あれから三日。
ミコトは宣言通り目を覚ますことなく眠り続けた。
水さえも飲める状況ではないミコトに流石にたしぎを筆頭にスモーカー以外が心配したが、スモーカーの指示でたしぎと医療班の数人以外の面会を禁止した。
眠っている間のミコトの世話は同性のたしぎがしていた。
体を拭いたり点滴が終わったら医師に知らせたり筋肉が固まらないよう寝返りを打たせてあげたりとそれはもう甲斐甲斐しかった。
我関せずを貫き通していたスモーカーがげんなりするほどたしぎは眠るミコトに構いすぎていた。
夜にやってきては『スモーカーさんに襲われたら大変ですから!』と言ってきたときは流石に能力を出してしまったが、仕方のない事である。
怪我人相手に発情する性癖は持っていないし、そもそも襲うも何もこちとら夫婦だぞ…と思ったが、言ったら言ったで面倒なことになるのでやめた。
しかし、三日経った昼頃―――ミコトは目を覚ました。
「あっ!!ミコトさん!目を覚まされたんですね!!」
点滴は一日三回行われ、今日は昼ごはんならぬ昼の点滴をするため医師を待っていた。
医師が来る前に髪などを整えていると、静かにミコトの閉じられた瞼が開いた。
三日も眠ったままだったミコトが突然目を覚ました事にたしぎは驚き、思わずミコトと数秒見つめあった。
しかしミコトが『おはようございます』と言って体を起こしたことでたしぎは我に返った。
「どれ程眠っていました?」
固まっていた筋肉を伸ばすようにグッと腕を天に向けて持ち上げる。
たしぎのおかげか、それほど体が固まっておらず、快適な眠りを続けることが出来た。
ストレッチをしながらミコトはスモーカーとたしぎに問いかける。
たしぎは昨夜寝て朝起きたように何でもない様子で問いかけるミコトについていけなかったが、その代わりスモーカーが答えてくれた。
三日、と聞きミコトは微かに驚いたような表情を浮かべる。
「三日…予定では明日起きる予定でしたが…」
「たしぎがお前の世話を甲斐甲斐しくしてたお陰じゃないか?」
「まあ、そうだったのですか…それは悪いことをしてしまいましたわね」
どうやら放っておいても大丈夫だったらしく、説明していなかったこちらのミスだという謝罪と、三日も寝た切りだった自分の世話をしてくれたことへの感謝を述べる。
お礼を言われたたしぎは頬を赤らめあわあわとさせるが、その姿を愛らしく見えたのかミコトは微笑みが絶えなかった。
眠る姿も美しくまさに眠れる美女ではあったが、やはり起きている時のミコトの方が美しいと、たしぎはその微笑みに見惚れながらミコトの美しさに再確認する。
その場にアスカがいたら、たしぎに激しく同意し、同士の絆を深めて固い握手を交わしていただろう。
「もう大丈夫なんですか?」
「ええ…傷も全て完治し、体内に入っていた薬物も全て取り除きました」
ベッドから出て立ち上がって体のあちこちを確認する。
ドフラミンゴにつけられた糸の跡も、ヴェルゴとの闘いでできた傷も消え、そして体内に入れられた海楼石同様の効果を持つ薬物もすでに体から抜け出ている。
それを聞いてたしぎはホッと安堵しつつも、気になったことをミコトに問う。
「あの…体内の薬物を抜くことが出来るなら子供達もできませんか…?」
「子供達はこれまで投薬された効果であそこまでの変化が体に反映されていますからね…当日や数回程度の投薬でしたらわたくしの能力でも除去できるでしょうけれど…あれほど体が変わるほど投薬されているのならわたくしが変に弄るよりもその手に長けている方に頼んだ方が安全です」
「…そう、ですよね…変なことを言ってすみません…」
悪魔の実は何でもありだが、全てに長けているわけでも全てが奇跡を起こせるわけではない。
死んだ人間が戻らないのと同じく、悪魔の実にだって限界がある。
やれるかと問われると、できなくはない。
だが、子供達の安全は保障できない。
それでなくても子供と大人の容量は全く異なる。
ミコトが変に同情して手を加えるよりも、天才と呼ばれているシーザーよりも先を行くベガパンクに任せた方が早く、そして確実だ。
何も今すぐ死ぬというわけではないので、申し訳ないがミコトは手を出さないと決めた。
ミコトの説明を聞き、子供を可愛がっているたしぎは落ち込んだ様子を見せた。
その姿が見てられなくてミコトは気づいたらたしぎの手を取っていた。
「悲しまないで、たしぎ…子供達を預けるベガパンクはとても優秀な科学者よ…いいえ、ベガパンクは科学者なんて域をとっくに超えている方です…その方に任せれば絶対に子供達は元に戻りご両親のもとに戻ることができますわ…だから、そんな顔をしては駄目よ…子供達が心配してしまいますわ」
