ゴクゴクとオレンジジュースを飲んでいると、隣でサルのミンク族に酒を注いでもらっていたゾロが突然怒り出した。
「邪魔だおめェら!!ジャレてくんな!!」
周りにいるミンク族を散らせようとするゾロに、ミンク族が『えー!?ジャレようぜ!』やら『甘噛ませろー!』やら『ペロペロさせろー!』やら喚いていた。
「多少の文化の違いは多めに見てくれ…ミンクシップは友好の証なのだ」
ゾロは酒を飲みたいのに、左右からピトッとミンク族が大勢くっ付いてきてはペロペロされたり甘噛みされり頬をくっつけたりと甘えられて鬱陶しかったらしい。
その被害はゾロだけではなく、アスカ以外が甘えられていた。
そう、アスカだけが除け者にされていた。
その理由はアスカは神々しすぎて友好の証など逆に無礼に当たるとか言われてしまい、アスカは未だにミンク族特有の挨拶であるガルチューさえされていない。
『いや神々しいってなんやねん』とアスカは思ったが、『ソーナンダー』としか返せなかった。
「あーーっ!み…み!皆さ〜〜ん!!」
ズズズズ、とオレンジジュースもなくなりアスカが器を置くのと同時に、ブルックが駆けつけるように部屋へ入ってきた。
ブルックの姿を見た瞬間、アスカは頭とお尻に耳と尻尾を出し―――アスカは両手を上げて仲間との再会に喜ぶブルックに飛んで抱きついた。
それは一瞬で、唯一ルフィとアスカの椅子になっていたパンダのミンク族が『神に…!神にうさ耳と尻尾が!!!やはり神は存在していた!』とアスカのうさ耳と尻尾を見て感激していたが他は驚いていた。
「ど、どうしたんですか!?アスカさん!?」
「アスカ!?どうしたの!?」
ブルックは飛んで抱きついてきたアスカを受け止める事はできたが、流石に不意を突かれたのもあるのか尻もちをついてしまう。
しかし、アスカを落とすことはなかった。
普段のクールなアスカからは考えられない熱い抱擁にブルックどころかナミも驚きの声を上げてしまう。
「…っ」
「アスカさん…?」
自分から触れ合うことなど滅多にしないアスカから抱きしめるどころか両手足でガッチリホールドされたブルックは驚いた。
サンジほどではないが女性に目がないブルックだが、流石にアスカに下心はなく、もはや孫娘レベルである。
そんな彼女から抱きつかれて嬉しくないわけがない。
しかし、アスカから鼻をすする音が聞こえ、嬉しいと思うどころではなくなってしまった。
アスカが顔を埋める肩がジワリと熱くなるのを感じる。
アスカは泣いているのだとすぐに分かった。
それはブルックだけではなく、アスカが泣いているのだと気づいたナミが慌てて駆け寄る。
「ど、どうしたのアスカ!?どこか怪我してるの!?」
「えーーっ!?アスカ、怪我してるのか!?大変だ!治療しないと!!」
アスカを溺愛しているナミがアスカが泣いていることに気づかないわけがない。
しかし、滅多に泣かないアスカが泣いてしまう理由が思いつかなかった。
怪我をしていたがっているのかと問えば、医師であるチョッパーが慌ててナミ同様アスカに駆け寄ってくれた。
しかしアスカはそれでも動かなかった。
これはドレスローザで何かあったなと思ったナミが『ちょっとあんた達!私のアスカに何したのよ!!』とルフィ達に八つ当たりしかけた時―――アスカがポツリと呟いた。
「ありがとう」
その呟きはあまりにも小さかった。
しかし、抱きつかれているブルックには聞こえており、傍に駆け寄ったナミとチョッパーにも聞こえた。
突然アスカがブルックに抱きついて驚きのあまり静まり返るその場で、アスカは埋めているブルックの肩から顔を上げ、ブルックを見た。
顔を上げたアスカの目からはポロポロと涙が零れ落ち頬を濡らしている。
「ありがとう…ブルック…ブルックのおかげで兄さんと会えた…ありがとう…」
アスカの言葉に、ブルックもナミもチョッパーも首をかしげる。
ルフィ達ドレスローザ組はアスカが記憶を取り戻したことを知っているが、ナミ達はまだ知らない。
