―――チョッパーとブルックと共にシャークマブマージで一足先に船に戻っていた。
船に上がると、敵はおらずアスカはひとまず自分の船に帰って来れたことに疲労と安堵の息をつく。
「シュラハテン、これ外せる?」
これ、とは海楼石のブレスレットだ。
特殊なもので、一見シンプルながらに凝ったデザインのブレスレットに見えるが、海楼石で出来ており、手首にぴったりとくっ付くタイプなため自分では外せない。
シュラハテンは海楼石を食べる事が出来るため、壊せるか聞く。
ブレスレットから本来へと戻ったシュラハテンは海楼石のブレスレットを見た後、申し訳なさそうに首を振る。
≪申し訳ございません…海楼石は流石に破壊できませぬ…≫
「そっか…」
シュラハテンは海楼石を食べた。
だが、それは遥か昔、人間と共存していた時に海楼石を食べただけで海楼石を破壊はできない。
そのまま飲み込むという手はあるが、手に張り付いているような隙間のない物は腕を切り離すか、主人ごと飲み込まなければ方法はない。
つまり、ブレスレットだけ取り除くのは不可能であった。
主人をそんな危険な目には合わせられず、首を振るしかできなかった。
(この後ワノ国に行かなきゃいけないのに…まあ、仕方ない…取れるのを待つしかないか…)
海楼石は能力者でない人間にとって硬いだけの石だ。
このままワノ国に行くのは不安しかないが、いつか取れる時がくると信じるしかない。
このままかもしれない不安はあるが、アスカには生物兵器であるシュラハテンがいる。
もしもの時はシュラハテンを武器にし戦う方法もある。
「うわァ!お、お前らいつの間に…!!」
「出て行きなさい!この船は私達の船ですよッ!!」
海楼石のブレスレットを見つめていると、船内を確認していたチョッパーとブルックの声がし、そちらに振り向く。
船内から慌てたように出て来た2人に続き、兵士がぞろぞろと現れあっという間にアスカ達を囲む。
敵の姿に本来の姿のままだったシュラハテンは主人を守るために、とぐろを巻くように主人であるアスカを守る。
その中にはペロスペローと…カタクリの姿があった。
アスカは2人の姿に息を呑む。
「やあ、わざわざ弟の婚約者を連れてきてもらって悪いね」
おどけるペロスペローの言葉に、チョッパーとブルックはアスカを背に隠すように前に出る。
幸い、手すりを背にしていたおかげで背後からの攻撃に備えなくていい。
アスカはペロスペローに向けていた視線を、カタクリへと向ける。
カタクリもアスカの視線を感じながら余裕を感じられる動きでフォアマストのベンチに腰を下ろし足を組む。
この場は兄に任せることにしたらしい。
「………」
「………」
お互いの視線が交差する。
あちらからしたらアスカは裏切ったように思っているのかもしれない。
だが、不思議とアスカはカタクリがアスカに対して怒りの感情を向けているとは思えなかった。
だからと言って優しく穏やかとは思えないが。
お互いの視線が交じり合っていたが、ブルックが2人の視線を断ち切るように間に張り込みアスカを背に守る。
「アスカさんはシャークマブマージに!私達がお守りします!」
「そうだ!アスカは狙われてるんだからシャークマブマージの中に戻って隠れてくれ!!」
アスカは今、海楼石によって能力を封じられ普通の少女にされている。
梯子を登るのも苦労したくらい能力を封じられたアスカは普通の少女なのだ。
サニー号にはペロスペローの他にも兵隊が弓を構えて2人を狙っている。
浜辺にも兵が並んでいるところを見るに、船内に隠れて待ち構えていたらしい。
鏡を通ってこの船を占拠したのは、全てを滅茶苦茶にしてくれたルーキーへの報復もそうだが、何よりフレイルという種族を捕獲するためである。
母であるビッグ・マムは食いわずらいを発症し正気を失ってはいるが、だからと言って2人のフレイルを見逃すなどありえない。
むしろ、見逃してしまったら文字通り痛い目にあうだろう。
いや、命の危機になりかねない。
母のフレイル…特にアムラスへの執着は子供である自分達でさえ恐ろしく思うほどだ。
そんな種族を放っておくなど愚の骨頂。
「さあ、アスカを渡してもらおう…彼女は近いうち弟のカタクリとの結婚が待っている…仲間の幸せのために身を引いてくれると助かるのだが」
