(245 / 274) ラビットガール2 (245)

鏡から出て寝室に戻ったアスカは、露になっているベビードールを隠すように慌てて鏡の中に引き込まれる際に落ちたシーツを体に巻き付けて身体を隠す。
今も背中以外の体を見られるのは別に平気だが、恋人が出来て以来彼らに気を使うのをアスカは覚えた。
簡単に言えば、彼氏たちに怒られるのが嫌なのだ。


「じゃあ、結婚式まで…みんな、頑張ってね」

「アスカも!」

「ルフィの事は気にしないでいいからね、こっちでなんとかしておくから」


手を振るとチョッパー達も鏡の中から手を振り返してくれた。
ナミの言葉にアスカは苦笑いを浮かべ、まだ不服そうなルフィを見る。
鏡越しに手を伸ばせば、ルフィもその手に重ねるように触れてくれた。


「サンジと待ってるから…」

「ああ、絶対に迎えに行く」


ルフィの言葉に強く頷いてアスカは鏡から離れる。
それが合図のようにルフィ達も行動を起こすため、鏡から離れていく。
アスカは姿が消えるルフィ達を名残惜しそうにしながらも、見送った。
ルフィ達の姿が消え、ドレッサーの鏡が普通の鏡と戻ったがアスカはしばらくその前から動けなかった。
寝室の扉から人の気配と物音に気付きアスカは鏡から寝室の扉へと振り向きカタクリの朝食の時間まで誰も入れないという言葉を思い出す。
時計を見れば、丁度朝食の時間となっていた。


「アスカ様、おはようございます」

「…おはよう」


恐る恐る扉を少し開けて顔を覗かせれば、使用人達が色々と準備をしていた。
顔を覗かせるアスカに気づき、声をかける。
アスカは体を見せないようにしながら『着替え、ない?』と聞くとラフな服装を渡してくれた。
寝室に引っ込んで服を見てみれば、本当に部屋で着るTシャツとロングスカートのラフな服装だった。
肌着も用意されており、渡されたのが簡単な服装なのは本日行われるサンジとプリンの結婚式のためにドレスを着るためだろう。
着替え終えて背中もチェックした後、衣服を正しながら寝室を出る。
服装を気にしすぎたせいか、顔を上げて見えたその"人物"にビクリと肩を揺らし立ち止まった。


「…い、いたんだ」


使用人たちはすでに退室しており、入れ替わる様にその人物…カタクリがソファで座って待っていた。
驚くアスカの言葉に、カタクリはピクリと片眉を上げ不満そうにアスカを見た。


「いたら悪いのか?この部屋はおれの部屋でもある」


カタクリの言葉にアスカはうぐっと押し黙る。
相手が正しいからだ。
この部屋は客室で、アスカに割り当てられた部屋ではあるが、ビッグ・マムがカタクリもこの部屋で過ごせというのならこの部屋はカタクリとアスカの部屋だ。
カタクリは自分から出て行ったとはいえ、追い出されたのも同じだ。
とはいえ、カタクリに怒っているような雰囲気はなく、アスカは何よりも昨日のことを蒸し返したり気にしている様子がないことに安堵した。


「ご、ごめん…でも……その…来ると…思っていなかったから…」

「…………」


驚いたのは、油断からだった。
使用人しかいないと思って油断していたのもあるが、何より背中を見られたからというのもある。
カタクリの様子から天竜人の奴隷だったアスカを気遣ってくれているようにも感じられた。
だから、昨日の今日でアスカの下に訪れるとは思わなかった。
きっとそれはアスカの言葉でカタクリも察したのだろう、何も言い返さなかった。


「彼女達は?」

「退室してもらった…朝食の時間だったからな」

「?」


部屋を見渡すも、使用人たちの姿はなかった。
テーブルには食事が用意されているが、なぜか一般的な食事の他にもドーナッツが大量に置かれている。
日が高いというのにカーテンも閉められていた。
一見普通に太陽の光が入るのが嫌なのかと思うが、どうしてかアスカは外から覗かれないようにしていると思ってしまう。
更にはどこからか白いものが現れアスカは驚きながら数歩後ろへ下がる。
それはもの数秒で一室となり、アスカは恐る恐る近づきツンツンと突っついてみる。
普段なら警戒して近づかないが、大胆な行動はビッグ・マムから丁重に扱われているという安全圏にいるためだろう。