「はいっ…ミコトさん…!」
悲しそうな表情から笑顔に戻ったたしぎに、ミコトは釣られたように微笑みを深めた。
ミコトは『良かった』と言ったが、それは本心だった。
ミコトはあの時…ヴェルゴと戦っている時にたしぎから仲間だと言われてからミコトはたしぎに対して親しみを感じていた。
ずっと一人で戦っていたミコトからしたら、例え言葉だけだとしても人に初めて認められた気がしたのだ。
勿論、祖父達に認められていないとは思っていない。
だが、同期のほとんどは妬んで爪はじきにされてしまい、同僚や部下は年上ばかり。
ミコトはずっと孤独を感じていた。
それを救ってくれたのはたしぎだった。
だから、たしぎに甘くなってしまうのだろう。
「あ、あの!ミコトさん、三日も点滴ばかりでしたでしょう?お腹減りませんか?」
「そうね…では、おかゆからお願いできるかしら」
「はい!今持ってきますね!」
ミコトが慰めてくれたことが意外だった。
でも嬉しさと美女を間近で見る事ができ、たしぎは頬を染めながらミコトの注文に嬉しそうにはしゃぎながら医務室を出ていった。
それをミコトは微笑ましそうに、そしてスモーカーは呆れながら見送った。
「ふふ、賑やかな子ですね…華やかでいいですわ」
「…お前が目を覚まして嬉しいんだろう…あいつはお前に憧れていたのもあるしな」
「あら嬉しい…ですが過去形なのです?」
「あー……いや、現在形、だな」
たしぎは一歳下だが、ほとんど同世代だ。
ミコトの同期なら、ミコトは嫉妬の対象ではあったが、たしぎほど遠い存在になると憧れの対象に変わるらしい。
たしぎは剣士だが、若くして大将まで上り詰めたミコトを憧れの目で見つめていた。
それを嬉しく思うのは本心である。
スモーカーの言葉が過去形に捉えられる口調だったので、揶揄い半分に問えば、意外な答えが返ってきた。
てっきり面倒くさそうに『知るか』と突っぱねられると思ったのだ。
意外だと思いながらも、せっかくツン対応されなかったため、揶揄って機嫌を損ねるのはもったいないと思いやめた。
「あなたの容態はどうです」
「おれは変わんねえな…まあ、あれから三日経ったから傷は完全に塞がってるもんも出てきているが…」
「ドフラミンゴは覇王色使いですからね…覇王色で負った傷は治りにくいですから」
完治しているのだから別に医務室で待っていなくてもいいのだが、ミコトは何となくスモーカーとの穏やかな会話を途切れさせたくないと思った。
こんなに穏やかにいられるのは久々だったからかもしれない。
自分たちの部下も心許せる存在だが、スモーカー達は別の意味で心穏やかにいられる存在だった。
その別の意味はミコトにはまだ分からないが、嫌いではなかった。
スモーカーもそうであったらいいのに、と思いそして願うが、その願いが叶えられるわけがないのも知っている。
彼は自分を嫌っているのだ。
彼は自分の容姿に騙されない貴重な存在だ。
だから夫に選んだのだが、それが今になって後悔していることにミコトは気づく。
「触れても?」
ナーバスになる自分に気づき、ミコトはそんな自分の気持ちを誤魔化すようにスモーカーに問う。
目的も言わない言葉にスモーカーは怪訝とさせたが、共に過ごすことで本来あったはずの警戒心は薄くなっているのか頷いてくれた。
それにホッと胸を撫でおろしながらミコトはスモーカーのベッドサイドに座りそっと彼の傷が痛まないよう優しく触れる。
その瞬間、スモーカーの体中が熱くなった気がした。
「!―――黒蝶!?てめェ…一体何を…」
本当はじっくりと堪能したかったが、今の関係では難しいとミコトも分かっているのですぐに能力を発動させた。
じわじわと体が熱くなるのを感じ、スモーカーはミコトを見る。
振り払わないのはミコトから殺意がなく、危害を加えようとしているわけではないと彼も分かっているからだろう。
ミコトはすぐに離れた。
名残惜しいと言わんばかりにミコトの細く美しい指がスモーカーの顎をなぞる様に滑らせ去っていく。
その手をスモーカーは惜しいと思った。
「治療をしました…もう傷も塞がって痛い所もありませんでしょう?」
そう言われて意識してみると、体の痛みはどこにもなかった。
ガーゼを外してみれば、見事に傷が塞がっていた。
スモーカーはミコトを見る。
ミコトは立ち上がってスモーカーに背を向けており、自分が横になっていたベッドに移動した。
スモーカーの視線に気づいたミコトは『何か?』と小首をかしげ、そんなミコトの問いにスモーカーは『あー…』と何か言いにくそうに口ごもり…
