スモーカー達を乗せた軍艦は、巨大化した子供達を救うためベガパンクのいる研究所へ向かっている。
天才科学者の彼は多忙で、本来なら子供の巨大化など構っている暇はない。
だが、間にミコトが入ったことで彼ば快ぐ忙しいスケジュールから時間を取ってくれた。
そう、快く。
決して泣く泣くではない…決して。
―――ミコトは海楼石と同じ効果を持つものを飲まされたせいで能力を発動しにくくなってしまい、回復能力も少しずつしか効果が出ていない。
回復に近づいてはいるが、まだ歩けるほど回復していないためスモーカー共々医務室に運ばれていた。
そんなミコトは今、ショックを受けていた。
「〜〜〜っ」
上半身を起こしてベッドに横になっているミコトは見ている新聞をグッと握り締め、前屈みになり新聞に顔をうずめる。
傍にいたたしぎがミコトの様子に慌てたように名前を呼ぶ。
「ミコトさん!?あ、あの…!違いますから!ミコトさんを責めているわけではなくって…!あの時はああするしかしょうがないって分かってますからっ!」
新聞にはドフラミンゴを倒したのは海賊、ルフィとローだという記事が書かれていた。
その記事を見てミコトは新聞に顔をうずめた。
それを見てたしぎは自分たちの会話にショックを受けたのだと思った。
たしぎとスモーカーは、アラバスタで自分たち海軍がクロコダイルを倒した事にされていたことが悔しかった…と話していた。
それをミコトの前でしたのだからショックを受けたと思った。
たしぎはミコトを気にしてその話は避けていたが、スモーカーはミコトを気にせず話題に出した。
確かにあの時はミコトのおかげで上手く立ち回ることもできた。
だが、自分たちは何もしていないのに自分たちの功績になっていることが悔しくてたまらなかった。
それを知ったミコトがショックを受けたとたしぎは勘違いしたのだ。
そう、勘違いなのだ。
「ルー君のばかぁ!!なんで大人しくしてくれないの〜〜!!」
ショックは受けていた…ショックは。
ただ、アラバスタの件は全くこれっぽっちも全然気にしてもいない。
気にしていたら苦手意識されて冷たい態度をするスモーカーに押しかけ女房をしないだろう。
ミコトがショックを受けたのは、ルフィの事だった。
たしぎはアラバスタの件の事を気にしているわけではないのにホッと安堵しながらも、安堵したのもあるのか『泣くミコトさんも美しい』と惚れ惚れとしていた。
しかしそんな泣く姿も絵になる絶世の美女を妻にしたスモーカーは鼻を鳴らす。
「なに今更言ってんだ…てめえの弟が破天荒なのは今に始まったことじゃねえだろ」
「そうですけどぉ!あと一年!いえ!二年ほど大人しくしてほしかったです!」
「……ちなみに理由を聞かせてもらおうか」
「え?妊活のためですけど」
「…………」
スモーカーは口を閉ざした。
応えたらいけない気がした。
というか考えないようにして地面深く埋めた問題を無遠慮で掘り起こされてしまったのだ。
パンクハザードでさりげなくミコトを寝取る気だったたしぎは、ミコトの婚活発言にガーンとショックを受けていた。
そんな部下に突っ込む気も失せたスモーカーは吸っていた葉巻の煙を溜息と共に吐き出す。
確かに、(新郎の意思無視で)結婚したのだから子供の問題からは逃げ出せないだろう。
とりあえずは聞かなかったことにした。
夫の反応など気にも留めず、ミコトはもう一度新聞を見ては溜息をつく。
その溜息は少し諦めに似ている。
「ドフラミンゴが破れたことで今後どのように世界が動くのか……最低でもカイドウは動くでしょう……ルー君の事だからビッグ・マムにも手を出すでしょうし……はあ、考えるだけで頭が痛いわ…」
『まったく、ルー君ったら…』と弟のしでかした大きな事件にミコトは頭を抱えそうになる。
ドフラミンゴが捕まったことに関してはどうでもよかった。
彼に対して情がないわけではない。
好意を向けられて嫌な女はおらず、彼が逮捕されて寂しくなるなと思うくらいの情はあった。
だが、所詮、海賊は海賊。
この世界に生まれ前世の記憶を持っているのなら、ドフラミンゴが倒されるのは分かっていることだった。
