朝食後、少し休憩を挟んで結婚式のために昨日ビッグ・マムが選んだドレスを身に纏う。
カタクリという味方を得たことで、着替えはアムラスの手を借りなくともスムーズに行われた。
ビッグ・マムがアスカのためにと選んだドレスは幸いにも1人で着れるものだった。(というかアスカが我が儘を言った)
とはいえ、オシャレにはとんと無頓着なので着るのに少し時間がかかったが。
結婚式の時間が近づくという事は、それはすなわち、サンジと自分の奪還作戦が開始されるという意味もある。
緊張しないわけではないが、ルフィ達の下へ戻れるとアスカはそわそわしそうになる。
だが、カタクリやビッグ・マム達に気づかれては全てが台無しになってしまう。
そうならないためにも必死に顔や態度には出さないようにしなければならない。
時間まで部屋で待機していると、ついにその時が来た。
迎えに来たのは、夫になる(予定はこれっぽっちもないが)カタクリだった。
「準備はできたか」
カタクリの言葉に答えたのはアスカではなく、使用人達だった。
カタクリは三将星の1人というのもあり色々と忙しい立場の人間らしく、朝食を終えると部屋を出て行ったきり今まで顔を見せることもなかった。
時間も押し迫っているため、アスカを迎えに来てくれたらしい。
『ついに来た』とルフィとの合流の時間に迫っていることにアスカは緊張してしまうそうになる。
頷いた使用人を目もくれずカタクリはまっすぐアスカへ向かう。
使用人がカタクリに髪飾りを渡し、座るアスカの後ろに回って髪飾りをアスカに挿す。
使用人達もカタクリに挿してもらうために、わざとハーフアップされた髪に髪飾りをつけなかった。
「似合っている」
アスカの目を見てそう告げたカタクリにアスカは言葉を失った。
カタクリと秘密の共有をしたとはいえ、彼の性格を少しだが理解しているアスカはまさか彼から褒められるとは思っていなかった。
「あ、ありがとう…」
褒められ慣れていないわけではないが、なぜか照れてしまった。
俯くアスカの表情は見えなかったが、髪を上げたためあらわになっている耳が赤く染まっているのが見えカタクリは目を細めながら使用人からある物を受け取る。
「今日から外出や家族以外と会う時はこれを付けろ」
そう言われて見せられたのは、レース柄がふんだんにあしらわれているベールだった。
頭から被るのではないので、髪飾りはちゃんと意味を成している。
しかし、勝手につけられたベールを飾るレースのせいでアスカの視界は悪く、口元以外が全て隠れてしまっている。
「ベール?…なぜ?」
ベールの端を摘まみながらアスカは首を傾げる。
ベールを付けた際に少し乱れた髪を撫でるように直しながら、カタクリは答えてくれた。
「ママはフレイルに強い執着を持っている…フレイルを誰にも知られず隠し閉じ込めたいという気持ちと、誰かに自慢して見せびらかしたい気持ちがある…だから顔と正体を隠し皆に自慢している」
ビッグ・マムは子供でも分かるほどフレイルに強い執着を持っている。
本来ならそこまで執着を持つのであれば宝箱に仕舞いこんで誰にも見せないようにするだろう。
それこそ四皇の1人、カイドウのように。
カイドウはフレイルの妻を大切に大切に屋敷の奥へと仕舞いこんでおり、大看板以外の部下が近づくことさえ禁じているほどだ。
だが、母は仕舞いたい感情と共に、見せびらかしたい感情も同時に存在していた。
だから義父やアスカに顔が隠れるベールや深めのフードを被るのを強制させている。
(…まあ、義父さんは別の意味もあるが)
ただ、義父であるアムラスだけは違う。
勿論フレイルを自慢したい気持ちもあるが、何より母にとってアムラスは初恋の相手であり何十年も経った今でも熱愛している相手だからだ。
アムラスは母がロックス海賊団に所属していた頃に出会った初めて母に胸を高まらせた唯一の男だ。
引くことを知らない母の事だから押して押して押し続けただろう。
そんな母をアムラスは振り続けた猛者でもある。
多くの夫との間に子供を作りながらも、母はアムラスを想い続け、そして"手に入れた"。
せっかく"手に入れた"愛しい旦那様を、誰にも見せたくはない。
だが、一時も離れたくないし、そんないい男を自慢したい。
だから、自分の前以外では顔が隠れるフードをいつも被らせる。
子供である自分達の前でも顔を隠せと命じているのだから、母は独占欲が強いのだろう。
最初はそんな母をカタクリは理解が出来なかった。
(なぜ1人の男にここまで執着を持てるのか疑問だったが…)
母の気持ちが、母のことが、少しだけ理解した気がした。
母のため、家族のため、海賊団のため、と強さを求めて女などに気を向けた事はなかった。
男の
性は仕方ないことではあるが、妻など考えた事もなかった。
