(57 / 293) ラビットガール (57)

「アスカ!痛いか!?痛いよな!?痛くないか!?いや!やっぱり痛いよな!!でもそんなに痛くないのか!?」

「痛いにきまってるだろ!いいからちょっとは黙ってな!」


ベッドはあっという間にアスカの血で赤く染まっていく。
医者が来るまで傷口も綺麗にしようとノジコの手には濡れたタオルが握られており、混乱したルフィを落ち着かせるように一発拳を落とした。
ゴムだから効かないが、落ち着かせることには成功したのか叫ぶような質問は止む。
それでもアスカの手を握るルフィの手は解くことはなく、ずっと握りしめており、冷静になったと言っても幼馴染の血だらけの姿に顔の血の気が全部消えたように顔が青くなっている。
その姿を見て、ノジコは目を丸くする。
そんなに親しいわけでもないし、会ったのが今日で数分なのに、ノジコから見たルフィはここまで慌てふためく男ではないと思っていたのだ。
ナミのためにここまで来てくれたし、ナミのために怒ってもくれた。
だが、確かに死ぬかもしれないと思うほどの出血と傷の人間を見てもルフィは混乱するほど慌てる事なんてないと思っていた。
勝手な思い込みだが、どこか掴みどころのなく何を考えているか分からない男…それがノジコがルフィに感じた第一印象だった。
それがアスカの手をギュッと掴んで離さず先ほどまで混乱して訳の分からない事をルフィは叫んでいた。
その姿は大切な人を…ナミやベルメールが傷つけられ失った自分のようだった。


「ノジコ!患者はどこだ!?」

「ドクター!私の寝室に寝かせてある!!」


暫くして、すぐにゲンと共にドクターが駆けつけてくれた。
ここに来る途中簡単に事情をゲンから聞いたのか、海兵が子供を傷つけた行為が許せないと言わんばかりにアスカの血だらけの体や血で染まっているシーツを見てドクターは拳を握りしめた。


「…ひとまず…血を拭きとらねば…ノジコ!タオルと水を!」

「はい!」


ドクターは医者としての役割を果たすため、我に返りノジコに指示を出す。
指示通りの物を用意するために部屋を出ていったノジコの後をゲンも手伝うために追い、その場はアスカとルフィとドクターしかいなくなった。
急いで用意してくれたのか、2人は指示通りの物をすぐに持ってきてくれた。
まずは血を拭きとって傷口を綺麗にしなければならず、ドクターは背中に傷を負っているためうつ伏せのまま寝かされていたアスカに近づく。
まずは一番やりやすく傷が酷い背中から始めようとした。
それに気づいたルフィはハッとさせ背中へ手を伸ばすドクターの手を、アスカの手を握っていない手で掴んで止めた。


「待ってくれ!おっさん!!背中はおれがやる!!」

「は?いや、しかしこれは素人では無理だ!」

「そうだぞ君!ここは医者に任せて…」

「駄目だ!!背中はおれがやる!!おっさんたちはここから出てってくれ!!」


止められたドクターを初めとするその場にいた3人はルフィを見た。
ルフィはドクターをどこか焦ったように見つめており、3人はルフィの言葉に目を丸くした。
ルフィはアスカの治療は自分でやると言い出し、三人を追い出そうとした。
流石に素人が治療をするのは衛生的にも良くないと言い、何とか医者がアスカの治療をしようとしたのだが、ルフィは引かない3人にアスカが背中を見せたがらない事を伝える。
アスカも痛みに耐えながらそれを3人に伝え、それを信じるしかない3人はどうも背中だけに執着しているのもあり『背中だけ』という条件で部屋を出ていくことを決めた。