弟が次から次へと大物を倒しこの世界の勢力を壊し続ける事に、姉として思う感情は『誇り』である。
よくやったわねすごいわルフィ、と抱きしめて頭を撫でくりまわしたいほど褒めちぎりたい。
だが、あと二三年ほど後にしてほしかったのも本音である。
勿論、妊活のためなのは本当だ。
出産後、ミコトはすぐに仕事に復活するつもりだったが、せめて初めての出産くらいは余裕をもってゆっくりとさせてほしかった。
ドフラミンゴを倒したと知ったミコトは『これ…絶対休暇取り上げになるじゃん…』と頭を抱えていたのだ。
スモーカーはそんなミコトの姿を見て物珍しそうに見つめた。
「お前でもそんな反応することあるんだな」
スモーカーの言葉にミコトはプクリと頬を膨らませスモーカーを睨む。
本気ではないので愛らしさしかない。
「わたくしをなんだと思っているのです?わたくしだって感情くらいありますわ」
「まあ、そりゃそうだが…お前はいつもどんな状況でも笑顔を絶やしていないからな…二年前の時もそうだったろ」
スモーカーのミコトへの印象は、力や性悪の他にも『笑顔』だった。
強者だからなのか、ミコトはいつも余裕綽々と笑みを絶やさない。
それは二年前に起きた白ひげとの戦争ともそうだ。
ミコトはスモーカーの言葉にパチクリと瞬きをして夫を見る。
そして笑みへと表情を変えた。
スモーカーから見たその笑みはいつも偽っているものと違い、本当の笑みにも見えた。
「流石わたくしの愛しい旦那様…あなた、わたくし子供は4人ほど欲しいです」
「いやなんでそうなるんだよ」
ミコトは照れたように頬をほんのり染める。
火照った頬を手で隠しながら、ちらりとスモーカーを見た。
流石に邪険にしているスモーカーでも照れるミコトの愛らしさに頬を染めざるを得ない。
同性のたしぎでさえ目をハートにするあざとさである。
「ミコト様〜!お電話で〜〜す!テーブルにお忘れでしたよ〜〜!」
ピンク色の空気の中、それを邪魔したのは一人の海兵だった。
飛び込むように入ってきた海兵のその手には一匹の電伝虫がいた。
その電伝虫は休暇を申し出た際に条件として持たされた元帥に直結する電伝虫を常に持つよう言われて渡されたものだ。
だが、ミコトはその条件を守る気はなく、適当な場所に置いておいた。
それを荒くれと言われていても海軍たる部下達は親切心でミコトに電伝虫を渡しに来たということだ。
『まっ!わたくし休暇中だからそこに置いておいたのですよ!…仕方ない子ね』と何だかんだ夫の部下達が憎めないミコトは結局は許してしまう。
飴と鞭(になるのか?)を与えられた海兵は電伝虫をミコトに捧げながら体中の骨と言う骨が溶けたようにふにゃりと座り込む。
ベッドで養成しているため、その場で座り込まれたらミコトに電伝虫は届かない。
慌ててたしぎが海兵を下がらせ代わりにミコトの電伝虫を届けた。
決して褒めてほしいわけではない。
そう、『ありがとう、たしぎ』とミコトに微笑んでほしいと思ってはいないのだ。(震え声)
「はーい」
≪……また電伝虫を置いとったな…常に持ち歩きよるよう言うたはずじゃ≫
「やだワンちゃんったら…冤罪だわ…わたくし今動けないですもの…丁度テーブルに置いておいた距離がすこーーーーし離れてただけですわ」
元帥となったサカズキの声によってこの場の空気が張りつめる。
サカズキの機嫌の悪さもだが、やはり元帥という立場になり一層威厳も増した。
サカズキはミコトと話すときいつも不機嫌だからミコトは気にも留めていないが、不機嫌なのは他にも理由はあるのも知っている。
「藤虎にしてやられましたのね」
新聞の記事の事は、きっとサカズキが一番触れてほしくはない話題だろう。
それをミコトはあえて避けるべき話題に突っ込んだ。
その話題の危険度はサカズキと親しいわけではないスモーカーとたしぎも危険すぎると分かるものだが、ミコトは気にしていない。
叱られても耳から耳に通り抜けるのもそうだが、八つ当たりでもあった。
こればかりは元同僚故の関係性もあるかもしれない。
案の定サカズキに直接繋がる電伝虫の空気が変わった。
