(13 / 20) 過去 (13)

ローはエイルマーの小さな反応などよそにリサを引きずり部屋から早々に出ていった。
残ったのは物言えぬ男と、何かに反応した男だった。
だからだろうか…その場に沈黙が落ちる。


『…………』


ローに奪われ冷たい風が通る腕をコラソンは見た。
この腕に抱いていたリサの体は小さかった。
アレシアもリサと同じ小さい体を持っていた。
こんな小さく弱い身体を持っている時に、アレシアは殺されたのだ…―――天竜人を恨んでいた人間によって。
まだ本当に小さくて、自分や兄の後ろについて回っていた妹。
世界貴族と言う立場を自ら捨てた父を無邪気に慕っていた妹。
自分と兄の……兄の唯一の宝物。
そんな妹を兄も自分も目の前で失ってしまった。
それから兄が変わったのだ。


「おやおや…ローはまだ自覚ないんだねェ」

「……は?」


ぼうっとしていたからか、手を見下ろしていたコラソンは向かいに座ったエイルマーの言葉に素で返した。
喋れなくなったと言われているコラソンが言葉を零したことに驚きもないエイルマーはニコニコ顔でもう一度言う。


「ローだよ…あの様子だとリサに恋してるのは気づいていないようだね」

「……誰が?」

「ローが」

「誰に?」

「リサに」

「何してるって?」

「恋してる。」

「…………」

「…………」

「……マジで?」

「マジで。」

「…………」


上機嫌なエイルマーに対し、コラソンは呆気に取られ口がダラーンと開けられていた。
目を瞬かせるコラソンをエイルマーは幼い可愛らしい恋心にニコニコと笑い、ジョニーに頼んだお茶を口に含む。
まだ信じられず『ローがリサに恋…?え…うそだろ…リサが…恋…?彼氏とかできるのか?えっ…彼氏?彼氏ってあの彼氏か?リサが男の物に?あ、でもローか…ロー…ローかァ…微妙だなァ…』とぶつぶつと何かを呟いていた。
友の葛藤も気づいているエイルマーはニコニコ笑い『悩め悩め!悩んでキミは成長するのだ!』と謎の言葉をかけていた。
だが、ふ、とそのニコニコ顔を消し、表情を曇らす。


「だけど、ローはリサとは一緒にはなれない。」

「?…ああ、そうだな…あいつあと三年の命だし…」

「いや…違うんだ……ぼくはそろそろここを離れようかと思ってる。」

「――!!」


表情を曇らせるエイルマーにコラソンはローの寿命を思い出す。
あと三年しか生きられない中、ローは恋をしたという。
それを思えばやっと恋を知ったと言うのにあと三年という短い時間しか生きていけないローに多少なりとも同情してしまう。
しかしエイルマーはそれではないという。
確かにエイルマーも三年しか生きられないローに同情はしている。
だが、エイルマーが言いたいのはそれではないのだ。
コラソンはエイルマーの言葉に目を丸くし驚愕した。
ギョッとさせるコラソンにエイルマーはまっすぐ逸らすことなく見つめる。


「それは…ドフィから…ドンキホーテファミリーから逃げるという事か?」

「ああ」

「リサはどうする」

「…もちろん、リサも連れていくつもりだ」

「…………」


エイルマーの表情はいつもの優しげな笑みではなく、真剣そのものだった。
その表情が本気だと物語っており、コラソンはエイルマーの決意にため息をつき、落ち着かせるようにジョニーに出してもらった紅茶を一口、口に含んだ。


「お前が逃げるだけではなく、リサも一緒なら…ドフィは必ず追いかけてくる…今度こそお前は殺されてしまうだろう……でも…リサはまだ幼いんだぞ?あの子にはまだお前が必要なんだ…何も今じゃなくてもいいんじゃないか?時を見て逃げ出した方が…」


紅茶を飲んで多少は落ち着いたのか冷静さを取戻し、コラソンは何とか思いとどまるよう伝えた。
しかしエイルマーはコラソンの言葉を聞き入れようとはせず渋い顔を見せる。


「コラソン…君は気づかないかな?あれ以来ドフラミンゴのリサへの独占欲が強くなっていることに…」


エイルマーの言葉にコラソンは考えるそぶりを見せる。
だが…コラソンも分かっていたのだ。
エイルマーの"あれ以来"という言葉にピンときてもいたから余計に。


「ぼくだってリサを愛する気持ちはある…リサを独り占めしたいって気持ちも、リサを大切にしたいって気持ちもドフラミンゴに負けないくらいあるんだ…だが…ドフラミンゴのその想いは異常だ…」

