(203 / 274) ラビットガール2 (203)

ちょいエロ注意!

****************


ちゃぷん、と水音が響くのを聴きながらミコトは湯船に身をゆだねる。
祖父の教育のたまものか、肩まで湯船に掴み体を温める。


「良い香り」


自分の船から持ってきたバスボブを入れて楽しんでいた。
しゅわしゅわとした泡と、桃色の染料、色に合った香りはミコトを楽しませた。
このバスボブはとても人気で、特に女性人気が高い。
ミコトは前世よりもお風呂好きになったが、その理由は水が貴重な仕事に就いているからだろう。
大将になってやっとミコトは普通に風呂を入れるようになったが、それまでは水が貴重故に満足するまで湯船につかることができなかった。
ミコトはご機嫌なまま湯船から出て脱衣所で服を纏う。
能力で髪を乾かし、身を整えてから甲板に出る。


「はわわ…!ふ、風呂上がりのミコト様!まさに美の女神様〜〜っ!」


甲板に出ると仕事をしていた夫の部下達が目をハートにして見惚れていた。
そんな彼らにミコトはバチンとウィンクして再起不能にしてあげる。
彼らはたしぎとミコトにメロメロだった。
そんな彼らを揶揄うのがミコトは楽しかった。
バタバタと彼らが倒れる彼らを見ていると、葉巻の独特な匂いを感じ振り返る。
そこにはスモーカーがおり、ミコトを見つめていた。
こちらを見つめるスモーカーの目に、ミコトは首をかしげる。
その目は部下を揶揄うのを咎めているわけでもなく、呆れているわけでもなかったからだ。


「話がしたい」


なんなのか、それを問おうとしたミコトの言葉を遮るように言った。
そのため、ミコトは口を閉じた。
スモーカーの言葉にミコトは怪訝とさせたが、リュウグウ王国の王族の護衛の任務までは治療していることにしているので暇なのは確かだ。
頷くミコトにクイっと顎で示し、船内に消える。
それにミコトも続いた。

――案内されたのは、スモーカーの自室兼、ミコトの自室だった。
椅子にはミコトを座らせ、ベッドにはスモーカーが座る。
向かい合うように座るミコトとスモーカーの間には沈黙が落ちる。


(そろそろ潮時でしょうか…)


ついに来たかとミコトは思った。
神妙な顔つきに、言いにくそうな雰囲気。
ミコトはスモーカーが話したいこととは『離婚』だと思った。
そもそも彼がミコトと結婚するメリットはない。
上に逆らうのもいとわない彼が妻の権力など喜ぶはずもなく、ましてや美貌や若さなんて彼が興味あるとは思えない。
だからいつかは離婚を切り出されると思っていた。
だが、先読みをして離婚するとミコトが言うのもなんだか癪に障る。
なぜ嫌なのかわからないが、何となく彼より先に言いたくなかった。
ただ、彼が望めばミコトは頷き荷物をまとめて出て行こうと思う。
ミコトは彼のへ文字の口が開かれるのを待つことにした。


「……お前は…」


それからどれほど時間が経ったのだろうか。
カチカチと時計の音しか聞こえる。
ミコトは静けさは嫌いではないが、ここまで気まずさを醸し出されると息が詰まる。
待つとは言ったが、あまりにも長い時間待たされミコトはいい加減自分で切り出そうかと思った。
ルフィと血が繋がっていると思われないミコトだが、短気なところが似ていた。
しかし、その時やっとスモーカーの頑固な口が動いた。
彼は気まずげに視線をそらし言葉を詰まらせたように再び口を閉じたが、覚悟を決めたようにミコトに視線を向け、口を開く。


「お前は、おれとどうなりたい」


スモーカーからの問いにミコトは内心ほっと安堵させる。
しかし、『どうなりたい』のかと問われ、ミコトは怪訝とさせた。
どうなりたいと言われても意図が分からない。
言葉が通じないと言うことではなく、すでに夫婦という形になっているのにその問いに答えられる言葉が見つからない。


「どうとは?すでにわたくしとあなたは夫婦ではありませんか」

「そういうことじゃねェ…そうじゃねェんだ…」

「では何なのです?…ごめんなさい…わたくし、あなたが言いたいことを汲み取れなくて…」


ミコトは首を傾げ怪訝とさせ、本音でもあった。
本当に夫が何を言いたいのかが読み取れない。
困ったように眉を下げるミコトに、スモーカーは頭をかく。
自分でも不器用だという自覚はあったが、ここまで不器用だったとは思っていなかった。
いや、きっと相手がミコトだからだろう。