「そしてアスカに子供を産ませるんだろう!?アスカは子供を産む機械じゃない!!」
「ええ!!そんなことさせませんよ!!アスカさんはあなたの弟ではなく!ルフィさんとトラ男さんという想い人がいるんです!!」
当然だが、2人には拒まれてしまった。
すでに恋人がいるとはペロスペローは知らなかった(それも2人)が、彼らにとったらそれほど重要ではない。
過去に恋人がいたとしてもフレイルの血がシャーロット家に入るのなら目を瞑れる。
だが、もしもカタクリ以外の子供を産んでいたとしたら、その子供は殺される運命となる。
シャーロット家以外の血を受け継いだフレイルの芽は摘まなければならない。
それに母からしたら義父と憎い義父の妹以外のフレイルはただの勝利品であり美術品でしかない。
美術品が何をどう思おうが、与えた役割を果たしていればどうでもいいのだ。
フレイルではなく、仲間を守るルーキー達にペロスペローは呆れたようにため息をつく。
「フレイルという存在を知りもしなかったヒヨッコ風情が仲間を守るノリでフレイルを匿うか……全く…これだから調子に乗っているルーキーは嫌いなんだ」
フレイルの事はペロスペローだって、それこそ母であるビッグ・マムでさえ全てを知っているわけではない。
母の夢を叶えてくれる種族としか思っていない。
四皇が治める国に侵入し、サンジとの結婚を阻止し仲間を取り戻し立ち向かうのではなく背中を見せて逃げようとするルーキーにペロスペローは母どころか自分達兄弟が舐められているように感じてアスカの壁となる2人に苛立ち、一々相手をするのも面倒臭くなってきた。
食いわずらいを発症した母もそろそろこちらに向かってくる頃というのもあり、そろそろ実力行使してやろうかと思った時―――爆音にも等しい落雷の音が響き渡った。
骨までも響くような落雷の音に、アスカ達や兵士達からはどよめきが起こった。
しかし、慣れているペロスペローとカタクリは冷静に音の方へと視線を向ける。
「ママがゼウスを使ってトドメを刺したようだな…ママがここへ来るぞ」
あの落雷の音はビッグ・マムが特別に自身の命を与えたホーミーズである雷雲のゼウスが雷を落とした音だ。
まだケーキは妹のプリンが用意してくれるということで、時間稼ぎにアスカを与えておけば殺されはしないだろう。
ペロスペローは落雷に森の方へ視線を向けるアスカを見つめ、手を差しだす。
「アスカ、先ほどの落雷で分かっただろう?君の仲間達は死んだ…もう鬼ごっこは満足しただろう?いい加減我が儘を言わず戻ってきなさい…この通りカタクリは君の我が儘には怒っていない…戻ってきてくれるなら、私からママに上手く言ってやる…勿論、その2人も見逃してやろう」
ペロスペローは母ほどフレイルに重要性を実感させていない。
フレイルの話は眉唾物だと思っている。
そんなペロスペローがアスカを追うのは、全てを滅茶苦茶にしておいてまんまと逃げられたら四皇ビッグ・マムの名に傷がつくのと、母がフレイルの話を信じているからばかりではない。
勿論、半分はそうだ。
信じていなくとも母の、船長の望むものを用意するのは船員として息子として当然だ。
だが、もう半分は―――可愛い弟のため。
弟は母に言われて渋々アスカを嫁に貰うわけではない。
それは弟であるカタクリから聞いたわけではないが、80人以上の長兄をしていれば弟達…特に幼少期を共に過ごしてきた弟達の変化くらい読み取れる。
カタクリはアスカを気に入っている。
それが惚れた腫れたかまでは流石に分からないが、アスカを気にかけているのは確かだ。
だからカタクリにこの役を譲ってもらった。
兄として可愛い弟に何かしてやりたいと思うのは当然だろう。
勿論、カタクリや四皇の一族に臆さないアスカが怒られることを恐れているとは思っていない。
余裕を見せつけるのは、強者だからだろう。
「行かない…私の居場所は麦わら海賊団だもの」
アスカの言葉にブルックとチョッパーはパッと表情を明るくさせる。
アスカがあちらに行くなど思っていないが、アスカが自分達を居場所と言ってくれたことが嬉しかった。
真っ直ぐペロスペローを見つめ、そう答えたアスカにペロスペローは機嫌を損ねるでもなく上機嫌に笑った。