「…………」

「"あれ以来"ドフラミンゴが島を離れ仕事をする時は常にリサを連れていく…決して島に置いていくことはなく…そして自分や幹部以外の人間にリサの世話を見させることもしない…それだけ聞けばドフラミンゴは過保護だって思うかもしれないが…それはおかしくないか?だってドフラミンゴは…あいつはリサの兄ではないんだぞ!!リサの兄はぼくだ…!ドフラミンゴは血の繋がりのないただの赤の他人なのにどうしてぼくのリサを縛る!?どうして似ているだけで閉じ込める!!このままじゃリサがリサでなくなってしまう…ッ!!」


"あれ以来"、とは以前ドフラミンゴや幹部達が出払いリサ一人お留守番していたときに起こった事件である。
あれはエイルマーも確かに悪いとは思った。
エイルマーもいくら下っ端とはいえゴロツキの海賊を信頼し買い物に出かけてしまったことに後悔はした。
だが…それを差し引いてもその後のドフラミンゴの対応はおかしかった。
あの後ドフラミンゴの命令によって指を切られた男はディアマンテに始末された。
男の唸り声にハッと我に返ったエイルマーが慌てて処置をしている最中に彼は来て下っ端一人を殺した。
そのあと遺体は見せしめだとしてアジトに吊らされ、同じ下っ端に遺体を粉々にさせ海の猛獣たちの餌やりをさせた。
そしてリサに手を出す輩、粗相をした輩はどうなるかをみせしめた。
結果、下っ端たちはリサを恐れた。
エイルマーはドフラミンゴのやり方を見てぞっとした。
殺した事ではない…下っ端同士で始末させたことではない……リサを愛するが故の暴走が怖かった。
コラソンは顔を覆う友人に何も言えなかった。
ドフラミンゴの弟として…友人にかける言葉が見つからなかったのだ。
しかし、恐ろしいと思ったのはなにもこれだけではない。
エイルマーがまさに恐れているのは…リサである。


「…最近…リサの考えてることが分からないんだ…昔はただ純粋に生きていてくれたあの子が……ここに来てから…死を怖がらなくなっている…」

「死を?」

「ああ……あの時…リサはドフラミンゴに『血』とだけ言った。最初は何を言って何が言いたいのかわからなかったけど…ドフラミンゴはすぐに分かったんだ…リサは服に血が付くと言いたかった……あの人たちの…殺された人の血が…服につくと…!!」


エイルマーはリサを恐れている。
リサがドフラミンゴのように人の死に何も思わなくなるのではないか、と。
あの時…ドフラミンゴが下っ端二人を殺したとき…リサは死体に怯えることなくドフラミンゴに服に血がつくと言ってドフラミンゴに抱き上げられていた。
最初たった一言しか言わない妹が何を伝えたかったか分からなかったが、ドフラミンゴの行動で理解した。
そして、同時にリサの変化にぞっとした。
ここに来る前までは本当にリサは普通の愛らしい、小さな女の子だったのだ。
人の汚さも世界の恐ろしさも知らず純粋に育ってくれた妹だったのだ。
だが、ここに来てリサの中では人の死が普通となった。
まだエイルマーのように成人しているのなら自分で考えることができる。
しかし、リサはまだ三歳…良くも悪くも染まりやすい歳だった。
まだ幼いリサは周りのものを吸収して成長していく。
将来リサの性格を形成するのに必要なのは周りの環境である。
それが…その周りが…本来、村人達に囲まれ優しい子に育つはずのリサの周囲はあのドフラミンゴを中心としたドンキホーテファミリーとすり替わった。
エイルマーはリサがドフラミンゴに甘やかされ人の痛みも分からない人間性になりそうで怖かった。
きっとその頃には自分はドフラミンゴに殺されているだろう。
だから、そうなる前にエイルマーはリサを連れて逃げたかったのだ。
コラソンは体を震わせる友を見つめる。
本当なら『考えすぎだ』と笑って友を励ましたかったが、正直笑えなかった。
コラソンもリサの考えが少しずつ"こちら側"に染まっていっていることに気づいてはいた。
しかし結局コラソンもリサ可愛さに見て見ぬふりをしたのだ。
そして、見て見ぬふりをした結果が友を苦しめた。
コラソンはシン、と静まりけるその場にグッと拳を握りしめ、背中を丸めるエイルマーを見た。