「これから話す事は全ておれの本音だ……―――おれはお前と添え遂げてもいいと思っている」


ミコトは言葉を失くした。
スモーカーから自分と添い遂げてもいいなんて言葉、一生聞かないと思っていた。
だから信じられなかった。
本音だと言われても、それが本当に彼の本音か疑わしかった。
だって、彼は自分を嫌っていたはずなのだ。
好かれるようなことを一切していないのはミコトも自覚していたため、彼がどうして好意的に考えてくれるようになったのか分からない。
分からないから、ミコトは彼を…夫を、信じられなかった。
ジッと自分を疑うような目で見つめるミコトに、スモーカーは溜息をつく。
うだうだ考えていたが、ここまで来たのだから腹をくくった。


「疑うな…これはおれの本心だ」

「無茶なことを言いますね…あなたはわたくしのこと苦手でしたでしょう?それがどのような心変わりをしたのです?」

「…青雉と話をした」


その言葉にミコトは口を噤んだ。
クザンと話をしたと聞いて全てを察した。
パンクハザードの時だろう。
『なるほど…わたくしを引き離したのはそういうことでしたか』と、あの時男二人で話すと言って引き離された意味を理解した。
悔しくはない。
きっとクザンもスモーカーとミコトに同情しての行動なのだろう。
フェアではないから、スモーカーに話せる範囲でミコトの過去を語ったのだろう。
だが、絶対に知られたくない過去ではないが、知られたからと言って流せるほどミコトの心はまだ癒えていない。
ミコトは吹っ切れていない自分に向けて嘲笑を浮かべる。


「小心者と笑ってくださってもよろしくてよ…たかが同期の嫌がらせをまだ引きずっているのは事実ですもの」

「たかがじゃねェだろ…嫌がらせを受けた人間の傷は一生消えることはねェ…おれはそれを笑わねェ」

「………」

「卑怯なやり方でしか序列をつけることができねェ奴らなんか一々相手にすることはねェよ」


スモーカーの言葉にミコトはグッと唇を噛みしめる。
スモーカーの言葉は直球というわけではないが、それでもミコトには届いていた。
ミコトは嫌がらせ…いや、虐めを受けていた。
虐めと言っても暴力を直接受けたわけではないが、陰湿な虐めを受けていた。
性的な嫌がらせだってされそうになった。
だが、それをミコトは全て自分の実力で跳ね返した。
味方がいなかったからだ。
正確に言えば、味方が一人もいないわけではなかった。
虐めに加担しない人も少なくともいたし、教官に言ってくれた人もいた。
だが、手を差し伸べてくれた人はいなかった。
みんなミコトを遠巻きで見るだけで、話しかけてもくれなかった。
きっと、巻き込まれたくなかったのだろう。
ミコトの前世だって、虐められている人を庇ったら標的が自分になったなんて話を沢山聞いている。
だからミコトは同期で仲のいい人は一人もいなかったのだ。
いや、大将となった今だってそうだ。
同僚には恵まれた。
クザンは昔から可愛がってくれた人だし、ボルサリーノも距離を置いていても年下の同僚を気にかけてくれた。
藤虎のイッショウもクザン達に比べたら短い付き合いだが、女で年若いミコトが大将だと知っても受け入れて同僚として接してくれている。
緑牛のアラマキはサカズキのこともあって生意気ではあるが、決してミコトの実力を疑ってはいない。
犬猿の仲として知られているサカズキだって、実力を認めてくれている。
でなければ元帥になった時にミコトを降格している。
部下にだって恵まれていたのだ。
アルダ達など無条件に慕ってくれる部下達がおり、夫の部下ではあるがたしぎやG-5の海兵達もミコトを受け入れてくれた。
だが、友人や仲間には恵まれなかった。
ミコトが心を壊さず大将までに上り詰められたのは、祖父やセンゴクやクザンがいたからだ。
数は少ないが、友人がいなくてもミコトは周りに恵まれている。
それでミコトは満足していた。
…満足、することにしたのだ。


