(2 / 10) その後 (2)

赤髪海賊団の副船長であるベンは耳を疑った。


「お頭…今…なんて…」


長年連れ添った船長であるシャンクスから告げられた言葉に、ベンは唖然とさせ酒を仰ぐ船長を凝視する。
ベンの痛いほどの視線を貰いながら、シャンクスはもう一度繰り返して言った。


「ミコトと別れた」


シャンクスの繰り返された言葉に、ベンは引きつった笑みを浮かべてしまう。


「なんだそれ…随分と面白くない冗談だな…」


思わず呟いたその言葉に、シャンクスは肩をすくめて返す。
シャンクスも面白くないとは思う。
長い間口説いて口説いて、やっと付き合ったと思えば、1年で別れた。
冗談のような話だが、残念ながら事実だ。


「冗談だったら良かったんだがな…だが、本当にミコトとは終わったんだ」


シャンクスはつかみどころのない男だが、こんな面白くない冗談をいう男ではない。
長年の付き合いでも彼が嘘を言っているとは思えず、ベンは酒が入り赤かった顔が青ざめていくのが鏡を見なくても分かった。


「おおいおい…なんでだよ…どうして……ミコトと結ばれたばかりだったじゃないか!?」


ベンから見ても、誰が見てもミコトとシャンクスは想い合っていた。
ミコトの素っ気ない態度は、ただ単純にシャンクスに素直にはなれなかったからだ。
それをベン達は見抜いていたから、船長を『変態』と言われても笑って見ていられた。
そんなミコトとシャンクスが、やっと最近になって結ばれた。
戦争で弟を失った傷ついた心に付け込んだと言われたらそこまでだが、想い合う2人の姿は微笑ましかった。
親密な2人を見てベンは『ミコトが母親になったって知ったらアスカが気絶しそうだな』と仲間と笑ったのだってまだ鮮明に覚えている。
それなのに1年の短い間でその愛は終わってしまったという。
ベンは信じられず思わず声を上げ、感情に任せて持っていたグラスを机に叩きつける。
その際グラスの中の酒が手にかかり机に零れたが、今は気にしている状況ではない。


「どうせあんたがミコトを怒らせたんだろ!?それで喧嘩になってついミコトが頭に血を上らせて思ってもいない言葉を言っただけなんだろ!!だったらあんたが謝れば済むことじゃないか!なにも本当に別れることはないだろ!!」

「ベン…そうじゃないんだ」

「だったらなんだ!!なァお頭…あんたミコトをずっと想ってたんだろ?ずっと!ずっと!!ミコトが子供の頃からずっと!!周りに変態扱いされようがミコト自身に拒まれようが自分の想いを貫いてきたんだろ!!それなのになんで…ミコトが本当にあんたと別れたいと思っているのか!?」


ベンはシャンクスとミコトを見守ってきた。
それはベンだけではなく、赤髪の海賊団にいる全員が2人が結ばれたことを祝福し見守ってきた。
ベン達はミコトがこの海賊団にいるものだとばかり思っていた。
弟を殺した海軍には戻らないと思っていたのだ。
なのに、ミコトは弟であるエースを殺した海軍に戻るという。
ベンは信じられない気持ちだった。
ベンの言葉に、シャンクスはクスリと笑う。


「聞いてるのか!お頭!!」


笑う余裕を見せられ、バンは思わず苛立ってしまいその感情に任せるようにバンとテーブルを叩いた。
幸いにも2人で飲んでいたので、騒ぎに気づく者はいない。
怒りをあらわにするベンに、シャンクスは手に持っている酒を煽り飲み干す。


「聞いている」

「なら――」

「なァ…ベン…おれが素直にミコトを諦めると思うのか?」

「――ッ」


顔は笑っている。
だが、目は笑っていない。
お互い話合って決めたことで、お互いが納得したことだ。
だが、ミコトもシャンクスも、心から納得したわけではない。
本当ならミコトだってシャンクスの手を取って女として生きる道を歩みたい。
シャンクスだってミコトを奪ってでも腕の中に閉じ込めていたい。
だが、それが全てしがらみが邪魔をするのだ。
シャンクスのしがらみではなく、ミコトのしがらみだ。
シャンクスの言葉に、ベンは息を呑む。


「ベン…おれはミコトを殺すことにしたんだよ」

「殺す…?海兵に戻るからか?」

「ああ」

「そんなの前から同じだっただろう…元々ミコトは幼い頃から海兵になるのを夢見て来たんだ…大将となってもおれ達は上手く付き合ってこれたじゃねェか…なんで今更…」

「………」


ミコトは柔軟だ。
海兵と言えば、正義を背負い罪のない人々を助ける側の人間。
自分達奪う側の海賊とは敵対関係にあり真逆の関係だ。
それなのに、ミコトは四皇の一角であるシャンクスと秘密裏とはいえ戦闘もせず敵対もせず付き合っていた。
ミコトは正義を掲げる海軍にあるまじき海兵だ。
そんなミコトを今更手を取らなかったからという理由で殺す選択をする船長に、ベンは怪訝とさせた。
ベンの呟きにシャンクスは空になったグラスをくるくると回しながら口を開いた。


「別にあいつと別れたから殺す気になったわけじゃない…あいつが海軍を捨てられないのは分かっていたしな…」

「だったら殺す必要はないだろ…」

「…あいつはおれ以外の男と結ばれることを選んだ…それはいい…あいつが誰を選ぼうがおれ以外を愛そうがどうでもいい――――だが、ミコトという人間を誰にも渡すつもりはないだけだ」


ベンはその言葉に首を傾げた。
ミコトを渡すつもりはないという割には、ミコトが自分以外と結ばれようがどうでもいいと言うその矛盾に怪訝とさせる。
そんなベンをシャンクスは目を細め笑う。


「ベン…お前は賢い奴だ…お前はすぐに身を引いた…だからお前は今、ここにいられる」

「…………」


ギクリとベンは冷や汗をかく。
ミコトに想いを寄せているのは、何もシャンクスだけではない。
ベンもミコトに想いを寄せている1人の男である。
だが、それをシャンクスに伝えたこともなければ、それを表に見せたこともない。
本当に心に秘めた想いなのだ。
それは、シャンクスが口説いているのもそうだが、ベンはシャンクスの本性を理解している。
女一人巡って争うには、手に余る男である。


「ミコトがどれだけおれ以外を愛そうとアイツの中にはおれがいる…そうしたのはおれだ…あいつの夫になる男は絶対におれを超えることはできないだろうな」


敵対となることに抵抗がないわけではない。
あれほど思い続けた女が、一瞬手に入れたと思ったら一瞬にして手放すことに抵抗がないわけではない。
だが、確信があった。
ミコトはシャンクスに捕らわれている、という確信。
きっとそれはミコト自身も気づいていない。
そうさせたのは全てシャンクスである。


「アスカ、が…聞いたら怒られるだけじゃすまねェぞ…」


ベンは張りつめた空気を追いやるように深い溜息をつき、冷たく責めるような空気の中ようやく言葉を搾り出す事が出来た。
その言葉に、シャンクスは目を瞬かせた後、ふにゃりと笑った。


「それは困ったな…」


娘の名前に、シャンクスはやっと狂気の男から父親の顔へと戻る。
ベンは内心アスカに感謝しながら、シャンクスの雰囲気が柔らかくなったのを感じながら安堵の息をついた。

2 / 10
| top | back |
しおりを挟む