「エイルマー…すまないが…悪い事は言わねェ…本当によせ……ドフィはお前が思っている以上にリサを愛しているんだ…もうリサをアレシアだとしか見ていねェ…だから…もう少し我慢してくれ…」


グッと拳を握ったコラソンは心を鬼にした。
友を慰めたいし、協力だってしたい。
だが今はその時ではないのだとコラソンは知っている。
否…多分、エイルマーも分かってはいるのだろう。
だが少しずつ海賊へと変わっていこうとする妹を見ていられなかったのだろう。
コラソンの言葉にエイルマーは顔を手で多い背を丸めたまま首を振った。


「無理だ…コラソン…それは無理だ……ぼくはもう…見ていられないんだよ……人が死んでいくのを平気で見ていられる妹を…血に対して嫌悪感を抱かない妹を……ドフラミンゴの色に染まっていく妹を…アレシアになっていくのを………ぼくはあの子の兄としての責任がある…もう、我慢なんてとっくの昔に限界が来ていたんだよ、コラソン…」

「おれがなんとかするから…"あの人"に頼んでお前らを保護してもらうようにするから…だから…」

「政府なんて信用できない…とにかくぼくはもうリサを連れてどこかの国に逃げようと思う。」

「ああ、それはおれも賛成だ…それはおれが何とかする…だから変な気を起こすな。あいつを…ドフィを無暗に怒らすことなんて馬鹿な真似やめろ。」


コラソンはまだリサをリサとして見、アレシアをアレシアとして分けて見ている。
時折重ねることはあっても完全にリサをアレシアとして見た事は一度もなかった。
しかしドフラミンゴは違う。
ドフラミンゴはリサの事を決してアレシアとは呼ばないが、コラソンと話している時はリサに対しアレシアの名を呼ぶことが多かった。
だが、最近ドフラミンゴはアレシアの名を口にすることがなくなった。
同時に、リサの名を口にすることが多くなった。
最初はアレシアの事を吹っ切れたとばかり思っていたが…どこかそれに違和感を感じていた。
ドフラミンゴは最近リサを呼びつけ拘束する時間が増え、そしてコラソンは気づいた。
――ドフラミンゴが完全にリサとアレシアを重ねている事を。
アレシアとリサを重ね、そして2人をすり替えようとしている事を。
兄はリサを本当の己の妹に変えようとしているのだ。
誰よりもアレシアを妹として愛した兄らしいと言えば兄らしいのだが、コラソンはそれが怖くもあった。
自分も弟として愛されているようだが、正直に言って自分は兄が恐ろしい。
全てを捨てた父を兄は簡単に憎み、簡単に首を刎ねた。
だからコラソンは兄から逃げ、"ある人"に拾われた。
事情があり戻ってきたが、まだその恐怖はある。
勝手に喋れなくなったと勘違いしてくれたことには心から感謝していた。
そんな兄から逃げ出そうとするエイルマーにコラソンは慌てて引き止めた。
兄からリサを引き離そうとすればエイルマーの命はないのは確実なのだ。
エイルマーは兄が油断して敵に襲われ仲間達とも離れてしまい瀕死だった頃に出会った通りすがりの医者だった。
若くして医者である彼はリサと2人で細々と暮らしていた。
だが、仕事帰りの途中でドフラミンゴに出会い運命は大きく変わってしまった。
2人がここにいるのは、リサを見たドフラミンゴが半分誘拐したも同然だったからだ。
エイルマーは当然興味もないため引き留めたエイルマーをドフラミンゴは殺そうとしたが、それをリサが止め、リサの兄だというから仕方なく船医としてファミリーに置いていやっているのだ。
少しずつリサを溺愛していくドフラミンゴの事…リサが離れていくと分かれば全力でエイルマーとリサを探し出し今度こそエイルマーを殺すだろう。
コラソンは友を見す見す殺させたくはないため、引き止めたのだ。


「…………」


そんなコラソンの想いを知ってか知らずか…エイルマーは何も返すことはなかった。

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