あの後、招待客達の視線が2人に集中している中でアスカはアムラスに手を取られて階段を降りて来た。
ビッグ・マムは愛する夫であるアムラスとお気に入りのフレイルであるアスカのツーショットにご満悦そうに笑っていた。
そのご満悦の中には、勿論息子との関係の良好も含まれている。
階段を降りればアムラスはビッグ・マムの下へ向かい、アスカは階段の傍で待っていたカタクリに手を取られ――手の甲にキスを送られた。
勿論、これは母に指示をされてのことで、カタクリ自身の行動ではない。
招待客や兄弟達にアスカがカタクリの妻になることを示す行動である。
はっきり言って、恥ずかしかった。
カタクリは口元を隠しており、キスと言っても布越しではあるが、それでも多くの目がある中で手とはいえキスをされたという慣れない行動が恥ずかしかった。
カタクリだってキャラじゃない行為をさせられた被害者だ。
だが、2人の犠牲の甲斐もあって招待客や兄弟へのお披露目は成功した。
アスカは今、カタクリと会場を歩いていた。
ビッグ・マムの傍にいることに落ち着かないアスカをカタクリが気遣ってくれたのだ。
母に一言断りを入れてベールで視界を覆われているアスカの手を引いて会場を歩く。
(もうすぐ…もうすぐルフィ達が来てくれる…)
カタクリの手に引かれながらアスカは頭で何度も作戦を繰り返す。
結婚式が始まり、プリンがサンジを撃つその銃声によってすべてが始まる。
ルフィの事だからどうせ作戦通りに動かないだろう。
開始してからの行動は頭に入れてはおくが、その場で判断することが多くなりそうだ。
もう少し時が進めばアスカはやっとルフィの下へと帰れるのだ。
演技の一つ二つどうってことはない。
だが、問題はサンジである。
(……絶対サンジ、鼻の下伸ばしてるんだろうな…)
サンジは強いが女に弱いという弱点を持つ。
CP9との戦いでカリファという女性と戦った際、サンジは一撃も与えられず、逆に能力を使われて負けた。
サンジは例え敵でも女性であれば、危害を加えることができない男である。
それはサンジの悪癖だと思うが、そこもサンジの良い所でもあるとアスカは知っている。
プリンと初めて会った時、アスカだって彼女は良い子だと思っていた。
だがプリンには裏の顔があった。
サンジは自分やヴィンスモーク家を騙し殺そうとする企みをプリンの口から全て聞いた。
女に甘い彼でも流石にプリンの本性にはショックを受けたのだろう。
だが、アスカに見聞色はないがサンジの未来を見えた気がした。
サンジは自分を騙して殺そうとしていると理解しながらもプリンの可愛さに骨抜きになっているに違いない。
いや、ぜっっっったいにそうだ。
命を賭けてもいい。
カタクリと共に会場を見て周っていると、アスカはふと気づく。
(……すごく…見てくるんだけど…)
カタクリと歩いていると、視線が自分に集中しているのに気づく。
特に、シャーロット家の視線が痛い。
ただの婚約者ならまだここまで注目されることはなかったかもしれない。
だが、カタクリは三将星の1人であり三将星の中で最強とも言われている家族の中でも信頼が厚い存在だ。
そして、アスカは母の夢を一つ叶えてくれるフレイル。
注目するなというのが無理かもしれない。
そのフレイルが長男ではなく次男のカタクリにあてがわれることに彼らは何ら疑問も思わない。
「落ち着かないとは思うが…慣れておけ…次はおれ達の結婚式だ…その時はもっと注目を浴びることになるぞ」
「…………」
『普通に嫌なんだけど』と口に出そうになったが、飲み込んだ。
言っても無駄だと分かっているし、式なんて挙げることはないと分かっているからだ。
ただ、嫌そうな顔は隠せていないのか『うげ』とベール越しでも分かるほど顔に書かれているアスカに、カタクリは目を細めた。
マフラーの奥の口は口角が上がっているのだろう。
「おっ!本日もう1人の幸せ者じゃないか!」
意地が悪いカタクリの反応にムッとさせていると、男性が声をかけて来た。
そちらへ視線を向けると細身で長身の身体は道化のような服装に所々キャンディを模した装飾で飾られている。
その手には杖のようなキャンディが握られており、口からは長い舌がだらんと垂れている。
「これが例のフレイルの娘か」
カタクリと親しく話すのだから、カタクリの兄弟なのだろう。
この男もフレイルの娘がカタクリに嫁ぐことになったのは耳にしていた。
フレイル自体珍しく、義父以外のフレイルは初めて見たのか、ついジロジロとアスカを見てしまう。
相変わらずフレイルという種族に特徴というものはない。
女性のフレイルを嫁として一族に入れるのは聞いていたが、名前は聞いていないためどうしてもフレイル呼びになってしまう。
品定めするように見てくる男に『何よ』とムッと隠さずにいると、カタクリがクツクツとマフラー越しに声を零して笑った。
2人の視線がカタクリへ向けられる。
「ペロス兄、名乗らないと睨まれることになるぞ」
「睨まれる?」
