(214 / 263) ラビットガール2 (214)

サンジはベッジと共にゾウを去った。
ナミ達は彼に守られたのだ。
サンジはこの結婚を拒んでも拒めないのを知っていた。
だから自分が犠牲になるように、ナミ達を逃がし、手紙を置いて行ったのだろう。
彼が本当に戻ってくる気なのか、それとも何が何でも結婚を白紙に戻し一味の下へ戻ってくるのかまでは分からないが、ルフィ達がサンジを諦めきれないのは確かだ。
何も結婚を反対しているわけではない。
仲間が幸せになるのなら、その結婚を受け入れる。(ただしルフィ、ローてめェらは駄目だby某航海士&某コック)
ルフィなんてサンジが結婚すると聞いて、もう一人仲間が増えると喜んでいたくらい彼もサンジの結婚を受け入れていた。
ただ、アスカ達はもう止まることを許されない道を歩き続けているのを忘れていけない。
それを思い出させたのはゾロだ。
彼は自分達は道草を食っている暇はないと言った。
SMILEの最大の取引先は四皇であるカイドウだ。
シーザーとドフラミンゴを麦わら一味とローが倒し製造できなくなった以上、サンジを連れ戻すためにビッグ・マムを相手にする暇も戦力も自分達にはない。
ゾロの言葉に、誰もが口を閉じる。
それが一般的に正しい一つの選択だから。
だが、その一般常識を飛び越える人間がここにいる事をゾロは失念していた。


「よし!考えてもわからねェからサンジに聞きに行こう!」


それが、ルフィだ。
ルフィは常識を持ち合わせておらず、彼の思考は誰も読み解けない。
幼馴染であるアスカや、実姉であるミコトでさえ彼に振り回される側なのだ。
だから、アスカは先手を打つことにした。


「ねェ、こっそり行く方法とかないの?」

「はあ!?おまっ!アスカ!お前もかよ!!そこはルフィを止めてくれよ!」

「止まるルフィなら苦労はしないよ…ゾロの言う通りビッグ・マムを相手にする暇はないけど…でも、ルフィがいう事を聞くわけでもないじゃん…なら、せめてできるだけ騒動にならないよう行動させるしかないんじゃない?」

「ゔ…ま、まあ、そうだが…」

「まあ、ビッグ・マムの居場所なんておれ達は知らねェから追いかけるにもビッグ・マムの場所を調べる事からはじめねェと」


『副船長だろ』、という言葉にアスカは『だから仮を付けてってば』と返す。
結局、ルフィがその気になった以上、行くことは決まっているのだ。
騒動にならないよう、とはアスカは言ったものの内心では『まあ無理だろうけど』と思う。
流石にビッグ・マムを出し抜いてサンジだけ連れ戻すことなんてできないとアスカも分かっている。
だが、ルフィが説得できる人物は今この場にはいないのだ。
侵入まで大人しくできるなら御の字だ。
だが、相手は四皇。
ビッグ・マムのいる場所さえ知らない。
それをフランキーが指摘すれば、ウソップが水を得た魚のように『そうだよ!おれ達ビッグ・マムの場所も知らねェんだよ!!』とグッと親指をフランキーに向けた。
ウソップだってサンジが心配じゃないわけではないが、相手が相手だけあって恐怖の方が勝っていた。
しかし、ルフィを諦めさせれる可能性をチョッパーが消した。


「追いかける方法は…なくもない…」

「え゙」

「私達、ビッグ・マム海賊団の落とし物を拾いまして…もし"彼が"目覚めているのなら、可能です」


チョッパーとブルックの言葉に、ウソップは『なんてもんを拾ってくれたんだ…!』と頭を抱えた。
いや、仲間が無事であるなら喜ばしいのだ。
喜ばしいのだが…ウソップは『ゾウから出てはいけない病が…』と懐かしい発作を起こしていた。
そんなウソップに、ナミが『諦めなさい』と留めを刺した。
――そうして、ルフィ達は『くじらの森』、"侠客団(ガーディアンズ)"の居住区に到着した。
こちらのミンク達にもルフィ達は歓迎されていた。
勿論、


