(247 / 274) ラビットガール2 (247)

多くの招待客がプリンとサンジの結婚式を祝福しに訪れていた。
最後の招待客達が到着し、会場はまだ式が始まっていないというのに盛り上がりを見せていた。
最後の招待客の中にはビッグ・マムが警戒している新聞社社長のモルガンズもいた。


「そろそろ時間だ…」

「お!ビッグ・マムだ!」


本当にギリギリだったらしく、モルガンズ達が到着してすぐに時間が訪れビッグ・マムが登場口から現れた。
ガチャリと扉が開かれ、ビッグ・マムがその姿を現すと彼女は式に参加してくれた招待客達を歓迎する。


「みんな遥々よく来てくれたねェ〜!右を見ても左を見ても!目に映る物はみんなお菓子さ!好きなだけ食って飲んで楽しんでおくれよォ〜!今日ここで起きる"全てを"ねェ〜!!」


アスカはビッグ・マムの言葉を聞きながら、出番まで立って待っていた。
アスカの隣にはアムラスが立っており、ビッグ・マムが降りればアスカ達も登場することになっている。


「緊張するかい?」

「!」


アスカは煩い心臓を落ち着かせるために軽く深呼吸をする。
もう一度息を吸おうとしたその時、アムラスから声を掛けられた。
ずっと無言を貫いていたアムラスに声を掛けられて驚いたアスカは目を丸くして隣にいる彼を見上げる。
アムラスはアスカではなく前を真っ直ぐ見つめていた。
彼もアスカ同様口元しか隠れていないため表情は分からないが、変わらず飄々としているように見えた。
彼に習い、アスカも視線をアムラスから前へと向ける。


「作戦は伝わっている?」

「…うん…銃声を合図にルフィ達が鏡から現れて写真を壊す」

「そう…その後は彼らの後に続けばいい…簡単な作戦さ」

「…………」


簡単とアムラスは言うが、アスカはそう事が上手く進むとは思えなかった。
無言に返すアスカに、アムラスはまっすぐ見つめながら目を細めた。


「とはいえ…多分暗殺は失敗するだろうね…リンリンがそう簡単に暗殺されるわけがない」

「…あなたは…怖くないの?失敗したらいくらあなただって殺されるかもしれないのに…」


ビッグ・マムをよく知らないアスカから見ても彼女はアムラスを愛している。
だが、恩人の写真を落とされただけで叫ぶのだ。
例え心から愛した男であっても無事に済むとは思えない。


「僕もね、最初はそれを狙って写真を壊そうとした事があったんだ」

「!」

「でも、僕は許された…泣かれて、文句を言われて、怒られて…しばらくは部屋から出してもらえなかったけど…彼女にとって僕は初めて愛した男だから許された」


アムラスは政府から逃げ出した際にビッグ・マムに捕まってしまった。
そして強制的に夫にされ、毎日傍にいるよう命じられた。
幸いにもアムラスは若い体だが異種族相手では発情も子もなせない種族に"生まれ変わった"。
昔から恩人の話は何度もされていて、彼女の弱点も知っていた。
だから死を覚悟に恩人の写真を壊そうとした。
それにやはりビッグ・マムは発狂したが、アムラスを殺すことはなく散々仕置きをした後に許した。
ビッグ・マムが許した人間はアムラスが初めてだった。
それほどビッグ・マムはアムラスを心から愛しているという事である。
だが、残念ながらアムラスの心はビッグ・マムには向けられていない。


「じゃあ、ルフィ達じゃなくてあなたが写真を壊せばいいじゃない…そっちの方が安全に壊せるわ」

「駄目だ…僕が壊したってもう彼女は錯乱しない…僕が写真を壊したとして…リンリンは癇癪を起すが結局はすぐに許してしまって作戦は失敗する…そうなれば、確実に僕はどこかを欠損させられ、君は仲間を晒し首にされてお互い逃げ場を失うことになる」


一度、写真を壊そうとしたからだろうか。
何度か写真に手をかけたが、結局許された。
そして、何度か手に掛けた故にアムラスではもう効果はなくなってしまった。
アムラスが行った場合だけではなく、この作戦自体が失敗に終わったら、全員の死が待つ。
そうなったら、アムラスは二度と逃げるなど考えないように両手足のどこかを欠損させられ、アスカは仲間を目の前で殺されて帰る場所を奪われる。
それを聞いてアスカは階段を降りていくビッグ・マムの背中を見つめる。


