(5 / 10) その後 (5)

サカズキと別れたミコトはそのまま藤虎の部屋へと足を運んだ。
廊下ですれ違った海兵達に藤虎の部屋を教えてもらい向かったが、タイミングが外れたのか部屋の主は留守だった。
この後サカズキから帰ってきてそうそう仕事を押し付けられたためまた来ると言っても数日後になる。
それも面倒なため、とりあえずまだ仕事まで時間があるため待つことにした。
相変わらず我が物顔で他人の部屋に侵入し勝手に備え付けられているソファに腰を下ろして部屋を見渡す。
藤虎という人物はあまりものを置かない性格をしているのか、必要最低限の物しか置いていないなんとも寂しい部屋だった。
それが駄目というつもりはないし、なんならミコトだって以前の本部に与えられた部屋にあまり物を置いていなかったので文句を言うつもりはないが、それにしては物が無さすぎた。


「そこにいるのは誰なんで?」


部屋を見渡した後、ミコトはふと信条が書かれている額へと目を向ける。
そこには立派な文字で『仁義ある正義』と書かれていた。
大将の部屋には掲げられているもので、ミコトにもある。
その文字だけでミコトは藤虎という人物がどういう人間か少し分かった気がした。
その額をなんとなく見つめ続けていると、襖がスッと静かに開けられ1人の男性が入って来た。
問うその声にミコトはゆっくりとそちらへ視線を向ける。
そこには杖のようなものをつきながら部屋に入ってくる男の姿があり、ミコトはその男が藤虎だと気づく。


「あなたは?」

「あっしは藤虎と申すもんでごぜェます…この部屋はあっしの部屋でさァ…」

「ああ、あなたが…」


言われて気づいたように反応を返しながら改めて彼を見る。
新しい大将らしい藤虎は額から頬にかけて傷があり、それが原因かは不明だが、杖を突きながら部屋へ入ってくる姿を見ると盲目なのだと窺えた。
ミコトが物音や声をかけなくても気づけたのは、気配に気づいたのだろう。
盲目と言えど、彼もまた強者の1人という事なのだろう。
ミコトは新たしい大将に笑みを浮かべゆっくりと藤虎へと歩み寄る。
藤虎は何故かミコトが近づけば戸惑った仕草をし、そんな藤虎の様子に気付きつつも気にする事もなく盲目らしい藤虎の手へとそっと伸ばし、握手するように握る。


「初めまして、わたくしはモンキー・D・ミコト……大将黒蝶でございます」

「あなたが…黒蝶……」

「あら、ご存知で?」

「元帥から聞き存じておりやす」


ミコトは藤虎の事を先ほどサカズキに聞き知っていたが、あちらがこちらを知っていると思っていなかったのか小さく目を見張った。
盲目故に気配に敏感なのか、ミコトが目を見張った気配に気付いた藤虎は頷いて答えた。
藤虎の答えにミコトは『まあ、そうなの』とクスリと微笑み、藤虎は何故か口をつぐんだ。
口を噤む藤虎にミコトは目を細め握っていた藤虎の手に自分のもう片手を重ねぎゅっと小さな力で握り締める。


「あなたお目が見えませんの?」

「え、えェ…恥ずかしながら…」

「あら、そのような事言ってはいけませんわ…あなたは盲目でもこのように立派な職についているではありませんか…素晴らしいことですわ」

「ホ、ホントですかィ?」


優しく握り締め、コテンと小首を傾げるミコトに藤虎は気恥ずかしそうに頬をかくもミコトの言葉に驚いた反応を見せた。
ミコトは心からそう思ったので、揶揄ったわけではない。
目が見えている人間ですらこの『大将』という地位に上り詰めるのは難しいのに、藤虎は目が不自由なのに今自分の目の前にいて自分と同等の地位にいる。
それだけでも人に自慢できる事である。
それを謙虚に答える藤虎にミコトは好印象を持った。
それと同時に、ミコトは盲目である藤虎の力を試したくもあった。


("今すぐこの部屋から出て行きなさい")


ミコトはそう心の中で命ずる。
それはいつもしていた事と変わらなかった。
――いつも傾世元禳のテンプテーションで操っている意志の弱い人間にしているように。
しかし…


「あの…?」


藤虎は何も言わなくなり自分に視線を向けるミコトに戸惑いながら首をかしげ問いかけた。
ミコトはその藤虎の反応に笑みを深める。
笑みを深めたミコトの気配を感じた藤虎は口を噤む。
その仕草で藤虎が自分に何を想い何を感じているのか察したミコトはパッと手を放した。


「ごめんなさい?ちょっとあなたを試してみましたの」

「試した?何をで?」

「あなたの実力です」

「………」


ミコトの持っている傾世元禳は、常に微量な匂いをさせている。
いついかなる時でも人を操り動かす事が出来る様にである。
その香りは微量だと言ったが大半の人間が操れるほどの量であり、本来なら藤虎もこの匂いを嗅いだ瞬間に操ることが出来るはずだった。
しかし藤虎は何も言わなくなったミコトにキョトンとさせていた。
それが何よりこの地位を実力で手にした証拠だとミコトは思う。
藤虎はミコトの『実力を試した』という言葉に無言で返し、口をへの字にさせる藤虎にミコトは困ったように眉を下げ小さく笑う。


「怒りまして?」

「あ、いや……そうではなく…驚いてしまいやして…あっしは新参者ゆえ信用されないのは仕方なのない事でさァ…」


ここで藤虎が怒ってもミコトに支障はない。
サカズキのように嫌われてもいつも通りに自分に会って機嫌の悪い藤虎をからかって遊べばいいだけの話だ。
相手が嫌おうがミコトには関係ない事だった。
しかし藤虎はミコトの予想とは違い、困ったように笑って呟いた。
ミコトにフォローするように慌てて首まで振った。
ミコトはその藤虎の様子に『まあ嬉しい』と本当に嬉しそうだと言わんばかりの笑みと声色を浮かべ放していた藤虎の手をまた取る。
またミコトの手が自分の手に触れれば今度は藤虎はビクリと驚いたような反応を見せた。


「新参者など、自分で自分の評価を下げることはやめてくださいな……あなたはわたくしの誘惑にお勝ちになった…それは誇れる事ですわ」


きゅ、と微かに力を込め甘い声で呟けば呆気なく藤虎の頬は赤く染まる。
ミコトは明らかに自分に惚れたであろう藤虎に目を細め微笑を深めた。

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