「…すまなかった」
謝った。
ミコトはスモーカーの謝罪に首をかしげたが、すぐに意味を理解しクスクスと笑みをこぼす。
スモーカーが謝罪したのは何も彼が悪いことをしたからではなく、照れ隠しだ。
謝罪が出たのは、回復したばかりで能力を使わせてしまったためだろう。
不器用に生きる彼らしい言葉に、ミコトはつい笑みがこぼれる。
「どうせなら謝罪よりもお礼をくださらないかしら」
彼から謝罪が出ただけでも彼との関係が緩和されたと喜ぶべきではあるのだろうが、どうせなら謝られるよりも感謝された方が気分がいい。
ふふ、とちょっと意地悪なことを言えば、小さな声でお礼が返ってきた。
それがまた面白くてミコトは笑みを深める。
クスクスと笑うミコトに、スモーカーはバツが悪そうに頬をかいた。
それが愛おしくてミコトの心は穏やかでいられた。
「ミコトさん!持ってきました!どうぞ!!」
こんなに心穏やかにいられたのは、この船に乗って初めての事だった。
なんだかスモーカーとの距離が縮まったと感じてミコトは嬉しくなってしまう。
やはり、何だかんだ言って彼の事は嫌いにはなれない。
するとドタドタと派手な足音を立てながら、たしぎが駆け込むように戻ってきた。
ミコトが目を覚ました嬉しさが足音で表現しているようで、ミコトはたしぎを眩しそうに見つめる。
「慌てては転んでしまいますよ」
「あっ!ご、ごめんなさい!ミコトさん三日も食べてないのでお腹空いてると思って…」
「ふふ…わたくしのためでしたのね…ありがとうございます」
「(はぅ…!なんて美しさ!眩しさで目が潰れそう!!)―――あ、すみません…スモーカーさんの分忘れてました」
「……だろうな」
自分のために急いできてくれたことが嬉しいと微笑みを浮かべれば、それを直視したたしぎはお盆を持っていなければ胸元の服を握り締めその場に崩れ落ちていただろう。
たしぎはスモーカーの呆れたような視線に気づき、スモーカーの分の食事を忘れたと気づく。
素直なたしぎの言葉に、スモーカーは分かっていたため怒る気にもならない。
とりあえず傷はミコトが治してくれたので食堂に向かおうとベッドから下りて着替えると、たしぎは『怪我大丈夫なんですか!?』と慌てて止めたが説明すると納得してくれた。
「では、電伝虫を持ってきますね」
「あら、なぜ?」
「え?だって元帥に回復したことを伝えなければならないですし…」
スモーカーは食堂で食べるつもりだが、ミコトはたしぎが医務室に食事を持ってきてくれたのでその場で頂くことにした。
空いてるテーブルで温かいおかゆを食べていると、電伝虫を持ってこようとするたしぎにミコトは手を止めて首を傾げた。
たしぎの続けられた言葉に、ミコトはニコリと笑顔を浮かべた。
「まだ連絡しなくても構いませんわ」
「え?」
「どうせ連絡したらしたで別の任務をあてがわれるだけですし…会議まで治せばよろしいのですからそれまで休暇を継続することにいたします」
「ええ!?い、いいんですか!?」
「なにもわたくししか大将がいないわけでもないですし構わないでしょう」
本来なら完治したら連絡するのが筋だ。
だが、サカズキは完治したら連絡をよこせとは言わなかった。
それはただの屁理屈だと誰でも分かるが、こちらはちゃんと正式な手続きをして休暇をもぎ取ったのだ。
休暇中に仕事を持ってくる方が悪い。
それに海軍大将があと3人いるのだから、その者に任せればいい。
何かあれば連絡がくるだろうし、ミコトは与えられた任務まで休暇を継続させることに決めた。
どうせサカズキもそれを見越して連絡をするよう伝えなかったのだろう。
「たしぎ…わたくし、お風呂入りたいですわ」
『えええ??いいのかなぁ…』と心配そうにミコトを見るたしぎに、ミコトはそう言って笑う。
心配していたたしぎだったが、ミコトのきゅるんとした目でおねだりされ『はい!!任せてください!』と言って部屋を出て行った。
ミコトはスモーカーから憧れていたと聞いていたのもあり、そのはきりように悪い気はしなかった。
「あまりたしぎを揶揄ってやるなよ…あれはああ見えて箱入り娘だ」
クスクスと揶揄うように笑うミコトに、スモーカーはコートを羽織りながら呆れたように見る。
たしぎは一般家庭の出ではあるが、生真面目故か色事に疎く育った。
仕事に支障はないが、初心なたしぎを揶揄って遊ぶミコトにやりすぎるなと忠告をした。
そんなスモーカーにミコトは笑みを深めるだけだった。
202 / 274
← | top | back | →
しおりを挟む