(237 / 274) ラビットガール2 (237)

話は終わりだ、とビッグ・マムが勝手に話を切り上げアスカと自身の夫を引き連れて別の部屋へと向かった。
中には数人のメイドが待機しており、そのうちの2人は着替えの際に呼ばれたメイド達だった。
部屋には大量の女性向けの衣服が並んであり、メイドの姿もあってアスカは嫌な予感がし思わず後ずさりした。
しかし後ろにはビッグ・マムの夫が塞いでおり逃げる事すらできない。
メイドに指示し服を適当に出させると、ビッグ・マム手づからアスカの体に服を当てて着させる服装を選んでいた。


「うーん…迷うねェ…これはどうだい?」

「背中見えるからイヤ…もっとマシなのないわけ?」

「そうかい?まァ確かに"あの子"も露出の高い服を着た女には目もくれないからねェ…なら、どれにしようかねェ」


アスカの体に当てたその服は背中が大胆に開いている色っぽい服装だった。
色っぽい服はあまり着たことないし、興味すら沸かないが、例え胸が開いていようとミニスカートであろうとアスカは着ただろう。
しかし、背中は焼印があるため仲間の前以外では着たくない。
ビッグ・マムは自分が選んだ服を突っぱねるアスカに素直に服を引っ込めた。
『あの子』というくらいだから、もう彼女の中ではアスカを嫁がせる息子が決まっているのだろう。
アスカはブスッと不機嫌を隠さず、そのアスカの恐れ知らずな反応にむしろメイド達はいつビッグ・マムが怒りだすかとハラハラしていた。
しかし、そんなメイド達の心配もよそにビッグ・マムはニコニコと笑顔を浮かべてご機嫌にアスカの服を選んでいた。


「このこと、パパが知ったら争いになると思うけど」


アスカの父親はシャンクス…四皇の1人だ。
本当の娘ではないが、彼から本当の娘として愛されている自覚はある。
そんな父が、同じ四皇のビッグ・マムの息子と結婚など黙っているわけがない。
下手をしたらビッグ・マム海賊団と赤髪海賊団の大戦争が始まる可能性だってゼロではない。
大げさだ、自惚れだと言われるだろうが、父の愛を軽んじてはいけない。
この世で最も美しく(アスカ談)、この世で唯一の美女(アスカ談)であるミコトを子供の頃から一途に思い続けた男である。
それが娘となれば干渉しなくとも甘くなるのは当然だろう。
ご機嫌にアスカの着る服を選んでいたビッグ・マムの手がアスカの言葉にピタリと止まり、アスカを見る。
流石に機嫌を損ねたのかと思ったが、ビッグ・マムは『マママ』と笑う。


「赤髪の小僧なんかに負けるほどおれは軟じゃねェよ」


その一言で終わった。
その一言だけでも、彼女の自信と実力を見せつけられたような気がした。
ただ、シャンクスだって四皇なのだから負けるなどアスカは思っていない。


(ま、本当に結婚する気はないし…そんな心配してないけどね)


心内でベッと舌を出した。
どうせ言葉にしても信じないだろうし、そんな警戒を高くして不利な状況を自分から作るほど自棄になっていない。
口を閉ざしたアスカを諦めたと勘違いしたのか、もうこの話題には興味を失ったように次々と服を選んでいく。


「しかし今日はなんていい日なんだ!プリンの結婚にやっと現れた子供を産めるフレイル!明日は最高な結婚式になるんだろうねェ!」


フレイルというだけでもお気に入りになる要素ではあるのだが、アスカは石女でなければ子孫が残せる種族だ。
後で医者に妊娠できるかどうかを調べさせるが、だとしても今はベガパンクに次ぐ科学者であるシーザーがいる。
彼ならば試験管の中でも子供を作ることが出来るだろう。
人種を超えて誰もが同じ目線で幸福に暮らす平和な国を夢見ていたが、もう一つ、フレイルをこの手元に置きその血と自身の血を継ぐ子供を作ることも夢見ていた。
そのフレイルの男を夫にしたが、残念ながら夫は他種族に発情できず発情も稀の種族だ。
他種族であるビッグ・マムでは、夫の場合、発情はおろか種だけ貰っても意味はない。
しかし、アスカはどんな種族にも発情して子をなせる人間種だ。
長年見ていた夢の1つがついに叶うのかとビッグ・マムはご機嫌だった。
そして、明日の結婚。
アスカのちょっとした反抗も機嫌を損ねる理由にはならなかった。
ビッグ・マムの口からプリンの結婚、と聞きアスカは視線を落とした。


「…………」


プリンの結婚相手は仲間であるサンジだ。
アスカもルフィと同じく、彼が仲間のためにルフィを追い返したと気づいていた。
その結婚を止めるためにこの国に来たはずなのに、なぜか敵に捕まってアスカもビッグ・マムの息子と結婚させられそうになっている。
笑えそうで笑えない話だ。
ミイラ取りがミイラになったとはこのことだろう。


