戦いは激しかった。
モチとゴム。
似て非なる能力者同士。
格としてはカタクリの方が上だったはずだった。
だが、ルフィは押されていつつもカタクリに対して一歩も引かず彼の体力も削って行き…
―――勝利を勝ち取ったのはルフィだった。
時間はすでに0時30分を超えている。
アスカは2人の激闘に終始唖然と見守るしかできなかった。
能力が封じられていなくても2人の戦いに圧倒されていただろう。
「…………」
仰向けになって倒れたカタクリを見て、アスカはシュラハテンから降りて考えるよりも足が彼の方へと向かっていた。
ルフィはそんなアスカを何も言わず目で追うだけだった。
ルフィの視線を感じながらアスカは仰向けに倒れているカタクリに歩み寄り座り込む。
「カタクリ…」
露になっていた口元はルフィが落ちていた自分の帽子で隠してくれていた。
アスカが声をかけてもカタクリの目は閉ざされているため、カタクリに意識があるかは分からない。
しかし、アスカは彼との別れに声をかけずに去ることはどうしてもできなかった。
アスカはルフィに聞かれないようにカタクリの耳元へ顔を近づけ、囁くように呟いた。
「敵だったけど…あなたのこと嫌いじゃなかった…背中のことを黙っていてくれてありがとう…」
彼が手を回してくれたおかげでアスカは背中の秘密を守る事ができた。
襲ってきたのはカタクリの方ではあるが、あれだってカタクリの意思はなかったはずだ。
船長の指示である以上、その命令に逆らえないのは仕方ない。
それに、カタクリは背中の焼印を黙っていてくれた。
ビッグ・マムに報告をする義務があるのに、黙ってくれただけではなくアスカを気遣って自分の秘密を明かしてくれた。
たったそれだけ。
だけどそのたったそれだけでも、アスカにとって心から感謝してもしきれないくらい嬉しかったのだ。
「アスカ」
ルフィが近づいてくる気配に気づきアスカはカタクリから顔を上げた。
名前を呼ばれ顔を上げればボロボロの恋人がいた。
ルフィは何も言わない。
けれど『もういいか』と言っているのだとアスカには分かった。
「また、ね」
もっとカタクリに感謝の言葉を伝えたかったが、そんな余裕はないのだろう。
カタクリの事は確かに嫌いにはなれなかった。
だけど、アスカの帰る場所は彼の傍ではない。
立ち上がりながら、彼の小豆色の髪をさり気なく撫でる。
そろそろルフィの視線を無視はできず、彼へと振り向く。
「………」
「………」
アスカは静かにルフィへ手を差しだす。
その手をルフィは黙って取り、2人は口を閉ざしたまま歩き出そうとした。
その時、女性の鳴き声が聞こえ2人はその声の方へ振り向く。
「お兄ちゃ〜〜ん!!カタクリお兄ちゃ〜〜ん!!」
カタクリの能力の影響を受け、壁も床も天井もうねったような作りのまま固まっていた。
その盛り上がった床の上に立っているのは――仮面を被ったライオンと、そのライオンに抱えられているブリュレだった。
ブリュレは見ていたのか兄の敗北に大粒の涙を流していた。
「あ、枝…」
「ブリュレだよ!!"麦わらァ"!アンタ一体どんな手を使ってお兄ちゃんを…!!」
利用しておいて名前を全く覚えないルフィに、ブリュレは泣きながらツッコミを入れる。
アスカは久々に見るブリュレに『ああ、そういえばいたな、あんなの』と思う。
連れ去られてから初めて顔を合わすことになるので、忘れていても仕方ない。
「カタクリは倒せたようだな!信じられねェ!ガオ!おれの名は『ナゾムズ』!お前達をここから逃がす為ブリュレを捕らえて待っていた!!」
「いや、普通にペコムズでしょあんた…」
「ペコムズ…無事だったのか…」
「!!」
仮面のライオンとは、ペコムズであった。
なぜ仮面で隠せると思っているのか不明だが、普通に正体を見破る2人にペコムズは『ガーン』とショックを受ける。
「あ…ああ!ペドロの兄貴が死んで守ったお前らの命!そして女神のお命!!こんなところで失うなんておれが許さねェぞ!!」
ペコムズの言葉にアスカは首を傾げた。
「ペドロの死って…なに?」
アスカとすれ違うように鏡の世界に連れ去られたため、ペドロの死の事は知らない。
聞き捨てならない言葉を聞いて首を傾げるアスカに、ルフィは話してくれた。
ルフィの言葉にアスカは言葉を失う。
「……そう…ペドロ…命がけで私達を助けてくれたんだ…」
「だからおれは例えママを裏切ってでもお前達を助けるんだ!!命を懸けたペドロの兄貴のためにも!!」
記憶が戻り、心を許せる仲間を得ても、人の死にはどこか他人事になってしまう。
それはもう癖に近いのかもしれない。
でも、以前とは違いアスカは泣くことを覚えた。
アスカの金色の瞳にはペドロの死で悲しんだ涙があふたが、指で涙を拭う。
ペドロとの付き合いは長いわけではないが、危険な目に合うと分かっていても彼はついて来てくれた。
彼とビッグ・マムにどんな因縁があったかは分からないが、でも、味方であった。
そんな彼の死を悲しまないわけがない。
そして、それでも前を向こうと思えたのは弟分であるペコムズが兄貴分のために自分達を助けてくれようとしているからだ。
自分達よりも親しい関係だったはずのペコムズが、命を懸けてでも助け出そうとしたルフィ達のために動いてくれる。