「あの人は…あなたの事を心から愛しているのね」


アスカはアムラスが何度も発狂するほどの存在に危害を加えようとする彼を許すビッグ・マムについ肩入れしてしまいそうになる。
それはきっとアスカも恋というものを知っているからだろう。
恋は厄介な感情だ。
嫌なことをされても酷いことをされても、アスカは彼らを愛しているから最終的に許すだろう。
結局、惚れたら負けなのだ。
アスカの言葉にアムラスは無言を貫いた。
しかし…


「僕には…それが分からない」


ポツリと呟かれたその言葉は小さい。
本当に独り言のように呟いた程度の声の大きさだったが、アスカには聞こえていた。
彼の言葉に顔を上げれば、アムラスのいつも上がっていた口角が今では下げられていた。


「僕は…もう…その感情を忘れてしまった……"連れてこられる前"は分かる感情だったのに…今は"前の家族"に向ける感情が分からない…」

「…アムラス?」


どこかでスイッチを押してしまったのだろうか。
突然ブツブツと独り言のようにアムラスは呟く。
流石に心配になってアムラスの名を呼ぶ。
その呼びかけに反応したようにアムラスが初めてアスカに顔を向けた。
その目は変わらないのに、こちらを見ているはずなのに、誰も映していないとアスカは気付く。
それがどうしてか気味が悪く感じて、アスカは思わず一歩足を後ろへ向けてしまう。
だが、それを許さないと言わんばかりにアムラスはアスカの肩をガシリと掴み、アスカは驚きのあまり固まってしまう。


「どうして君がいる…なぜ"また"来てしまったんだ」

「え、なに…何を言って…」

「僕は…僕とララノアは言ったはずだよ…もう"この世界"には来ては駄目だと……やっと君は苦しみから解放されたのに…なぜだ―――ヒビキ」


ぐ、と力が強まりアスカは我に返る。
突然意味の分からないことを言われて唖然としていた。
ぐ、と力が強まりアスカは我に返る。
アムラスはアスカを通して誰かを見ており、その視線の意味をアスカは分かりたくはないと思うほど、ドロドロとした感情が見えた。
だが、分かることは一つある。
──アムラスはアスカを通して『ヒビキ』を見ている。
怖くなったアスカは肩を掴むアムラスの手を振り払い数歩離れる。
手を振り払われたことでアムラスも我に返ったのか、雰囲気が戻ったのが分かった。


「意味が分からないこと言うのやめてくれる?」

「…そうだね…ごめん、ちょっと…僕も、緊張してしまっているのかもしれない……本格的な戦闘は久々だからね…すまなかった…」

「…………」


少し声に動揺が隠せなかったが、元に戻ったと思っていいだろうとアスカはアムラスの隣に戻る。
アスカが戻ってきたことにアムラスは密かに安堵の息をつき、もう一度謝罪を繰り返した。
それを受け入れながら、アスカは疑問を口にする。


「ヒビキって誰?」


聞いては駄目だと何となく思ったが、どうしても聞きたくなってしまった。
いつもなら他人のことなんて興味も向けないのに、なぜかヒビキという名前が気になってしまった。
違和感もあるが、何よりその名前は耳心地が良かった。
アムラスは自分の失態に苦笑いを浮かべながら答える。


「僕の古い友人の1人さ…彼女はもう亡くなってしまったけれど…亡くなっても彼女は僕やララノアにとって大切な友人だ」

「その人と私、似てるの?」

「…いや…全然似ていないね」


錯乱しつつもアスカを見てその友人の名を呼ぶくらいだから似ているのだろうかと思った。
だが、アムラスからの答えはNOだった。
首を振るアムラスにアスカは怪訝とした視線を向ける。


「ただ…彼女も君と同じ悪魔の実を食べていた…きっと、その共通点が君を彼女と重ねてしまったんだろう…本当にすまなかったね、不快な思いをさせてしまって…深い意味はないから気にしないでくれ」

「…うん」


案外、ウサウサの実は多くの人に食べられているらしい。
その人がいつ頃亡くなったのかは分からないが、その次に兄であるエイルマーが食べ、そしてそれを引き継ぐようにアスカも同じ実を食べさせられた。
これを運命と呼ぶか、偶然と呼ぶか…それとも奇跡と呼ぶか。
人それぞれだ。
アスカは悪魔の実に操られているようで、どれも呼びたくなかった。
アムラスのあの様子から、悪魔の実が同じだっただけでああもアスカを通り越してその友人を見るとは思えなかったが、あえて突っつくのはやめた。
だが、どこか心に引っかかって忘れたくても忘れられなかった。

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