「ああ…おれもアスカと初めて顔合わせした時にペロス兄と同じくフレイルかと呼んだら礼儀知らずだと怒られてしまった」
「ほう、お前がか…」
男はカタクリの言葉に目を丸くし、アスカはカタクリの根に持つ言い方にムッとしたままギロリと睨むとカタクリには『ほらな』と笑われた。
実際ベールで隠れているとはいえ睨んでしまったので言い返せないアスカは『ぐぬぬ』と悔しそうに黙るしかなく、それを見てカタクリの笑みが深まった気配を男は感じた。
男は2人のやり取りを見て、物珍しい物を見るようにカタクリの方を見た後、アスカを見た。
視線に気づいたのか、睨んでいた視線をその男へ向けると男は大げさに『おっと!』と後ずさりし、役者のようにお辞儀をして見せる。
「これはこれは失礼しました!私はシャーロット家の長兄、ペロスペローと申します…麗しのお嬢さん、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「………アスカ」
男は、ペロスペローと名乗った。
どうやらビッグ・マムの最初の子供らしい。
ペロスペローはアスカを馬鹿にしているようではないが、明らかに揶揄っているのは例え鈍感王であるルフィだって気づくだろう。
だが、一応は名乗ってくれたのでアスカも名乗らなければもっと笑われる。
ただ不服なのは隠しきれず、名乗った後に元凶のカタクリを睨むのは忘れない。
「シャーロット家へようこそ!アスカ、我々兄弟は君を家族の一員として歓迎するよ!どうかカタクリと共に良き家庭を築いてくれ!その為ならば私達は助力を惜しまない!何かあれば遠慮せず私達に相談してくれたまえ!」
「…どうも」
そう声を上げて言うペロスペローの言葉に周りからも声が上がった。
周りを見渡せばカタクリの兄弟達や招待客達がいた。
彼らは受け入れてくれているように見えるが、それはアスカという人間を受け入れているわけではなく、フレイルを受け入れているだけだ。
どうぞ、と一本の棒付きの飴を差しだされ、アスカは何となく受け取った。
飴を貰って喜ぶ年齢ではないが、あちらからしたら子供も同然だろう。
子供扱いされた不満はあれど、怒鳴り散らすほどアスカも流石に子供ではない。
まさかルフィ達がこの結婚式を壊そうとしているとは思いもしていない彼らの言葉にアスカは短く答えるしかできなかった。
「よう!カタクリ!おれ達にもお前の嫁さんを紹介してくれよ!」
ペロスペローが消えた後、すぐに絡まれた。
また誰か来たと思いながらそちらへ視線を向ければ、大柄で坊主頭の男と、スペードマークのような髪型の男がカタクリに絡んでいた。
カタクリと親し気にしているのを見て、2人は兄弟の仲でも親しいのは分かる。
紹介してくれという言葉通り、カタクリはアスカを2人に紹介した。
自分の蒔いた種なため、紹介されたらアスカも名乗らなければならない。
2人はカタクリと三つ子の兄弟らしく、それを聞いて仲の良さに納得した。
坊主頭の男であるダイフクと、スペードマークのような髪型の男であるオーブンは改めてアスカを見る。
「義父さん以外のフレイルは初めて見るが…」
「フレイルってマジで特徴ないんだな」
仕方ないとはいえ、またジロジロと見られるのはいい気分ではない。
アスカはペロスペローの時のようにギロリと2人を睨む。
「ペットじゃないんだからそうジロジロ見てくるのやめてくれる?」
敵陣のド真ん中なのもあり、アスカの機嫌はそれほど良くはなく、式場に来てから周囲からの視線が止まないのもありつい2人に八つ当たりしてしまう。
睨む兄弟の嫁に2人は目を瞬かせお互いを見合ったが、ドッと笑いが起こった。
突然笑われたアスカは『なんなの、こいつら』と兄弟であるカタクリを鋭い視線をそのままに向ける。
その視線を受けても、カタクリは知らん顔していた。
短い間だが、アスカには分かる…この男は面白がっている、と。
「すまない、なんせ義父さん以外のフレイルを見たのは初めてだったのでね」
「それもママが長年望んだ子供を産めるフレイルときたものだからな…不快にさせたのならすまなかった」
2人はアスカの気の強さに驚いていた。
気の強い女を見た事がないわけではないが、ビッグ・マムの息子達に嫁いできた女達はここまで面と向かって自分達に不満を見せることはなかった。
話もそこそこに、2人は『2人の結婚式は張り切って準備するから期待しておけよ!』と言って去ったが、アスカは複雑である。
「兄さん達、一杯どう?」
また声をかけられ歩みを止めた。
声をかけたのは、足長族の女性だった。
その自慢の長く美しい足を組み、カタクリとアスカに声をかけた。
彼女の名はシャーロット・スムージー。
シャーロット家の14女で、カタクリとクラッカーと同じ三将星の1人である。
スムージーはシボシボの実を食べ、生物や物体から水分を搾り取ることができる能力の持ち主である。
一杯、というのは能力で絞ったものを指す。
「おれはいい、アスカにやってくれ」
