ホールケーキアイランド。
四皇であるビッグ・マムが治める国。
その国に、危機が訪れていた。
「マズイぞ!ママの"持病"が出た!」
あちこちから破壊音が鳴り響く中、タマゴ男爵を筆頭にその場にいた全員が慌てていた。
ビッグ・マムは『食いわずらい』という持病を持っている。
別に病気というわけではないのだが、ある意味病気だ。
食いわずらいとは、ビッグ・マムが頭に食べたいと思ったものが口に入るまで破壊が続く癇癪のことである。
本人も制御できず、四皇であるビッグ・マムを止めることが出来る人間はビッグ・マム海賊団にはいない。
「急ぐのだボン!!今回の『お題』は何でソワール!?」
「クロカンブッシュ!」
食いわずらいは毎回違う。
今回はシュークリームを積み上げた『クロカンブッシュ』というお菓子である。
「シュークリームの団体客がいたジュテーム!」
「それが今朝チェックアウトを…」
「作るしかないのか!!シェフはなんと!?」
「作ってはいるのですが…『生地に拘りたいからアーモンドを手配してくれ』と…」
「今すぐナッツ大臣に連絡をしろ!!」
この場にシュークリームを作れる者はいない。
ホテルにシュークリームの集団客がいたが、すでに帰ってしまったらしい。
絶望が絶望を呼び、シェフの連中もシェフの連中で料理人のプライドでまだまだ時間がかかってしまう。
しかも、状況は最悪に向かっていた。
「現在ママは『スイートシティ』へ向かっている模様!」
「ここへ来るのか!?"首都"だぞ!!ママの城もある!!」
幸いなのは、首都であるこのスイートシティにビッグ・マムがいなかったことだろう。
首都なため、こんなところで暴れられては被害は更に広がる。
だが、その安堵もそう長くは続かなかった。
ビッグ・マムが暴れながらこちらに向かっているという報告を受けたのだ。
その報告にざわめきは強くなる。
危機が迫ると、人間は普段以上に性能を高めるらしい。
タマゴ男爵はハッとある人物が脳裏に浮かんだ。
「"あの方"はどこにいる!!こういう時の"伝説"だボンッ!!」
ビッグ・マムの暴走を止められる者はごくわずかだ。
それこそ同じ四皇のカイドウとシャンクス、今は亡き白ひげや処刑されたゴール・D・ロジャーなどの誰もが知る海賊達であり、決してこの場にはいない者達ばかりだ。
だが、唯一、この海賊団にビッグ・マムを止めることが出来る人物がいる。
それが、あの方と呼んだ人物だ。
タマゴ男爵の叫びに、傍にいた人物が答えた。
「今あの方は苺を採りに海に出ている!」
「なんだと!?あの方は管理長だろう!!なんで海に出ているでソワール!!」
「ママに決まってるだろ!!ママは"夫"が
妻の命令を聞く姿を見るのが好きなんだからな!!」
あの方、夫と呼ばれたその人物は本来、ホールケーキアイランドに送られる荷物や食材や物資などの全てを管理するのが仕事である。
そのため、基本的にその人物はホールケーキアイランドから出ることはない。
だが、定期的にその人物はビッグ・マムからの命令で海に出ることがある。
ビッグ・マムはその人物が自分の命令通り動くのを見るのを好んでいるからだ。
その人物が自分の夫となったことを何度でも形として確認したいのだろう。
ビッグ・マムはその人物に熱を上げており、その人物との"子供が望めない"としても他の夫たちとは違い捨てず傍に置いている。
管理長の役職を与え島に軟禁しているのも、無茶振りの指示を出すのも、それくらいビッグ・マムがその人物に惚れこんでいるということだ。
最悪は最悪を呼ぶらしく、食いわずらいの発作が起こった日に限ってビッグ・マムの命令で海に出てしまっている。
と、いうことは現状クロカンブッシュを持ってこない限りビッグ・マムを止める術はない。
―――一方、癇癪を起したビッグ・マムはついにスイートシティに辿り着いてしまった。
スイートシティではすでに避難勧告が出ていたが、住民が逃げる前にビッグ・マムが到着してしまった。
「ビッグ・マムの"癇癪"だァ〜〜!!」
「まさかこの町で!?」
「キャー!!」
住民たちは建物を食べながら破壊し暴れるビッグ・マムに逃げ惑う。
ビッグ・マムの癇癪は知られてはいるが、まさか首都であるこの町で癇癪を起されるとは思っていなかった。
住民たちの叫び声や、能力で命を宿した手下達が止める声もビッグ・マムには届かない。
「ママ!やめてくれ!!」
町の建物を食べて破壊していくが、ビッグ・マムが欲しい物は違う。
これじゃない、これでもない、とクロカンブッシュを探すビッグ・マムに、止めに入ろうとする男がいた。