「…あなたはわたくしがなぜ周りから腫れもののように扱われているのか…ご存じですか」

「……いや…その言い方だと能力や家柄だけじゃねえんだな?」


スモーカーの言葉はミコトの心に響いた。
嬉しい、と素直に彼の気持ちをミコトは受け止めてしまう。
だけど、信じ切れないのも事実だった。
ミコトは特に世界政府から慎重に扱われている。
だから、アラバスタの件は無理があってもミコトの言葉通りに通し、頂上戦争で1年も連絡しなくてもお咎めはなく、軍艦を改造しても問題にはならない。
あからさまな対応ではないが、それを贔屓と感じる者は多くいる。
それもあってミコトの今の地位を色で買ったと言われている。
ミコトは足を組み、座りながらもスモーカーを見下ろすように笑う。


「天竜人も世界政府もわたくしには逆らえない…だからみんなわたくしを手を持て余している…わたくしに逆らえば世界政府どころか天竜人に逆らうのと同義ですもの―――それがあなたが妻にしようとしている女ですわ」


ミコトは天竜人の扱いが上手い。
それは天竜人をミコトに逆らえないからだ。
どういう理由かはスモーカーには分からないが、ミコトは恐らく世界政府や天竜人を抑えこの世界のトップに君臨していると言っても過言ではないだろう。
だがそんなこと誰だって知っていることだ。
ミコトの言葉に、スモーカーはまっすぐミコトを見つめ―――溜息をついた。


「そんなことおれだって知っている…だから人を試すような言い方はやめろ…その上でお前を口説こうとしているんだろうが」


溜息が出るのは仕方ないことだ。
ミコトの今の姿は天竜人と大して変わらず、権力を振りかざしているのと同じだ。
―――そう、見せているのだ。
天竜人は政府関係者ではない一般人でさえ、その厄介さは知っている。
気に入られようが機嫌を損ねようが、彼らに関われば奴隷の身に落ちるし、妻にされたからと言って同等の扱いはされるとは限らない。
天竜人は自分を神だと思い込み、政府含む人間を動物以下だと思っている。
扱いが難しい彼らが唯一逆らわず言うことを聞くのがミコトだ。
だからみんなミコトの扱いに困っている。
だから、ミコトはモテるのに浮いた話が一つもない。
それはミコトが性に潔癖だからという理由だけではないだろう。
そんなミコトを人目を憚らず口説いていたのがドフラミンゴだ。
だから余計に悪目立ちしていたし、だからミコトからは余計に人が離れていった。
スモーカーはそのせいでミコトは人を素直に信じられなくなったと気づいた。
先ほどの言葉だって、ミコトはスモーカーを試していたのだ。
スモーカーの見せた態度によって、ミコトは彼に対しての接し方を決めようとした。
スモーカーはそれが腹立たしい。
ミコトはスモーカーの言葉に目を瞬かせ、彼を見つめた。


「……あれは…口説いているつもりでしたの」


ミコトのポツリと呟かれた言葉に、スモーカーは『ぐッ』と言葉を飲み込んだ。
そこに突っ込んでほしくはなかったのだ。
だが出てしまった言葉は取り消せない。
腹をくくった手前引き返せず、返事はできなかったため頷いて返した。
その頷きだってギギギと錆びた鉄のように渋々だった。
ミコトは渋々頷いたスモーカーを何も言わず見つめた。
肘掛けに頬杖をつき、ゆっくりと組んだ足を入れ替える。


「あなた、わたくしが婚姻届けを出していないことをご存じなのでしょう?…このままわたくしに触れなければあなたはわたくしから解放されるというのに……なのになぜ今更口説く必要がありますの」


