(235 / 274) ラビットガール2 (235)

ルフィの言葉に男は困ったような声を零す。


「どうしてもかい?」

「どうしてもだ!!」

「今退いて、後で準備を整えて戻ってくるという手もあるのにかい?」

「それでもおれはここでサンジを待つ!!サンジ以外のメシも食わねえし飲まねえ!!それを邪魔をするっていうなら誰であろうと許さねェ!!」


二度目の説得も失敗に終わった。
男は諦めた。
シャンクスの娘であるアスカがいるため、やりにくさはあれど、お互い敵対している関係だ。
シャンクスも分かってくれるだろう。


「"ゴムゴムのイーグルバズーカ"!!」


男の敵意を感じたルフィは近接戦にはならない技を繰り出す。
触れても触れなくても、男の能力は箱に変えるなら、怖がって男と距離を保ちながら戦う理由がない。
真っ直ぐ技を放つルフィに、男はここで初めてその場から動いた。
ルフィの技を飛び退いて交わした男だが、その表情は相変わらず余裕そうだった。
それと同時に、アスカも動く。
男は飛び退いたままに手に持っていた箱を回り込んできたアスカへ向けて投げた。


「!―――アスカ!!逃げて!!!」


男は箱をアスカに向けて投げる。
その箱に何が入っているか気づいたナミが叫ぶが――遅い。
能力でできた箱は、能力者の意思で開閉を自由に行えるらしく、先ほど見せた壊してルフィを開放したのと違い、その箱は独りでにパカリと開けられた。
その瞬間、ピカッと雷光がアスカを包む。
だが―――


「フニャーーッ!!!」

「ミネット!?」


ナミが考える最悪な展開になる前に、猫――ミネットが箱に体当たりしアスカから逸らした。
その箱にはナミが作り出した雷が封じられていた。
アスカを狙ったのはゴム人間のルフィは雷が利かないと知っているからだ。
生物兵器であるシュラハテンは男の手の中にある。
まず手元にある箱で倒せるであろうアスカを先に潰すことにした。
だが、ミネットは違う。
ミネットは普通の猫で、敵ではない。
タフな動物系の能力者であるアスカが雷に当たっても死ぬまではいかないが、ミネットは大惨事になる。
そのため、このままではミネットに当たり死んでしまうと慌てて開いていた箱を閉じる。
男の意識はミネットに注がれていた。
その隙を見逃さなかった。


「"ゴムゴムのキングコングガン"!!」


強い衝撃と共に男の体が吹き飛ぶ。
しかし地面に体が叩きつけられる前に体勢を整え着地した。
だが、武装色を纏うルフィの攻撃は男に通じており、男の口から血が垂れる。


「…いい技だね…自分の血を見るなんていつぶりかな」


口の中が鉄くさい。
垂れた血を指で拭いながら、男の声は弾んでいた。
小柄な姿とは異なり、風船のように膨らんだ大男に変わったルフィに男は愉快そうに目を細めた。
まだ口の中に残る血を唾液と共に吐き出すと、男の耳にミネットの威嚇の声が届く。
ミネットの方へ視線を向ければ、ミネットは男に向かって『シャー』と威嚇をして怒っており、ミネットに初めて威嚇された男は怪訝とさせた。


「"ミルキーボール"!!」

「"ゴムゴムのイーグルバズーカ"!!」

「"ラビット・シャークスキャタ"!!」


意識を猫に向けられている隙に畳み込もうとした。
まず、ナミが『ミルキーボール』で男の視界を遮り、ルフィとアスカで攻撃をする。
アスカは『ラビット・シャーク』を分裂させ弾丸のように撃ち付けた。
しかし、全て箱になって変わる。


「いいね、多才な仲間がいることは強みになる」


まず、男はキングバームの上にいるナミに向かって箱を投げた。
普通なら届かないであろう距離でも男の能力で作られた箱には常識は無意味であった。
ナミに投げられた箱がナミに当たる前に開き、その中から小さなウサギサメが現れナミに向かって撃たれた。
箱を入れられたらからと言ってソレの勢いを止めるか、一時的に停めるかは能力者に選択肢があるらしい。


「―――ッ!!」

「ナミ!!!」


ナミは仲間の、妹のようなアスカの技をその身で受けてしまう。
弾丸のような小さなウサギサメがナミに向かって放たれ、ナミは悲鳴を上げることもできず血を散らして倒れてしまう。
そして、ナミに気を取られたアスカに向かって箱をもう一つ。
その箱に入っているのは雲か、ルフィかの二択。
どちらにせよ避ける選択しかない。
しかし、男の方が速かった。