明らかにピキリと青筋を立てる電伝虫を見て、たしぎはぞっと背筋が凍り、スモーカーは呆れたように顔を手で覆って溜息ををついた。
元帥に喧嘩を売った当の本人は涼しい顔で笑っているだけで相手の返答を待っていた。
≪―――おどれの弟がしでかした不始末じゃ…責任取って仕事せェ≫
おや、とミコトは片眉を上げる。
怒鳴り声の一つや二つ上げるのかと思って期待したが、その正反対の反応が返ってきた。
サカズキも一歩大人になったのだろうかとミコトは思ったが、むしろ逆だろう。
怒りの頂点を越して逆に冷静になったのだろう。
その証拠にピリピリした殺意に近い空気がミコトの肌を刺している。
気にも留めていないが、スモーカーとたしぎは居心地が悪そうだった。
今回の記事にはそれほどサカズキの怒りを買ったと言うことだ。
(これは虎さんも軍にはしばらく戻れなさそうですわね…)
どうせサカズキの事だからルフィとローの首を取るまで戻ってくるなとでもいったのだろう。
だが、藤虎の方が一枚上手だろうとも思っていた。
とりあえず更に突っ込むのも遊び甲斐があっていいが、聞き捨てならない言葉を聞きそれどころではない。
「仕事?…わたくし、休暇中なのですが」
≪そんなん知るか…おどれは傷を早う治し本部に戻ってこい≫
「なぜ?」
≪…まさか忘れたと言わんじゃろうな…今年の世界会議にリュウグウ王国が参加するけぇ、おどれには護衛任務に就けと言うといたじゃろうが≫
「ああ…ありましたね、そんな任務」
≪…………≫
きっと電伝虫の先では頭を抱えているサカズキがいるだろう。
その想像だけでも面白楽しい。
世界会議。
4年に一度行われる大規模な会議で、世界政府加盟国の170国の内、代表50か国が出席することが許されるものだ。
その中に、人魚や魚人が住むリュウグウ王国も加盟していたが、人間たち…特に天竜人を恐れ今まで参加を控えていた。
今回参加すると知らせを受け、政府が頭を悩ませるのは天竜人対策とリュウグウ王国王族の安全対策。
天竜人は魚人や人魚を気に入っており、多くの天竜人が高値で彼らを購入し奴隷としている。
一般の魚人や人魚さえ珍しいのに、王族となれば目の色を変える馬鹿は一人二人必ずいる。
それが天竜人になるかまでは予想できないが、高をくくって被害ができるよりも大げさだ過保護だと笑われる方がマシだ。
勿論天竜人の対策に白羽の矢がミコトに向けられないわけがない。
天竜人対策と安全対策の両方を成せるのはミコトしかいないため、リュウグウ王国の護衛に選ばれた。
それをミコトは忘れていたのだ。
―――いや、忘れてはいない。
ただ、サカズキを揶揄っただけである。
案の定サカズキからは無言が返され、想像通りの反応にミコトは内心ケラケラと笑う。
本当にこの元同僚は揶揄いがあり好きだった。
とはいえ、ミコトはエースの事は恨んでいるから揶揄っているわけではない。
サカズキは仕事をしただけで、それを恨むのはお門違いだろう。
ただ単純にサカズキやスモーカー含む自分に対して好意のかけらもない人間を揶揄って遊ぶのが好きなだけである。
それを人は根性がねじ曲がっているともいう。
『冗談ですわ』とネタ晴らしする。
「任務の事は覚えていますし、それに合わせて今少しずつですが治療しております……ですが海楼石の効果が強いのか任務に間に合わないかもしれません」
≪どういうことじゃ≫
「回復に向かってはいるんですが…体からあの薬が抜けない限り全快は不可能といことです……世界会議が始まるまでは護衛の任を遂行することができるくらいには回復していると思いますが…遅れるのは必須となります」
≪………≫
「あんなクズでもベガパンクの同僚だけあるということですわ」
シーザーはドフラミンゴにパンクハザードを案内されたときに紹介されて知っている。
その一度きりしか会っていないが、それだけでも彼がどれだけクズなのか分かった。
とはいえ、ベガパンクが庇ってきただけあるのか、ベガパンクには到底及ばないにせよ彼も天才だったとミコトは身をもって知った。
ミコトはアスカと真逆に海楼石との相性はあまりよくないのか、効果は薄い。