「ほ、本当に女神だ…!」

「えっ!?妖精!?」

「なんて神々しいお姿なんだ…!」

「やっべェ!何ベリー!?あの女神の存在は何億ベリーになるんだ!?」


全員アスカを見ると、アスカはスンッと無表情になって遠くを見ていた。
その気持ちは分かるため、ナミたちは何も言わないでおく。


「"麦わらのルフィ"〜〜!おれ達だ!!さっきは悪かったな!」

「侵入者は何人たりとも許されねェんだ!!」


くじらの形を模す木は遠目でもアスカから見えていたが、実際近くに行ってみればその大きさに圧倒させられる。
口をあんぐりと開けていると、ゴリラのミンク族であるBBと、牛のミンク族であるロディがルフィに話しかけてきた。
どうやら、アスカ達と合流する前に、ルフィを侵入者だと勘違いして戦っていたが、ワンダのおかげで誤解も解けたらしい。
それを謝っているらしいが、戦っていたわりにルフィに笑顔を向けているので、ミンク族は人懐こい性質なのだろう。


「よく来てくれた恩人達とその仲間達…!」


二人のミンク族に手を振り返していると、頭上から声がした。
全員が上を見上げれば、木の上に乗っているミンク族がいた。


「さっきは部下達が悪かった…"侵入者"に過敏になっていた」


そう話しかけるミンク族は、ガーディアンズの団長、ペドロだった。
ジャガーのミンクだからか、高い場所にいるその場所から降りて軽やかに着地してみせた。
口調から自分の事をしっているようなペドロにルフィは首を傾げるが、どうやら彼はBBとロディとルフィが戦っていた際に上で見ていたらしい。
ルフィはワンダの言葉で多くの数のミンク族が姿なく撤退したのを思い出す。


「お前達をベポ達が待っているが…」

「あァ、あいつらは後でいいや!ネコマムシと…ライオンの"ペコマムシ"に会いてェんだ!」


ベポ達が待っているという事は、ローもこの近くにいるということになる。
アスカは気になりつい周りを見渡すが、当然彼らの姿はない。
近くの森にいるのだろう。
それを残念に思いながらも、チョッパーがネコマムシが心配だからと二手に分かれる事になった。
アスカは初対面のミンク族に女神だの天女だのと言われてキラキラとした目で見られるのが嫌なのでルフィとナミについて行くことにした。


「なら案内を―――」


ペコムズの下への案内を買って出てくれたのは、ペドロだった。
ペドロはペコムズの下へ向かうメンバーを見渡した。
ここまで読んでいて気づかない者はいないだろう。
そう、ペドロの視線がアスカに向けられた瞬間やはり起こった。


「えっ…人魚姫!?」


もはやここまでくるとお約束である。
そして、アスカの目が死ぬまでがお約束である。
しかも今度は人魚姫ときたものだ。
本物の人魚姫と会った身としては、しらほしに申し訳なく思う。
美的感覚が鈍いアスカでも、しらほしは愛らしく美しいと感じていた。
――が、アスカの中で世界一の美女と言えばミコトであるのは変わらない。


「ああ、いや…人間だったか…すまない…」

「いや!分かる!分かるよペドロ!私もいつも見るたびに女神がいるって間違えちゃうもん!」


ペドロはゾウから離れていたこともあってか、アスカが人間だと気づく。
間違えてしまった事に謝るペドロに、キャロットは間違えるのは仕方ないと同意するが、ワンダが『いや間違えるまでもなく女神ではないか?』と小首をかしげて言えば、二人から『『それな』』と頷かれた。
もうアスカは突っ込まないと決めた…突っ込んだことないけれど。
ベッジに撃たれたというペコムズの下へペドロの案内で向かうと、彼はベッドで安静にしていた。
ペコムズはルフィの顔を見て驚いていたが、傍にいるアスカに嬉しそうな雰囲気を出す。


「アスカ!?お、おれを心配して来てくれたのか!?すまねェ…かっこ悪いところを見られたくはなかったんだが…」

「いや……えっと…うん…無事で…無事?…まあ、無事でよかった」


魚人島の時は敵だったが、ナミ達を見逃してくれると言ってくれたペコムズに、アスカは親しみは感じていた。
ただ、魚人島で一目惚れしたというのは嘘ではなかったようで、アスカを頬を染めて見つめる姿に複雑に思う。
どっちみちアスカはミンク族がいるかぎり運命は変えられないらしい。
ナミ達を見逃してくれたし、そのせいで怪我をしてしまったため、流石の冷酷ウサギでも冷たく切り離すことはできなかったらしい。
しかし、それを許さない者達がいた。
アスカは突然腰に手を回されてグイっと抱き寄せられてしまう。