「――!」


男がその場で空気を着るようにサーベルを振れば、連動するように箱が真っ二つに割れた。
それと同時に割れた箱の中から大量の雲がアスカに襲い掛かり視界をあっという間に防ぐ。
そして、最後の箱。


「さて、二回目…君の強度はどうかな」


男は動かない箱を見下ろした後、ひょいと投げ―――箱を切った。
するとルフィが血をまき散らしながら地面に倒れてしまう。


「頼むね」


モクモクと目の前を塞ぐ煙の中から現れて向かって来ようとするアスカに焦りもなく、男はポツリと呟いた。
その瞬間、雲がまるで風が吹いたようにアスカを追いかけ、再びアスカは雲に覆われる。
しかし、目の前の敵を倒すのを最優先とさせるアスカはお構いなしに男に牙をむこうとした。
だが―――ひやりとした冷たい空気を感じた瞬間、アスカの体が凍ってしまった。


「氷…!?」


全身凍っているわけではないが、砕かれるのを危惧したのか胸元まで凍らされてしまい身動きが出来なかった。
しかし、アスカはウサギを出せる。
長身ウサギを出して氷を砕こうとしたが、そのウサギさえも一瞬にして凍ってしまった。
男はまず身動きの出来ないアスカに片すつもりなのか近づき、アスカの胸元にサーベルの剣先を向けた。


「君はあの子の娘だからね、あまり苦しくしないようにしてあげるから安心していいよ」

「それ、全然安心できないんだけど…」


心臓を一突きにするつもりらしい男の言葉に、アスカは睨みつけながら憎まれ口を零す。
死を目の前に喚かない度胸に『そりゃそうか』と軽く笑いながら、シャンクスの娘だけあると感心する。
グッと男を睨みつけるミコトの肌に食い込もうとしたとき―――


「"ゴムゴムのエレファント・ガン"!」

「ブニ゙ャ゙ー!!」


男の手をミネットが噛みつこうと飛び掛かったのと、ルフィが技を放つのとは同時だった。
ミネットの飛び掛かりを交わした男は、手を膨らませ覇気で固めたルフィの腕がこちらに振ってくるのを冷静に見上げながら巻き込まれる位置にいるミネットの首根っこを掴んでその場から飛び退いた。
それと同時に爆発音が鳴り響き、その音の方へと視線を向ければアスカの体を包んでいた氷が粉々になっているのが見えた。


「い゙ッ…!」


アスカは爆発による痛みと熱さに顔を顰めた。
男に気づかれないように後ろの氷に小さくした『ラビット爆弾』を数羽張り付かせ爆発させて氷から脱出した。
爆発の衝撃で漂っていた雲が散った。
タフなルーキーに男は口角が上がる。
そんな男の両足をルフィの伸びた手が掴み、思いっきり山の方へ投げ飛ばされた。
腹立つことに、それでも余裕を表すように巻き込まれると思った男は腕の中にいるミネットを放り投げるように降ろす。
ルフィに投げられ吹き飛ばされた男に向けてアスカはウサギを銃に変えて銃口を男に向ける。


「"ラビット・ガン()"!」


ウサギの銃は、傍にいた長身ウサギから変化したものだった。
傍にいた長身ウサギもラビット爆弾で氷を砕き、その長身ウサギの体がぐにゃりと歪み一瞬にして銃に変わった。
男はただただ冷静に、焦る素振りも見せず、こちらに向かってくる銃弾を静かに見つめていた。
ウサギで作った銃から出た銃弾もウサギだった。
男は薄く笑みを浮かべたままポンポンと手に新たな小さな箱を数個出し、自分の前に放り捨てる。
すると全ての箱が開けられ、それからは白い煙が放出され男の姿を消した。
しかし、雷光が線を描くように煙の中に吸い込まれる――ナミの『サンダーボルト=テンポ』だ。
それを見てアスカはナミの方へと振り向く。


「ナミ…よかった…」


自分が向けたわけではないとはいえ、自分の技が仲間を傷つけたと思うと罪悪感が生まれる。
傷だらけでボロボロだが、ナミが立っている姿を見てアスカは胸を撫でおろす。
安心したのもつかの間――頭上から刃が降ってきた。
ナミに気を取られていたアスカは気づいたものの、回避しきれず、腕に刃が刺さってしまう。


「ゔ…っ」

「アスカ!」


負傷したアスカに気づき、ルフィは駆け寄ると刃を抜いた傷口から血があふれ出ているのを見て息を呑んだ。
アスカの傍には駆け寄ってきたミネットがミイミイと悲しそうに鳴いていた。