2人の気持ちを無駄にはしたくはない。
鏡を出る際に、ペコムズがブリュレを盾にするからその間にルフィとアスカを挟んで脱出をするという作戦を放している時、靴音が聞こえた。
「おや、終わったかい?」
靴音に3人は警戒していたが、その姿を見て安堵に変わる。
現れたのはアムラスだった。
少し怪我を負っているが、無傷にも等しい彼の姿にルフィ達は敵ではなかったことに安堵した。
アムラスは傷だらけでボロボロな姿のルフィを見ても顔色1つ変えない。
「ビッグ・マムは…」
「ここにいるよ」
そう言って見せたのは1つの箱。
手のひらに収まるサイズの中に、巨体を持つビッグ・マムが収まっているという。
それを見てブリュレが『ママ!』と母を呼ぶが、当然母から返答はない。
一時期義理の娘だったブリュレの悲鳴など気にも留めず、手にある箱を投げてキャッチを繰り返す。
そして、倒れているカタクリをチラリと見た後、ルフィへ視線を向けた。
「すごいじゃないか…カタクリ君はリンリンの子供達の中で強い子だったのに」
カタクリはアムラスから見ても強者の部類に入る。
とはいえ、アムラスに比べればヒヨっ子ではあるが。
この海賊団でアムラスとやり合えるのは、ビッグ・マムくらいだろう。
目を細めて笑うが、アスカをルフィ達に預けられないと言われた印象のせいで素直に褒められたと喜べない。
ただ、ルフィはアスカを奪おうとするアムラスを素直に信用はできない男だと思っているが、嫌いにはなれなかった。
ルフィは考えるよりも直感で考えるタイプなため、その直感を信じてアムラスを拒まなかった。
それに、アムラスがアスカをルフィ達から奪おうとしているのは意地悪ではなく純粋にアスカを心配しているからだと本能的に汲み取っているのだろう。
「カカオ島にはリンリンの子供達や兵士達が待ち構えているよ…それでも行くのかい?」
もうすぐ約束の1時となる。
すでにカカオ島にはビッグマムの子供達が待ち構えており、何名かルフィの仲間達の方へと向かい、ビッグ・マムの捜索に向かっているが、それでもカタクリ戦で弱まったルフィ達を相手にするにはオーバーキルすぎる数と戦力だろう。
頷くルフィを見てアムラスは人差し指をピンと立てて言った。
「じゃあ…ここで、1つ僕と賭けをしないかい?」
ニッコリと笑うアムラスにルフィどころかアスカや他の2人でさえ、嫌な予感や、碌なことを言わないんだろうなという予感をしながら全員顔を顰めてアムラスを見ていた。
その視線を一点集中されているアムラスは気にも留めず『賭けェ?』と怪訝なルフィに『そう、賭け』と頷き、立てた指をアスカへと向けた。
アスカは指さされビクリと肩を揺らしたが、アムラスはニコリと人好きのする笑みを浮かべるだけだった。
「君達だけでリンリンの子供達から逃げることができたのなら、僕はアスカ君を諦めよう…もう君達にアスカを守るのに値しないとは言わないし思うこともしない」
賭けとは、アスカを賭けたものだった。
ルフィがカカオ島にいるビッグ・マム達の子供達から逃げる事が出来たらアスカに関して口を出さないというものだった。
「ただし、それまでアスカ君は僕が預かっていること」
これはアムラスの情けだ。
アムラスの行動は彼らの仲間を奪おうとしていたのに等しい。
それはすなわち、アムラスのかつての仲間達…ロジャー達を守るのに値しないからお前から奪ってやる、と言われているのに等しいのだ。
アムラスにとってアスカという人間の価値観は他の人間とは異なる。
だが、彼らと敵対しているならいざ知らず、彼の船に厄介になるのに…彼の優しさを利用しようとしているのに、恩を仇で返したようなものだ。
その埋め合わせはビッグ・マムの足止めだけでは足りないとアムラスは思っている。
だが、素直に言えば気にも留めない彼だから、賭けと言った。
当然、これは自分勝手な押し付けだと理解している。
彼らにとったら迷惑なのかもしれないとも。
しかし、それでも気が収まらないのだ。
「その賭けに負けたらどうなるんだ?」
ルフィの問いは当然の問いだ。
その問いの答えをアムラスは当然用意している。
「勿論、アスカ君は僕と一緒にいてもらうことになる」
「それって…麦わら海賊団を抜けるってこと?」
アスカの問いに、アムラスは何も言わなかったが頷いて返した。
アムラスが頷いたのを見たアスカは、脳裏にルフィと合流するまえに『シャンクスの船に乗れ』という言葉を思い出す。
そして、アスカはルフィを見つめ…
「ルフィ…その賭け…受けていいと思う」
そう言った。
ルフィはジッと笑顔を絶やさないアムラスを見つめいた。
騙してアスカを奪おうなどとは思っていないが、その真意を彼なりに探っているのだろう。
だが、アスカの言葉にルフィは視線をアムラスからアスカへと向けた。
ルフィが何か言う前に、アスカは元々繋がっていたルフィの手を両手で包むように握り締め、強い眼差しで彼を見つめる。
「私、ルフィを信じてる」
この賭けを受けるか決まった瞬間であった。
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