しかし、それに気づくほど今のアスカは余裕がなかった。
ブルックへの感謝の気持ちで胸がいっぱいで、言葉が詰まってしまう。
「本当にどうしたの…ドレスローザで何があったの?」
可愛い妹が泣くばかりで話さえもできない状況に、流石にナミも怒りがどこかへ飛んでしまう。
ブルックも状況が把握できないものの、泣いて言葉が出ないアスカを落ち着かせるためアスカの背中を優しく撫でてやる。
チョッパーはどこか調子が悪いのか心配している。
そんな戸惑いが隠せないナミ達にロビンが歩み寄り、助け舟を出してあげた。
「アスカは記憶が戻ったの」
「え!?」
ロビンの言葉にナミ達は目を丸くさせ、ロビンを見た。
ロビンが嘘をつく人間ではないというのは分かってはいるが、信じられない気持ちだった。
「それ本当なの!?本当にアスカの記憶が戻ったの!?」
「ええ」
長い間記憶喪失として10年以上も生きてきた。
記憶喪失になった人間が失くした記憶を取り戻す方法が確立されていない以上、外野がとやかく言えず見守るしかできなかった。
ナミも記憶喪失だと言うアスカを心配していつかは記憶も戻ればいいと思っていたが、怖くもあった。
「じゃあ!じゃあ!!ロビン!アスカは私達のこと…忘れてない…わよね…?」
それが、チョッパーが言っていた『記憶喪失だった時の記憶を忘れる』ことである。
稀にあることだと言われても、その稀がアスカに起こる可能性だってなくはないのだ。
記憶喪失だったのは5歳から。
その間は勿論ナミ達との出会いや冒険だって沢山詰まっている。
記憶喪失の人が稀に記憶を戻った際に、記憶喪失だった時の記憶が無くなるとチョッパーから聞いてずっとナミは怖かった。
記憶を失くしたってアスカはアスカだ。
記憶がなくなったならまた一から関係を築けばいい。
ローだってそうしてアスカと恋人という関係を築き上げた。
だけど、悲しいのだ。
ここまでの間だってナミと名前を呼んで接してくれたのだが、ナミは確認とらなければ怖くてたまらなかった。
恐る恐る聞けばロビンは笑顔で頷いてくれた。
その頷きにナミはホッと息をつく。
チョッパーも医師として知識にはあったが、やはり大切な家族ともいえる仲間が自分達の記憶がなくなるかもしれないと思うと、ナミと同じく怖かった。
ブルックだってそうだ。
三人は安堵したのか、体の力が抜けたように座り込む。
「そう…そう、記憶が戻ったのね…アスカ…よかったわね」
「ナミ…チョッパー…ブルック……心配してくれてありがとう…」
やっと落ち着いたのか、アスカが鼻を鳴らしながら心配してくれた三人にお礼を言った。
アスカのお礼にナミたちはちゃんと返したいのに、首を振って笑うしか今はできなかった。
しかし、ナミはふと気づく。
「でも…ブルックのおかげってどういうこと?兄さんって…まさか…本当にドフラミンゴの事なの?」
ナミも気持ちが落ち着いたのか、先ほどのアスカの言葉を思い出す。
アスカは『ブルックのおかげで兄さんと会えた』と言っていた。
しかし、なぜドレスローザに残っていないブルックのおかげで兄と会えたのか分からない。
それを問うとアスカは涙を拭いながら答えてくれた。
「私ね、北の海にある小さな村で生まれたの…そこで両親が亡くなって…兄さんが小さい私を育ててくれたんだ…」
アスカは話した。
本当は北の海にある小さな田舎町で生まれたこと。
まだ幼いアスカを残して死んでしまい、異母兄に育てられたこと。
その村で傷を負って倒れていたドフラミンゴを拾って介抱し、彼の妹と瓜二つだという理由だけで彼に攫われドンキホーテファミリーにいたこと。
そして、兄が殺されたことも。
兄のおかげでアスカがドフラミンゴの手から逃れたが、人買いに売られたこと。
それからはシャボンディ諸島でナミ達に話した通りの人生だ。
「じゃあトラ男の言う通りアスカはドンキホーテファミリーにいたんだな!すげェ〜!」
