してくれたと思えばその兄とも別れ、ドフラミンゴと敵対関係となり、ルフィは傷だらけ。
アスカはドレスローザに来て何もかも空回りしているかのように何もできなかった。
仲間達はそれを許してくれるが、アスカ自身が許せなかったのだ。
だからアスカは傷つき倒れても再度ドフラミンゴに立ち向かうルフィを見て、自分もドフラミンゴと完全に敵対することを決意したのだ。
元々味方になるつもりもルフィから離れるつもりはなかったが、覚悟が揺らいでいたのも事実。
いつも以上に脆い精神状態で再会したサボに、アスカはあえて無視をすることで精神状態が崩れるのを防いでいた。
サボからしたらいい迷惑ではあるが、あの時はそうすることしか思いつかなかったのだ。
サボは続けられた叫ぶような最後の言葉に息を呑み辛そうに顔を歪める。


「アスカ…そっちに行くがいいか?」


サボは妹の口から『嫌いにならないで』と言われたのは初めてでショックを受けた。
そんなことくらいで妹への愛が揺らぐほどサボの兄弟への愛は浅くない。
今すぐその小さな体を抱きしめて何者からも守ってやりたい衝動に駆られた。
だが、アスカからは首を振られサボは落ち着くように息を吐き出し、未だ顔を上げてくれない妹を見下ろした。


「確かに…あの時は動揺はしたさ…アスカはおれの可愛い妹だからね…」

「………」

「でも…そんなことで可愛い妹を嫌いになんかなれるわけがないだろう?だって、お前はおれとエースと姉さんの妹だぞ?むしろアスカはもっと兄ちゃんを頼ってくれたっていいんだ…アスカは女の子なんだからな」

「…っ」


何を言えばアスカが泣き止んでくれるかは分からない。
だけど自分の素直な言葉をアスカに伝えた。
男卑女尊だとは思わないが、強くなったとはいえサボにとってアスカは守るべき存在でもあるのだ。
愛してやまない妹が傷つかないのなら、この体を傷つけられても厭わないほど…サボは妹、そして弟を愛している。
とはいえ、勿論、二年前の頂上戦争で生き残り、更に言えばドフラミンゴを倒せるほど力を付けた二人の実力は認めている。
アスカはサボの言葉に俯かせていた顔をゆっくりと上げる。
アスカはサボ以上に辛そうな表情を浮かべていた。
口をキュッと結んで眉を顰め、大声で泣きたくても我慢している妹の顔にサボはホッとする。
アスカは静かに泣く癖があるが、本当に気を付けなければならない時は無表情の時である。
天竜人に関してアスカは怯えの他にも無表情を浮かべる。
エースとサボの前に背中の焼印を見せられた時もアスカはルフィの声でも反応をしなかった。
だから淡泊にも思えるアスカの感情の中での危険信号は無表情なのだ。
それがないことにサボは安堵したというわけである。


「なあ、そっち、行ってもいいか?」


もう一度サボはアスカに聞いた。
すると前は首を振っていたアスカだったが、しゃがんだまま両手をサボに向けた。
それは拒否ではなく、受け入れたという事である。
きっと話したくても泣いていて話せないのだろう。
サボは目を細めて微笑みを浮かべ、ゆっくりとアスカの前に歩み寄りぎゅっと抱きしめてやる。
アスカは抱きしめてくれるサボの背に向けていた両手を回し、自分もサボにすり寄りながら抱き着く。


「何も怖がらなくていいんだ…どんな事をされようとおれはアスカを見捨てたりなんかしないから…だから……泣かないで、アスカ………アスカに涙は似合わない」

「…さ、ぼ…ッ―――さぼぉっ!」


エイルマーにも似た事を言われたこともあってアスカはもう我慢の限界だった。
声を殺し静かに泣いていたアスカだったが、サボと再会できたという事実に大声を出して泣き出した。
サボは抱き着きながら泣き出す妹の頭を優しく撫でてやる。
アスカが大声で泣くその姿を見て、サボはエースとアスカが最初で最後の本気で喧嘩をした過去を思い出していた。

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