「あと30分時間をくれ!!今シェフ達が大至急作っている所だ!!」
その男はシャーロット家16男のシャーロット・モスカート。
彼は勇敢にも暴れる母親を止めるため立ちはだかる。
「よせモス兄!今義父さんに連絡を入れたらすぐ帰還すると言っていた!!義父さんが来るまで待とう!!」
「首都の崩壊を見過ごせというのか!?」
「そう言っても"それ"を止めるのは不可能だ!!」
血を分けた子供達でさえ母親の暴走を止めることは無理だと理解している。
言い合いをする子供達に向かってビッグ・マムは『そこをどけ〜!』と拳を振り下ろす。
息子のことも分からないほど癇癪を起していることにショックを覚えたモスカートに―――
「
ライフオア
トリート…!?」
「!?」
そう問いかけた。
その瞬間、モスカートの弟達からどよめきが起きる。
「ウソだろ!?ママ!あんたが生んだ息子だぞ!?」
「ママやめてー!」
「な、生クリームならあるファ!生地はないが!ママ!よせ!!」
先ほどの問いは、ビッグ・マムの能力だ。
寿命を差し出すか、お菓子を食べさせるか。
そのどちらかを選べとビッグ・マムは息子に問う。
勿論、冗談ではない。
だからこそ弟達は焦って母親を正気に戻そうと叫ぶ。
「お菓子はまだここには…!」
「お菓子を食べる邪魔をするな…」
寿命を取られると死ぬ。
だが、お菓子はまだ用意できていない。
お菓子を欲しくて暴れていたのに、邪魔され錯乱しているビッグ・マムに目の前にいるのが息子であろうと関係なかった。
逃げるモスカートに向かってビッグ・マムは手を伸ばす。
それを見て誰もが寿命を取られると思った。
しかし―――
「勿論、トリートかな…持ってくるまで待っててもらうことになるけどね」
逃げるモスカートとビッグ・マムの間にフードを深く被った人物がいつの間にか現れた。
「!!―――義父さん!!!」
「パパ!!よかった…!!間に合った…!!」
その人物にビッグ・マムの子供達はワッと沸いた。
その人物こそ、待ち望んだ人物だった。
その人物…ビッグ・マムの夫は手品のようにパッと突然現れた。
正気なら突然パッと現れた人物に驚き手を止めるか引っ込めるかのどちらかだろう。
だが正気を失っているビッグ・マムはそのまま手を伸ばし、夫に触れようとした。
「リンリン、いくら癇癪を起したからと言って自分の子供に手を上げるのはいただけないね」
その手を夫は体を捻っただけで回避し、ビッグ・マムに軽く説教しながら伸ばされた手に触れた。
その瞬間―――巨体をもつビッグ・マムが突然その姿を消す。
ビッグ・マムが姿を消した途端に、あれほど煩いほど騒がしかったその場が静まり返った。
しかし、ドッと歓声が沸き上がる。
「パパ!ありがとう!!」
「義父さん!すまねェ!モス兄が死ぬところだった…!」
ビッグ・マムの子供達だけではなく、スイートシティの住民たちからも感謝の言葉が夫に送られていた。
夫は歓声など気にも留めず、倒れているモスカートに手を差しだす。
「モスカート君、大丈夫かい?」
「あ、ああ…すまねェ…命の恩人だ…」
モスカートは青い顔のまま、手を差しだされた義理の父の手を取り立ち上がる。
ついモスカートは差し伸ばされた手とは逆の義父の手を見てしまう。
モスカートの視線に気づいた夫は安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫…ジンベエ君がなんだっけ…あのシュークリームの…えーっと…」
「クロカンブッシュだ」
「ああ、それそれ…クロカンなんとかを持ってくるって言ってたからそれまでには抑えられるさ」
その手の平には箱が握られていた。
男性の手ではあまるほど小さな箱には、先ほどまで大暴れしていたビッグ・マムが収まっている。
先ほど巨体を持つビッグ・マムが突然消えたように見えたのは、夫の能力で"この箱に仕舞われた"からだ。
義理の父の言葉にモスカートだけではなくその場にいた全員が安堵の息をついた。
ジンベエの名前を出したのも功を奏したのだろう。
ビッグ・マムの夫の登場と、ジンベエという頼りになる人物に安心した住人達は、それぞれビッグ・マムが破壊した残骸を片づけに取り掛かった。
夫はビッグ・マムが収まっている箱を持ちながら、ジンベエを待ち、その傍を子供達が控えていた。
「全く…リンリンの癇癪も困ったものだ…これならララノアの方が可愛く見えるよ」
トントン、とビッグ・マムが収まっている小さな箱を指で叩く。
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