(253 / 274) ラビットガール2 (253)

作戦は決まった。
作戦という作戦はないが、とりあえず逃げ一択である。
その為に護衛をジェルマが買って出てくれた。


「はわわ…生のポイズンピンクの雄姿が見られるなんて…!生きててよかった…!!記憶戻ってよかった!!!」

「ついにジェルマの雄姿が見られるレロ!!」

「「―――ん??」」


アスカは窓に張り付き、推しであるポイズンピンクの戦いが見れると目を輝かせていた。
こんな状況ではあるが、はしゃがないオタクなどオタクではない。
しかし、ふと隣から同じく喜びの声が聞こえ、アスカは顔を上げてそちらを見る。
声の主もアスカに気づき顔をアスカへと向けていた。


「………あんたも?」

「そういうお前も?」


アスカと声の主…ヴィトはお互いを見つめ合う。
たったそれだけ。
それだけだが、オタクには十分すぎる。
アスカはフッ、と笑い…


「まさかこんなところで同志と会えるなんてね…まあ私はポインズンピンク推しだけど…それでも同志と言ってくれるかしら」

「勿論レロ!おれは箱推しレロ!」

「箱推しですって…?なんて博愛なの…私あなたのこと尊敬するわ…」

「いやいや、おれこそ一途に愛を貫くのは感服するレロ…!」


アスカはポイズンピンク推しで、他のジェルマも嫌いではないが推しとは言い難い。
だが、ヴィトは箱推し…すなわちジェルマ全員を推している。
お互いオタク話に花を咲かせ、ついにはガシリと熱い握手を交わすほど気が合った。
因みに、外ではビッグ・マム海賊団VSベッジ&シーザー&ジェルマ&ルフィ+サンジの戦闘中である。
ルフィとサンジはポイズンピンクことレイジュの危機に考えるよりも体が勝手にベッジの身体から出て行ってしまって彼らはベッジの身体にはいない。


「ちょっとアスカ!あまり窓に近づいちゃ駄目って言ったでしょ!」


ジェルマの活躍を見ながら2人はキャッキャッとまるで乙女のようにはしゃぐ。
窓から顔を覗かせるアスカに、ナミが青い顔をして慌てて腕を掴んで離れさせる。


「あんたはビッグ・マムに狙われてるんだから無暗に窓に近づかないでって言ったでしょ!」

「ご、ごめん…でもナミ…ポイズンピンク…」

「でもも何もない!ポインズンピンクのファンなのは分かるけど…今度こそアスカが敵に捕まったら私の心臓が止まりそうだわ…」


アスカがフレイルなのかどうかは今は置いておいて、ビッグ・マムに狙われている1人なのだから大人しくしてほしかった。
これ以上仲間がいなくなるなんてこと経験したくない。
それはアスカも伝わっているのか、アスカはしょんぼりとさせながら『ごめん』と謝る。
アスカの反省はナミにも伝わったのか、ホッと胸を撫でおろす。
アスカはチラリとアムラスを見る。


「…………」


彼はまるで外の騒動に興味がないように適当な場所に立って時が過ぎるのを待っているようだった。
アスカは正直、彼が何を考えているのか分からない。
ビッグ・マムと対立するのを選んだため、味方と思っていいのだろうが、100%ルフィ達の味方ではないのは先ほどのやり取りやアスカとの会話で分かった。
どこまで信じていいのか分からない相手と手を組むのは少しやりにくいが、ビッグ・マム相手に退かないところは心強いと思っていいだろう。


(そういえば…私、耳栓してなかったな…)


アムラスを見ていると、ふと、あることを思い出す。
それはビッグ・マムが写真を割られたことに気づき叫んだ時の事。
アスカはあの時、ナミ達がしていた耳栓をしていなかった。
なのに、アスカはあの時平気だった。
ビッグ・マムの奇声など気にしないほど周囲は穏やかだったのだ。
アスカはもう一度アムラスへ視線を向けたその時―――
爆発音が鳴り響いた。
それと同時にゴゴゴと不気味な音がベッジの体内にいても聞こえ、窓を見ると外は何やらパニックが起こっていた。


「外は大パニックじゃ!!まさか…このホールケーキ城が揺れとるのか!?」


体内から見るかぎり、人々がある方向へ転がって行くのが見えた。
そして、地面も傾いているのが見え、何かが起こってホールケーキ城が傾いているのだと分かる。
ベッジが心配になるが、幸いにもベッジは飛行できるシーザーに抱えられており、ナミ達が心配する必要がないようにベッジとその体内にいるアスカ達は敵が転がって落ちていくのを見送ることになる。


「ルフィ!ルフィとサンジとレイジュ様は!?」


アスカは外にいるはずのルフィとサンジ、そして推しであるレイジュが心配になって窓に駆け寄った。


(!――カタクリ…)