「チョッパー…毎回思うけど感動するところ違くない?」
まだ七武海入りする前とはいえ、七武海のクルーだったのは本当だったと知ってチョッパーは目を輝かせていた。
そんな感動の場所がちょっぴりズレているチョッパーにナミが思わず突っ込む。
「じゃあ兄さんっていうのはドフラミンゴの事じゃないのね?」
兄、と聞きナミはまずドフラミンゴを思い出す。
七武海を辞めるよう指示をしたローの言葉通り辞めたと連絡してきたドフラミンゴ。
彼は確かにアスカを『妹』と言った。
それは彼にとったらそうなのだろう。
ナミだってアスカを本当の妹のように思っている。
きっとナミの気持ちとドフラミンゴの気持ちは変わらない。
そこに感情の重さは違えど、根本は同じだろう。
だから、兄とアスカが言った時、ドフラミンゴの顔しか浮かばなかった。
一番先に思い浮かべるべきエースはすでに亡くなっているからだ。
ナミ達はまだもう一人、サボという兄がいるのを知らない。
ナミの言葉にアスカは頷き説明する。
「兄さんは13年前にドフィに殺されて死んでしまったけど…幽霊になって帰ってきていたの」
ナミ達はアスカの幽霊発言に戸惑うが、それも無理はない。
ブルックは悪魔の実という原因があって骨だけで動いている原理は分かる。
そんな蘇った人間(?)を仲間にしているのだから多少の不思議には対処できるが、流石に幽霊はまだ未経験だった。
そんなナミ達を放置し、アスカは話を続けた。
13年前に死んだ兄がウサギとなって現世に復活し、ドレスローザで再会できたこと。
そして、その復活にヨミヨミの実が関係しているというのも。
「ブルックがヨミヨミの実を食べてくれたおかげで…私、兄さんと再会できたんだよ…ありがとう…ブルックのおかげで私…兄さんと最後の話ができた…あの時は話すこともできなかったから…」
「アスカさん…」
ヨミヨミの実は死んで発動する悪魔の実だ。
だから不謹慎だとアスカも分かっている。
だけど、ブルックのおかげで兄と最後に話すことができたのは事実で、それに対してアスカが感謝しているのも事実だ。
ブルックは死んで蘇るだけの悪魔の実でも、人を喜ばせることが出来るのだなと胸が熱くなる。
その場は和らいだ空気に変わっていた。
アスカとブルックは笑いあっていたし、ナミ達もアスカが記憶を戻し死んだ兄はずのとも再会し最後の別れが出来たことを喜んでくれていた。
しかし、それを阻む奴が現れる。
「わっ」
アスカは何度も送っても送り足りない感謝の気持ちを言葉にしてブルックに抱きついていた。
ブルックも孫娘のようなアスカに抱きしめられて嬉しそうに抱きしめ返していた。
そんなアスカの腰を第三者の腕が回しブルックから吊り上げるように離す。
アスカは突然の事に驚きの声をこぼしながらブルックから引き離した人物を見る。
振り向けばそこにはルフィがいた。
目と目が合ったルフィは、拗ねている様子はなく人好きするニカッとした笑みを浮かべた後その表情をそのままにブルックへ視線を向ける。
「ブルック〜〜!どうしたんだ?そんなボロボロで!」
ルフィはナミとチョッパー以外にブルックとの再会にも喜んだ。
ルフィは怒っているわけではなく、嫉妬しブルックからアスカを引き離した。
ルフィもアスカが記憶を取り戻し、死んだ兄と最後の別れが出来たことを喜んではいた。
ブルックに対して幼馴染と恋人として感謝している。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
流石に仲間に嫉妬心を燃やして敵視することはないが、嫉妬心がないわけではない。
しかもアスカ自ら抱きつくなんてルフィやローだって滅多にない大イベントだ。
それがブルックに奪われて嫉妬しない独占欲の強い恋人はいないだろう。
それは勿論仲間達にはお見通しで、ナミが『またコイツは…』とルフィの行動に溜息をつき、ロビンは微笑ましそうに笑った。