「これ…餅?」


ツンツンと突っついてみれば、柔らかいが弾力があった。
匂いはないが、見慣れた物だ。
突っつきながらそう問えば、彼は簡単に答えてくれた。


「おれのモチモチの実の能力で作ったものだ」


その言葉でアスカは納得した。
いや、物が突然現れた時点で彼の能力だとは思ったが、餅人間だとは思わなかった。
強者だと気配で分かるから、能力者なのは予想していた。
ルフィといい、アムラスといい、悪魔の実は能力者によって振れ幅が広いのだなと素直に関心してしまう。
関心するアスカなど他所にカタクリは餅で作った扉を開けて中に入る。
アスカも入るよう言われたので、今の自分の立場は安全ということもあり素直に入る。
中には先ほど使用人が用意した朝食とドーナッツが餅で作られたテーブルに置かれておりカタクリはドーナッツの前に座る。


「ここなら誰の目もない…好きに食べろ」


カタクリはアスカの困惑など気にも留めず、ただそう指示しただけでアスカの行動に制限をかけることはなかった。
立っていても仕方ないし、この後のことも考えると食べて体力をつけた方がいい。
そう思ってアスカのために作られたであろう椅子に座る。
餅ではあるがベタベタしているわけではなく、柔らかすぎず硬すぎずと座り心地は悪くはなかった。
朝食はパンと目玉焼き、サラダ、飲み物なありきたりなものだ。
サンジの料理の方が美味しいのは当たり前として、この国の料理人の料理も当然、美味しい。
ただ、アスカが小食なのを知らないためアスカは一般的な一食分ではあるものの食べきれるのか不安に思う。
残しても文句言われないだろうかとチラリとカタクリを見る。


「…!」


アスカはカタクリを見てギョッとさせた。
カタクリは口元を隠すように大きなマフラーを巻いていたのだが、そのマフラーを取りその素顔をあらわにする。
あらわになったカタクリの口は耳の頬まで裂けており、糸で縫われていた。
その口も大きなギザギザとした尖った歯が見えた。
アスカの視線が口元に固定されているのを理解しつつ、カタクリは座るのではなくそのまま寝転ばりドーナッツへ手を伸ばす。
いつも精悍な顔が見る影もないくらいに顔が緩むほどドーナッツを頬張っていた。
ゴムの性質と同じなのか、ハムスターのように頬を膨らませて食べるその姿にアスカは困惑する。
その視線に気づいたのか、頬を膨らませたままカタクリはアスカへと視線を向ける。


「どうした、食べないのか?」

「う、ううん…食べる…」


頬を膨らませながら問われてアスカは慌ててフォークとナイフを手に取る。
驚いたが、ルフィで慣れているためかすぐに調子を取り戻す。
とはいえ、ルフィと違うタイプなためアスカは思わず失礼と知りながらカタクリの方をチラチラと見てしまう。
目線の先は勿論、頬。
もっもっ、と頬張りながら食べる姿はまさに恋人の1人。
眉にしわを寄せ睨むような目つきの悪い男のする顔ではない。
そのギャップに、アスカは思わずやらかした。


「……………なんだ」


つい、アスカの指がカタクリの頬に吸い込まれてしまった。
むにっと餅のように柔らかい頬にアスカは敵ながらキュンとなってしまったのはルフィには内緒である。
殺意はないが、鋭い視線にアスカはしどろもどろに返す。


「あっ…いや……や、やわらかそうな…頬だな…って…思って………勝手に触ってごめん…」


やっちまった、とアスカは思うが、もう遅い。
だが、考えてみてほしい。
ハムスターのように頬張ってパンパンになっているモチモチの実の能力者。
触る以外の選択肢があるのだろうか―――いや、ない!


