(239 / 274) ラビットガール2 (239)

宣言通り、カタクリは昼食後に迎えにやってきた。
丁度食後のお茶を楽しんでいたアスカだったが、捕虜扱いされていないとはいえ、今はまだ捕虜に近い認識をされている。
着替えのこと以外は大人しいとはいえ、流石大海賊として名高いだけあって警戒心は高い。
『行くぞ』というカタクリに大人しくついていくアスカ。
2人の後を部屋にいたメイド達もついてきていた。
案内されたのは、着替えの際連れてこられた部屋だった。
中に入ればすでにビッグ・マムとその夫がおり、アスカ達が着くまでに何着か選び終えていた。
ビッグ・マムの夫である男は変わらずフードを深く被り顔を隠して感情が読めず、ビッグ・マムは息子の傍にいるフレイルの姿を見てご機嫌に笑う。


「マママ!食事は口に合ったかい?」

「サンジの料理の方が美味しい」


ツン、と自国の料理人よりもサンジの料理の方が美味しいと言うアスカに、ビッグ・マムは怒るでもなく機嫌よく笑った。
ビッグ・マムの機嫌を損ねないのは有難いが、いくらフレイルだからと言ってここまで機嫌を損ねないのには流石に気味が悪い。


「明日はプリンの結婚式だがおれのフレイルに適当な服を着させるわけにはいかねェからなァ…」


アスカは選んでいた服を次から次へと自分の体に当てるビッグ・マムの言葉に『あんたのものになった覚えはないんだけど』と呆れたような目で見たが、ビッグ・マムはアスカの目など気づいてもいない。
ビッグ・マムにとってアスカは物だ。
物の機嫌などどうでもいいのだろう。
チラリと男2人を見る。
カタクリは無関心を貫き、ビッグ・マムの夫はいつもの笑みを張り付け妻を止める素振りも見せない。
分かってはいたが、この場にアスカに味方はいなかった。


「よし、こんなもんかね」


言って止める気のないビッグ・マムのなすままにさせていると、やっと1時間経って服選びが終わった。
その頃にはすっかりアスカはぐったりとしており、メイドが用意してくれた椅子に腰を下ろしていた。
服さえ決めれば後はビッグ・マムが勝手に決めるつもりなのかメイドからアクセサリーや髪留めを持ってこさせ服に合うものを選んでいく。
その楽しそうな姿をアスカは呆れたように見つめ、メイドが淹れてくれた紅茶を飲む。
やはり、サンジの淹れてくれた方が美味しい。


「さて…また明日にこの服で式に出てもらうよ」

「…着替えは」

「ああ、分かっている…だが今回だけだ…アレはおれの夫…おれの物だ…お前だから許可を出したに過ぎないことを忘れるなよ」

「…分かった」


おれの物、と言った時のビッグ・マムの目は恐ろしいほど鋭く、闇深かった。
戦慄するほどの圧や迫力を向けられ、流石にアスカも頷くしかない。
だが、その目にアスカは違和感を感じた。
チラリとその夫を見ればやはり表情を変えず笑みを絶やさない。
その笑みは人好きのする穏やかな笑みだが、表情が変わらないのが気味が悪く感じる。
何を考えているのか分からない恐怖もあった。
服さえ選べばアスカは用済みなのか、退室の許可を貰い夫を呼ぶビッグ・マムの声を聞きながらアスカはカタクリとメイドと共に部屋を出て行った。
その際、チラリと2人を見るとアスカはその違和感に腑に落ちる。

――部屋に戻ってもアスカとカタクリはお互い話すことはなかった。
ただ、彼から初対面での刺すような気配を向けられることはなく、敵という居心地の悪さはあっても気まずさはない。


「おれはまだ仕事が残っている…戻るのは夜になるが先に夕食を済ましておいて構わない」

「え…」


先にアスカを部屋に入れ、カタクリが入り、メイド達が最後に入り扉を閉める。
勿論、それはアスカへの気遣いではなく逃亡防止だ。
カタクリはアスカの背中に向けて話しかける。
アスカはその言葉に驚いたように振り返り、アスカの反応にカタクリは微かに眉を顰めた。


「なんだ」

「い、いや…なんで戻ってくるのかなって、思って…」

「お前の夫として共に過ごすよう言われたからな…今日からおれもお前と寝泊まりすることになっている」

「そ、そうなんだ…」


この部屋はカタクリの部屋ではない。
カタクリには任されている島はあるが、この城にも自身の部屋はある。
だが、母であるビッグ・マムからこの部屋で過ごせという命令が出た以上それに従うしかない。
カタクリ達の母親であるが、この海賊団の船長なのだ。
アスカは『え"…マジで…?』と心の中で顔を引きつらせていた。
結婚するまで部屋は別々にされて1人で過ごせると思ったのだ。
結婚する気はないし、逃げ出す気満々ではあるが、敵…それも結婚相手が傍にいるのは落ち着かない。
それにアスカはルフィ達ほど戦闘力はないが、そんなアスカでも分かるカタクリの強さ。
逃げ出す気は勿論あるが、簡単に逃げれるか不安になってきた。
『そうなんだ』と答えたアスカを見て何を思ったかは分からないが、カタクリは仕事に戻るため部屋を出て行った。
カタクリを見送ったアスカはドッと襲い掛かるような疲れにソファに座る。
ただ服を選んで帰って来ただけだが、よっぽど戦闘の方が楽だった気がする。
溜息をつきながらアスカは窓を見る。
外は変わらず水飴の雨が降っており、メイドと自分しかいないこの部屋には窓に雨が当たる音だけが響いていた。
やはり、考えるのはルフィ達のこと、サンジ、そして――先ほどのビッグ・マムの様子。
あの服を選び終えて帰る際に向けられたビッグ・マムの恐ろしい目に見つめられたあの時。
敵に向けるというよりも、妬みを感じた。
そして、夫と呼ぶ男の前でしか奏でない彼女の明るい声色。
会ったばかりでも分かるほどあの男の前にするとビッグ・マムは甘い声になる。


(四皇でも女なんだなぁ…意外…)


そこからアスカは彼女は夫に惚れているのだなと分かった。
ローラの父であるパウンドの話からして子供さえできれば父親である男は用済みとして捨てられると思っていたが、やはり本命が出来たら女は変わるのだろうか。
アスカは心の内で失礼なことを思いながら、ふと恋人達を脳裏に浮かべる。


(みんな大丈夫かな…)


敵に捕まっている自分が思うのもなんだが、2人や仲間達が心配だった。
特にサンジ。
サンジはルフィと戦った時本音を言っているように感じたが、どうしてもそうは思えなかった。
無理をしているとアスカは見ていて思い、そして心が痛くなった。
本当は彼だって仲間の下に戻りたいに違いなく、そんな彼は無理をしてルフィと戦い言いたくない言葉で自分達を突き刺した。


(会いたい)


ルフィ達に会いたい――そう、切に思う。


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