「大丈夫か!?」

「大丈夫…傷、浅いみたいだし…でも、これ…飴だ…」


抜いたばかりの刃を見てみれば、それは飴だった。
刃が止んだ後もポツポツと小さく固まった雨のしずくが何粒かルフィ達の肌を打ったため、刃と思っていたそれは水飴が集まって固まったものだった。


「こらこら、意地悪をしては駄目だって言っているだろう?」


水飴が降る国だから何が起こっても驚かないとはいえ、なぜ突然水飴が肌を刺すような硬さに変わり、ルフィ達のいる場所だけに振って来るのか。
それに疑問に思っていると男が煙から姿を現したが、三人に驚きはない。
攻撃をしかけてはいるものの、男がこれだけでやられるとは思わないからだ。
男は一人しかいないのにどこかに話しかけるような口調で呟きながら、三人の前に現れる。


「さて…僕はどうやら君達を見くびっていたようだ…すまなかったね」


男の体は1つの汚れも焦げもなかった。
謝罪が逆にバカにしているように聞こえ、誰もが顔を顰める。
それは男も気づいてはいたが、本心でもあった。


「馬鹿にしたつもりではないんだ…駄目だね、無駄に長く生きていると上から物を言ってしまうようになる…他種族を見下すのは僕たち種族の欠点だ」


苦笑いを浮かべる男の言葉にアスカは違和感を感じる。
『他種族』というからには、男は人間ではないのだろう。
男の視線はまっすぐアスカへ向けられた。


「君は"フレイル"だね」


ポツリと呟かれた男の言葉にアスカは凍りつく。
男はアスカがフレイルだと思った。
それはアスカの傍にいるミネットの存在が大きいだろう。
ミネットは普通の猫だが、普通の猫ではない。
ミネット達だけがフレイルを見分けることができる。
フレイル本人は感知できないのに。
ミネットが危険な目に遭ってまで庇う理由がそれしかない。
頭では違うと否定したいのに、男の視線がそれを許せなかった。
しかし、その代わりにルフィの腕が男へと向けられたが、仕留めに来てはいないその腕を男には簡単に避けられてしまう。


「だったらなんだ!!サンジもアスカも!!お前らなんかにやらねェ!!」


ルフィは腹を立てていた。
フレイルの重要性はイヌアラシとネコマムシから聞いていた。
だが、だからなんだと思う。
彼らが言うのだからフレイルという存在は重要なのだろう。
本来ならアスカがフレイルなら喜ぶが、今、そのせいでアスカが狙われていると思うと、フレイルという存在が腹立たしい。
アスカを庇って前に出るルフィに、男は笑いもしなかったが、優しく語り掛けることもなかった。


「それは僕に勝ってから言いなさい」


男の言葉と共に唸るような音が響き渡る。
辺りを見渡しても変化はなく、地震というわけではない。
周りを見渡すアスカ達に男は『違う違う』と言った。
男を見ると、男は何故か上を指さしていた。
それに釣られて三人が上を向くとギョッとさせる。


「み、水ゥ!?」

「どこから持ってきてるのよ!あんな量の水!!」


上を見上げるとまるでプールの水を丸ごと運んだような量の水がアスカ達の上に宙に浮いていた。
まるで透明の何かに包まれているように宙に浮かんでいるのに一滴も零れていない。


「君達人間には能力者が海に入って溺れるのは海に嫌われているからと言われているらしいね…でもね、僕たち種族にはウンディーネに愛されているから溺れるという言い伝えがある――さァ、ウインディーネの寵愛を共に受けようじゃないか」


その言葉を合図に、水がゆっくりと降って落ちてきているのが見えた。
能力者にとってその光景はもはや恐怖にしかならない。
どんな能力者でも、海に入れば能力も使えず足掻く事さえもできず助け出されなければ溺れて死ぬ。
島全域の空を埋めるような広範囲ではないので、ここは逃げの一手だ。
幸いナミはキングバームの上で、水の範囲外にいる。
まずは能力者…特に水に弱いアスカは水の範囲から逃げることだけを考えなければならない。
ナミの『逃げて!』という言葉に従い、2人は降ってくる水から逃げようとした。
しかし、落ちてくる水の方が速かった。


「ルフィ!!アスカ!!」


大量の水がルフィとアスカを包むように降って落ちる。
透明度の高い水のため、2人が泳げずもがく姿がはっきりと見えた。
2人は泳げず、アスカに至っては他人より水や海に弱い。
ルフィはまだ足掻く余裕はあるようだが、アスカはピクリとも動かない。
ナミは考えるよりも水に飛び込んだ。


(これ…!水じゃなくて海水…!?)


水だとばかり思っていたが、飛び込んでそれが海水だと気づく。
だったら余計に急がなくては、とナミはまずアスカへ向かう。
ルフィも自分が溺れているのに関わらずアスカの下へと行こうとするが泳げないためその場でばたつかせるしか出来ない。


(あと…少し…!!)