「ねェ、ルフィ…」

「なんだ?」


2人しかいなくなった部屋はとても静かだった。
しかしその静かな場所でずっと黙っていることも出来ず、ルフィは慣れない手つきでアスカの血を拭い、傷口周りも綺麗にする。
本当にド素人なためアスカは時折痛そうに声を漏らし、その声が漏れるたびにルフィは『痛かったか!?ごめんっ!』と慌てて謝る。
それでも自分のために慣れない治療をしてくれているルフィに文句は言えず、アスカは弱弱しい声で『大丈夫』と言うしかなかった。
傷口から溢れる血は拭っても拭っても途切れることはなく、それはアスカが生きているからだと思えば不安など吹き飛んでいく。
傷口から溢れる血も最初に比べると収まりつつあり、背中にこびりついていた血も拭うと傷口で見難いが、ルフィが見たくない物――天竜人の焼印が浮き出てきた。
ルフィはこの焼印がはっきりと血から浮き出てきたのを見て、一瞬ピタリと手を止めた。
それをアスカも察したが、あえて何も言わず無言を貫き通す。
ルフィは手に持っていた血で少し汚れているタオルを握る力をグッと強くさせたが、すぐに優しくアスカの背中を拭ってやる。
多分、ルフィは色々と感情を出したいのだろう。
この背中の事も、ナミの事も、この村や島の事…今は全て我慢しているのだ。
それに気づきながらもアスカはルフィの名を呼び、ルフィはアスカに名前を呼ばれ手を止めてアスカを見る。
アスカはうつ伏せのまま続けた。


「アーロンを倒しに行くんでしょ?私も…」

「駄目だ!」

「……ウサギになれば傷なんてすぐに塞ぐし、痛みも鈍るから…だから…」

「駄目だ!」


ルフィはアスカが何が言いたいのかすぐにわかった。
自分もアーロン達を倒しにいくのをついて行くと言いたいのだ。
だが自分の目の前のアスカの体がこんなにも血だらけでボロボロなのを見てしまえば、幼馴染に甘いルフィが頷くわけもない。
首ばかりふるルフィにアスカはムスッと膨れツラを見せる。


「じゃぁせめて戦いが見えるとこに行きたい。」

「…おれはこの後ナミを追いかけにいく」

「?」


戦いに参加できないのなら、せめて見えるところにいたいとアスカは伝えようとした。
自分だってルフィ達の仲間で、ナミの仲間なのだ。
自分だけ蚊帳の外は嫌なのだ。
それを伝えようとしたのだが、ルフィが何かを言いかけアスカはうつ伏せのままルフィへ振り返る。


「お前も一緒に行くか?」

「!――うんっ!」

「その後ナミの家に帰って安静にすんだぞ?だったら連れていく。」

「……うん…安静にします…」


ルフィとしては思いっきり妥協した結果なのだろう。
参加も出来ないし見ることもできないが、妥協してくれた事を察し、アスカは強く頷いた。
…がナミの家に帰って安静しろという言葉には、弱弱しく、渋々、頷いた。
渋々だがそれでも頷いたのも同じで、ルフィは満足げに笑う。
しかしその笑みはどこかいつもの太陽のような笑みではなかった。







包帯や消毒などはドクターの鞄から拝借し、背中を終えるとルフィはすぐにドクターを呼んだ。
流石に寛いでいられる状況でもないため、ドクターやノジコやゲンは部屋の前にいたらしく、ルフィが呼ぶとすぐに入ってきた。
多少医者を追い出したという前代未聞を仕出かしたルフィを叱りつけたが、ドクターは背中以外の傷をすぐに治療してくれた。


「あんた、あのウサギなんだよな…悪魔の実っていうのは本当にあるんだね…初めて見たよ」

「騙してごめんなさい…」

「別にいいさ、ナミが心配だったんだろ?私こそあんな狭いゲージに入れてすまなかったね」



自分の家から出てきた事を問われ、アスカは言いよどみながらも本当の事を伝えた。
何度も言うが東の海に能力者は珍しく、噂ではなかったことにノジコは驚いた。
しかしすぐにウサギだったとはいえこんな子供をゲージに閉じ込めてすまなかったと謝れ、アスカは足のガラスを全て取り出し包帯を巻かれながら慌てて気にしていないと首を振った。
とりあえず子供だと思われているのは突っ込まない事にしたようである。
治療も終え、服がないアスカはノジコの服を貸してもらい、ドクターが余った包帯などを片づけているとルフィがアスカを背負いはじめ、ドクター達はまたしてもルフィの行動に慌てる。


「おいおい!お前さんこの子をどこに連れていく気だ!?」

「まだこの子は治療が終えたばっかりなんだぞ!?安静にさせないか!」

「大丈夫だ!無茶はさせねェ!」

「そういう問題じゃない!!大体君は…」

「あの…すぐに戻るので…ごめんなさい、見逃してください…」

「!、だがな…」



アスカは安静が必要で、動かしていい怪我ではない。
特についさっき治療を終えたばかりなのだから余計に。
だがルフィは人のいう事を聞くような性格ではなく、アスカとの約束を果たそうとした。
結局ドクター達はアスカに絆されるようにルフィとアスカを見送る事になってしまった。