「おい!ペコマムシ!アスカはおれとトラ男の女なんだからな!!ぜっっっっったいにアスカはやらねェ!!!」


付き合ってからルフィはアスカがモテるのだと気づいた。
付き合う前からアスカを自分の物として認識していたから、アスカが自分から離れるなんて考えてもなかっただろう。
しかし、ローが間に入ったことによって、アスカは自分から離れる可能性があるのだと自覚した。
ローは話し合った結果、お互い一歩も引かないと気づいたから『共有』を選んだが、ローもルフィもお互い以外にアスカをやるつもりは一切ない。
だからこうして相手がアスカにちょっとでも気があると分かると威嚇するのだろう。


「あ!?なんだと!?そんなわけがねェ!あの時はそんなこと聞いてねェぞ!!」


しかし、一目惚れをしたと言ったペコムズも負けていない。
魚人島で一目惚れをしたと言った自分に難癖(ともいえないが)を付けたのはルフィではなくサンジだ。
あの時、何も言わなかったのになぜ今になって突っかかってくるのか。
ペコムズはグルルと喉を鳴らして声を上げるが、ピタリと唸りが止まる。
そして、ペコムズはアスカとルフィを見た。


「……まて、いま…なまえ、ふたつなかったか…」


一目ぼれした女に彼氏ができたと知れば怒りで我を忘れても仕方ない。
だが、ふと、ルフィの言葉にもう一人誰かの名前があるのに目ざとく気づいた。
一瞬にして冷静になったペコムズの問いに、アスカは目を逸らす。
ローとルフィと付き合うのは自分も納得している。
だが、付き合って日が浅いのもあり、まだ三人で付き合っていることを人に言うのは抵抗があった。
それならルフィかローかどちらかを選べばいいのだが、どちらを切り捨てられるならそもそも三人で付き合っていない。


「えっ、あー…その…」


もはや定番と思える問いに、アスカはモゴモゴと答えた。
勿論、一目惚れした女に彼氏ができたうえに、二人の彼氏がいると知ったペコムズ気を失うほどのショックを受ける事になる。
その光景も慣れた…というか慣れてしまったので話題を変えるため本題に入る。


「ねえ、サンジがビッグ・マムの娘と結婚するって聞いたんだけど…どういうこと?」


ナミ達からも話は聞いたが、背景が見えないためナミ達の説明だけでは分からないことばかりだった。
どうやらペコムズはサンジの事情に通じているらしいのでそれを問う。


「どういうことも何もそのままの意味だ」


そのままの意味だというが、アスカ達からしたら納得のいくものではなかった。
なぜ、ビッグ・マムは娘とサンジを結婚させようとしているのか。
なぜ、会った事もない、しかも、自分に喧嘩を撃ったルーキーの一味であるサンジなのか。
結婚することで喧嘩を売ったことをチャラにするなどビッグ・マムにもルフィ達にも特は一つもない。
少なくとも仲間を犠牲にする理由はルフィにはない。


「そもそもサンジ君の結婚は誰が決めたの?」


密かにサンジとビッグ・マムの娘が想いを通じ合わせた結果、結婚することにしたのならナミ達も受け入れるだろう。
だが、もしもそうならばサンジからナミ達に伝えるのが筋だろう。
しかし、あの時のサンジは初めて聞いたように驚いていた。
と、いうことはサンジが決めたことではないということだ。
なら、一体誰がサンジとビッグ・マムの娘の結婚を決めたのか。
それを問えば、答えは簡単なものだった。


「そりゃ勿論ウチのママとヴィンスモーク家の"親父"だ」


ヴィンスモーク家というのは、サンジの苗字だ。
ビッグ・マムは分かるが、サンジの父親が息子の結婚を決める理由が分からない。
サンジは自分の過去をあまり話したがらないが、確かなことがあるのだ。
それは家族の事だ。
育ての親はサンジが仲間になる前に働いていたレストランのオーナー兼料理長であるゼフという男だ。


「サンジ君のお父さんってどういう人なの?」


人間は突然現れたりはしない。
だから生みの親がいるのは当然だ。
基本的にルフィ達は両親や家族の事は重要視していない。
だが、突然現れた実の親の名に気にならない人間は少ないだろう。
ナミの問いに、アスカも興味があるのかペコムズが答えるのを待つ。
ナミの質問にペコムズは話してくれた。
しかし…


「ヴィンスモーク家は…まァ、簡単にいやァ――"人殺しの一族"だ」


彼の言葉に誰もが目を丸くし息を呑んだ。

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