「……そうか」

「…………」

「…………」

「…………」


ザ・無言。
アスカはなぜ自分はこの頬を突っついてしまったのかと後悔していた。
これ以上アクションを起こしていると、これ以上のヘマをしそうでやめた。


「……それで…どうだ」

「え?」

「柔らかかったか?」

「えっ…あっ、う、うん…柔らかかった…」


もそもそと食べていると、ポツリと呟かれアスカは思わず聞き返す。
どうやら頬の柔らかさを聞かれたようで、一瞬耳を疑ったが表情からして間違いではないのだろう。
正直、罠かと疑ってはいるが、手中に収めていると思っている人間に体を張った罠をかけるだろうか。
アスカの返答に『そうか』と返すだけで気にしている様子はないようで安心した。


「………」

「………」


微妙な空気になり、無言が再び訪れた。
2人は無言のまま食事を続けていると、カタクリがポツリと呟いた。


「…見て分かると思うが…おれは家族にもこの食事をしている姿を見せることはない…いつもは1人で食事しているかこうして能力を使って人目を避けて食事している…おれの食事シーンを見た者は生かしはしない」


わざわざカーテンを引いて外から見られなくし、使用人も退室させただけではなく、カタクリは更に能力で壁を作って人目から逃れる徹底さを見せていた。
その理由は今の緩んだ姿を家族はもとより人に見せたくないからだった。
だが、疑問が一つ。


「そんなに見られたくないのになんで私には見せるの?…見られたらその人たちを殺してきたんでしょ?」

「………」


それだけ食事を見られるのが嫌なのに、なぜわざわざアスカを招き入れたのか。
結婚し夫婦になるのなら1つ屋根の下で暮らすのは必須だろう。
とはいえ、食事を見られるのが嫌なら妻になる(予定は一切ないが)アスカと一緒に食卓を囲わなければいいだけの話だ。
結局のところ、この結婚はお互い納得しているわけではないのだから子供さえできればあちらも放置するのは目に見えている。(結婚しないが)
ならば、なぜアスカと一緒に食事をする気になったのか。
アスカは検討もつかない。


「お前はフレイルだからな…殺すことはできないが黙らせる方法はある」


そう言ってカタクリは自分の喉を指さした。
それは、喉を潰してやるという意味だ。
アスカは自分から招き入れておいて脅すカタクリに不審に思ったが、彼が何が言いたいのか察した。
アスカは喉を潰すぞと脅すカタクリの睨みにクスリと笑った。
笑みを浮かべたアスカにカタクリは片眉を上げ怪訝とさせる。


「あなた、不器用なのね」


カタクリはこれでチャラだと言っているのだ。
チャラとは、昨夜襲ったことではなく――背中の焼印を見てしまった事だ。
これがただの火傷だったりただの焼印だったのなら、彼だって気にしないのだろうが…焼印されたのは"天竜人の紋章"だ。
例え海賊でも同情せざるを得ないのが、天竜人という存在だろう。
だが、ただのアスカへの同情ではなく、母への配慮だ。
アスカは母が望みやっと現れた子を産むことが出来るフレイルだ。
相手は捕虜とは言え、母が捕虜扱いを指示していない以上、そのフレイルの地雷を踏み荒らして放置は母の逆鱗に触れる可能性もある。
だから、アスカのためではない。
それは勿論、アスカにだって分かっている。


「殺されたくないし…あなたのその秘密は誰にも言わないわ」


アスカも同情でカタクリが自分の見せたくない姿を昨日会ったばかりの小娘に晒すなんて思っていない。
自分への同情もあるのだろうが、母への配慮もあるのだろうと気づいた。
気づいていて、気づかないふりをした。
それはカタクリへのお礼だ。
背中の焼印を、奴隷だった過去を、見下さずただ同情だけをせず、自分の弱い部分をさらけ出そうとしてくれた事へのお礼だ。


「………」


悪戯っ子のように笑うアスカを、カタクリは目を細めるだけだった。
それでもアスカは彼が怒っていないことを知っており、秘密の共有という同調もあってか敵でいずれルフィ達の壁となる相手なのについ憎めなくなってしまいそうになる。

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