窓からルフィ達を探すと、チラリとカタクリの姿が見えた。
思わずアスカはカタクリの姿を目で追ってしまう。
もう敵に戻ったのだが、やはり情が生まれてしまった今となっては複雑な心境だった。
ただ、それでもルフィ達の…ルフィとローの傍を離れるなんて考えられないが。
カタクリは冷静に落ちていく兄弟達を能力で助けていく。
怪我がないところを見ると、流石ビッグ・マムが夢の1つである希少なフレイルの夫に選ばれるだけある。
飛べるシーザーはジェルマに見送られベッジを抱えて少しでもビッグ・マム達から遠ざかる様に飛んで逃げて行った。


「この辺でいいだろう…出ろ!」


ホールケーキアイランドの北西。
ベッジのアジトの近く。
倒壊で大騒動となっているこの機にベッジは安全な場所にアスカ達麦わら海賊団を降ろすことにし、身体から麦わら海賊団とアムラスの全員を放り出す。


「お前らとはここまでだ」

「ありがとうベッジ!ホントにもうダメかと…!」

「礼など言うな!いい事でもしたみてェで気分が悪い!」


ベッジの能力のおかげでナミ達は安全にホールケーキ城から逃げる事が出来た。
それにお礼を言うのだが、善人ではないベッジからしたらいい事をしたようで嫌そうに顔を顰めた。


「運んだのおれだぞてめェら!!」

「うっさいわね!クズ!あんたパンクハザードで子供達に何したか覚えてる!?――もう用済みだから死ねばいいのに」

「ああァ!?」


ベッジのおかげもそうだが、何より敵の攻撃をかわしながら死ぬ思いでここまで運んだのは何者でもない、シーザーである。
ただ素直にお礼を言うにはシーザーがパンクハザードで子供達にしてきた所業がクズ過ぎた。


「ホラ、心臓だ」


とりあえず約束通りベッジは持っていたシーザーの心臓を放り捨てるように投げて返し、シーザーは久々に自分の心臓が戻って泣いて喜んだ。
そして騒ぎながらルフィ達の下から去って行く。
アスカは『最初から最後まで騒がしい人だったなァ』と思いながら見送る。


「ファーザー!やっぱりみんな助かっちまってる様レロ!城がまるでケーキの様に…」

「それならシュトロイゼン君の能力だね…彼はククククの実という何でも食べ物に変えることができる能力を持っているから」

「あいつか…あいつだけはずっと謎の存在だったな…まあ全滅じゃなかったが城は崩壊!少しは気は晴れた!」


城がケーキの様になったという報告に、アムラスが答えた。
アムラスは昔からビッグ・マムから色々な話を聞かされていた。
基本的にアムラスの興味のない話題ばかりではあったが、毎回自分と会話をしたくて話すので嫌でも覚えてしまう。
シュトロイゼンとは、ビッグ・マムが海賊団を設立するきっかけとなった男だ。
ククククの実という全ての物を食材にしてしまう能力の持ち物で、その能力があったからこそ大食らいのビッグ・マムの胃を満たしてきた。
ただ、ビッグ・マム曰く、彼の能力で食材にされた食べ物は腹には溜まるが美味しくないとのこと。
彼とも会った事は何度もあるが、ビッグ・マムを利用しているのだから決して良い人間ではないが、毛嫌いするほど悪人というわけではないように感じられた。


「ほんじゃ、あとは逃げるだけか!」

「お前らも急いだ方がいい…追手はすぐに来る…特にお前らの船にはビッグ・マムが狙う2人を乗せているんだ…勢力の殆どがお前らに向けられると考えておいた方がいいだろう…それでなくてもお前らはビッグ・マムに恨みを買いまくってんだからな」


ベッジの言葉に、ナミはハタと思い出す。
ビッグ・マムが狙う2人とはアスカとアムラスの2人の事を指す。
ビッグ・マムは自分の遺伝を継いだフレイルを産むアスカを、フレイル以前に愛した男のアムラスを、決して逃がしたくないため必然的に狙った獲物が固まっているルフィ達の方へ足を向けるはず。
ベッジの言葉を聞いて小心者チームは顔をこれでもかと青ざめ、アスカは『いや私フレイルじゃないんだけど』と不服とさせながらも、アムラスはただただ笑って流した。


「武運を祈る―――"キャッスルタンク"!!」

「しょうもねェ事していくな!!」


とりあえず、ここで固まっていても時間だけが無駄に消費するだけである。
最後の仕上げにとベッジは『麦わら達はあっち→』と看板を立てて能力で足をキャタピラーにしてとっとと逃げて行った。


「ファーザー!挨拶くらい…!せっかく同志に会えたというのに…!!」

「あたしもナミと仲良くなったのに!アスカとももっと話したかったのに!」

「慣れ合うな!ここからが脱出本番だ!!」


ヴィトはベッジの体内に入れられ、体内からせっかく会えた同志ことアスカに別れの挨拶も出来ないと訴え、シフォンもローラ関係で仲良くなったナミと、まだ話す機会もなかったアスカとローラのことで話してみたかったと訴えるが、一時同盟を組んだとはいえもう作戦も終え敵対関係に戻ったと却下された。
仕方ないのでヴィトは聞こえるか分からないが『我が同志!またいつか!それまで元気でレロ〜〜!』と叫び、その叫びが届いたのかアスカは消えていくベッジの体内にいるヴィトに向けて『我が同志ヴィト〜!またいつか会う時まで元気で〜!!』と元気よく手を振った。
その手をアスカはルフィに取られ、ガシリと掴む勢いで手を取ったルフィに振り向く。