(なるほど…これはカタクリも気に入るわけだ)
この海賊の世界で、自分達に臆さない女は少なくない。
そうでなければ女の身で厳しい海賊は生き残ってこれないからだ。
だが、絶望的な状況で、仲間が死んだかもしれないというのに、動揺も見せず美しいほどに真っ直ぐ強い眼差しを敵に向ける女はそういない。
目の前のフレイルの小娘はあれほどの落雷の音を聞いても、イチミリとも仲間の死を信じていなかった。
それはお姫様を守る騎士2人も同じく。
そこは自分達兄弟に通じるものがあり、ペロスペローは思わずクスリと笑ってしまった。
そして――笑いながら兵士たちに突撃を命じる。
騎士2人はお姫様を守りながら最初こそ善戦していた。
どうしてもペロスペローとカタクリに比べると兵士達の兵力は彼らよりも劣ってしまう。
だが、やはり数の暴力というものは強い。
ペロスペローとカタクリ達が鏡を通ってこの船に侵入できたように、彼らはやられた兵士の数以上の兵士を補充していく。
最初はアスカを守りながらも善戦していた二人だが、減らしても補充されていく兵士の数によって綻びはじめ少しずつ兵士の付け入る隙を与えてしまう。
「うわああ!!」
「チョッパーさ――!」
「チョッパー!ブルック…!」
減らしても増えていく兵士に少しずつ綻びを作るチョッパーとブルックに向かってペロスペローが能力を向けた。
ペロスペローはアメアメの実の飴人間だった。
能力で作り出した飴でチョッパーの全身を包み込むように飴を纏わせ、チョッパーの悲鳴に隙を見せたブルックの両手足を地面に飴を付け拘束する。
「そこの蛇も邪魔だな」
身動きが出来ない騎士はもう守りたいと思うものも守れず、じわじわと死にゆく恐怖と共に散っていくだけ。
チョッパーのようにブルックも両手足からじわじわと飴が広がりいずれ身体全体が覆われ息もできなくなり死んでいくだろう。
身動き一つできない騎士には用はなく、彼らの標的は姫を守るたった1人の騎士、大蛇一匹のみ。
その大蛇も弟の手によって命を狩られる。
「シュラハテン…!」
≪―――――ッ≫
主人を守ろうと威嚇をする蛇の顔に、モチが張り付いた。
シュラハテンは主人を潰さないよう気を付けてはいるが、顔をモチで覆われ剥がしたくても剥がせない。
視界どころか、息もできず、その息苦しさから暴れてしまう。
主人は海楼石のせいで能力を封じられており、自分が暴れては怪我を負いかねない。
下手をすれば死んでしまう。
主人を守るため、シュラハテンはあえてドグロを解いた。
それを狙われた。
「!―――ッ」
アスカも巻き込まれないようシュラハテンから離れたのもいけなかった。
アスカの身体にモチが張り付き引っ張られ宙を浮いた。
強い力で引っ張られたアスカを受け止めたのはカタクリだった。
受け止めたアスカを降ろし、逃げないよう後ろに腕を回す。
「いッ…たい!放して!!」
「おれ達はチャンスをやった…それを無駄にしたのはお前達だ…大人しくしておけ…お前が大人しくしているのであればあの2人が死ぬ前に開放してやる」
「…っ」
グッと力を入れれば普通の少女でしかないアスカの身体は強い痛みが走る。
痛みに顔を顰めるアスカを見ても、カタクリの手は緩まない。
アスカは痛みに顔を顰めながら、カタクリの言葉に鼻で嗤う。
「言った、でしょ…例え…仲間を…ダシに、されても…殺された…と、しても…動かない…って…2人、を…殺されて、も…!私は…あんた達のところになんか…いかない!」
本当は嫌だと心が叫ぶ。
彼らは奴隷だった自分を人間として受け入れてくれた。
本当ならゴミ以下の扱いをされたっておかしくはない自分を、彼らは人間として、アスカという1人の人間として扱ってくれた。
2人が、仲間が助かるなら、愛してもいない男の子供を何人でも産んでやる気勢くらいある。
だが、そんなことしたら仲間から…2人から怒られてしまう。
アスカができることは、2人が死んだとしても彼らの手から逃げること。
本当なら2人を助けるべきなのだが、今のアスカには選択肢が限られすぎる。
「…………」
カタクリはこちらを睨むアスカに目を細める。
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