ミコトはそれまでの微笑みを消し、スモーカーをじっと見つめる。
その目は鋭いというわけではなかったが、決して穏やかでもなかった。
スモーカーを疑って信じ切れていない…そんな目をしていた。
ミコトは婚姻届けを出したと言ったが、本当は出していない。
婚姻届けを貰ってもいないし、スモーカーの親にも会っていない。
最初に出したと言った方が面白そうだと思ったし、当時は彼に嫌われようがどうでもよかった。
どうせ彼は自分を愛さないのだから手を出さないだろうし、子供が出来なければ自動的に離婚させられることをミコトは見越して出さなかった。
だって、可哀想じゃないか。
彼だって好きで結婚したわけではないのに、無理矢理結婚させられて、バツがついてしまうのはあまりにも可哀想だと思った。
なら、なぜ自分に靡かない男を選んだのかと言うと―――ミコトにも分からなかった。
どうしてか、あの時、あのお見合い写真という名のリストを渡された時、ミコトはスモーカーの顔が浮かんだ。
案の定狂犬である彼がそのリストにあるわけもなく、ミコトは素直に結婚することが嫌だった。
どうせ結果的にこのリストに載っている男達の孕み袋になるくらいなら、ささやかでもいいから抵抗の意を示したかった。
それが無駄だと分かっていても、ミコトは行動で意を示した。
スモーカーは婚姻届けを出していないのをすぐに知ったのだろう。
両親に確認すればすぐ気づくことだし、それに気づかれてもミコトは構わなかった。
きっとあの時のミコトは自棄になっていたのかもしれない。
スモーカーにしたらいい迷惑なのだろうが、これから顔も知らない男の孕み袋になるのだから許してほしいと思った。
だが、気づいてもスモーカーはミコトに何か言うでもなく、口では出ていけと言うくせに行動には移さない。
同じ部屋にいることに本気で嫌がることはなく、かと言って手を出そうとはしない。
ミコトはスモーカーが分からなかった。
スモーカーはミコトの問いに、言葉を詰まらせた。
何か言いたげに口を開くわりに何も言いたくないと言わんばかりに口を閉じる。
その行動を繰り返す男をミコトはただジッと見つめ待つ。
そして、スモーカーは決意した。


「ああそうだよ!とっくの昔におれはお前に惚れている!だから婚姻届けを出していないのを知っても何も言わなかったし追い出そうともしなかっただろうが!!てめェこそ気づいてたんだろうが!!お互い様だ!!」


もう自棄である。
ミコトから見る自分は顔を赤くなっているのだろう。
かっこ悪い姿で告白する自分の不器用さが嫌になる。
意を決したような告白に、ミコトは…


「あなた…わたくしのこと…好きでしたの…」


スモーカーはミコトの言葉に目を点にする。
くそっ、とかっこ悪い自分の顔をミコトに見せたくなくて、ミコトから顔を背けいたのにミコトを見ていた。
その目は信じられない者を見るような目だった。
しかし、ミコトも同じく、スモーカーを信じられない者を見る目を向けていた。
お互いがお互い目を丸くして見つめ合う。
スモーカーは思わず立ち上がった。


「は!?…え…はあ!?嘘だろ!?気づてなかったのか!?あれだけおれに色目使っといて気づてなかったのかお前!?」

「ええ、知りませんでした」

「――――」


やってしまった―――そうスモーカーは思う。
最初こそスモーカーはミコトを邪険にしていた。
ミコトは苦手だったし、大将なんて傍にいて落ち着けるはずがない。
いつも胡散臭い笑みを浮かべるミコトを信用できるわけもなく、スモーカーは寝食を共にすることへのストレスでどうにかなりそうだった。
だが、気づけばミコトを意識していた。
でなければ色っぽいネクリジェに引っかからない。
スモーカーは引っかかってなお、鋼の心と精神をフル稼働して耐えているのだ。
手足を絡めてくるのだって自分がミコトに気があると知っているから煽っているのだとばかり思っていたのだが…それはどうやら勘違いだったらしい。
クザンにでさえ本音を話さなかったスモーカーは己のミスに頭を抱えた。
ゆっくりとベッドに座り直し、手の平を突き出すようにミコトに差し出す。
待った、という意味だ。


「ちょっと待った…タイムだ」

「はい」

「…今のは聞かなかったことにしてくれ…おれはお前なんてどーーでもいいって思ってる」

「好きなのに?」

「………人となりは好きだ」

「異性として愛してくださっているのに?」

「…………………」


もうこうなれば聞かなかったことにしてもらおう。
そう思ったのに、当然だが無理だった。
弱みを握ったミコトは生き生きしているのだろう。
俯いているのでその顔は見れないが、想像に難くはない。
ミコトはそういう女だ。
だから生真面目なサカズキとソリが合わないのだろう。
スモーカーは自分の言葉を後悔しかけたその時―――