ルフィはブルックからアスカを奪い返したことに(無意識にモヤモヤしていた)機嫌を直し、ブルックの服装がボロボロになっていることに気づく。
その言葉に、ルフィの行動に苦笑しつつ微笑ましそうにしていたブルックは『そうでした!』とハッと思い出す。
「ちょっとゾウ新入りの皆さん集合してくださーい!!」
アスカを見守っていた面々もブルックに呼ばれワラワラと集まる。
輪になって集まると、ブルックはミンク族に聞こえないよう小声で話す。
「――今錦えもんさんと直葉さんはどこに」
まずそう問われ、ルフィが答えた。
錦えもんと直葉はゾウから落ちてきたサルのようなものと一緒にりゅうのすけから落ちてしまい、それからはまだ再会を果たしていない。
あの後登っているならもうすぐ再会できるのだが、実は錦えもん達は登っていたがゾウの水浴びで流され結局力尽き明日登ることにしたのである。
ブルックはまだ錦えもん達がいないことにホッと胸を撫でおろす。
「ちょっとこの国では"侍"…ワノ国という言葉は極力控えてください―――できれば言わないで」
「!?」
「多くの人々を傷つけ"恨み""怒り"を買うかもしれません」
ブルックの言葉にゾウに来たばかりのアスカ達は揃って首を傾げた。
『なんで"侍"が?』というルフィの問いに答えようとしたブルックだったが―――
「見つけたぞ…!死体男爵…!!」
「はっ!!」
部屋に入ってきたミンク族にブルックは怯えた様子を見せていた。
弾かれたように振り向くブルック。
そんなブルックにジリジリと近づくミンク族。
それを見ながらゾロはある言葉がに引っかかっていた
「あ――仲間の"死体"ってあいつの事か!!」
「ああ…親しみを込めてそう呼んでる」
それはミンク族達が言った『死体男爵』という言葉だった。
ゾロはハッと気づく。
それと同時に、脳裏にワンダと会った際に言っていた『仲間の"死体"がそこに!』という言葉も思い出す。
その死体はウソップ同様、言葉通りのナミ達の死体だと思た。
しかし、今、それが誤解だと理解した。
確かに、合ってはいる。
ブルックは死んだ後にヨミヨミの実で蘇った。
迷子になって白骨死体で復活したので合ってはいる。
だが、あの状況『仲間の死体』と言われてしまうと、それイコール仲間の死と直結しても仕方なのない言い方だった。
「正直驚いた…この世にあんな魅力的な種族がいるとは…私達"犬のミンク"は骨に目がない」
そう言ってワンダはブルックを見る。
それに釣られてアスカもブルックの方へ視線をやれば、犬のミンク族に襲われ噛まれているブルックがいた。
ブルックを見るワンダのその頬も染められており、アスカとは別の好意を向けられているようだった。
一同ブルックに同情するしかなかった。
「で!どうすんのよサンジ君のこと!!」
アスカは犬のミンク族達にしゃぶられているブルックを見ながら『しゃぶっても味なさそう』と思うだけだった。
いや、ちゃんと憐れんではいる。
ブルックが犬のミンク族に集られているのを他所に、ナミはサンジの話に戻す。
もう慣れた光景なのだろう。
「だから手紙もあるんだろ?何とかなるんじゃねェのか」
「んー…攫われたわけでもねェしな…」
「そういう雰囲気じゃなかったから深刻なのよ!!」
サンジが一味を抜けるとはアスカも到底思えないから、ルフィやゾロ達のように焦りがないのかもしれない。
ただ、フランキーの『混乱中よ、話の表面を理解するのがやっとだ』という言葉通り、アスカ達はドレスローザから戻ってきたばかりで状況を把握しきれていない。
「全てを一から離してくれる?この11日間あなた達の身に一体何が起きたのか」
とりあえず、状況を掴むため、ロビンがナミ達に自分達がいない間の出来事を聞くことにした。
ロビンの言葉に、ナミは静かに頷く。
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