ルフィに背負われ、アスカはふと何かを思い出しルフィに『待って』と言って待っててもらう。


「どうした?」

「ん。コリーに帽子を預かっててもらってて…」


待ってほしいと言われルフィは立ち止まりアスカに振り返りながら問う。
アスカはラビットセラピーでウサギ化になっている間、ルフィの帽子を長身ウサギの『コリー』に預かっていてもらっていた。
それは普通サイズのウサギになるとどうしても麦わら帽子は大きくなってしまうからである。
そして、"コリー"とは、アスカのウサギの一匹である。
毎回同じウサギが出ているかはルフィには分からないが、アスカはよくウサギに名前を付けて呼んでいる。
しかし呼ばないときもあるため、そこは気分なのだろう。
今回はコリーだったらしく、アスカはコリーを呼び、主人に呼ばれたウサギは草むらから出てきた。
木から半分体を出してこちらを伺うように見つめるコリーを見ても、ルフィは慣れているため動じない。
コリーは長身ウサギと言うだけあって、その姿はゴツイ。
筋肉モリモリマッチョマンではないが、マッチョに近い体つきで、顔も強面の部類で初見だったら人を1人2人平気で殺して食ってるんじゃないかと思うほど怖い。
長身と名づけられているだけあって背もあり、その背はルフィを余裕で抜いており『cm』ではなく、『m』である。
その強面ヤクザ風の長身ウサギの頭には全くマッチしていない麦わら帽子が被っていた。
アスカに呼ばれ、コリーは草むらから出てルフィの前にしゃがむ。
アスカが長身のウサギ化になっている時は能力者本人のため喋れるが、基本アスカが出したウサギは通常のサイズの『下僕ウサギ』やコリーのような『長身ウサギ』などでも人の言葉は喋れない。
基本下僕ウサギは『きゅー』という愛らしい鳴き声だが、長身ウサギは常時『ゴフッ!』である。
そこに突っ込みはいらず、ルフィはまるで『さっさと帽子を取れ小僧』と言わんばかりのコリーに『もうちょっと預かっててくれ』と言った。
ルフィの言葉にコリーは顔を上げ怪訝とさせ、背中にいるアスカは目を見張る。


「いいの?」

「おう!また預かっててくれよ!そしたらおれまたアスカのところに戻ってこれるからさ!」

「ルフィ…」


ルフィの言葉にアスカは目頭が熱くなるのを感じる。
コリーはルフィの言葉に被っていた麦わら帽子をルフィではなく主に返し、『ゴフッ』とひと鳴きした後アスカに頭を下げて草むらへと帰っていった。
それを見送りながらアスカはここにいないナミや住人達、そして、魚人達の事を思う。
魚人に支配されているナミ、そして奴隷時代が染みついたアスカ。
似ても似つかない境遇だが、この中ではアスカが一番ナミの感情を理解できるだろう。
しかし、同時にアスカはアーロン達の気持ちも十分に理解できていた。
天竜人の奴隷は何も人間だけではないのだ。
奴隷達の中には人間は勿論、巨人族、足長族、手長族など多種多様な種族がいた。
その中で天竜人達のお気に入りと言えば、人魚、そして…魚人。
特に人魚や魚人は人間からの差別で中々陸には上がってこないためレアでもあった。
人間と魚人達の差別の歴史は長い。
お互い歩み寄る事は一切しない彼らの溝をアスカはこの目で見てきた。
しかし、だからと言ってアーロンがナミ達にしてきたことが正当化するわけではない。
差別され傷つけられてきた彼らの辛く人間への憎しみへの気持ちは十分に理解はしてやれる。
だがそれと彼らを直接差別したわけではないナミ達に復讐するのは間違いなのだ。
しかし、どうしてもアスカは魚人達を天竜人の奴隷だった頃同じ奴隷だった魚人達を重ねてしまうところもあり、ナミを傷つけ泣かせた奴らなのにルフィ達のように心の底からの怒りがどうも湧かなかった。
ナミを傷つけて許さないという気持ちは嘘偽りはない。
だからこそルフィにその想いを告げないし、アーロン達への同情もない。
アーロン達は倒されるべきだと心から思っている。
…それなのに、アスカはどちらも理解できるからこそ、心苦しかった。
アスカはそんな自分がたまらなく嫌になる。
アスカはルフィに泣きそうになっているのに気付いてほしくなくてルフィの首筋に顔を埋めるようにルフィを抱きしめた。

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