「…随分と仲がいいんだな?」


真っ直ぐ見つめるルフィの言葉に、アスカは『あ、これは放置できない案件だ』とすぐに気づく。


「違う、ヴィト、同志、色恋、ない」

「同志?なんの同志だ?」

「海の戦士ソラ仲間」


付き合って分かったが、ローだけではなくルフィも案外嫉妬深い一面を持つらしい。
ただのオタク仲間なのを誤解して拗れてはローと2人でネチネチと攻撃してきそうなので、弁解する。
必死過ぎて片言になってしまうのは許してほしい。
アスカはルフィに嘘を吐いた事を罪悪感を持っているのだ。
嘘とは、カタクリとエチチ寸前までいった事である。
ジェルマ、という一言でルフィは色々と察した。
いくら天然でも厄介オタクには勝てないようである。
『ポイズンピンクのお話…聞きたい?』とポイズンピンクのことならば一晩…いや一生話せるアスカの言葉に、ルフィは無言で思いっきり首を振った。
アスカは姉であるミコトの時もそうだが、どうやら記憶を失っても厄介オタクの性質を体は忘れなかったらしい。
ルフィの嫉妬深さにもうすっかり慣れてしまった一味達はこれからの事を話し合う。
特にナミはベッジの言葉に顔を青ざめていた。


「い、急がないと追いつかれてアスカを奪われちゃう!!もう絶対私の可愛いアスカをあんなドピンク刺青を入れたオッサンなんかに触れさせないわよ!!!」

(オッサンって…いや、ナミから見たらそうなんだろうけどさ…)


ピンク刺青を入れたオッサンとはカタクリのことである。
確かに、いくら鍛えられた身体と強さを持ち容姿も整っているとは言え…20歳のナミから見れば48歳のカタクリはオッサンの分類に入るのだろう。
下手をすれば父と娘の年齢だ。
そう考えれば、48歳の男に19歳の嫁は犯罪臭さが否めなくなってきた。
しかし、それを言ってしまえば26歳と19歳も中々…
海楼石で能力を封じられているため、アスカはチョッパーとブルックと共に一足先にサニー号へ戻ることになった。


「気を付けて…」

「ああ!ブルック!チョッパー!アスカを頼むぞ!」


アスカは今、一般人よりも弱い少女だ。
自称非戦闘員であるナミにだってアスカは負ける自信がある。
そのため、ルフィは心配して仲間にアスカを任せる。
ルフィの言葉にチョッパーとブルックは強く頷く。
アスカは心配そうな表情でルフィを見る。
2人が心もとないというわけではないし、ルフィ達が簡単にやられるとは思っていないが、やはり心配は心配だ。
一時の別れではあるものの、離れる心寂しさはある。
手を握るとルフィもアスカの手を握り返してくれた。
ルフィのぬくもりに安堵しながら、アスカは獣型になったチョッパーの背に乗り、骨だけで軽いためブルックもアスカの後ろに乗る。


「僕達も急ごう…もしかしたら…いや、確実にリンリンが癇癪を起している頃だ」

「癇癪?」


3人の後ろ姿を見送りながら、アムラスがポツリと呟いた。
その聞き慣れない言葉に首を傾げると、アムラスはチョッパーとブルックから視線をルフィ達へ向ける。


「リンリンは時々頭に浮かんだ食べ物が食べれないと癇癪を起すことがあるんだ…そうなるともう手が付けられなくなり周りの物を全て破壊してしまう」

「しかし…次の癇癪までまだ日があるはずじゃが…」


アムラスの説明にナミ達は『なにそれ』と想像して顔を青ざめる。
同じビッグ・マムの傘下にいたジンベエも癇癪のことは良く知っているし、何なら前回の癇癪を納めてくれたのはジンベエだ。
とはいえ、食いわずらいは周期的なものではなく不定期に訪れるので厄介なのだが、流石に短時間で起こることはなかった。
だが、アムラスはジンベエの言葉に首を振る。


「いや…リンリンはずっとウエディングケーキを楽しみにしていた…今頃それが壊されたと気づく頃だろう…ジンベエ君もリンリンの食べ物への執着は知っているだろう?」

「…………」

「癇癪を起したあの子を相手にするのは僕でも流石に骨が折れるからね…早くこの国から出た方がいい」


まだアムラスがどれだけの実力を持っているかは分からないが、ビッグ・マムを前に平然としていられるアムラスやジンベエでさえ危機感を覚えるほどビッグ・マムの食いわずらいは危険だとナミ達も理解できた。


「い、急ぎましょう!!」


顔を青ざめたナミの言葉に、全員が頷き急いで船へと向かって走り出した。

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