「そうか…なら、アスカ…いや、兄さんの妻になるのだから義姉さんと呼んだ方がいいのかな?」
「…名前でいい」
「では、アスカ…どれを飲むか選んでくれ」
選べと言われたドリンクは、マウリ火山の溶岩、男を100人刺した美女、おかしな声で鳴くキリンの三種類。
正直、どれも飲みたくない。
能力で飲み物にできるとはいえ、どれも飲む気が失せる。
だが、興味がないわけではない。
「じゃあ、溶岩で」
「了解…ちょっと待ってな」
アスカはちょびっとな好奇心に負けた。
アスカの注文に早速溶岩をねじって水分を絞る。
その水分は綺麗に並べられているグラスの1つに注ぎ、アスカに渡す。
一口飲むとアスカはその飲みやすさに驚いた。
「どう?」
「想像してたより飲みやすくて美味しい」
アスカの返答に、スムージーは『それはよかった』と笑った。
それからも兄弟達や招待客達に話しかけられ、アスカはもう式が始まる前だというのに疲れてしまった。
「疲れたか?」
「…うん…こんなに人が多いの、初めてだから…」
歩みが遅くなったのに気づいたカタクリはアスカに声をかける。
アスカが住んでいた北の海と東の海のどちらも田舎だったし、集団生活のイメージのある海賊団だって轟いている名に反して少数精鋭なのもあって人の多さに慣れていない。
人酔いとまでいかないが、一歩進むごとにカタクリの兄弟や招待客に話しかけられ対応しなければならないという慣れないことに気を使っていたせいで疲労が溜まってしまった。
素直に頷くアスカに『そうか』と呟いて返したカタクリはその細い腰と足裏に腕を回し、抱き上げた。
「わっ!な、なに!?」
「まだ式まで時間がある…その間、休憩を取ろう」
「そ、それは賛成だけど…何も抱き上げなくても…」
「おれは別にこのままママの所に戻ってもいいんだがな?」
「………ここでいいです…」
突然抱き上げられたアスカは驚いてついカタクリにしがみついてしまう。
その光景がまた仲睦まじさを演出しており、周りは微笑ましく2人を見ていた。
カタクリは適当に腰をかけることができる場所に移るのだが…なぜかアスカを膝の上に乗せた。
「…えっと…なんで膝の上…」
「服が汚れるだろ」
「あ、うん…そうだね…」
腰を落としたのは、お菓子の上だった。
お菓子の上と言っても家具に形取られたお菓子。
粉砂糖を塗されているので、膝の上に乗らないと折角のドレスが汚れてしまう。
このドレスはビッグ・マムが選んだので、アスカもできるだけ汚したくはない。
お気に入りのフレイルなので怒りはしないだろうが、アスカでも分かるほど良質のドレスなので汚したくなかった。
仕方なくカタクリの膝の上でスムージーに貰ったドリンクを飲んで体力を回復しておく。
(体力には自信あったんだけどなァ…やっぱ精神的な疲れかな…)
自分のところの三強と比べたら天と地の差だろうが、あの三人を抜いてもアスカは体力に自信があった。
だからたかが会場を周ることに体力を削られているのにショックを受けていた。
ただ、それは慣れない環境が続き、慣れない服に、慣れない靴、はっきりしない視界に、敵に捕まっているというストレスで疲労が溜まっていたのだろう。
「食べるか?」
「なに、それブドウ?…本当この国って見えるもの全部が食べれるんだね…」
プリンがいた島でも、ブリュレ達と戦っていた森でも、周り全てが食べ物だった。
海や雨だって飴だったし、浜辺も食べ物だった。
グラスを置いて差し出されたブドウを取りながらアスカは関心したように呟く。
ブドウが傍に飾られていたので、カタクリはそこから採ったのだが、このブドウも普通ではなかった。
(おっきい)
渡されたブドウは普通のブドウと比べて何倍もの大きさをしていた。
アスカの手は同年齢の子と比べても小さい方で、それも相まって渡されたブドウの大きさがバグって見える。
一口食べてみると、甘くて濃厚だった。
食にそれほど興味がないアスカでもその美味しさは理解できた。
アスカは目を輝かせカタクリを見上げた。
しかしアスカはそのまま固まる。
「どうした?」
自分を見上げるアスカに気づき、カタクリはアスカに首を傾げる。
アスカはそんなカタクリを他所に目を丸くさせたままカタクリを指さす。
「え、今…どうやって食べたの?」
「ああ、これか…」
アスカが驚いたのは、カタクリの食べ方だった。
カタクリはアスカには教えてくれたが、食べている姿を誰にも見せたくはないと思っている。
しかし、今日のような人が集まる場所で一人だけ食べないというのもいかないこともあり、そこで編み出したのが目に見えない速さで食べることだった。
手品のようにパッとブドウが口の中に消えたのをアスカは見たのだ。
「もう一回して」
せがむと意外とカタクリはもう一度食べてくれた。
やはり凝視してもカタクリの食事は目では追えなかった。
思わず『すごい』と拍手をするアスカに、カタクリは目を細めた。
248 / 274
← | top | back | →
しおりを挟む