「わたくしもあなたをお慕いしております」


ミコトの言葉に俯いていた顔を上げる。
顔を上げれば、ミコトは姿勢を正し真っ直ぐスモーカーを見つめていた。
その目にはもう疑いの色は見えなかった。
彼が言葉を嘘で固めるほど器用ではないと知っているからだろう。
しかし、今度はスモーカーがミコトの言葉を疑う。


「おれは…お前の本心が聞きたいんだがな……振るならきっぱり振ってくれ…おれを未練がましい男にしてくれるな」


愛した女に好意を偽られるのが一番つらい。
いくら女っ気のない人生を送っても、それが嘘の言葉だということは知っている。
スモーカーは知っているのだ――


「お前が愛しているのは赤髪だろ」


――ミコトが心から愛しているのは自分でないことを。
丁度いい隠れ家として自分と結婚するのはいい。
ミコトは決して海賊に捕らわれない。
無理矢理奪われない限り、自分の腕の中にミコトは居続ける。
それが例え愛情を向けられなくても、その分自分の愛を奉げればいい。
だが、嘘だけはつかないでほしかった。
それは普段から嘘をつくなと言うわけではなく…愛を偽らないでほしかった。
ミコトはスモーカーの言葉に、驚くことはなく淡々と自分を見つめるスモーカーを見つめ返す。
お互い見つめ合い、心を探り合っていると、ミコトが口を開いた。


「…そうですね…わたくしはまだ…あの人を愛しています…わたくしの心の中にはあの人がいる」


視線をスモーカーから外し、小さな丸い窓から見える外を見る。
快晴の中、鳥が気持ちよさそうに羽ばたいているのが見える。
そんな鳥を羨ましいと思った事はあったが、結局鳥だって風に乗っているだけで自由に飛んでいるわけではないのだ。
ミコトの気持ちはスモーカーはすでに気づいている。
だから驚きはないが、好いた女から別の男への愛を告げられ笑っていられるほど心が広いわけではない。
無言のスモーカーにミコトは窓から彼へ視線を向ける。
そして、静かに立ち上がり、ベッドに座るスモーカーの前に立つ。
ミコトが目の前に立ち顔を上げるスモーカーの頬に触れる。


「ですが、あなたもそこにいるのです」


ミコトの言葉にスモーカーは目を丸くして彼女を見つめる。
目に見えて分かる彼の反応にミコトは目を細め笑った。
その笑みは愛おしげでもあった。
ミコトはスモーカーに触れている手で頬を撫でる。


「あの人の事が忘れられないのは確かですわ…ですが、あの人とはもう終わった話です…わたくしはもうあの人の手は取ることはない…だからわたくしはここにいる……でも、あなたは違う…わたくし、あなたのこと好きだったみたいですね…いつの間にかわたくしの心にあなたがいた…」

「…いつからだ」

「さあ…いつからでしょう……わたくしの心は常にあの人に染められていたのに…真っ赤だったわたくしの心を白く染めようとしているのはあなたです…」


まだ疑っている。
だが、信じてもいた。
スモーカーはミコトの言葉を疑っていいのか信じていいのか決めかねている。
それをミコトは気づいていて、頬からスモーカーの耳に触れ、楽しむように耳を指でなぞって遊ぶ。
それが男心をくすぐると気づいているのかいないのか。
惚れた女にいやらしく触れられて反応しない男はいない。
だが、スモーカーはミコトの本心が分からない以上、一切手を出さないと決めた。
揺らぎそうな心をグッと抑える。


「ふふ…強情な方は嫌いではないですわ」


一向に信じてくれないスモーカーにミコトは笑みを深める。
とはいえ、疑われるのは分かっていた。
ミコトは自分が嘘を嘘で固めて生きてきたのに自覚しており、それを否定し正すほど素直じゃなくなってしまった。
きっとこの男はそんな面倒くさい女だと分かっていて惚れたのだろう。
ミコトはスモーカーの耳を弄るのをやめて彼の頭を抱き寄せ、無抵抗でいたスモーカーはミコトの胸元に横顔をうずめる。


「…おい」


相手が惚れてると知っていて、この女はそんな男の顔を胸に押し付けてきやがるのか。
いくら鋼の精神を持っているとはいえ、もしこれが無意識なら男心を知らなすぎる。
鼻をくすぐるミコトの香りと、女性特有の柔らかな肌に体温。
特に匂いと体温は風呂上りだから余計に感じてしまう。
逆に腹が立ってきたスモーカーの額には青筋を思いきり立てたが、それを宥めるようにミコトの手がスモーカーの頭を優しく撫でる。