もう少しでアスカに手が届くはずだった。
しかし、ナミの手が水中を漂うように浮かぶアスカの手に触れるよりも前に―――男の手が触れた。
気づけばアスカはナミとルフィの前で手の平サイズの箱へと変わった。


「    !!!」


ルフィの声が泡となって消えるのを、ナミは聞いた。
ナミは唖然としたが、沈んでいく箱に手を伸ばす。
相手の能力がどうであれ、閉じ込められた箱を壊せばアスカは解放される。
ぐったりとさせるアスカの体は力が抜かれて重いため、むしろそちらの方が回収しやすくなる。
そう思うことにしてショックを緩和させたナミを気にも留めず男は簡単にアスカの入った箱をナミの目の前で攫って行く。


(―――ッ)


キッと男を睨みつけるナミだが、その目はすぐに驚きの視線へ返る。
おかしい、とナミは気づく。
男は能力者なはずなのだ。
男本人からも能力者だと発言があったし、それが嘘だとしたら男の手で様々な物が箱に変わった理由がない。
だが、男は動けていた。
そう、動いていたのだ。
本来ならルフィのように泳げもせずそのまま沈むしかないのに、男はまるで宇宙空間のように地面を蹴って後ろへと下がる。
そもそも、疑問に思う事ももう一つある。


(どうやって移動したの…)


いくら戦っていたとはいえ、距離は離れていたし、男は2人と対峙するように真正面に立っていた。
能力者なのに泳げているという点を無視したとしても、泳いで回り込んだにしては早すぎるのだ。
まるで手品のようにパッと現れない限り無理な時間と距離だった。
それどころか、男は水中にいるというのに、彼だけは水の中に入っているようには見えなかった。
まるで…


(まるでシャボンに包まれてるみたい)


男の纏うマントも服装も、全て水中でふわりと浮くことなく重力に従っている。
だが、シャボンなら膜が見えるのに男を包むシャボンは見えなかった。
言うならば、海水が男を避けているようだった。
ナミの疑問を察しているように男は口元に指を持って行き薄く笑って見せた。
溺れるはずの能力者が水中で動いている光景は違和感しかない。
ナミはルフィへと向かった。
男の手にはアスカの入った箱が握られている。
ナミでは男には叶わない。
ならば、ルフィを助け出す事を優先したが、男がそれを許さなかった。
男は持っているアスカが入っている箱をそのまま放り捨てるように手放した。
箱は独りでに蓋が開けられ―――バチッと音がしたと思った瞬間、ナミは目の前が暗闇に包まれ、ルフィは過剰な光に目を瞑った。
光が収まったのと同時に透明な箱に入れられたように一定の範囲で止まっていた海水が一気に地面に流れる。
水飴とは別に海水が地面を濡らす。


「げほッ、!…ぅ゙……――ナミ!!おい!ナミ!!!」


溺れていて海水を少し飲んでしまったルフィは倒れ込み、咳き込みながらナミへ視線を向ける。
しかし、ナミはピクリともしない
仰向けになってこちらに顔を向けている彼女から気を失っているのが伺える。


「流石、ゴムゴムの実…海水で能力を封じても雷は通さないね」

「ナミに何した!!!アスカはどこだ!!」


ルフィはゴムゴムの実を食べて打撃や雷などには強い体質をもった。
海に入っても体質は変わらないため溺れはすれど、当然のように雷は無効だ。
ただし、能力者でもない生身のナミには効果はバツグンである。
男はルフィには答えず倒れているナミに歩み寄る。
それを見て腕を伸ばしたが、海水に浸かりまだ力が入りきらないのか箱で跳ね返されしまう。
そうしている内にナミは箱に変えられた。


「お前…!!」

「威勢がいいのは良いことだ…でも、人間達はこうも言うだろう?弱い犬ほどよく吠える、って」


目の前でアスカとナミを箱にされ、ルフィは怒りで目の前が真っ赤になる。
海水で濡れる体で立ち上がりナミとアスカの箱を奪い返そうとするが、それを男は軽々と避ける。
後ろに飛び下がりながら、男は笑みをそのままにルフィに1つの箱を見せつける。
アスカの箱である。


「安心するといい…死んでいく君達と違ってこの子は僕と同じフレイルだ…リンリンには丁重に扱われるだろうからね」


―――だから、これが君達の最後のお別れだ。

男はアスカ達を奪い返そうとするルフィに触れ――ルフィは一瞬にして箱に変わった。
その場には男しか残っておらず、あれほど激しい音が鳴り響いていたというのに静けさが広がっていた。

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