母に強く望まれて拒むことができず仕方なく認めた妻だが、それが会ってみれば面白い人間だった。
まさか戦い以外に興味を持つとは思っていなかった。
(母の執着心…今は分からんでもないな…)
髪を整える手をそのまま長い髪を梳くように触れる。
髪はまるで絹糸のように滑らかにカタクリの指の間を滑り落ちていく。
使用人が手入れしたとしても一日でここまでなめらかな髪にはならない。
色々と無頓着そうに見えるが、気を付けているのだろう。
だが、それはただ単純にナミとロビンの努力の賜物なのをカタクリは知る由もない。
「行くぞ」
初めて妻になる女の髪が手入れされて手触りの良い髪だと知った。
きっとあのまま背中の焼印を無視して体を重ねていれば、髪に触れる気も起きず彼女の髪が柔らかく手触りがいいのだと気づくこともなかっただろう。
母の下へ連れて行こうと手を差し出す。
アスカはベールによって視界を遮られているため、手を引かれなければ安心して歩けない。
勿論、それもベールを付けた目的の一つだ。
仕方ないのでカタクリの手を取り、アスカは部屋を出てビッグ・マムの下へと向かった。
ビッグ・マムは招待客が来てから登場するので、その際にアスカとアムラスも続くことになっている。
勿論、自分のフレイルを自慢するためだ。
「やっと来たのかい!待ちわびたよ!おれの可愛いフレイル!」
カタクリに手を引かれて母と義父がいる控室まで案内され、手が離れたのはご機嫌の母の隣にある椅子にアスカが座ったのを確認してからだった。
息子と共に現れたフレイルの姿にビッグ・マムは更にご機嫌に笑う。
息子に嫁を与えたのはビッグ・マム本人なのにフレイルだという理由で息子の嫁を私物化しているが、カタクリは何も言わない。
この家族は徹底して母が頂点に立っているのだろう。
肉親と言えど海賊であり、その船長が母なら仕方ないのかもしれない。
「うん、良く似合っているよ」
「……どーも」
アスカを見てビッグ・マムは満足げに頷く。
アスカが着ているドレスはビッグ・マムが選んでおり、自分が選んだ服で着飾ったフレイルの姿に喜んでいる。
それはまるでお人形遊びをする女の子だった。
チラリと見にくいながらもビッグ・マムを挟んだ隣に座るアムラスを見る。
アムラスは結婚式のために着飾っているが、相変わらず顔とエルフ特有の長い耳を隠していた。
ただ、当然だがフードではなく、着飾っている服装に合ったものだった。
アムラスもビッグ・マム達に気づかれないよういつものように振る舞っており、アスカを一度も視線を向けていない。
「おれは仕事に戻る…ママ、義父さん、アスカを頼む」
アスカはその言葉を聞いて『えっ』とカタクリを見上げた。
カタクリの視線はアスカに向けられていたため、アスカが見上げれば彼と目が合った。
だが、アスカは聞き捨てならない言葉に照れたり緊張する暇はない。
アムラスはビッグ・マムが嫉妬をして周囲に被害を広げるので、基本的にはあまり他人と話さないよう我関せずを貫いている。
そのため、実質ビッグ・マムと2人きりにされているのに等しく、アスカはビッグ・マムと2人きりという空気に耐えられる気がしなかった。
カタクリだって敵なのは変わらないが、まだビッグ・マムよりも親しみやすい。
だが、結局はビッグ・マムの命令に逆らえないのは子供であるカタクリだって同じだ。
それが海賊団の船長であるなら、逆らえないのはアスカも分かる。
分かるが、嫌なものは嫌だ。
アスカの無言の訴えなど無視され、カタクリは仕事に戻る際に『ママと義父さんの傍から離れるなよ』と椅子に座るアスカの肩に触れてからその場を去った。
ビッグ・マムはそんな息子とアスカのやり取りを見て更に機嫌を良くしながら息子を見送り、アスカを笑顔で見つめる。
「昨夜で随分と仲が深まったようだねェ…夫婦になるんだ、良好な関係を築くのはいいことだ」
「……………」
昨夜とは、媚薬を盛ったことだろう。
ビッグ・マムの言葉からしてカタクリが背中のことを含めて昨夜の事は報告しておらず、使用人達にも口止めしているようだ。
そこは敵ではあるがアスカはカタクリを信用し信頼しているので疑うという考えすらなかった。
ビッグ・マムはアスカとカタクリは一夜を共にしたと思っているため、仲が深まったような2人の雰囲気に満足気にしていた。
いや、正確に言えば、アスカの心を折ったと思っているのだろう。
男勝りとはいえビッグ・マムも女だからか、女がどんなことをすれば心が折れるのか知っているのだろう。
それに、アスカに対してカタクリの動作に優しさを感じた。
あれほど女の気配すら感じなかった息子が自分のお気に入りのフレイルを気遣うほど気に入ったのかとビッグ・マムは大いに喜んだ。
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