「心臓の音、聞こえます?…あなたに触れるだけでわたくしの心臓はこんなにも鼓動が早くなってしまいますの…」


トク、トク、トク、とスモーカーの耳にミコトの鼓動が聞こえる。
スモーカーは医師ではないから心臓の正しい速度は分からないが、素人でも分かるほどミコトの鼓動は少し早く感じた。
きっと嘘ばかりの自分の言葉では彼が信じてくれないと思ったのだろう。
だが、心臓の鼓動で偽りがないと証明しようとするのもどうかと思ったが、スモーカーにあった疑念が少し晴れたのは確かだった。
体の力が抜けていくのを感じ、ミコトは彼が信じてくれたと嬉しく思う。
スモーカーの両頬に手をあてて顔をあげさせ、ミコトは彼と見つめ合う。


「責任、取ってくださいね」


甘えたような声。
愛おし気に親指の腹で頬を撫でられ、嬉しそうに染められるその笑み。
スモーカーの頭の中でブチリと何かが切れた音がした。
それと同時にミコトの手を掴み、ミコトを膝の上に抱き寄せた。


「ん…ん、ン」


そのまま噛みつかれるようなキスをされ、ミコトは乱暴にも感じる口づけを目を閉じて受け止めた。
しばらく口づけだけを繰り返すとお互い顔を離す。
ミコトはスモーカーの首に腕を回して更に密着し、舌先をチラリと見せる。
その誘惑に誘われるままにスモーカーはもう一度ミコトにキスをする。
今度はミコトの舌を捕まえ、思う存分楽しむ。
ミコトもそれに答えるようにスモーカーの舌を自身の舌で絡め、お互いがまるで勝負をしているように激しく口づけを交わす。


「んっ…はっ……ン、」


スモーカーとの口づけに夢中になっていたミコトは気づけばベッドに押し倒されていた。
スモーカーは満足したのか顔を離し、お互いの混ざり合った唾液が糸となって二人をつなぐ。
荒れた息を繰り返すミコトを見つめながら、ミコトのスーツに手をかけ、ボタンを外していく。
カップ付きのキャミソールに手を入れて上に捲りあげれば、誰もが羨むミコトの豊満な胸が露になる。
その無防備な胸に触れると、ミコトがビクリと肩を揺らした。


「ん…っ」


ミコトの胸の形や色や弾力は、今まで抱いてきた女性の中で最高だった。
そこに好いた女もついてくれば堕ちない男はいない。
親指の腹で突起に触れるたびに、ミコトはビクビクと愛らしい反応を見せてくれる。
その反応を機嫌よく目を細め見つながら、無防備になっているミコトの首筋に顔を埋めた。
チクリとした痛みも快楽に変換されるほどミコトの体は今、火照っていた。


「ぁ、ん……ち、ちょっと…まって、ください…」

「待ったはなしだ」

「そ、うじゃ…なくて…ぁ…ん、ン…はなさなきゃ、いけない、ことが…、ン…」


誘ったのはミコトだ。
今更怖気づいたかは分からないが、男が待てるわけがない。
鋼の精神力でミコトの誘惑に勝ってきたスモーカーでも、お互いの気持ちが通じ合っていると分かれば鋼だった精神力も無力と変わる。
しかしミコトから『話さなければいけないこと』と言われ、スモーカーは渋々ミコトの首筋から顔を上げて彼女を見る。


「…なんだ」


自分から聞いたことのない低い声が聞こえた。
まあ、いくら好意を向けた相手とはいえ邪魔されれば不機嫌になるのも無理はないだろう。
ミコトは不機嫌そうなスモーカーに苦笑いを浮かべ、ご機嫌伺いのようにむすりとしているスモーカーの頬に触れ優しく撫でる。
それだけなのに、不機嫌だったスモーカーの表情が和らいだ気がした。
そんな頬を撫でるだけで機嫌が治る男がミコトには愛しく感じた。