とはいえ体内に入れてしまうとその効果も効いてしまうのかもしれないが、ミコトは海楼石に触れて一度もここまで能力を抑えられたことはなかった。
≪駄目じゃ、会議まで完治するよう調整せェ≫
「………」
しかし、サカズキはそれを突っぱねた。
サカズキも能力者だから海楼石の恐ろしさは重々承知だからこそ、この解決方法が体から抜けるのを待つしかないのは厄介さも理解している。
無理を言っているのは自覚しているし、女としか呼ばない相手でも多少の…いや一ミクロンくらいの申し訳なさはある。
だが、人魚や魚人となると必ず馬鹿な天竜人が一人二人は出てくる。
その予想が外したとしても、リュウグウ王国はそこまでする価値のある存在だ。
ただでさえドフラミンゴを海賊…それもルーキーの二人に倒されている。
そのうちの一人はクロコダイルやエニエス・ロビーのやらかしもある。
せっかく地上へ出て参加すると言ってくれたリュウグウ王国にまで危害を加えられたと知られると国民への反感の色は強まるだろう。
その対策にはミコトがどうしても必要なのだ。
天竜人でさえ恐れるミコトの存在が、今は必要だった。
≪いいか、必ず完治させェ≫
そう言ってサカズキはミコトの返答を待たず電伝虫を切った。
電伝虫が眠りにつくと喋る人間がいないため、その場は静まり返る。
いや、ただ気まずい空気が流れているからかもしれない。
「ミコトさん…大丈夫ですか?」
思わずたしぎが戸惑いながらも声をかけるくらい今の空気は耐えがたいものがあった。
そう思わせるのは、サカズキが無理難題を突き付けてミコトの反応を待たず切ったからだ。
たしぎの問いにミコトは力なく『ええ、ありがとう』と言って笑うも、疲れたように溜め息をつく。
サカズキの言いたいことも理解できるのだ。
天竜人の相手は人間ができるものではない。
彼らに気に入られても、彼らの機嫌を損ねても、待つのは奴隷という地獄だけ。
天竜人の存在は世界政府でも目の上のたんこぶだ。
その厄介な天竜人に同等以上に接することが出来るのが、ミコトしかいないのだから、サカズキだって無茶を言うしかないだろう。
彼も一ミクロンほどは申し訳なく思ってくれるから、ミコトの返答を待たず強制という形をとったのだろう。
二人の視線にミコトは気づく。
スモーカーはただ見ているだけかもしれないが、たしぎは隠すことなく心配そうな目で見てくれている。
傷を早く治せという無茶ぶりだけではなく、天竜人の相手を強要されているのを聞いて心配になったのだろう。
ミコトはたしぎの優しさをくすぐったく感じながら、たしぎに電伝虫を渡す。
「わたくしはこれから治療に専念するために眠りにつきます…申し訳ないのだけれど目を覚ますまで食事はいらないと伝えておいてくださらないかしら」
「え…食べないんですか?」
「ええ…その代わりに医師には栄養剤を点滴で与えるよう伝えてください……治療に集中するには眠る方が早い」
『全く…ワンちゃんも無茶を言いますわ』と言いながら横になるがその顔は笑っていた。
食べずに治療を続けるというミコトにたしぎは戸惑うが、そんな心配そうなたしぎを他所にミコトは二人の視線を感じながら命令通り完治を目指し眠りについた。
その瞬間、ミコトは半減している能力をフル活動し、体の中に我が物顔にいるソレの追い出しにかかる。
それは一見、眠りについているようにしか見えなかった。
「食べずに能力を使い続けるなんて…本当に可能なんでしょうか…」
「普通は無理だ…いくら便利な能力だろうと使うにも体力がいる……だから点滴を用意させたんだろ」
本来、人間は口で飲食をして栄養を摂取する生き物だ。
点滴でどうにかなるわけではないだろうが、ないよりはマシなのだろう。
たしぎはそんな荒唐無稽なことできるはずがないと疑ってはいるが、スモーカーは何となくミコトならできると思っている。
信頼しているような考えに、スモーカーは死んでも言わねえがと思いながら眠りにつくミコトを見つめていた。
201 / 274
← | top | back | →
しおりを挟む