「これがいい!きっとあの子もお前に惚れ込むことだろうよ!」

「惚れられると困るんだけど…」


アスカのぼやきをビッグ・マムは笑って無視した。
仲間ではないのだから無視されることに腹を立てることはないが、ビッグ・マムがメイド達に決めた服を渡したのを見て嫌な予感がした。
その予感は当たり、メイド達はビッグ・マムにアスカの着替えを命じられる。
アスカは当然、焼印を見られたくないため頑なに拒む。


「ま、まって!」

「あ?なんだ、今更ここまできて拒む気か?」


無駄だと分かっていても言わなければならなかった。
背中の焼き印は絶対に見せるわけにはいかない。
話さなければならなくなったあの天竜人の事件がなければ、今でも仲間達には焼印のことは話さなかったし、仲良くお風呂だって入らなかった。
家族同然の仲間にさえ見せないほどアスカは焼印を見られたくはなかった。
しかし、ビッグ・マム達はそんなアスカの事情など知りはしない。
アスカの言葉を逃げるための下手な言い訳だと思うのは仕方ないが、アスカは必死に否定した。


「あんたがいるのに簡単に逃げ出せるなんて思ってない…でも子供じゃないんだから着替えは1人でできるって言いたいの」

「マママ!そんなこと言って逃げる気だろ?お前はおれの血を引いた子供を産むフレイル!逃げられるのは困るからねェ…それにお前達フレイルは多くの奴らに狙われてる希少な種族だ!これはお前を守るためでもあるんだ!!今から他人に着替えをされることに慣れておけ!」

「…っ」


本来ならもうこの時点でアスカはビッグ・マムの怒りを買っていただろう。
だが、ビッグ・マムは気分が良かった。
アスカがフレイルというのもそうだが、何より強者である自分を目の前にしても引かず怖がらず意見をはっきりと言える強気が気に入った。
そもそも、息子に嫁ぎ跡継ぎを産む女なのだから、強気の女が好ましい。
自身の子供と結婚した他の嫁や婿と比べて、目の前にいる少女は特別だ。
何が特別かというと、血筋だ。
シャンクスという小僧の血ではなく、フレイルの血だ。
フレイルとは、神に愛された存在。
人にも愛され滅んだ存在。
その存在はロジャーの船に乗っていた夫とその憎たらしい双子の妹と会わなければフレイルなど伝説の存在としか認識していなかった。
その伝説が実際に存在していると知らせてくれた夫との子供は残念ながら望めず、夫の種族では遺伝子だけを貰う事もできず、諦めかけていた。
その諦めかけた存在が目の前にいる。
些細な事で機嫌を損ねることはまずない。


(絶対に背中を見せたくない!天竜人の奴隷だったって知られたらどうなるか分からないし…でも…どうやって1人になれるんだろう…)


アスカには、ローがいて、ルフィがいて、仲間がいて、父や姉や兄達や村の人たちがいる。
彼らの存在で満たされているアスカは昔のようにすぐに死を選ぶ考えはなくなった。
そのため、今頭に浮かぶのは死ではなく逃げたいという気持ちだ。
アスカの仲間はルフィ達だけだし、ビッグ・マムは敵だ。
ビッグ・マムからしてもアスカはいつ逃げ出してもおかしくはない存在だ。
そこに信頼はまだなく、海楼石で拘束してはいるがガチガチに縛り付けないだけマシだろう。
アスカはどうすれば逃げないと信じてもらえるのか悩み、そして半分諦めかけていた。
しかし、意外な味方が現れる。


「リンリン、警戒するのは分かるけれど…この子も僕達に捕まったばかりで警戒心が高いのは仕方ないんじゃないかな?人前で脱ぐのも抵抗があるだろうしね…だから、僕の能力で見張るのはどうかな?」


意外な味方とはビッグ・マムの夫である男だった。
妻を前にしてもフードを取らない男の言葉に、アスカはまさか男からフォローされると思わず男を見た。
ビッグ・マムも夫を見つめ、考えているのかしばらく口を閉じていた。


「それに、あまり我を通してしまってはこれからこの子が我が儘を言えないんじゃないかな?この子に君の血を継いだ子供を産んでもらうのならもっと優しくしてあげなきゃ駄目だろう?」


まるで子供を諭すような言い方だったが、ビッグ・マムは『それもそうか』と納得した。
頷いたビッグ・マムにアスカは男からビッグ・マムへと視線を戻す。
パウンドの話からして、ビッグ・マムは夫といえどその扱いはあまり良いとは言えない。
だが、目の前にいる夫はアスカと同様フレイルだから特別らしい。
話はついたのか、男は妻からアスカへ視線を向けニコリと口角を上げて笑った。


「あの時みたいに僕の能力で出した箱を配置させてもらうけど、構わないね」


窺う言葉ではあれど口調は有無をいわせないものだった。
だが、男の提案はアスカにとって断る理由はなく、アスカはコクリと頷く。

237 / 274
| top | back |
しおりを挟む