「わたくし、初めてですので優しくしてくださいね…」


一瞬、時が止まった。
いや、固まってしまうのは仕方ないだろう。
スモーカーは目を丸くさせミコトを見つめる。


「……ひでェ女だ…こんな時にまで嘘で身を固めるとはな…」

「まあ酷い…わたくし嘘は言っておりませんよ」


せっかく機嫌が治りかけたのに、先ほどの言葉で一気に地の底までスモーカーの機嫌が落ちた。
この女は本音を他人に明かさない。
それを理解していたつもりだったが、こんな時にも誰も信用しないのかと心も体も冷めていくのを感じた。
ヤる気を失くしたスモーカーは上半身を起こし荒れた髪を後ろに流しながら、押し倒されたままのミコトを見下ろす。
その目は妻の不義を咎めるような夫の目をしていた。


「赤髪と寝てたんじゃねえのか」


1年前、戦争後ミコトは別の任務に赴き表舞台から消えていた。
だが、それは行方不明を隠す情報操作であった。
実際は赤髪こと四皇であるシャンクスに匿われ彼の元で静養していただけだ。
確定した情報はないが、クザンからミコトとシャンクスの関係を昔から愚痴られた身としてはすぐに点と点が繋がった。
案の定ミコトはシャンクスと愛し合っていた。
そこはミコトから答えを貰ったから問題にはしないが、今となってはそれすら真実か怪しい。
完全に怪しむスモーカーにミコトは愉快そうに笑いながら答えた。


「あの人とは一度も夜を共にしたことはありませんでした」


スモーカーの眉のシワが更に深まるのをミコトは気づいた。
だが、嘘は言っていないので彼の機嫌が最悪になったとしても、これ以上言える事はない。


「…それを信じろというのか」


やる気が一気に萎んだ今のスモーカーでさえ、目の前のミコトは魅力的に見える。
そもそも、ミコトは普段から男女共に年齢関係なく熱い眼差しを向けられるほど絶世の美女の言葉に相応しい容姿を持っている。
それこそ、ハンコック派と、ミコト派と、分かれて口論することだってザラだ。
きっと…いや、恐らく…いやいや絶対に、男のズリネタにされている女だ。
むしろ世の男のズリネタはハンコックかミコトかのどちらかだと言っても過言ではないほどだ。
そんな女を目の前に、だ。
そんな女に想いを寄せられていると分かって手を出さない男はいない。
実際スモーカーは今手を出しかけた。
疑うスモーカーにミコトは視線を逸らすように横に向ける。


「あの人にも愛していると言われましたが…わたくしが体を重ねる事も含めて待ってもらいました…」

「……なぜだ…お前は赤髪が好きだったんだろう?」


聞けば聞くほど分からない。
好き同士なら付き合うのは当たり前で、お互いもう大人なのだから体を重ねる事だってあるだろう。
あの頃なら海軍や海賊などの蟠りだってなかったはず。
それを問えばミコトは逸らしていた視線をスモーカーに戻す。


「あの頃わたくしは迷っていましたからね…海軍に戻るか、このままあの人の情人になるか……決めるまでわたくしは誰とも関係を結ぶつもりはありませんでした…嫌だったのです…中途半端な気持ちであの人と関係を持つのが…」


そして、ミコトは海軍を捨てきれず、愛した男を捨て海軍に戻ってきた。
シャンクスはそのミコトの気持ちを尊重し、約束を守ってくれた。
結局、そのせいでシャンクスの自分への執着が強まってしまったようなものだが、いずれ遅かれ早かれシャンクスとの関係も決着をつけなければならないとミコトも思っていたのだ。
そのきっかけがエースの死だっただけで、きっとミコトはエースの死がなくても海軍を捨てられなかっただろう。
ミコトは横になっていた体を起こし、スモーカーの首に腕を回しキスをするように密着しながら彼の上着を脱がせる。
ミコトの手をスモーカーは拒まず、ミコトの好きにさせた。
彼の海兵らしい鍛え上げられた肉体を撫でるように触れ、彼の頬を包むように触れた。
真っ直ぐ見つめるスモーカーの目に答えるようにミコトも彼から目をそらさず見つめる。


「わたくしはあの人ではなく…あなたを選んだのです……あなたならわたくしはどんなことをされたって構わない…」


ミコトからは口づけはしない。
真偽を彼に委ねた。


「愛しています…どうかわたくしをあなたのものにしてください…」


ミコトの唇はスモーカーによって塞がれた。

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